<41> 来訪者
――軟禁。
まさにそう言って過言ではなかった。
近くまで来たからちょっと寄っただけ、なのだ。
それが今や、ドアの外には見張り、窓の外には見張り。
ついでに部屋の中にも見張り。
そして目の前にはニコニコとした父、ヒュージィンが座っている。
「父様、私は兄さんに大事な用があるんです。こんなとこでお茶を飲んでいる場合じゃ……」
「まぁ、マリー。お前もそろそろ、な?パパ、釣書もこんなに用意しちゃったぞぉ」
パタパタと自慢げに釣書の束の上で手打ちをした。
不可解なヒュージィンの言動にマリーは首をかしげる。
ナナエの行方についての報を受け、その居場所を聞き、その道すがらにちょっと実家に寄っただけなのだ。
それが、よくわからないヒュージィンの引き留めに会い、見張りまでたてられて行動不能に陥っている。
シャルから秘密裏に遣わされた知らせにマリーは何かしら言いようのない不安を掻き立てられていた。
大した内容だったわけではない。
ナナエが身を寄せていたという村の話。そこからエーゼルの王城への道中での襲撃の話。
追手から身を隠すためにイェリア邸に身を置居ていること。
そして、マリーが来る必要はないということ。兄・トゥーゼリアと一緒である事。
ごくごく普通に書かれていた。
(……まぁ、それが異常なんだけどね)
マリーは目立たぬようにため息を一つ吐く。
イェリアの屋敷からこのファルカの屋敷までは馬で半日と離れていない。
なぜ、イェリアの邸宅なのか。
まずそれが疑問だった。
どちらかと言えばファルカの屋敷の方がエーゼルには近い。
そのファルカ家の邸宅に身を寄せずに、それを飛び越す様にしてなぜなのか。
トゥーゼリアならばイェリアに長期身を置くことの危うさは理解しているはずである。
イェリアは元来ファルカ家に使えているとは言っても、その狡猾さ、気まぐれさは他に類を見ない。
自分達だけならまだしも、立場的に各方面への餌へとなりうるナナエを連れての滞在は、わざわざナナエを危険にさらしてくれと言ってるようなものだ。
それはイェリアの身内であるシャルだって身に染みてよく分かっているはず。
ナナエの事を大事に思ってるであろうトゥーゼリア、シャルの2人がイェリアに身を置くことを良しとしている理由がわからない。
イェリアに弱みでも握られているか、もしくは、ファルカに裏切り者がいるから帰れないのか。
考えれば考えるほど自分に与えられている情報が少なすぎることに、マリーは歯噛みした。
――皆、何かを隠している。
それは確実なことのように思われた。
むしろ、隠していることを隠す気があるのだろうかと疑いたくなる部分も無きにしも非ず、だ。
「兄さん、イェリア家の邸宅にいるんですよね?」
「あ、あぁーまぁ、うん。そうだね」
「私も兄さんの所へ行きたいんです」
「いや、ほら。いくらイェリアと縁続きと言ってもだね。何人も押しかけるわけにはいかないだろ?うん」
こんな押し問答が何回も続いている。
明らかにマリーがイェリア家に行くのを妨害しているのだ。
よくよく考えてみれば、イェリア家に出向こうと急いでいた時に、何故かファルカ家の使用人にばったり会ったのも怪しすぎる。
「どこかへ行くのなら武器の手入れや道具などの補充をして万全にしてからお出かけになった方がいいのでは?」とか「久しぶりにお父様のお顔をご覧になって行かれては?」とかいやに進めてくるので首を傾げながら実家に寄ったのだ。
あれは、マリーがイェリア家に行くのを阻止するために仕組まれたのであろうことは、今でなら容易に想像できる。
その時。
わずかばかり、屋敷の外から馬の蹄の音が聞こえた。
ヒュージィンの必死の誤魔化し口上を流しつつ、その蹄の音に耳を澄ませる。
その蹄の音はだんだんと屋敷に近づき、玄関の前あたりで止まった。
人が馬から降りる気配もする。
足音から察するに4、5人と言ったところか。
マリーの部屋は正面玄関より死角になっているために窓からその姿を垣間見ることはできない。
