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<8> セオリー

かなり身構えて公爵令嬢の後に付き従っていくと、予想を反してしっかりと侍女のいる部屋へ通された。

侍女は公爵令嬢の指示に従って、ナナエの顔をきれいにし、汚れたドレスを脱がせる。

そして、ソニア公爵家の馬車へ着替えのドレスを取りに行くように命じられ、侍女は部屋を退出した。


「ごめんなさいね?お寒いでしょう?」


そう言って、アンダードレスのままで長いすに腰掛けるナナエに、公爵令嬢は薄手のストールをかけた。

なんだか予想に反して至れり尽くせりである。

お茶とお茶請けまでテーブルに出されているのだ。

……意外といい人?なんてナナエが首を傾げていた時に、公爵令嬢は「あっ」っと小さな声を上げた。


「そうですわ。陛下にご連絡しないと。きっとご心配されてるわ…」

「……あ、そうですね」


考えてみれば何も言わずに広間を出てきてしまっていた。

居ないことに気づけば心配するだろう。

たかだか着替えに出て、大騒ぎされて捜索されたらたまったものじゃない。


「わたくし、すぐに陛下にお伝えしてまいりますわ。陛下さえ良ろしければ、こちらへご案内させていただきますわね?」

「あ、はい。すみません」


畳み掛けるようにそう言うと、ナナエの返事もそこそこに席を立つ。

そのまま扉の前まで行くと、一度振り返り「すぐに戻りますわね」と言った。

そして、ナナエが返事をするのを見届けると、ニヤリと笑って見せ、部屋を出て行く。


カチャリ。


公爵令嬢の微笑みに一抹の不安を覚えた瞬間に聞こえた、微かな施錠の音。

ナナエは急いで扉に小走りで駆け寄った。


「やられたぁぁぁぁああああああ!!!」


ガチャガチャとノブを回しても扉は開かなかった。

腹立ち紛れに扉を蹴ってみるが、やはりびくともしない。


──エーゼル民の国技は監禁なのかよ!!!


