第十二話 グラットンモンキー
冒険者は魔物を狩ることで生計を立てる。
しかし実力のない者が強力な魔物に挑めば、当然ながら狩りは失敗。それだけでは無く、多くの場合は魔物によって殺されてしまう。
そういった事態を防ぐため、冒険者ギルドは基準を作成し、危険度に応じて魔物のランク分けを行っている。
ノンアクティブで此方から攻撃しなければ向かってくることの殆ど無いような危険度の低い魔物は『Dランク』で初心者向け。
一方でアクティブな魔物はある程度以上の実力と経験を積んだ冒険者向けで、小型は『Cランク』、中型は『Bランク』、大型は『Aランク』と分けられる。
とはいえ例外はあるもので、魔物の中には特殊な能力を持つものや動きが速いなどの理由で討伐難易度が高いものがいて、その場合は魔物のランクが一つ上がることになっている。
同じように冒険者にもランクは存在し、チュートリアル段階が『Eランク』、下級が『Dランク』、中級が『Cランク』、上級が『Aランク』と続き、限界突破クエストをクリアした冒険者には最高峰である『Sランク』の称号が与えられる。
高ランクの魔物の討伐依頼は、そうやって冒険者ギルドによって実力を認められた高ランク冒険者に向けて発注されるのだ。
そして何を隠そう五穀米のメンバーは全員が限界突破クエストをクリアしたSランク冒険者。つまり、受注する依頼のランクが軒並み高く、危険な魔物を相手にすることが非常に多い。
今回、私が任された相手は、そんな高ランクの魔物である。
高ランク故に対応出来る冒険者が限られるので、Sランクである私がギルドからの依頼を受け、わざわざ拠点にしている横浜支部から県外のギルド支部へと出張しに来ていた。
ちなみに移動には、支部に備え付けられている転移陣を使用したので、とてもラクだった。と言うことを付け加えておく。
「そら! こっちだよ!」
森の中を木を縫うようにして駆け抜けながら、顔だけで振り向いて追って来る魔物を挑発する。
「ギャッギャッギャッ!」
「はは! さすがは猿! 森の中では速いね!」
木から木へと凄まじい速度で飛び移りながら私を追いかけて来ているのは、体長が二メートル以上はある猿の姿をした大型のアクティブモンスターであるグラットンモンキー。
大半の魔物と同様に人語を理解することは無いが、挑発されたことくらいは理解できる脳みそを持った魔物である。
枝をしならせ、徐々に距離を詰めてきたグラットンモンキーは、トドメと言わんばかりに枝から勢いをつけて大きく跳躍し、地上を走る私の頭上へと鋭い爪の生えた大きな両腕を振り下ろして来る。
--だが、甘い。
「ギ!? ギギャッ!!」
グラットンモンキーの両腕が振り下ろされる直前、私の体は地面に映った影の中へと一瞬で沈み込む。
そして次の瞬間にはグラットンモンキーのすぐ後ろにある木の影から、まるで草木が生えるかのように姿を現した。
これは、魔人族専用魔法スキル『闇魔法スキル』のレベルを上げることで行使可能になる、空間移動系の技『シャドウコネクト』だ。
効果はフィールド上の一定範囲内の影を行き来する。というもので、少々クセはあるが扱いに慣れてしまえば実に便利な技だと言える。
「はい。残念でした」
土魔法のアースフォールを使用し一瞬で落とし穴を作成すると、すぐさま渾身の前蹴りでドンッと太い体毛に覆われた背を蹴り飛ばす。
前蹴りは素手スキルの技の一つで、ヒットすると余程のことが無い限りはノックバックが発生する。
今回の場合は背後からの攻撃がヒットしたので、後ろにのけぞるのではなく前につんのめる形となった。
勢い良く背を蹴られたグラットンモンキーは地面に踏ん張ることも出来ずに、悲鳴じみた鳴き声を上げながら真っ逆さまに落とし穴の中へと落ちていった。
「うわー。キレーに頭から落ちたねえ」
ひょい、と落とし穴を覗き込んで、底でピクピク痙攣しているグラットンモンキーの姿を確認する。
あれなら放っておいても絶命するだろうが、せっかくだ。
新しい武器を試してみよう。
ニヤリと片方の口角を吊り上げて、腰の後ろに括り付けてあった掌より少し大きい円筒形の物体を取り外す。
円筒形の物体には握り込むためのグリップと、安全装置であるピンがついていて、まあ簡単に言えばグレネードである。
「さて、どれくらい実戦に使えるか。お手並み拝見!」
笑いながら、グレネードを落とし穴へと放り投げる。
ーードオオオオオォォォォォッン!
