第三話 魔人国へ
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再投稿になります。
今年もよろしくお願いします。
日本から各種族国へと移動するには、首都東京の各所に出現した『ゲート』をくぐる必要がある。
その中で、魔人族の国。通称『魔人国』へのゲートは、東京湾上空に浮かぶようにして存在している。
かつてならばヘリや飛行機を使えば容易にくぐることの出来たであろうゲートは、しかし近代的な機器や兵器が使い物にならなくなった現在、魔人国の所有する飛空船のみが通行することが出来るようになっていた。
そうなると当然、飛空船のチケットの値段は高騰する。
普通ならぱこれ幸いと金儲けを考えるところだろうが、魔人国は一時的に得られる金銭よりも、国内の治安維持に重きを置いた。
下手に地球側の人間を迎え入れて問題を起こされるくらいなら、最初から入国を許可しなければ良い。
もともと鎖国気味だった魔人国は、新しく『third life』が始まった現在でもその性質を変えることは無かったのだ。
だから、本来ならば魔人国へ行くのは非常に難しい。
難しいはずなのだ。
「いくら何でもチャーター便出すとか、大袈裟すぎじゃないですかね?」
先日、五穀米のメンバーと話し合ったホームについての依頼書を事務局副官のアヒム様に提出するため、魔導通信機で魔人国への入国許可を申請したのだが、そうしたら何故か、わざわざ迎え用の飛空船がよこされたのだ。
私としては、許可さえ貰えれば『フライ』で飛んで行こうと思っていたので、かなり驚いたのは言うまでもない。
小型飛空船の甲板に立ち、隣に並んだ男に向けた問いかけに対する応えは、すぐに返ってきた。
「そんなことはない。貴殿ならば当然の対応だ」
詰め襟の軍服を身にまとった彼は、名をゲレオンと言う。
魔人国の国防軍で中隊長を勤める軍人で、外見は三十歳になるかどうか、というところ。
実際の年齢は長命種の魔人族らしく三桁越えらしいが、それでも彼くらいの年齢で軍の要職に就くのは異例中の異例だ。
実は彼の昇進には少なからず私が関係していたりするのだが、今は関係ないので置いておく。
「五穀米の方々は皆そうだが、相変わらず貴殿は自分の価値をわかっていないのだな」
「うーん。そう言われてもなあ……」
元々ゲームとして楽しんでいただけの私達からすれば、各種族国から向けられる評価というのはどうにも大袈裟に感じてしまう。
これは五穀米だけではなく、他の一流ギルドにも言えることだ。
各種族国の住人からすれば文句なしの偉業であろうと、私達冒険者としてはクエストだから挑戦しただけにすぎないので、あまり褒められても困惑してしまうのだ。
しかしながらそんな胸の内を明かすわけにもいかず複雑な顔をしていただろう私を見て、ゲレオンはふっ、と笑みをこぼす。
「ここは風が強い。中に入った方が良い」
「はいはい」
促されるまま甲板から船内へと移動し、先を歩くゲレオンにおとなしくついて行く。
案内されたのは、たった数時間の船旅には勿体ないのではないかと思うほど豪華な内装の客室だった。
「わお……」
「座ってくれ。すぐに茶を用意させる」
着席を勧める言葉にありがたく従って私が凝った装飾の施された三人掛けのソファーに腰を下ろしたのを確認してから、ゲレオンは壁際の棚に用意されていた鈴を鳴らす。
「失礼致します」
チリン。という涼やかな音の余韻が消えるのとほぼ同時に、先ほど入って来たものとは別のドアがノックされ、軍服に身を包んだ女性軍人がワゴンを押して入って来た。
魔人国の国防軍は、女性にも門戸が開かれているのだが、女性軍人が戦場に出ることは無く、基本的に内勤として軍内部の事務処理などを担当しているらしい。
その為、女性用の国防軍制服には男性用に比べて刺繍やチェーンなどの装飾性がある。
下衣がパンツルックではなく膝丈のスカートなのも、彼女達が戦闘職ではないということをよく表していると言えた。
客室に入って来た女性も、身に着けた制服から見て、そんな内勤女性軍人の一人なのだろう。
