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<46> 邂逅

 地下水道の横の舗装された綺麗な足場をと歩きながらも、トゥーゼリアは憮然とした顔で流れる水に視線を投げていた。

少し先にはエナと、彼女をかばうようにして気を張り詰めているコルレが、ランタンの小さな明かりを掲げ、この酷く入り組んだ地下水道を迷いなく進んでいる。

エナは外すことを許されていない猿轡をしたまま、時折腕が痛むようなしぐさを見せ、俯きがちに歩いていた。

その後ろを不安も、焦りも見せないような悠然たる表情でルーデンスが続き、さらに数歩後ろをマリーが時折小走りについていく。

トゥーゼリアは一番しんがりだ。

もちろん、コルレは気づいていないであろう。気付かせるほど愚かでも、能力が無いわけでもない。

気取らせぬよう、トゥーゼリアは姿を隠して尾行しているのだから。

手の内は最初から見せぬ方が良い。


 コルレはトゥーゼリアが迷いなくエナや自分をを殺せるほど嫌っているのを知っている。

だからこそ、目に見えないその姿を警戒するのだ。

警戒すればするほど、その神経はすり減り、御しやすくなる。

コルレの行動は願ったりかなったりだ。

今のコルレはエナを側に置いている分、殊の外神経をすり減らしているのは一目瞭然であった。


 もちろん怪我を負い、足手まといであるはずのエナをルーデンスは部屋に置いていくように提案したが、コルレは首を縦に振らなかった。

エナの折れた腕を手早く手当て、固定し、彼女の姿を出来るだけルーデンスたちからの視界から阻む様にして動く。

その姿は、何かがあればエナの盾にでもなるかのような必死さもうかがえた。


(……馬鹿な男だ)


 ナナエの元に案内したところで、そこで殺されないとも限らない。

行った先で何か不測事態が起きた場合、今のエナは腕を折られ役には立たないし、そもそも、今ここに居る人間の中でコルレが容易に倒せる相手など一人もいない。


 それでも。


 コルレが引かないことはわかっていた。

そこに、不甲斐のない自分の姿をやおら重ねてしまい、余計不機嫌そうにトゥーゼリアは眉根を寄せた。

己が主人を守れず、傷つけ、命の危険に晒し。

今なお、己の力のみで助けることがかなわない。


 確かにコルレとトゥーゼリアではその能力の違いは歴然としていた。

だが、それを鼻で笑って嘲るほどコルレとトゥーゼリアの立場はさほど変わっているようには思えなかった。

現にこうして、己の力では何も解決できずに、利用され、あまつさえ己が一番助けを乞いたくない、避けたいと思っていた人物に従って解決の糸口を辿らせてもらっている状態なのだ。


 自分一人で身を張ってエナを守ろうとするコルレの方が、ただ従っているトゥーゼリアと比べて劣っていると何故言えようか。




 半刻ほど歩いただろうか。

辺りの風景がそれまでとは少し違った様子を醸し出していた。

あるのは水道と舗装された道だけではなく、所々に扉らしきものが見受けられた。

その扉の脇には必ずと言っていいほど玄関等らしきものが備え付けてあり、足元も明るく見やすくなっていた。


 さらに奥まった場所にあるひときわ質素な扉の前でコルレはやっとその足を止める。

中にナナエがいる、それは紛れもない事実のように思えた。

微かに、あの甘い花のような魔力の香りがトゥーゼリアの鼻孔を掠めている。

すぐにでも飛び出していきたい気持ちを抑え、トゥーゼリアはじっと息を殺した。







「ここに」


 そう短く言うと、ルーデンスはわかっていると言った素振りでコルレに顎をしゃくって見せた。

コルレに扉を開けろと言うのだろう。

余裕のあるそぶりを見せながらも、その慎重さに忌々しさを感じ、コルレは小さく舌打ちをした。

もしかしたらイェリア当主が来ているかもしれないという期待は、どうやら当てが外れたようだ。

外から窺う限り、部屋の中は静かで人の気配はない。

扉を開け、ナナエの死をルーデンスらが確認した後どうなるかを考えると酷く気が重かった。

それでも、この場から逃げることは不可能であるのはわかっていたし、この中にエナを助ける手段が残っているかもしれないというのも確かだった。

ゴクリと喉を鳴らし、意を決したようにコルレはドアノブに手をかけた。


「――――なっ」


 扉を開け、1歩中に足を踏み入れた瞬間、コルレはあまりの状況に言葉を失くした。

コルレが知っているこの部屋は質素ではあるものの綺麗な白い壁に囲まれ、特別な被検体を保管するために一切の無駄なものを排除した、まるで祭壇とも取れるような台座のある部屋だったはずだ。

通常よりも倍以上進行が遅く、胸元に浮き上がった魔核が常人の2倍以上大きく美しいものを持ったナナエの遺体は、その魔核の価値を上げる大事な検体としてここに運ばれた。

コルレが知っているのはそこまでだ。

だが、今の室内の様子は、そんなコルレの記憶とはまるでかけ離れていていた。

部屋全体が木の根のようなもので覆い尽くされ、所々露出している白い壁には所々に血のようなものが飛び散り、こびりついている。

同じく木の根で覆いつくされた床には、この部屋で研究をしていたであろう数人の研究員の亡骸が転がっていた。

その余りにも異様な光景の中、部屋の真ん中に鎮座するように横たわるナナエの姿を、コルレははっきりと捕えることが出来た。


 そして、もう一人。


 横たわるナナエのナナエのすぐそばに、見慣れぬ人影が合った。

年のころはシャルと同じぐらいであろうか、抜けるような白い肌に、黒髪の少女だ。

少女の髪は床を這うほどに長く、その双眸は琥珀を思わせるような美しさで、目を合わせれば吸い込まれてしまいそうな怪しさを醸し出していた。

少女の指先は遊ぶようにして少女の赤く潤った唇を這い、その爪先は薄い黄緑色に染まっている。


 その異様な光景を眺めて硬直したコレルにしびれを切らしたのか、ルーデンスがコルレを押しやり部屋の中央へと歩みを進めた。


「来おったな、人の子らよ」


 琥珀色の瞳を猫のようにきらりと光らせて、少女はルーデンスにニタリと笑いかけた。

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