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<57> 混乱の昼 (5日目)    -2-

 ある意味、これは素晴らしいと称賛しなければいけない所なのではないかと、その時その場にいた誰もが思った。村の入り口にたむろしている男連中は皆、どうみても堅気ではない。手にしたナイフをこれ見よがしにちらつかせてみたり、置きっぱなしになっていた木の桶を蹴飛ばしてみたり。そんな下品な男達の中、一人だけそこそこ身なりがしっかりとした青年がいた。

 昨日村にやってきたサリュエルと言う男である。


「あ、サリュエル様~!」


 (何度でも言うが)どうみても”堅気ではない連中”に混じって立つサリュエルを見つけ、リリンは満面の笑みを浮かべて駆け寄っていく。その様子に、それをこわごわと見ていた大人たちだけでなく、子供たちですらも深く息を吐き、しゃがんで頭を抱え込んだ。


「なんで、自分からいく……」


 村の住人たちと一緒になって、シャルも頭を抱え込んだ。どうみても、自分から危険に飛び込んでいる。というか、その危険自体自分で運んでくるわけだから、もうわざとやっているんじゃないのかと疑ってしまう程だ。


「サリュエル様!今日はどうなさったんですかぁ?」

「……リリン、ちょっと君のお爺さまとお話があってね」


 サリュエルの方はと言えば、そのリリンの余りの鈍感さに呆気にとられたのか、ひきつった笑いを浮かべていた。それでも、リリンの腕をとると、そのまま自分の後ろに居た男へとリリンを押し付ける。


「いたたっ。もう、サリュエル様ったら乱暴はしないでくださいね。リリン、泣いちゃいますよぉ」

「……お爺さまが来るまでの間、少し大人しくしてもらえるかな、リリン」

「はぁい。でも、お話が終ったらリリンとデートしてくださいねっ☆」


 完全に花畑モードのリリンに、強面の男たちも毒気を抜かれたように戸惑った表情をサリュエルに向けていた。ここは自分から進んで人質になりに行ったリリンに同情すべきか、それとも、セオリー通りの反応をしない人質を取って困惑している男たちに同情すべきか悩むところである。

 兎も角、そのやり取りを見て、男たちの狙いが村長と話すことだと判断した村人の一人が、村長を呼びに走った。

 

「どうしよう、もうコルレ兄ちゃんも騎士様もいないよ」


 子供たちが固まって不安そうにヒソヒソと話し出すと、その中の一番年長者である男の子が華の下をこすりながら、得意そうに腰に手を置いて胸を張って見せた。


「心配することないぜ」

「えっ?」

「こんなこともあろうかと、昨日あの優男帰った後に村長のとこいったんだ。んで、すぐに冒険者を雇う様に言ってある!だから村長も病気なのに無理して昨日いそいそ出掛けてったろ」

「流石!偉いっ」


 子供たちがホッとした様に明るい顔で少年を褒めちぎっていると、村の奥の方から村長と数名の若い男たちが慌ててやってくるのが見えた。身なりからすると、少年の言った冒険者たちなのであろう。皮の簡素な鎧に身を包み、腰にはあまり質がよさそうではない剣を下げている。


「ほら、見てろよ。あんな奴ら直ぐに追い払ってくれ……」

「逃げたな」

「逃げたね」

「っていうか、あの戦士の剣折れたんだけど」

「どんだけ安物使ってんだよ……」

「見事な一撃離脱だったな」

「一撃って……当てられてるの冒険者の方じゃないのよ。相手は無傷じゃない」


 子供たちの的確なツッコミにシャルは呆れたようにため息を吐く。緊迫した雰囲気が流れても致し方ない筈なのに余りにも呑気な反応だ。既に村長が雇ったと言う冒険者たちは見えなくなるほど遠くに逃げ出してしまっている。どうみても依頼料を値切ったとしか思えなかった。冒険者ギルドには今リリンをとらえている男達よりも腕の立つものは何人もいたはずだ。だが、腕がたつという事はそれそう相応に依頼料もかかる。そこを値切れば……言わずもがな。


「さて、村長。もう言わなくても用件はわかっているとは思いますが、秘宝を渡していただきましょう」

「えっ、サリュエル様どういうことですか?リリンへの結婚の申し込みじゃなかったんですか?」


 サリュエルの言葉に、今初めて状況が理解できたと言う様にリリンが声を上げた。その時、そこに居た村人全員がリリンを可哀想な子を見る眼付きで見てしまったことは仕方が無いことだろう。 

