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<42> 悲しみと怒り




「やれやれ。ホント面倒事ばかり。あの子の周りにはトラブルメーカーしか集まらないんですかねぇ」

「退屈しなくていいじゃないですか」


先程もたらされた報に、童顔の男が間延びした口調で愚痴をこぼすと、精悍な青年が苦笑いしながら答える。

オラグーン王弟パーリム大公ことクォルツと、元オラグーン騎士団長カイトだ。

元々オラグーン王家に好意的な貴族を回っているセレンやリフィンと違って、この2人は真っ先にバドゥーシに寝返った貴族たちを回っている。


「しっかし、大公様。上手くいくんでしょうか」


不安げな表情を浮かべ、カイトは左手で顎をさすりながら呟いた。

一番安全な好意的な貴族を回るのを王子たちに任せたのはわかる。

よりセレン王子に危険が迫らない選択なのだ。

だが、なぜ大公はバドゥーシに率先として寝返った裏切りどもの間を回るのかが理解できない。

表立って激しく敵対はしないが、比較的中立的な立場をとっている貴族を回った方がどう考えても効率は良い筈なのだ。


「ん~……いくと思いますよ?」

「何で疑問形なんですか……」


カイトが不安げに肩を落としてみせても、大公は素知らぬふり、というか我関せずと言った面持ちだ。


「明らかに裏切り者の貴族連中を回って説得するより、比較的中立な立場を取っている貴族を取り込む方が容易い気がしますが」


さらに言い募ると今度はカイトの顔をチラリと見て口の端を少し上げて笑った。


「今、この状況でどちら付かずなのは~、己の保身だけに注視しているからなのですよ~。そう言う輩はなかなか態度を変えませんねぇ。安全な場所から見てるだけの無害な奴らではありますが」

「ですが、明らかに敵を説き伏せるよりは遥かに楽なのでは?」


そうカイトが言うと、大公は更に笑みを深くした。

大公の指示に従ってはいるものの、そのやり方にはカイトは首をかしげざるを得ない。

裏切り者の貴族連中の娘や子息、妻などを拐かし、混乱を与え、あまつさえ隙を狙ってわざわざ己の命の危機を匂わせるような仕掛けを施す。

それがオラグーン王家側から仕掛けたものだとありありとわかる様に。

そうしてすっかり怯えた時に手を差し延ばすのだ。

今寝返れば、裏切ったことを不問にする、そして国奪還の暁にはそれなりの地位を約束しよう、と。


「簡単に寝返ったものは、また簡単に寝返るんですよ。ちょっとした恐怖と、その浅ましい野心を満たすような利益の話を耳元で囁いて与えてやればいい」


クスリと笑いながらも、一瞬背筋がゾクリと震えるような声色で大公が静かに言う。

普段は怖いもの知らずなカイトもその声色に密かに生唾を飲み込んだ。


「でも、それならまた更に裏切るかもしれないではないですか。仮に国を取り戻したとしてもそれでは王子が危険では……」

「誰が信用を置くと言いました?」


カイトの言葉が終わらぬうちにピシャリと大公は言葉を重ねた。

その口元からはいつもの柔和な笑みも先程までの不敵な笑みも一切消え、声色は恐ろしく低くなっている。


「国を取り戻すまでの間、利用できれば問題はない。”その後”など彼らにあるわけがないでしょう」


抑揚もなく告げられた言葉に、カイトは再び息を飲むようにしてつばを飲み込んだ。

無機質を思わせるような無表情さの中にも、瞳には明らかに怒りに燃えた何かがある。

それをカイトは感じていた。

胡散臭い雰囲気をまとった男ではあったが、ここまで無表情になる彼を見たことがカイトはない。

多少渋面になることはあっても、基本はのんびりとした口調で人をけむに巻くような笑みを張り付けているのが常の筈だ。


「大公、大公。顔、悪役になってるよ」


不意に目の前に現れたユーリスが大公の眉間をツンツンと人差し指で叩くと、途端にいつものあの胡散臭い柔和な笑顔に戻った。


「酷いですねぇ。悪役はどう考えてもバドゥーシ側じゃないですかぁ」

「……の、割りにやってることは悪役まんまじゃないのさ。僕もいい加減人攫い役は飽きてきたよ」


唇を幾分尖らせながらユーリスは空中で胡坐をかいて見せた。

家族を攫うのはユーリスの仕事。命を狙うのはカイトの仕事。

そして怯えきった相手に脅しをかけたうえで優しく囁くのが大公の仕事。

どこからどう見ても悪役のやってることと大差がない。


「まぁまぁ。いいじゃないですかぁ。なんだかんだ言いつつ肌がつやつやしてますよ。味見楽しそうじゃないですか」


ニヤニヤと笑いながら大公が言う。

ユーリスは魔族だ。

魔族の食事は人の生体エネルギー。

つまりは、そう言う事だ。

その話を聞きながらカイトは知らず知らずの内に渋面になった。

いくら敵方の家族とはいえ、直接的罪もないその家族たちが魔族の歯牙にかかっているかと思うと良心が痛むのだ。

そんなカイトの表情を知ってか知らずか、大公は自分より幾分高い位置にあるカイトの頭へ手を伸ばすと、くしゃっとなでた。


「お前は相変わらず素直でいいねぇ」


その表情は先程とは打って変わって酷く優しげになっている。


「お前がこういうのを好まないのは知っているよ。……けどね、私は許すことが出来ないのだよ」


その言葉は王都を出てから初めて聞いた大公の悲しみに満ちた声色だった。


「ですが、このやり方は確実に恨みを買いますよ」

「大丈夫。お前とセレンだけは何があっても私が守るから」

「……なに馬鹿なことを仰ってるんですか。それは俺のセリフですよ」


カイトがそう切り返すと、大公は「そうだね」と言って柔らかく笑った。

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