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<4> 森と商売とお茶。

シャルとルーデンスが来てから3日が過ぎた。

とても快適な生活をナナエは満喫中である。

見目麗しい執事が3人と可愛らしい侍女が一人。

まさに地上の楽園である。


不安のあったルーデンスは意外にも器用に何でもこなし、特にお茶が絶品だ。

しかし、流石に王様に傅かれるのは非常に居心地が悪い。

ただ、燕尾服と白い手袋というスタイルがルーデンスに似合いすぎる。

伏し目がちの時のルーデンスはまさに凶器といっても差し支えは無いだろう。

ナナエはその凶器のお陰で動機と息切れの激しさに悶えることもしばしばだ。

そんなナナエの反応を楽しんでいるのか、たまにわざとそうやって居る節もある。

侮りがたし、エーゼル国王。


シャルはとにかくよく気のつく子だ。

小走りでパタパタとナナエの周りを動き回り、ナナエが何かを言う前に察する事が多い。

あまりの有能っぷりに驚いてナナエが聞いてみると、


「ナナエ様をよく見ていると、ああ、次はアレがしたいんだな~ってなんとなくわかるんです」


とか頬を赤らめて言うのだ。

可愛すぎて、ナナエはこれまた悶絶する。

それでいて、ふとした拍子に見せる妙に大人びた仕草や表情がナナエの萌え心をこれまた苛む。

侮りがたし、白タイツ美少年。


…なんて考えてると、トゥーヤの視線が通常の5倍増しぐらい冷たくて痛い事に気がついて、ばれない様に

自重中。

別にトゥーヤに新鮮味が無いとか言ってるんじゃな…


トスッ。


後頭部への攻撃が日課になりつつあるのは頂けない。

最近は何故か心の声がダダ漏れであるようだ。抜本的な対策を練らねばなるまい。

そもそも主人の後頭部はもっと大事にするべきだ。

馬鹿になったらどうしてくれる!


「…フッ、今更」


チョットマテーーーー!ドウイウコトナノーーー!









ナナエは執事喫茶での手腕を買われて、ここ何日かは親交の深かった商店のVMDらしきことを請け負ったりしている。

お店の商品配置や企画の提案、商品開発の提案、商品の販売展開、販路確保の方法までにも話が及べば、もう似非経営コンサルタントである。

救いはこの世界ではそういう基本的なセオリーが浸透していないことだろう。

ナナエの浅い知識でのちょっとしたアドバイスですらも、かなり効果を発揮するのだ。

ありがたがれる事には悪い気はしない。

しかしだ。

一応報酬をもらっているとはいえ、たかがアドバイスレベルなのですずめの涙だ。

もちろん、粗食で毎日過ごす分には十分なのだが。

あのシャンパンを常時飲むためには足り無すぎる。

そして。

いくら無給でいいとは言っても、ライドンに戻ってきてからというもの、トゥーヤやマリーにお給金なるものを払えていない。

そして更にシャルとルーデンスという執事も増えている。

まぁ、お遊びでやっているルーデンスからすれば執事のお給金などはした金なのかもしれないが、なんとか払いたいと思うのは当然の感情だと思う。

それほど4人は良くやってくれている。

あ、忘れてた。

ライドンの邸宅には、非常に空気だが、管理人のタバサさんが居る。

人のよさそうなお婆さんで、食事の用意もそのタバサさんがやってくれている。

そんなタバサさんにもまともなお給金を上げたいのですよ!


お金の捻出方法でナナエがうんうん言っていたら、ルーデンスが一言。


「薬を売ればいいじゃないですか」


とか言い出した。

エーゼルの城では散々調合してきたのに、ライドンに戻ってきてからは薬の”く”の字も思い出せないぐらい離れていたのですっかり忘れていました。

そう、ナナエの10の才能の内の1つ、”調剤スキル”がありました!

