第十三話 横浜支部長
横浜支部の支部長は、小松という名前の中年男性だ。
中肉中背。やや白髪が目立ってきた頭髪以外は特筆すべきことはない普通のお役人で、聞いた話では奥さんと中学生になったばかりの娘がいるらしい。
応接セットのソファーを私に勧めながら「急に呼んで悪いね」と自分もソファーに移動した支部長の言葉に首を振る。
確かに急な呼び出しではあったが、別にホームでくつろいでいるところを叩き起こされたわけでもないし、別にそこまで気にしてもらうことではない。
「それで、私を名指しで呼ぶなんて何かあったんですか?」
これでも私はSランクの冒険者で、おそらく横浜支部では一番の稼ぎ頭だ。
実力的にはラルフも私と同じくらいなのだが、彼はまだ学生だ。その為、学業に影響が出ないようにと依頼の受注を控えているので、冒険者稼業以外にやることが無い私とは、必然的に依頼達成数や稼いだ合計金額に差が生まれてしまうのだ。
話が逸れた。
とにかく、支部長が自ら私を指名して呼び出すということ事態が珍しい。
もしや高ランク――それこそAランクやSランクの魔物が出現したかと若干緊張しながら問いかけると、支部長はそんな私の思考を察して「違う、違う」と首を横に振った。
「君が考えているような悪い知らせじゃないよ。実は日本でも冒険者ランクの昇格試験を開こうということになってね。それについて話し合う為に支部長会議があるんだ」
「へえ! それは良いですね」
現在の冒険者ランクは『second life』時代のまま固定されている。
新しく『third life』が始まってから冒険者登録をした者や、経験を積んでレベルを上げてきた冒険者からすれば、早く上のランクに昇格して、より高ランクの依頼を受けたいと思うのは当然のことだ。
昇格試験か行われれば、低ランクで燻っている実力のある冒険者を発掘する良い機会になるだろう。
「ただ、私達は冒険者制度……というか、冒険者の常識や感覚について理解が足らない部分もある。だから、護衛を兼ねて各支部から一人、冒険者を同行させるようにって通達が来たんだよ」
「ああ……。なるほど、それで横浜支部では私に白羽の矢が立ったと」
「そういうことになるね。……あと、連れている冒険者のランクが高い程に発言力か増すから。というのも理由の一つかな」
「そこで正直に言っちゃうところが貴方らしいです……」
茶目っ気たっぷりに言った支部長に脱力しつつ、相変わらず面白い人だと笑みがこぼれる。
冒険者として活動している現在、動かせない予定などほとんど入っていないし、特に拒否する理由も無い。
「わかりました。詳しい日程が分かったら私の魔導通信機に連絡をください」
言いながら魔導通信機の番号を手持ちのメモに書いて支部長に渡してから、ふと浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「持ち物とか服装で注意しておくことはありますか?」
「そうだね……。護衛とはいってもあくまで会議だから、あまり仰々しい武装で来られると困るかな」
私の質問に少し考えてから返された答えに「それもそうだろうな」と納得する。
高ランクの冒険者、それも近接攻撃主体の冒険者ともなると、身に着けるのは基本的に鎧系の防具になる。
高い防御力を誇るメタル系の鎧系防具は冒険者の命を守る装備として非常に重宝されている。
だが、いかんせんガチャガチャと煩いうえに、近くにいると邪魔くさいのだ。
皮鎧ならば多少はマシであるが、それでも全体的にゴツくなるのは仕方ない。
もちろん依頼の最中には同行者にメタル系の素材で作られた鎧系防具の装備者がいても気にならない。しかしながら、打ち上げなどでうっかり鎧系防具装備者の隣に座ってしまうと腕や肩に鎧の装飾部分が当たって痛かったりするので、ちょっとご遠慮願いたいとか思ったことは一度や二度ではない。
私の場合は常日頃から身に着けているのは布系防具だしあまり気にする必要もないだろうが、私が愛用している防具は黒のロングコートだ。
いくらレアリティの高い装備アイテムとはいえ、他の種族国ならともかく、日本の室内でコートを着たままというのはマナー的に宜しくないだろうとも思う。
季節的にもコートはそろそろ厳しくなってくる頃だし、ジャケット型のものを探しておいた方が良いだろう。
記憶が確かならジャケット系の布装備は無かったようなきがするので、鍛冶スキルの派生スキルである裁縫スキルで自作しても良いし、既製品を買って来て防具アイテムへとアレンジしても良い。
私のスキル構成的に、日本国内での護衛ならばパンツではなくスカートでも何ら問題は無いから、服装を考えるだけでも充分楽しめる。
いや、遊びじゃないのは理解してるんだけどね。
「それじゃあ、数日中に追加で連絡すると思うから。その時は宜しく頼むよ」
「はい。任せてください」
脳内で言い訳を並べながら、話のキリも良いからと立ち上がり、笑顔を浮かべて右手を差し出して来た支部長に応じて、私は彼の手をしっかりと握り返した。
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横浜支部を後にして、やって来たのは海沿いにある喫茶店だ。
以前、横浜を散歩していたときに見つけた品の良い店内と良心的なお値段の、居心地の良い店である。
「やっぱジャケットとシャツがベターかな?」
テラス席で此処に来るまでの道中にあったコンビニで購入した雑誌を読みながら、砂糖とミルクを入れたコーヒーを口に運ぶ。
冒険者ギルドの支部長会議と聞くと、どうしても荒っぽい元冒険者が集まっているようなイメージが湧くが、実際はお役人が集まるキッチリとした会議なのだろう。
会議が行われる場所も、おそらくは東京支部、または東京都庁の中と考えるのが妥当だ。
だとしたら多少はキチンとした格好をした方が良い気がする。
「まだ時間もあるし、久しぶりのショッピングも楽しそうだよね」
取りあえず横浜駅の駅前まで戻れば、駅ビルだったり近くの商業施設だったりがあるので、大抵のものは揃うだろう。
そういえば『third life』が始まる直前は仕事に疲れてすっかり喪女化していたので、服を買うのも久しぶりだ。化粧品も、元からあまり化粧をする方でもなかったので、持っていた化粧品は薬局で買ったノーブランド品だった。
自分が『アデル』になってからは完全にすっぴんが当たり前になっていたし、うっかりファンデーションを落としてボロボロにしてしまったのをきっかけに化粧品をごっそり捨てたのは記憶に新しい。
「この際だから全部新調しようかな」
そうと決まれば、買うものは多い。
時間は既に午後三時を回っているので、さっさとしないと日が落ちてしまう。
「別に明日でも良いんだけど、思い立ったが吉日っていうしね」
アイテムボックスから手帳を取り出して、明日の予定が何も入っていないことを確認しながら誰に言うでもなくひとりごちて、私はお目当ての品物を買いに行くために、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
余談ではあるが、会議当日に来ていく服一式と化粧品一式を揃えたら、かなりのお値段になって正直かなり驚いたのだが、まあこれは別の話である。