ゲレオルから二言三言、指示を受けた彼女は、ソファーの前に置かれているテーブルに手早くティーセットを用意すると、深く一礼して退室していった。
「あれ? コーヒーじゃないんだ。珍しいね、紅茶?」
魔人国では主にコーヒーの木が栽培されており、その関係で、基本的に国民はコーヒーを愛飲している。
紅茶というと、有名なのは人族の国である『帝国』の東部原産のものか、エルフの国である『エルフ国』のものだろうか。
そんな私の考えを知ってか知らずか、ゲレオンはテーブルを挟んで正面のソファーに腰かけて、ティーカップに手を伸ばす。
「ああ。外交の手段として我が国に贈られた物だ。地球産だな」
「うーん。それだと紅茶の品種が分からないんだけど……」
何処の国が贈って来たかは知らないし、そんな国家間の情報なんぞ知りたくもないが、せめて産地くらいは教えてもらいたい。
たぶん興味が無くて覚えていないからこその「地球産」発言なんだろうけど。
「あまり細かいことを気にするな。ところで国に到着した後の予定だが、アヒム様と面会後に昼食会がある」
「え、ウソ」
「本当だ。と言っても王女殿下主催の小規模なものだから、正確に言うとお茶会だがな」
軍人とは思えないくらい優雅にカップを傾けて、とんでもないことを言い放ったゲレオンは、驚く私に苦笑する。
「本来は国賓扱いで晩餐会でも開く予定だったらしいのだがな。貴殿が嫌がるだろうとアヒム様から待ったが入った。それで貴殿と交流のある王女殿下が私的に友人を招いての昼食会、となったわけだ」
「うわあ……」
確かに私は王侯貴族の方々と面識も交友関係もあるが、だからといってそんな堅苦しい席に呼ばれても根が庶民なので緊張してしまうに決まっているし、そんな状態で食事を楽しめるかと聞かれれば、答えは否。
緊張しっぱなしの晩餐会なんて、嬉しくも何ともない。
一方、王女殿下ならば長命種の魔人族にしては珍しい年下ということもあって割と気安い仲なので、彼女が主催する食事会というなら、私も素直に楽しめるだろう。
全くもって、アヒム様は良くもまあこういう細かいことに気が付くものだ。
おかげで『third life』始まって以降、初の魔人国滞在が嫌な思い出にならなくて済みそうだ。
突如として発生した心配事があっという間に解決して、安堵から大きく息を吐く。
ちなみに、そんな私の様子を見て小さく吹き出したゲレオンのことは無視だ。
先ほどの女性軍人さんが用意してくれた紅茶に角砂糖を一つ落として、くるりと混ぜる。一口含めば、さわやかな口当たりとほんのりとした渋みが感じられた。
魔人国への贈り物だということも併せて考えると、おそらくはダージリン系の茶葉だろう。
「美味しい」
「それは良かった。スコーンもあるから食べると良い」
「言われなくても、いただきます」
二段になっているティースタンドの下段からスコーンを取って、二つに割ってから添えられていたクロテッドクリームとジャムを乗せて口の中に放り込む。
こってりとしたクリームとジャムがスコーンと相性抜群で、とてつもなく美味しい。
確かクロテッドクリームを乗せてからジャムを乗せる食べ方をデボンシャー方式と呼び、その逆のジャムを乗せてからクロテッドクリームを乗せる食べ方をコーンウォール方式と呼ぶんだったろうか。
詳しいことは忘れたが、今食べているスコーンが美味しいという事実は変わらないので、別にどっちでも良いだろう。
口の中のスコーンを飲み込んでから、ちらりとゲレオンに視線を向ければ、やはり笑いながらではあるが掌を上に向けて「どうぞ」というジェスチャーをしてみせる。
正直、笑いながら、というのが気になるところではあるが、お茶とお菓子に夢中になっている時点で私にとやかく言う資格はないだろう。
私だってラルフ辺りが同じようなことをしたら絶対に笑うと思うし。
そもそもゲレオンからすれば私は遥かに年下なので、多少の子ども扱いは当然なのだ。
そんなわけで完全に開き直った私は、年上の軍人殿の厚意に感謝しつつ、二つに割ったスコーンの片割れを手に取った。
なお、用意されたスコーンを私が一人でぺろりと平らげたのは、言うまでもないことである。