 

「思い違いをなさっております。サリュエル様、秘宝なぞこの村にはありませんのです」

「無いわけがないでしょう。この村だけ魔力の流れがおかしいのは明白です。何もないなどとは言わせません」

「そう思うなら、お探しになられればよろしいのです」

「強情を張るのは止めなさい。従わねば大事な孫娘が大変なことになりますよ」


 サリュエルがそう言うと村長は流石に言葉に詰まったように口を閉じた。が、子供たちは呆れた視線をサリュエルに向けていた。


「悪役ってなんでいつも同じセリフかしか言わないんだろう。台本でもあんの?」

「そもそもなんでリリン姉ちゃんはいつも自分から捕まるの?台本でもあんの?」

「っていうか、なんでいつも村長は詰めが甘いの?台本でもあんの?」


 子供たちが腕を組みながら首をかしげている。と、そんな子供たちを気にする様子もなく、村長たちは緊迫した雰囲気のまま対峙していた。


「……好きにするがいい。自分の蒔いた種じゃ」

「ちょ、おじいちゃん!!」


 予想外の村長の言葉に慌てたのはリリンだった。まさかあっさりと孫娘を諦めるとは思ってもいなかったのだろう。それはサリュエル達も同じだったようで、訝し気に眉をひそめている。

 

「次期村長の私を見捨てる気なの?今日までだっておじいちゃんに変わってしっかりと村をまとめてきたじゃないのよ!」

「それ以上にお前は村に災厄ばっかり運んでくるじゃろうが!もう勘弁ならん!次期村長だと言うなら自分自身で村を守ってみせい!」

「はぁぁぁ?私が傷物になったらどうするのよ!玉の輿に乗れなくなっちゃうじゃないのよ!」

「つい今さっき次期村長と言っておったではないか!村長になるなら玉の輿などのれるわけがないじゃろうが!」

「おじいちゃん、酷い!孫のたった一つの夢をバカにする気?」

「その夢の為に村を滅ぼされちゃたまらんと言っておるんじゃ!」


 突然親子喧嘩……もとい祖父子喧嘩が始まってしまい、村人もサリュエル達も一様にそれを呆気に取られてみていた。

 しばらくそのやり取りを傍観した後、サリュエルはコホンと一つ咳をした。どうやら仕切り直しを決めたらしい。


「わかりました。リリンはこの男たちに下げ渡すことに致しましょう。では、後は村長が従ってくれないのであればこの村の者たちを順番に処理していくことにしましょうか。何人目まで耐えれますかね」

「本当に秘宝などないのです!」

「では、端から殺していってもらいましょうか。希望者がいれば、どうぞ?」


 サリュエルは残忍そうな笑みを浮かべて、後ろに控えていた男達に目くばせをする。そうすれば、男達は各々武器を構え、ニヤニヤと笑い始めた。その場にいた村人たちは息を飲み、数歩後ずさる。その怯えた様子にサリュエルは満足気に小さく頷いた。


「希望者がいないのならば……そうですね、まず、そこの子供たちの誰かからお願いしましょうか」


 その言葉に大人たちは一瞬で青ざめ、傍観者となっていた子供たちは身を寄せ、互いの手を握りながら小さく震えだす。そんな子供たちの背をシャルはポンポンと叩き、大丈夫だよと笑って見せて立ち上がった。


「あ~、じゃあ僕で」


 誰もが声も出せずに震えていた時、まるで挨拶でもするような気安さで返事をしたのはシャルだった。軽く右手を上げ、数歩前へ進み出る。その奇妙な光景にサリュエルは胡散臭そうに、そして品定めでもするかのようにジロリと睨みつけた。


「お前、どこの家の子供だ」


 着替えを持っていなかったシャルの今日の服はリリンの弟の物であった。つまり服装では村人と何ら変わりが無い。しかしサリュエルは、シャルの雰囲気や動きで村人ではないとすぐに分かったようだった。だからこそ、家名を尋ねてきたのだ。


