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<6> 愛が痛い。

と、言うわけで。

おおよそ1ヵ月ぶりに戻ってきました!ヤボラの邸宅!!!!


……結局ここなのかよ。


また見知らぬ土地で過ごすことになるかも……とナナエが不安に思っていたら、あれよあれよと言う間に着いた場所がそこだった。

そうです。1ヶ月前にナナエが監禁されてた場所です。ヤッター!


あの日、ルーデンスとトゥーヤが何かひそひそ話しているのを、ナナエは首を傾げながら見守っていた。

と思ったら、問答無用でその日の内に出立。

あれ、ここ見覚えあるなぁ…?とかナナエが思っていたら、ヤボラだった。

やはり、オラグーン国内に居るよりも、国外に居た方が安全だっていう判断になったみたいだ。



監禁されていた例の部屋がそのまま今のナナエの部屋になっているわけだが、以前と違うことがいくつかある。

まず、ドアに鍵はかけられていないし、出入りは自由だ。

そしてトゥーヤもマリーもシャルも一緒である。

魔力が封じられているわけでもないし、邸宅の使用人たちとも自由に話ができる。

以前はずっと監禁されていたので、ナナエは使用人達と顔をあわせたこともなかったのだ。


そして。

ルーデンスの働きかけもあって、今現在、ナナエはヤボラの領主の遠縁の娘で、ギーヴ伯の娘と言うことになっている。

なんでもギーヴは最近領主が退役したばっかりで、まだ後任が決まってないらしい。

なので、一時的に今はナテルが領主代理を務めているとかで、色々情報操作上の融通が利くのだ。


そう、憧れの伯爵令嬢でございますよ!おほほほほ!


偽名までつけました。

何でもいいというので、あえてナナエは「じゃあ、エリザベスで!」っといかにもなお嬢様名をチョイス。

やはり”ナナエお嬢様”より”エリザベスお嬢様”の方がしっくり来ると思います。

執事が居る身としては!と、そこはナナエにも譲れないらしい。





「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「…………」


ナナエは差し出されるまま、カップを受け取り、そのまま口に含む。

実に美味しいお茶だ。

花の香りが心地よいフレーバーティだ。

リンゴも入れてあるので、味はかなりフルーティである。


「お嬢様、焼き菓子などはいかがでしょうか?」

「………ねぇ、ルディ」


ナナエは目の前で甲斐甲斐しく給仕をする執事、ルーデンスを頬杖をつきながら見る。

その能力は有能と言えば有能なのだが、それがまた困る事に本人は気づいていない。

そしてそれをどう認識させようかと頭を抱えるナナエの呼びかけに、ルーデンスは「なんでしょう?」と爽やかに笑って見せた。


「使用人の皆様方が超困惑してる。ぶっちゃけ可哀想」


もともとこの邸宅は、ヤボラの領主からルーデンスへ別荘として献上された物だ。

何度もルーデンスが滞在したことがあるので、使用人達はみなルーデンスが国王陛下だと言う事を知っている。

そのルーデンスが使用人のような格好で、たかだか伯爵令嬢程度の娘に傅いている。

どんなプレイだよ!

って言われてもおかしくないです、このシチュエーション……。


「何が仰りたいのかわかりませんが?」


いいや、分かってる。

そのニヤニヤ加減は絶対分かってる!


オラグーンを出てエーゼルに入ったことで、ナテルやゲインの気持ちも少しは軽くなったようだった。

このヤボラの邸宅に政務の書類を持ち込んで、時折現れてはルーデンスを邸宅内の執務室へと拉致していく。

やっぱり王様が国境を越えるとなるとピリピリするものなんだろう。

その分、スイーツテロが物凄いことになっているけどね!けどね!けどね……。


「そういえば、お嬢様。ヤボラ侯爵主催の夜会があるのですが、興味はございませんか?」

「ないな!」


即答である。

確かに舞踏会などと言ったら女性の憧れの場所だろう。

しかし。

流石のナナエでもダンスも踊れずに参加など恥をかくだけだと分かっている。

しかも元々貴族でもなんでもない。

貴族が集うその場所で上手く振舞える自信が無い。

王城で行われた晩餐会には出席したことはあるが、あの時は周りに顔見知りしか居なかったからセーフだったのだ。

……いや、シャンパン手酌するなってナテルに注意されたっけ。アウトじゃん。


「アクアマーケットの期間限定・ベリーミックスマカロン、出るらしいですよ?」

「…………!!」

「ああ、例のシャンパンも飲み放題なんですが」

「!!!!!」

「…お嬢様、”夜会”に、興味はございませんか?」

「あります。あるます!ぶっちぎりで、あるますです!」


そのやり取りを見てトゥーヤが横で額に手を当てる気配がした。

しかーーし!女には恥を忍んでも事をなさねばならない時がある。

止めてくれるな、おとっつあん!