ナナエは額に手を当て、よろよろと長いすに戻る。

きっとこのままで終わりという訳ではないだろう。

この後もなんとかナナエに恥をかかせる為に何かを仕掛けてくるはずだ。

それまでにこの状況を何とか打開せねばならない。


部屋を見回してみる。

出入り口は扉が一つと、あとはバルコニーに続く大きな窓だけだ。

扉を蹴っても何の反応も無いと言うことは、部屋の外に誰もいないか、いても公爵令嬢の息が掛っていると見ていいだろう。

となれば、扉から出るのは無理そうだ。

魔法で壊すことも考えたが、公爵令嬢の邸宅ならまだしも、ここは便宜上親戚として頂いているヤボラ侯爵の屋敷だ。

恩を仇で返すわけにはいかない。

それは最終手段にとっておくべきだろう。


そしてなにより。

アンダードレスで派手に登場っていうのは頂けない。

ビスチェにフレアのミニスカートをくっつけたような形の上に微妙に透けているような露出度が結構高めの下着なのだ。

この姿では下手に邸宅内を歩き回るなんて不可能なのだ。

そんな姿で歩いているところを見つかれば、ナナエにとってもルーデンスにとっても恥でしかないのだ。


ならば。

もう一つの方、バルコニーにかけるしかない。

トゥーヤたちが屋敷の外で控えているといっていたはずだ。

入口で別れた時の口調だと、屋敷内には入って無くても、敷地内には入っていると見ていいだろう。

それならバルコニーに出れば見つけてもらえるかもしれない。

そう思って、急いで窓に駆け寄り少し開けてみる。

ピューっと入って来た風は、予想以上に冷たい。

それでもナナエは、ブルリと体を震わせてバルコニーに出た。

むき出しの足が冷たい空気にさらされ、体温を奪う。

すぐに寒さで足元からガクガクと震えが上ってきて、肩にかけられたストールの前をギュッと閉めた。

周りを見渡してみても人の気配は無く、大きな木が何本かあるためか、玄関の方からは完全に死角になっている。

念のため下を覗いてみるが、低木と芝が見えるだけだ。

この高さなら最悪飛び降りてもたいした怪我はしないかもしれない。


「トゥーヤ、マリー?シャル?誰か居ない~?」


あまり派手に呼ぶことも出来ず、ダメ元で小さな声で何度か呼びかけてみる。

すると3本ほど先の大きな木のほうからガサッと音が聞こえた。

外は暗く視界を凝らさなければ良く分からないが、その音と共に黒い影がこちらに向って来るように木と木の間を飛び移るのが見えた。

やっぱり敷地内に入っていたようだ。

そして、ストンッと言う音と共にバルコニーに現れたその人物は、ナナエを見るなり固まった。


「あ、シャル!」


声を掛けても無反応である。

今日はアンダー・バトラーとしてではなく、フットマンとして来ていたシャルは赤に金糸の派手なジュストコールを身に纏っていた。

屋敷で見たときは落ち着いて大人びて見えていたのに、今のシャルはすっかり動揺しきっているようだ。

ナナエが小走りに駆け寄ると、シャルはハッとしたように顔を赤くし、クルリと後ろを向く。


「も、も、も、申し訳ありません!マリー様をお呼びしますっ!!!」


すぐにでも飛び出していきそうな勢いのシャルの服の背中をナナエはグッと握って押しとどめる。

時間は無いかもしれないのに、そんな悠長なことはしていられないのだ。

早いとこ着替えて、ここから出なければならない。


「ううん、シャルでいい。悪いんだけどすぐに服を用意してもらえないかな?困ってるの」

「あ、はい」

「で、着替えたらここから出して欲しいの。出来るだけ急いで。お願い。シャルだけが頼りなの」


シャルの背中越しに覗き込むようにしてを見ると、ナナエの切羽詰っている様子が分かったのか小さく頷いた。

そしておもむろにジュストコールを脱いで、後ろを向いたままナナエに差し出す。


「僕のじゃ、小さいかもしれませんが……風邪を引くといけないので。すぐに戻ります」


そう言い、ナナエが上着を受け取るやいなや、シャルは返事も待たずにサッとバルコニーから飛び降りた。

その後、姿はあっという間に建物の影に隠れて見えなくなる。

ナナエはシャルに会えたことで、ひとまず胸をなでおろしそのジュストコールを羽織った。

小さいと思っていたジュストコールは以外にもナナエにぴったりのサイズで、袖もきちんと通せる。

(小さくても男の子なんだなぁ…)