「どこの子供でもありません」

「私は男爵家嫡子。邪魔だては許さない」

「邪魔なんてとんでもない。次期男爵様の案に乗っただけですよ」

「……どういう、ことだ?」


 サリュエルがシャルの言葉に答えると同時に、リリンを押さえつけていた2人の体格の良い男の頭が飛んだ。そう、文字通り飛んだのだ。流石のリリンもギョッとしたようにその頭の飛んで行った方向を見て青ざめた。周りにいた男達は、それに怯むことなく、逆に怒気を孕んだ顔になった。


「なにを、した」

「だから、”殺していってもらいましょうか”っておっしゃったじゃないですか。なら、僕が端から殺していってあげようかと」


 男達とは対照的に恐ろしいものを見るような顔で、サリュエルはシャルに問う。その質問にシャルはニコニコと天使の微笑みを向けて答えた。いいアイデアでしょう?といった感じでシャルが再び数歩前に歩みだせば、男達のうちの一人が我慢できないように飛び出してきた。男は手にした大剣をシャルに向けて横なぎに払う。だが、シャルには傷一つ付いていない。先程と同じ場所に、同じように笑顔で立っている。それにイラついた様に男が再び剣を振り上げれば、今度はその大剣と共に男の両腕が吹っ飛んで行った。男は突然の衝撃と、激しい痛みにその場でのたうち回る。それも数秒の事で、すぐにその男は頭と体が離れた状態で絶命した。

 そうして、シャルが一歩前に出れば、男達が警戒して一歩後退する。流石に男達も、シャルが普通の少年ではないことにやっと気が付いたようだった。シャルの動きを見落とさぬように気を張り詰めているのがありありと見て取れた。


「こ、こら、シャル!」


 シャルが再び距離を詰めようと踏み出すと、それを遮る様にリリンは声を上げた。その声にシャルはキョトンとした表情でリリンを振り返る。


「なんですか?疫病神のお姉さん」

「あんた、ホント失礼ね!」

「あ、まさか、とは思うけど、傷物にされたかったりとかした?助けちゃまずかった?」

「なっ……そんな訳ないでしょ!私の初めてはイケメンとって決めてるんだから!」

「そこ、普通好きな人って言わない?」

「じゃあ好きな人(ソレ)で。(イケメンに限る」


 呆れたように半眼で返すシャルと、腰に手を当てて当然の主張だと言わんばかりのリリン。突然の事に驚きを隠せない村人たち。青ざめたサリュエルと、緊張隠せずにいる男達。その混沌とした雰囲気にだれもが奇妙な戸惑いを感じていた。


「ともかく!子供たちが怖がってるでしょ。派手に殺すのは止めてちょうだい」

「派手じゃなければいいの?」

「いや、できれば傷つけずに生け捕りで」

「はぁ……それってただの自己満でしょ。殺す方が楽なのになぁ」


 そんなシャルの言葉を聞いてサリュエルの顔は青いと言うより、白と言った方が近い色になっていた。何故なら、彼の言葉は、裏を返せば”傷をつけずに捕えることもできたのに、面倒だから殺した”と言ってるのと変わらなかったからだ。その言葉の裏に気付いたのはサリュエルだけだったらしい。リリンとシャルのやり取りを聞いて、馬鹿にされたと思った男達は、一斉にシャルに飛びかかった。


「っていうか僕、縄持ってないんだけど」


 気が付けば既に数人が意識を失って転がっている。そして、サリュエルもシャルによって地面に抑えつけられていた。たかが少年の力で抑えられたところで、本来なら簡単に抜け出せたはずであった。サリュエル自身も貴族の嫡子としてそれなりに鍛えていたのだ。気が付いたら地に顔を付けていたなど恥でしかない。しかし、シャルの手を振りほどくことが出来なかった。


「ああ、そうそう。次期男爵サリュエル様?」


 背中に回された腕が全く動かせない為に、振り返ることもできない。そんなサリュエルを上から押さえ付けたままシャルはサリュエルに小さく耳打ちした。


「僕はどこの家の子供でもないんですよ。陛下から子爵の位を賜ったので、言うなれば子爵家当主と言ったところでしょうか」

「……お前など社交の場で見たことが無いぞ。私を(たばか)る気か」

「あ、別に信じてもらわなくてもいいですけど~。僕は困りませんし」

「爵位の詐称は重罰に値するぞ」

「嘘ではないですが、……まぁどうでもいいことだよね。男爵家という笠を一生懸命かぶっているのがおかしくて、ちょっと意地悪したい気分になっただけだから」

 