「うわっ。予想以上だ」
投擲から約三秒後。
落とし穴へと落下していったグレネードは、耳が痛くなるほどの音と目が眩むような閃光。凄まじい炎と風を巻き起こして爆発した。
直後、眼前にポップアップしたディスプレイを確認し、グラットンモンキーが完全に消滅したことを確信する。
「よしよし、討伐依頼はこれで完了。ドロップは……毛皮と牙か。ま、妥当かな」
グラットンモンキーの毛皮は軽く保温性が高いうえ体毛の硬さから中型程度の魔物の攻撃ならば難なく防ぐので防具の素材として需要が高い。
牙は弓矢の鏃に使うと攻撃力が上がるので、こちらもまた需要の高い素材である。
「依頼も終わったし、さっさと帰ろうっと」
軽く体を伸ばしてから、フライを使って森の木々より高い位置へと上昇し、そのまま一気に森を越え、街の上空を飛び、冒険者ギルドの入り口前に着地する。
幸いギルドの中は時間の関係なのか比較的すいていたので、手早く受付で手続きを済ませ、報酬を受け取った足で転移陣を使って横浜支部へと帰還する。
実際はもっとゆっくりして来ても良いのだが、あまり長くいると高確率でギルドの職員から所属支部変更の勧誘に捕まってしまうのだ。
一回断って諦めてくれるならまだしも、大抵の場合は皆しつこいくらいに食い下がって来るので、面倒なことこの上ない。
この問題は私に限らずSランクとAランクの冒険者は経験していることで、その結果として高ランクの冒険者は余程のことが無い限り、所属している支部以外の冒険者ギルドには極力関わらないようにするのが鉄則となっていた。
誰だって、支部ごとのクエストクリア実績による順位争いには極力巻き込まれたく無いのである。
「あ。アデルさん、丁度良かった。今時間大丈夫ですか?」
「え? ああ、まあ大丈夫ですけど?」
無事に横浜支部への転移に成功し、転移陣の発する光が収まるのを待ってから転移用の部屋から出たところで、馴染みの女性職員に声をかけられる。
彼女いわく支部長が呼んでいるとのことだっので、既に何度か入ったことがある支部長室に一人で向かう。
いや、彼女も案内してくれようとはしていたんだけど、大量の書類を抱えていて、どう見ても忙しそうだったので、私の方から断ったのだ。
「支部長。Sランク冒険者のアデルです」
「おお。入ってくれ」
コンコン。と、支部長室のドアをノックすると、部屋の中から知っている男性の声が聞こえてくる。
一言「失礼します」と断ってから、ノブを回してドアを開ける。
横浜支部の支部長室は、帝国の各地に存在するギルド支部の支部長室に比べると質素……というか、実用的な内装となっている。
これは、貴族のような特権階級の依頼人をもてなさなくてはならない帝国側との違いだろう。
役所に併設されてまだ間もないギルド支部。
支部長のイスに座るのは、役所に勤めている公務員だ。
戦うことを知らない彼らだが、それでも彼らは冒険者のために慣れない仕事に取り組んでくれている。
そんな、全冒険者が敬意を表するべき全国四十七人の支部長の一人からの視線を受けて。
私は部屋の中に一歩、踏み入れた。