「お嬢様、”おとっつあん”って何ですか?」

「シャル、放っておきなさい。見ちゃいけません」


…とうとう変な人扱いが来た。

「ママ、あれ何ー?」「しっ、見ちゃいけません!」を目の前でやられるとは思わなかった。

伯爵令嬢のガラスハートはズタボロである。

しかしこのままやられたままでいるナナエでは決して無い。

シャルがトゥーヤやルーデンスのように、主人に冷たい執事になる前に教育を施さねばなるまい。

さっとシャルの目の前に腰を屈めて、その手を握って顔を覗き込む。


「シャル、私のお願い、聞いてくれる?」

「はいっ、お嬢様」


ああ、なんて素直な返事。

腹黒執事は2人ともこの素直さを見習うべきである。


「今から言うこと、私の後に続いて言ってね?」

「はいっ、なんなりと!」


トゥーヤとルーデンスが胡散臭そうにその様子を見守る。

それとは全く逆にシャルは少し頬を赤らめながらなんだろうとワクワクしたような顔をする。

全く美味しそうなけしからん少年だ。


「僕は、はいっ続けて?」

「はいっ、僕は!」

「お嬢様の」

「お嬢様の!」

「愛の奴隷でs…」


ガツッ。


あれ、今、いつもより数倍痛い手刀が飛んで来たような……

一瞬意識が飛んだような気がするけど、きっと気のせい。


つーか、いつのまにかシャルは目の前から居なくなってるし。

どこに行ったの、私の愛の僕!


なんか、トゥーヤとルーデンスが酷くバカにした視線を主人に送ってきます…辛いです……。

それが愛ゆえの視線だとは分かっています!

分かっていますとも!

このツンデレペアーめ!


でも、その愛、凄く、痛いです…。


今日もナナエのガラスハートは粉々である。

ちなみにモラルや良心は、ちょっと自損事故で粉砕骨折中なので、いつもはこんなこと言ってません。

最近、執事の下克上が熾烈な様相を呈してきたことにナナエは懸念を隠せない。

そもそも主人とは使用人から愛され、敬われるべきものである。


「君たち、もっとご主人様を敬うべきではないかね?」


勇気を出して言ってみた!


「……フッ」


鼻で笑われた!

けしからん!早急な解決を求めるーーーー!!