 声のトーンを少し下げて突き放したように話すと、サリュエルは体をビクリと強張らせた。ダメ押しのようにひねり上げた腕をさらに強く引き上げる。するとサリュエルは痛みに耐えかねて小さく呻いた。


「ちょっと、お坊ちゃま。サリュエル様に乱暴なことしないでよね」

「未だに様呼ばわりとか……幸せな頭の中が羨ましいよ」

「何言ってるのよ。男爵家の貴族に怪我なんてされたら、報復が怖いじゃないの」

「あれ?皆の迷惑一応考えてたんだ?」

「あんたねぇ……」


 村の男達が持ってきた縄でシャルは次々の男達を縛って再び転がした。サリュエルだけは特別で、後ろ手に縛るだけにして、空き家に見張りと共に放り込む。その手際の良さに、リリンをはじめ村長たちは感心しきりだった。








 遅い昼食がテーブルの上に並べられ、その食事が今朝までと質が違っていたことにシャルは驚いていた。結局リリンは一度もシャルに礼を言わなかったが、きっとその食事が礼のつもりなのだろうとシャルは思った。


「で、あんたいったい何者なのよ」


 食事を終えると当然のようにリリンはシャルの向かいの席に座って尋ねた。斜め前には村長がいる。病をおしてわざわざ同席したという事は、村長もリリンもシャルの存在に不安を感じているのだろうと思われた。無理もないことだとシャルは思う。突然現れた供も付けていない貴族の子供が、男爵家とその手下をあっさりと下した。それはどう見ても異常と言ってもいいことだったと思う。


「あれ?言ってませんでしたっけ?」


 シャルがそうすっとぼけて見せると、リリンはイラッとしたようで、手に持っていたお玉でシャルの頭をコツンと叩いた。


「言ってないわよ」


 なるべく目立たぬようにと言いつけられていたにもかかわらず、大立ち回りを演じてしまったのだ。誤魔化すのは無理だとわかっていながらもとぼけるのは、リリンをからかうと面白いからに他ならない。現に今も、すでにふくれっ面になっている。


「勅命で最初の場所へあるものを探しに来た、ただの使者ですよ」

「何でそれを早く言わないのよ!」


 さらにもう一発お玉で殴られ、シャルは半眼でリリンを睨む。だがリリンの方はと言えば怒ったような、それでいて少しほっとしたような顔をしていた。


「私もおじいちゃんも、今の状態良くないって思ってるの。だから陛下の命令なら喜んで教えるわ」

「……どういうことかな」

「もう1カ月以上この村は春だわ。外はまだ冬の終わりだと言うのに。この村だけ春だから、本来冬に手に入れることが出来なかったものが簡単に手に入るの」

「別にいいのでは?」

「あんた、馬鹿ね」


 シャルの答えに、リリンは腕を組みながら呆れたように答えた。


「まず、冬の間に休ませなければいけなかったものが休めなくなるわ。畑、とかね。それに、冬は雪に覆われてできなかった猟が常に出来る。という事は必要以上に動物を狩ってしまう。慣れてしまえば、冬に蓄えるという事を忘れてしまう。いつなくなるかわからないこの状態はとても危険だわ。それに、よ。そうやって目立てば目立つほど、柄の悪い連中や、裕福で無い村等から襲われる危険が増える」

「……主に危険はリリンが運んどるんじゃがの」


 格好つけて公爵たれたリリンの言葉に村長が横から茶々を入れる。流石にリリンは反論こそしなかったが、祖父を強く睨んだ。


「早く普通の村に戻したかったんだけど、村のみんなが反対するからね。大義名分が欲しかったのよ」

「なるほど。陛下の命令なら仕方が無い、っ体裁をとるんですね」

「そう!そうなのよ!」

「じゃあ、教えてください。なるべく急ぎなんです」


 シャルが畳みかけるように食いついて言うと、リリンは少し苦笑してみせた。


「いいよって言いたいとこだけど、今出たらつく頃には陽が落ちちゃうわよ。だから、明日ね」


 そう言ってリリンと村長は深く頷いた。


息抜きに新連載を一つ始めました。

『主人公ちゃんがログインと同時にログアウトしていた件。』


気が向いたら読んでいただけると嬉しいです!

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