玄関の重厚な扉がノックされ、使用人がパタパタと玄関へ向かう足音も聞こえた。
その玄関の扉が開け放たれ、来訪者の足音はそのまま邸内に踏み入れる。
すると、他の使用人達もなにやら少しざわめきだったようだった。
そのまま来訪者は応接室に招き入れられる様だ。
人付き合いの派手でないファルカ家には応接室に招き入れなければならないような客人が来ることはあまりない。
それこそ、主である王家の従者ぐらいだろう。
ふと気づくと、先程まで懸命に誤魔化していたマリーの父親、ファルカ家当主ヒュージィンともあろう者が顔色を失い、口を真一文字に引き結び、やおら立ち上がるところだった。
その表情は幾分強張っており、冴えない。
と、同時に使用人の一人が、階下より足早にマリーの部屋の前までやってくると、慌てたように扉をノックした。
「お話し中、大変失礼いたします。ご主人様、お客様でございます」
「……来たか」
扉の外の使用人の言葉を受けて、ヒュージィンがボソリと呟いた言葉をマリーは聞き逃さなかった。
客人の足音の癖で、マリーにもその客人が誰であるかは分かっている。
だが、なぜその客人の来訪によってヒュージィンがそこまで苦い顔をするのかがマリーにはわからなかった。
己が主の来訪にはもっとフットワークが軽くてもよさそうなものだ。
それが、明らかに足取りが重い。
「お父様、私も参ります」
そう言ったマリーを、ヒュージィンは軽く一瞥した後深いため息を一つこぼした。
「……そうだな。どのみちお前にも動いてもらわねばならんかもしれん」
マリーから顔を反らし、足元に視線を落とす様にしてヒュージィンは静かに言う。
その仕草にマリーは不安を覚えずにはいられなかった。
そうしてヒュージィンはまた一つため息を吐き、マリーに向き直ると困ったような顔をしながら両手を広げ、肩をすくめて見せた。
「マリー、私たちは大分窮地に立たされたようだよ」
「……話してくれなければ何もわかりません」
真剣な表情で答えるマリーに、ヒュージィンは困った顔のまま口の端を少し上げ、情けない笑顔を作って見せた。
「トゥーヤはオラグーン王家に対して反逆とも思える行動を繰り返している。イェリアはバドゥーシに寝返り、トゥーヤはイェリアの娘との婚姻を決めた。……それが、どういうことかわかるかい?だから、お前をイェリアにやるわけにはいかないんだよ」
ヒュージィンのその言葉に、マリーは背筋に流れる冷たいものを感じていた。
忠誠を誓ったはずの王家への反逆。
バドゥーシに寝返ったイェリア。
身を寄せているというナナエ。
そんな時期にイェリアとの婚姻を結ぶというトゥーゼリア。
自ずと分かってきていた。
ナナエが身を寄せているのではない。
連れ去られたのだ。バドゥーシ側になったイェリアによって。
そしてその後を追ってトゥーゼリアとシャルはイェリアに身を置いた。
恐らく2人はナナエを人質に取られているために身動きが取れないのではないだろうか。
だとすれば、トゥーゼリアが反逆行為を繰り返しているという理由も、イェリアとの婚姻を突然決めたことも説明がつく。
ファルカではナナエがイェリアに居るという情報はつかんでいなかった。
それは何か理由があるのだろうと思い、ヒュージィンやファルカのものにはナナエの名前を出さなかった。
万が一にでも、ファルカに裏切り者が混じっていた場合、ナナエの身が危険になるからだ。
まぁ、だからこそ、ヒュージィンはここまで悲壮な顔になってしまっているのだが。
ファルカも知らない。だとしたら、王家の方にもその報は行っていないはずである。
ならば、決めつけることなどせずに、ファルカを疑わず、まず直接問いただしに来るはずである。
王子はそう言う人間なのだ。
「父様、そんな情けない顔をなさらないでください。たぶん、セレン様には私からお話できることがあります。私はイェリアに加担するつもりもないし、兄さんと争うつもりもないです。大丈夫、私に任せて」
ニコリと笑って見せたマリーをヒュージィンは訝しげに見返していた。




