第十五話 ランチタイム
東京支部に併設された食堂は、有名デザイナーの何某さんがデザインしたという小洒落た空間で、冒険者ギルドの食堂というよりも、表参道にありそうなオーガニックカフェみたいな内装になっていた。
私と小松支部長、クレーメンスと前橋支部の支部長こと高橋支部長の四人で、これまた妙にデザイン性の高い六人掛けのテーブルを囲む。
人数的に余った椅子は、小松支部長と高橋支部長の手荷物置き場となっていた。
「何て言うか……。お洒落で良いとは思うけど、冒険者ギルドっぽさは一切無いね」
グルリと辺りを見回した上での感想を言いながら、昼食代わりに頼んだクリームたっぷりのワッフルを口に運ぶ。
魔人族は飲食排泄の必要がないビックリ種族なので、栄養バランスを無視して食べたい物を食べられるのがありがたい。
ついでに言うと、魔人族の場合、接種したカロリーの余剰分は脂肪ではなく魔力やスタミナとしてストックされるので、食べても太らないのだ。
おかげでこの見るからにダイエットの敵であろうクリームたっぷりのワッフルを何も心配することなく楽しめる。
ペロリとワッフルを平らげつつ、何て素晴らしい種族だろうと改めて思う。
この点だけでも、魔人族になって良かったと声を大にして力説出来る。
「そうは言っても『冒険者ギルドらしい食堂』にしたら一般人が利用しづらいだろ」
「それはそうなんだけどさ」
不満とまではいかない私のボヤキに応じてくれたクレーメンスに、軽く肩を竦めて「ロマンが無いでしょ」と返す。
ちなみにクレーメンスはハイエルフという見た目に似合わない『チーズinハンバーグとビックカツ乗せ特盛りカレー』なる物をバクバク食べているのだが、別にそれはどうでも良いので置いておく。
「まあ、ロマンに欠けるのは認めるけどな」
「だよねえ。かく言う横浜支部は魔人国にある冒険者ギルドをモデルにしてるからね。若干スチームパンク化してるよ」
「それはそれで冒険者云々とは別種のロマンがあるな」
ちょっと見てみたくなった。と呟くクレーメンスに「じゃあ見に来れば良いんじゃない?」と返してからワッフルとセットで注文したアイスティーを流し込む。
やっぱり甘いものを食べるときは飲み物に砂糖は入れないほうが良いね。
クリームとシロップで甘くなった口内が、程よい渋みで洗われてサッパリした。
「それにしても『second life』時代は昇格試験について、こんな真面目に話し合う機会があるとは思わなかったよ」
当時は受付嬢やヘルプ機能の説明通りにすれば良かったのだから、その仕組みについて考えることなど、まずは無い。
そんな事を考えるくらいならば、依頼受注計画やら素材入手計画やらを立てていた方がよっぽど有意義な時間を過ごせるだろう。
例えば金策するにしても、冒険者ギルドで依頼を受けるか、もしくは普通にフィールドへと出て出現するモンスターを討伐し入手した素材を売り払うか。
はたまた生産系のスキルで商売して稼ぐか、色々な方法があるのだ。
このあたりの計画性が無いと悲しいくらいに『G』が集まらず、武器防具の購入どころか、ポーションなどの基本的な道具類を用意することも難しくなる。
ちなみに五穀米の中にも、そういった計画性のない人物はいる。
誰かといえばエルナのことだ。
彼女は魔人族というチート種族に割り振られた魔人族専用特殊武器の中で最も攻撃力の高い『斧スキル』の持ち主で、だからこそ攻撃手段はメイン武器スキルだけで大丈夫だと判断し、それ以外の初期スキルスロットを低レベル時にはあまり必要性のないスキルで埋めてしまった。
超近接型の武器をメインに持ちながら、セオリーとは違い攻撃魔法などの遠距離攻撃手段を一切持たない、もはや『地雷構成』としか言いようのないスキル構成は、当然ながらゲーム開始直後から彼女を苦しめまくった。
ソロで狩りに行くと必ず瀕死で帰ってくるので、毎回必ず遠距離型である私が護衛についたものだ。
おかげで私のレベルも上がりやすかったので、別に苦にしてはいなかったけど。
「だが今となってはそうも言っていられないからね。君達から何かアイディアは無いかい?」
私がぼんやりと自分達がまだ低ランク冒険者だった頃を思い出しているうちに、他の三人も食事を終えたらしい。
食後のコーヒーを啜った小松支部長は、どうやら食事中もずっと昇級試験制度について高橋支部長と話し合っていたらしい。
高橋支部長に至ってはカップに手も付けず会議で配られた資料を読み返して唸っている始末で、何とも生真面目な人だなあと感心してしまう。
「そうですね……。思いつく方法としてはポイント制とかでしょうか。各依頼にあらかじめポイントを割り振っておいて、達成したらポイントを取得できる。で、取得したポイントの合計値が基準に達したら……」
と、そこまで言ってから自分のアイディアの問題点に気づいて首を振る。
「って駄目ですね。そもそも、その『基準』の決め方で揉めてるんですもんね」
「そうなんだよねえ。やっぱり問題はその『基準』なんだよ」
どうしようかね。と小松支部長は深いため息を吐いた。
――が、次の瞬間そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように、高橋支部長が高らかに「思いついたぁぁぁぁぁ!」と声を上げた。
「うおっ! 何だよ大声出して。驚かせんなよ……」
笹穂型のエルフ耳をへにょっとさせている様子から見て、クレーメンスも高橋支部長の突然の大声に相当驚いたらしい。
当然だが私も驚いた。
そして少し離れた席に座っていたどこかの支部の護衛として会議にも参加していた兎の獣人冒険者が長い耳を抑えてテーブルに突っ伏していた。
余談だが、獣人族はアバター作成時に選択すると、モデルとする動物によって選ぶことができる。そして選んだ動物によって隠し補正が付くのだが、犬ならば嗅覚、鳥ならば羽を使った短距離飛行能力と、ぶっちゃけその補正はとても予想がつけやすい。
兎の獣人族が持つのは聴覚への補正なので、先ほどの絶叫ともいえる大声はかなりのダメージだったことだろう。
私のせいではないけれど、大変申し訳ございませんでした。
「だから思いついたんだって! ……あ、申し訳ない。小部長、アデル殿」
興奮しきった様子でクレーメンスの肩をバシバシ叩いていた高橋支部長は、ふと私達の存在を思い出したのか、ペコペコと頭を下げる。
「いえいえ、構わないですよ。ところで、先程の『思いついた』というのは、もしや?」
コーヒーカップをソーサーに戻し、小松支部長は真剣な表情で高橋支部長の顔を見つめる。
そんな小松支部長の言葉にハッとしてから、高橋支部長は持っていた資料をテーブルに広げながら自らのアイディアを話し始める。
「冒険者のランクっていうのは、要するにどれだけ強いか、ってことでしょう? もちろん依頼の達成率なんかも関係するのでしょうけど、まずは強くなくては生きて帰ってこられない」
そうですよね。と確認されて、クレーメンス共々、深く頷く。
ランクが高ければ、それは強い冒険者である証明であり、より高難易度の依頼を受注出来る。
冒険者のタイプによっては支援能力に長けた者や、集団戦闘の指揮を得意とする者もいるが、それはそれだ。
まずは強くなければお話にならないのが冒険者という稼業である。
「だから! 結局のところ強さが分かれば良いんです。それなら、わかりやすい方法があるじゃないですか!」
そう言って拳を握りしめ、彼が続けた提案内容に、私は思わずクレーメンスと顔を見合わせたのだった。