初めて参加する舞踏会の為に、使用人達は急転直下の忙しさで走り回っていた。

まず、ルーデンスの夜会用の正装、そしてナナエにはドレスを用意しなければならない。

夜までに二人をを磨き上げ、ナナエには化粧も施し、更にはナナエをなんとなく程度には踊れるようにしなければならない。

夜会用に馬車も小奇麗に立派に磨かねばならないし、随行するフットマンにも立派な衣裳を見繕わなければならない。

なにしろ、エスコート役が国王陛下なのである。

恥をかかせられないと、侍従、侍女たちの叱咤激励が飛びまくる。


そもそも、こんなに混乱したのはルーデンスが今までヤボラ伯の夜会に参加したことがなかったからだ。

この邸宅の使用人達は全くと言っていいほど夜会慣れしていない。

夜会なんて参加しないものとして、その準備への技術を年々腐らせていっていた所だったのだ。

それが突然当日になって

「今日参加するから宜しくね。てへっ♪」

なんてやったもんだから、非常に使用人達はピリピリとテンパっている。

なんというか…獲物を狙うハンターのような神経質さだ。

のんびりしているのは当のルーデンスと、ルーデンスが恥をかいても全然困らないトゥーヤたちだけである。


「エリザベス様!そこはもっと背中をお伸ばしになって!肘が曲がっておりますわ!笑顔!笑顔!」

「ああっ、そこステップが違います!!」

「笑顔!笑顔!」

「そこっ!がに股になってますわ!!ドレスでいくら見えないからと言って、つま先の方向でわかりますのよ?!」

「笑顔!忘れてますわよ!笑顔!」

「また、お背中が丸まっておりますわ!俯かないでくださいまし!顎をお挙げになって!」

「笑顔!笑顔!」

「…………もう無理ぃぃぃ」


侍女たちのスパルタダンスレッスンにナナエは耐えられないようにガックリとうな垂れた。

ダンスの相手役を務めているトゥーヤはナナエの肩を宥めるようにポンポンと叩く。


「食べ物に釣られた結果です」


幾分笑いの含んだ声でトゥーヤが言う。

それを恨めしげに見ながらナナエは軽くトゥーヤの足をヒールで踏んだ。


「こんなほっそいピンヒール履くなんて聞いてないもん」

「独身女性はみな履く物です」


涼しい顔で言うトゥーヤを見て、ナナエは大仰にため息をついて見せた。

ナナエはそこまで運動神経が悪いわけじゃないはずなので、ダンスのレッスンはむしろ楽しみだった。

それがいざ蓋を開けてみれば、15cm程ある細いピンヒールを履いての全身運動だ。

バランスを少しでも崩せば…”足首ぐきっ”の、あの情けないポーズをさらすことになる。

ただ歩くのでさえ真剣勝負の靴なのだ。

ダンスなんて出来るはずが無い。


「これは、あれだ。壁の花で終えよう。ノーモアーダンスで!」

「国王陛下のパートナーがそれで済む訳ないでしょう?」

「済む!済むとき!済むならば!」

「我慢なさってください」

「やだーーーもう夜会なんて行きたくないーーーー」

「今更断れるわけがありません」


ピシャリとトゥーヤに言われて、ナナエは口を尖らせるしかない。

気安く行くと言ってしまったナナエ自身の責任だ。

でも。


「もう、足が痛い…。絶対これマメになる」


その場で右足の靴を脱いで、ドレスの裾を少したくし上げてつま先を見る。

そして、ほらっっとトゥーヤに見せ付けた。

その足の指は間接部分が軒並み真っ赤になっていて、足の甲には靴の跡がくっきりとつき、やはりこちらも赤くなっている。

履きなれない靴のせいで、かかとも赤く、靴擦れしかけている。


「足もむくんできた~~~もぅむりぃぃぃぃ」


ナナエがそう訴えると流石に侍女たちも渋々と言った感じで引き下がった。

ダンスだけではなく他にも準備があるのだから、とりあえずダンスはもう諦めてくれたようだ。

基本のステップだけでも一応覚えたのだから、後はどう本番を乗り切るかだ。


「失礼します」


そう言ってトゥーヤはナナエを抱え上げ、近くの長いすに運ぶ。

そうして、ナナエを座らせ、踵に手を添えると、今度はナナエの靴を腫れ物でも触るかのように優しく脱がせた。


「おおぅ……」


その見事な仕草に、ナナエは感嘆の声を上げる。

けだるく長いすによりかかる令嬢の靴を、傅いて丁寧に脱がせる美形執事!

なにこのエロチシズム!

ナナエは興奮を抑えきれないように拳を握って上下に振る。


「はいっ、トゥーヤ!私の、後に、続いてね!リピード、アフターミィィィイイイ!」

「は?」

「お嬢様」

「お嬢様?」

「おみ足、お舐め、イタシマショー!さんっ、はいっ!」


トスッ。


「あうちっ」


手を差し出すようにして思わず叫んだナナエに返ってきたのは額への手刀。

その手刀を放った主は非常に呆れた顔をしている。


「冷やしておかないと歩けなくなります」


ため息を一つ吐いた後、そう淡々と言うとトゥーヤは侍女に持ってこさせた濡れた布でナナエのつま先を覆った。

腫れかけていた足先を、ひんやりとした心地よさが襲う。

そして、その冷たい布越しに、トゥーヤの手の温かさを感じてくすぐったい気分だ。


「…トゥーヤは夜会に出席しないの?」

「他家の使用人は会場には入れません。外で控えさせていただきます」

「そっか~。じゃあ、マカロンをお土産にこっそり持ってくるね!」

「……恥ずかしいのでやめてください。令嬢らしくお願いします」

「ちぇっ、つまんないの」


背もたれに預けていた体をパタリと横に倒し、唇を尖らせながら座面を指先でいじる。

皆一緒に行くものだと勘違いしていたから、ナナエとしては少し憂鬱になる。

おそらくルーデンスがずっとナナエの側に居ると言うことは出来ないだろう。

仮にも国王ならば色々と貴族たちに顔見せしなければならないはずだ。

となると、その間ナナエは一人きりだ。

それを想像すると更に憂鬱になった。


「行くって言わなきゃ良かったぁぁ」


唇を尖らせたままナナエが言うと、トゥーヤが目を細めて「仕方がない方ですね」っと笑った。


会ったばかりの頃に比べて、トゥーヤは随分と話すようになったし、笑うようになった。

それでも普通の人に比べればまだまだ表情が乏しいのではあるのだろうが、トゥーヤが常ににこにこしていたらと想像すると逆に怖いのでちょうどいい。

そんなトゥーヤの”目を細めた笑顔”と言うのは中々見れない。

いつもは口の端だけ上げるような微妙な笑顔だからだ。

珍しいものを見たな、と、マジマジと凝視すると、みるみる間に無表情に戻る。


「何か顔についてますか?」

「うむ。目と鼻と口が」


……一瞬でジト目で睨まれた!

ただの冗談なのにここまで呆れられると切ない。


「いいじゃない、別に見たって減るもんじゃないし」


口を尖らせて抗議をすると、また少しだけトゥーヤは笑った。




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