第五話 お茶会
魔人国の中枢である王宮。その東側には、広大というわけでは無いまでも手入れの行き届いた、美しいというよりは可愛らしい印象を受ける庭園が存在する。
そんな庭園の芝生の上に設置された少し大きめの丸いテーブルには、三段のティースタンドがいくつか並び、それ以外にもティーポットやカップといったお茶会に必要な諸々がしっかりと準備されていた。
「うーん。さすがというか、何というか」
侍女の手で淹れられた香り高い紅茶を楽しみながら、正面に座る女性をちらりと伺う。
薔薇のような赤い髪は癖一つなく腰までの長さと美しい艶を誇っており、同性の目から見てもウットリさせられる。
たっぷりとしたレースやフリルのついたドレスに包まれてはいるが、だからこそ強調される華奢な体は少し力をいれれば折れてしまいそうなほどだ。
何より彼女を魅力的に見せているのは、その瞳だろう。
とろみのある蜂蜜のような色合いの瞳で見つめられると、男性は疑似的に甘さを感じてしまうという。
それほど魅力的な彼女の名前は、マルガレーテ様。
この魔人国を治める国王陛下のご息女である、第一王女殿下、その人である。
「うん? 何々? 何がさすがなの?」
「さすがは王女様。黙っているとお美しいなー。って思っただけですよ」
自分を見つめる視線に気づいたのか、王女殿下が興味津々といった様子を隠すことなく楽し気に問いかけてくる。
いや本当。黙っていれば『紅薔薇の姫』という社交界の通り名も納得の淑女ぶりなのに、どうして喋り始めると一気にその辺の女子高生と同じようなノリになってしまうのか。
確かに王女殿下は今年で十八歳と聞いているから、年齢的にも高校生であってはいるのだが。
「えー。だってアデル相手に王女らしく振る舞う必要なんてないじゃない」
「……まあ、仰るとおりですけど」
だからって、テーブルに頬杖をついて紅茶を飲むのはどうかと思う。王女らしい云々は別にしても、普通に行儀が悪いのではないだろうか。
注意したところで意味は無いだろうから言わないけど。
「それに最近さー、ローレンツが頻繁に顔見せに来るもんだから疲れてるのよー」
テーブルに突っ伏してグダグダ言う王女の傍からティーカップを避難させつつ、聞き覚えのある名前に首を傾げる。。
「ローレンツって……。確かアメルハウザー侯爵家のご嫡男でしたよね」
アメルハウザー侯爵家とは、魔人国の西側に領地を持つ大貴族のことだ。
この国……というか『second life』側の貴族階級は統一されており、頂点はもちろん王族だ。そしてそれ以外の順序は上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵と続く。
公爵家は血筋が良いが、それ故に野心を抱けぬように領地を与えられておらず、常に上級貴族街にあるタウンハウスに暮らしていて、財力だけで言うなら広大な領地を誇る侯爵家の方が上となる。
王女の降嫁先として許されるのは、伯爵家でギリギリといったところだから、有力貴族であるアメルハウザー侯爵家嫡男が相手となれば決して悪い話ではない。
「お家柄的には問題無いんじゃないですか?」
「だから面倒なんじゃない!」
はて。何をそんなにグロッキーになっているのかと思えば、この反応から考えるにマルガレーテ様はあまりアメルハウザー侯爵公子が得意ではないらしい。
ゲーム時代にイベントとして参加した式典で話したことはあるが、別に嫌味なところなど無い好青年だったと記憶している。
「何がそんなに嫌なんです?」
「別にローレンツが嫌なわけじゃないわよ。でも私としてはもっとこう……」
私の質問にウロウロと視線を泳がせるマルガレーテ様を視界に収めつつ、紅茶を飲んで口を潤してから、くすりと笑う。
「まあ、確かにラルフとは真逆のタイプですよね」
「ぶふっ!」
何気ない風を装って我が五穀米でサブリーダー務める男の名前を口にすれば、麗しき紅薔薇の姫はその名に冠した紅薔薇のごとく顔を真っ赤に染め上げた。
「な! ななな!」
「今更隠せると思わないでくださいよ。見え見えですからね」
思いきりどもりまくる王女の姿に、思わずため息が漏れてしまう。
これもまたゲーム時代にあった強制イベントの一つなのだが、避暑で訪れていた離宮からの帰り道にマルガレーテ様の一行が魔物の群れに襲われるという事件があった。
その際に国王陛下から直々の指名依頼を受けたのが我ら五穀米であり、馬車に群がる魔物どもをなぎ倒しながら王女の元まで行き、震える彼女を抱えて離脱するという役目をこなしたのが、武器の性質上、雑魚狩りに向いていたラルフだったのだ。
ちなみにラルフは王女を抱いて即刻離脱。エルナはラルフのフォローに回り、それ以外の三人は現場に残って魔物の殲滅を担当した。
強制イベントだけあって出てくる魔物は倒した際の取得経験値が高く、殲滅担当だった私達三人と、両手の塞がったラルフのフォロー担当だったエルナは喜々として魔物を殲滅していたのを覚えている。
ついでに早々に離脱したせいでロクに経験値を得られなかったラルフはグチグチ言っていたが、その代わりと言っては何だが、こうして助けた王女様から好意を向けられているのだから、男冥利に尽きるのではないだろうか。
「今のところラルフが誰かと付き合っているとかいう話は聞かないですけど、それも時間の問題ですからね?」
五穀米サブリーダーであるラルフは見た目が良いし、何より稼ぎが良い。
ゲーム内通貨だった『G(ゴールド』が『1G=1円』という扱いになった現在では、あいつの個人資産は相当なものだろう。
何でわかるかって? 私の個人資産がヤバイくらいあるからだ。
レベル上限開放クエストをクリアして以来、大きなイベントでもない限りはソロ活動がメインとなった五穀米ではあるが、私とラルフの戦闘力はだいたい同じくらいだから、持っている資産も同じくらいだろうと簡単に予想出来る。
顔が良くて金がある。おまけに魔人族という種族故に長命であるラルフに、自分が老いた時は面倒を見てもらえるという打算も手伝って、お姉さま方に狙われること間違いなしだ。
私としてもギルドメンバーが金づるにされるのは嫌なので、出来ることならマルガレーテ様と結ばれてくれないかな、と思っている次第である。
「そ、そんなこと言われても……」
「ちなみにラルフは満更でもないみたいですよ」
「ええっ!? それってもしかして気付かれてるってこと!?」
「もしかしなくてもラルフは気付いてますよ。マルガレーテ様わかりやすいですし」
よく「これがゲームじゃなかったら! 俺マルガレーテ様と付き合えるのに!」と騒いでいたから、押していけば普通に付き合えると思う。
問題点を上げるとしたらラルフが貴族ですらない平民出身の冒険者であるという点だろうが、ぶっちゃけ財力だけなら上級貴族にも負けないだろうし、戦闘力に至っては明らかにラルフの方に分があるだろう。
国王陛下のお子がマルガレーテ様だけだったなら難しかっただろうが、幸い王家には成人した第一王子と第二王子がいるし、第一王子に至っては既に結婚も済んでいる。
魔人国としても高い戦闘力を誇るラルフと王家が縁戚関係になれるなら、王女一人の降嫁くらい、むしろ大手を振って応援してくれることだろう。
「あとはマルガレーテ様の頑張り次第ですよ」
羞恥で再びテーブルに突っ伏したマルガレーテ様に、笑いながら「応援してますからね」と告げて、私はティースタンドのクッキーを自分の口に放り込んだ。




