第四話 面会
ゲーム『second life』には、一般的なRPGと同じく戦闘で攻撃に使用する武器の他にも防具やアクセサリーと呼ばれる装備アイテムが存在する。
一口に防具と言ってもその種類は様々で、全身を覆う西洋甲冑のように見るからに防具らしいものから、水着のようにあからさまに防御力の期待出来そうも無いものまで幅広い。
しかしそこはゲームと言うべきか、ただの布装備にもわずかながら防御力は設定されている。
むしろ場合によってはフルプレートアーマーよりも、ヒラヒラしたドレスの方が防御力が高く設定され、それどころか特殊効果までも付いていることもある。
私の装備している防具も布装備に分類されるアイテムでありながらかなりの高性能品で、ミスリルを糸状に加工したものに闇属性の魔力を浸透させて織り上げた布を使用したという闇色のコートだ。
十段階あるレアリティで最高レア度を誇る超レアアイテム。
すなわち、他に同じ物が存在しない『ユニークアイテム』であるこのコートは、防御力もさることながら付加されている特殊効果が『最大HPの5%を毎秒回復する』という反則極まりないものだ。
具体的に説明すると、現状で私の最大HPは11589なので、毎秒約579にも及ぶHPが回復する。
ボスクラスの敵が放つ通常攻撃のダメージが300~500くらいなので、そのえげつなさは理解出来ると思う。
ちなみにトップギルドに所属する冒険者の放つ通常攻撃は300以下が一般的なので、一発攻撃を受けても次の瞬間にはHPがほぼ回復してしまっているということになる。
コート以外の装備も完全に性能優先で選んでいるのだが、身に着けたどれもこれもが高いレア度を誇る為に公式の場に出る際の正装としても充分に通用する。
そのおかげでアヒム様との面会に際して改めて正装を仕立てたり着替えたりする必要が無く、着の身着のままで済んだのは実にありがたかった。
「そういえば魔人国に来たのって久しぶりな気がする」
小型飛空船が魔人国に到着し、迎えとして港で待機していた魔導蒸気四輪に揺られながら、流れていく窓の外の景色を見て呟く。
ゲーム時代初期はここがホームタウンだったが、基本的に『second life』の主戦場は人族の収める帝国なので、レベルが上がるにつれて五穀米の活動拠点も帝国へと移っていった。
魔人国に来る用事と言えば、冒険者ギルド経由で指名依頼を出されたときくらいじゃないだろうか。
「こうして見ると、本当に大きいなあ」
遠目にも見えていた王宮だが、実際に近づくとその巨大さ、広大さが良くわかる。
というか、城門を潜ってからが長いこと長いこと。
いざ王宮の中に入ってからも右に曲がったり左に曲がったり、階段を上がったり下りたりと、やたらと歩いた上で一度応接室のような場所で待たされて、暫くして準備が出来たのか再び長い距離を歩いてようやく目的地であるアヒム様の執務室にたどり着く程だ。
ゲレオンの案内が無ければ迷っていただろうが、ここに来るまでに索敵スキルとマッピングシステムが作動しているので、一人で帰れと言われても道に迷うことは無いだろう。
「失礼します。国防軍少佐、中隊長のゲレオンです。五穀米リーダーのアデル殿をお連れしました」
「入ってください」
扉越しに聞こえてきた入室許可に、扉をノックした本人であるゲレオンが短く応えて扉を開く。
同時にふわりと流れてきたのは、紙とインクの香りだろうか。
「お久しぶりですね、アデルさん。どうぞ、そちらのソファーに座ってください」
ゲレオンに続いて執務室へと足を踏み入れると、優し気な声に名前を呼ばれて視線を向ける。
流れる銀糸の長い髪を揺らして執務机から立ち上がったアヒム様に促されて、軽く一礼してからソファーへと腰を下ろす。
テーブルを挟んだ反対側にアヒム様が座り、ゲレオンはアヒム様の護衛役なのか背後に立つ。
「さて。前もって粗方の用件は聞いていますが、改めてここで聞かせてもらえますか?」
ちらりと自分の背後にゲレオンが立ったのを視線で確認してから、アヒム様が口火を切った。
「では最初に、私の為に時間を取っていただきありがとうございます。私の用件ですが、五穀米のギルドホームについてご相談したいことがありまして……」
「ギルドホームですか? そういえば貴方達はホームを持っていないのでしたね。それがどうかしましたか?」
私の言葉に不思議そうに首を傾げたアヒム様の発言に「何で私たちがホームを持っていないこと知ってるんだよ」と思いつつも、その辺はさすが魔人国の事務副官と言うべきなのだろうか。
そんな内心を表情には出さないように気を付けながら、アイテムボックスから一枚のA4サイズのコピー用紙を取り出し、間違いが無いかとざっと確認する。
先日のギルド会議で作成した希望書だが、改めて見るとホントに好き勝手に希望を書き込んであって、アヒム様に見せることを一瞬だけ躊躇する。
だがこれを見せない事には用件の説明できないので、アヒム様が見やすいように向きを変えてから、そっとテーブルの上に置いた。
「現在、私達の所属は日本の関東地区にある横浜支部です。ですが私とラルフ、ジークリンデの三人はともかく、エルナとリーンハルトは遠方在住の為に、かなり不便でして」
「なるほど。新しく五穀米の構成メンバーが全員で一か所に住んだ方が任務などの効率も良いでしょうしね」
それぞれが欲望のままに書き込んだ「あったらいいな」という希望の羅列を真剣に目で追っていたアヒム様は、やがて納得したのか一度頷いてから顔を上げた。
「わかりました。取りあえず、転移陣の設置許可は此方でもぎ取ります。あとはこの紙に書かれている条件に少しでも多く当てはまる物件を探して用意しておきましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
たぶんそう言ってくれるだろうなとは思っていたけど、本当に言われるとさすがに驚くものがある。
けれどもアヒム様が「用意しておく」と言ってくれたのだから、これはもうギルドホームを手に入れたも同然だ。
その後、ホーム購入の予算やらなにやら細々としたことを決める為の話し合いは、王女殿下主催のお茶会が始まるギリギリまで続いたのだった。