なんて感心しながら服の前を合わせる。

これで大分寒さがしのげるはずだ。


いつシャルが戻ってきてもいいように窓は開け放したままにして、ナナエは室内に戻った。

体が随分と冷えてしまっている。

急いでテーブルの上のお茶を一口含むが、既に生ぬるく、暖を取るという目的は果たせない。

長いすの上に縮こまって座り、ジュストコールの裾で膝を覆い、その上に額を軽く預ける。

窓を開けている為、部屋の温度は少しずつ下がっていた。

それでもジュストコールのお陰で何とか耐えられる。

あとはシャルが戻ってくるのを待つばかりだ。


カチャリ。


静かな部屋にカギが開けられる音が響き、ナナエは急いで顔を上げた。

足をそろそろと床へ落とし、いつでもすぐに行動できるように身構え、警戒する。


「うっわ、何この部屋!すっげー寒い!」


ドアの死角になって見えないところから、酷く緊張感の無い声がした。

そしてすぐに両腕を抱えるようにして擦りながらひょろりとした若い男が入ってくる。

獣耳、そして長い尻尾。ワーキャット族だろうか。

お仕着せを着ているところを見ると、どこかの使用人らしい。

その男はナナエのことが目に入っていないような自然さでのんびりと歩き、ナナエの対面の長いすに腰をかける。


「あ、こんばんは~」


どう対応していいかわからず、中腰の姿勢でナナエは困惑していた。

そんなナナエに向ってその男は、軽く片手を挙げて笑って挨拶をする。


「…こんばんは」

「俺、キーツっていうの」


状況が飲み込めず、ナナエは黙ってキーツを見返した。

にこやかな表情からは敵意らしいものは見つけられない。

だが、何故かはわからないがそのにこやかな表情には違和感を感じる。


敵意がないとしたら、誰なのだろう?全く面識はないはずの男の顔をマジマジと見る。


「エリザベス様、だよね?」

「…そう、だけど」


だよね?の言葉に、キーツはナナエとは面識が無く、ここに居ることを知っていて来ているということがわかる。

となると、やはり公爵令嬢側の人間だと推察できた。


「ああ、どうぞどうぞ、座って。まずは話、しましょ」

「…………」


座るよう手でも促され、警戒しつつ腰を下ろす。

キーツはまるで害意でもないかのように深々と長いすに腰をかけていた。

ナナエはジュストコールの前をあわせ、手で押さえながら見据えると、キーツは幾分苦笑したようだ。


「実は、ね。うちのお嬢様から、エリザベス様を傷物にする様に言われちゃったんだよね~」


まるで世間話でもするかのような気安さでキーツは言った。

その、余りにもあっけらかんとした態度にナナエは困惑を隠せない。

内容も内容だが、何故ナナエに告げるのかがわからなかった。


「あ、聞こえてた?もう一回言う?」

「……聞こえてた」

「あ、そう?良かった~」

「いや、内容が全然良くない」

「だよね!俺もそう思う」


(そこで何故同意……)

キーツはパンッと手を叩きなが同意をするように、そして同意を求めるようにニコニコと笑う。

全く持って理解不能だ。


「ええっと、じゃあそーゆーことで、お引取り下さい」

「いやいやいやいやいや!雇われちゃってるんで、そうはいかないんだよ~」

「いやー、でも。そんなことしたらルーデンスの顔に泥塗る事になるんだし、あなたのお嬢様、ただじゃすまないんじゃない?」

「ああ、それ。俺も言ったんだけどね。ほら~…うちのお嬢様頭がアレだから……」


キーツはにこにこしながら右手の人差し指で頭を差してくるくると回す。

主人に対してそれでいいのか……。


「さて、そこで。エリザベス様に究極の2択です」

「究極クエスチョン!きゅーきゅー!ってやつね」

「……意外と度胸あるよね、エリザベス様。貴族のお姫様にしてはさ」


ナナエがなんとか話の流れを軽くして流してしまおうとしているのを察知したのか、キーツは一瞬だけ真顔になる。

そしてキーツは身を乗り出すようにして足の上で頬杖をつき、さっきとは違いニヤリとした笑い顔を浮かべた。

その表情には先ほどまでのわざとらしさは一切無く、それが彼本来の表情だとわかる。

少し意地悪そうで、余り考えが読めないその感じは、まさしく猫そのものを思わせた。


「俺、そういうの結構好き」

「それはどうも。で、2択は?」

「クールだねぇ。……それも面白くていいけど」

「…………」

「んじゃ、言うけど」


そう言うとキーツは再び深く座り、背もたれに肘を預け、見下すように頬杖を付く。

足を組み、ふんぞり返った姿は、入ってきた時の気安い感じとは違って酷く不遜で尊大に見えた。

そして、言い放った内容も酷いものだった。


「無理やりヤられるのと、同意してスルのではどっちがいい?」

「どっちもイヤに決まってるでしょ」

「あははははは!だよね!だよねー!」


さもおかしそうに腹を抱えて笑い転げる。

そうやってひとしきり笑った後、椅子から腰を浮かせてテーブルに手を着き、笑顔を貼り付けたままナナエに顔を近づけた。

そして手を伸ばすとナナエの首飾りに下から掬うようにして人差し指を掛ける。

その動作はとても自然で、ナナエにもキーツが何をしようとしているのか把握しきれない。

キーツはそのまま首飾りを引き寄せるようにして左右に軽く指を滑らせ、目を細めてその宝石の光が揺れるのを楽しんでいるかのように見えた。


「……何を、考えてるの?」

「ん~。残念だなって思ってね」

「何が?」

「それって結局さ」


そう言ってキーツは首飾りでナナエをグッと力ずくで引き寄せた。

そして、よろけたナナエの耳元に唇を寄せるとささやくように言う。


「無理やりヤられる方選んだって事だよね。……あぁ、残念」


そう言った瞬間、ナナエが身を引くのと同時に首飾りが引きちぎられ、まるでビーズが散らばるかのごとく薔薇をかたどったガーネットと、涙のようなダイヤがいくつも床を転がった。

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