その10の才能の内の2つ目はわんこ酒であることは語るまでも無い。

あとの8つは…現在解明中である。


「というわけで、町外れの森に薬草とか取りに行きたいんだけど!」

「今日はダメです」

「ナンデー!ドウシテー!」

「私がお供を出来ないからです。今日は少し屋敷を空けさせていただきます」

「別にそんなに遠くでもないし、マリーとかルディとかシャルを連れて行ってもダメ?」

「……」


トゥーヤは顎に手を当て、目を軽く閉じ、ひとしきり考えた後ため息を一つ深く吐いた。


「わかりました。シャルと2人で行ってください。マリーには留守番していてもらわないといけないので」

「私ももちろん行きますよ?」


そばで聞いていたルーデンスが口を挟む。

しかし、トゥーヤは余り良い顔をしない。


「何かあったときに、シャル一人では陛下まで守りきれません。我々の最優先事項はナナエ様をお守りすることですので。ここにいらしていただければ、マリーとタバサがお守りします」


淡々とそう告げる。

するとルーデンスはあからさまに鼻を鳴らし眉をひそめた。


「私は守ってもらうほど弱くはないと自負しています。自分よりもか弱くて、年端もいかない女性や老婦人に護衛していただくほど落ちぶれても居ません」

「ですが…」

「坊ちゃん、私が森へお供しますよ」


その声に振り向くと、箒を持ったタバサがニッコリと笑っていた。

タバサはトゥーヤの事を”坊ちゃん”、マリーの事を”嬢ちゃま”と呼ぶ。

ファルカ家のかなり昔からの使用人らしく、2人を子供のころから良く知っているらしい。

実のところ、マリーが”嬢ちゃま”なのはまだ良いのだが、トゥーヤが”坊ちゃま”と呼ばれる度にナナエは腹筋がむず痒くてしょうがない。

まぁ、ナナエのそんな腹筋事情は置いておくことにしても。

トゥーヤは何故かタバサの意見には逆らわないのだ。

何か弱みでも握っているのだろうか。いずれ問いたださないといけないかもしれないとナナエは心に留めておく。

そう、ナナエの後頭部の平穏を保つためにも!


「…わかりました。それなら」


結局、ルーデンスもトゥーヤも微妙に納得の行かない顔をしていたがマリーがお留守番、森へはナナエ、タバサ、シャル、ルーデンスのメンバーでいく事になった。








薬剤の材料は町でももちろん売っている。

本当はそちらで買ってもいいのだろうが、なにぶん元手が少ない。

元手がかからない薬草採集を選択するのは当然のことといえよう。

ただでさえ、調剤器具は最低限購入しなければならないのだ。

出来る限りコスト面で抑えなければならない。

調剤器具はトゥーヤの用事の帰りに買ってきてもらう約束をして、あとは材料集めだ。

森の中ほどまで入って、はぐれない様にお互いの姿が見える範囲内で薬草を摘み、木の実を拾う。

ずっと中腰の単純作業だ。


「……燃やし尽くしたくなってきました」


ずっと中腰で黙々と薬草探しをするのに飽きたのか、ルーデンスがストンと草の上に座り込んだ。

上流貴族育ちのルーデンスにはきつい作業だとは皆が思っていたので無問題だ。

ふっ…そんな軟弱な王様にも慈愛の目を向けてあげるのをナナエは決して忘れない。

感謝してひれ伏すがいい。

……後頭部への衝撃が無いのが意外と寂しいぞ!


「疲れたならお茶にしよっか。お菓子も持ってきてるし」


ナナエがそう言うと、シャルも顔を綻ばせて喜ぶ。

しっかりしているとはいえ、流石にまだ子供だ。

スイーツが大好きなことをナナエは良く知っている。

なにしろ、この3日間ナテルから送られてくるスイーツテロをナナエとマリーとシャルの3人で処理しているのだから!


「じゃ~ん、今日はふわもちドーナツだよ~!」


淡い水色のボックスに入ったドーナツを広げて見せると、シャルはわぁ!と素直に感嘆の声を上げた。

これは最近ディグの店とその隣のパン屋が共同開発したドーナツである。

リング状やハート型のドーナツは外側はふわふわ、中はもっちりの食感がすばらしい。

生地の種類はプレーン、ショコラ、ストロベリー、パンプキンで、上半分にはそれぞれ対応したチョコでコーティングされている。

中にはそれぞれアプリコットジャム、チョコクリーム、ホイップクリーム、お芋餡が入っている。

そしてその上にはマジパンで星やらリボンやら、女の子や子供たちが喜びそうな装飾を施してあるのだ。

それだけでなく、極々薄く伸ばされた飴でチェック柄よろしくコーティングしてあるので、ふわっ、もちっ、パリッっと3種類の食感が味わえる。

もちろんその飴細工はマジパンとドーナツの接着代わりでもあるのだが、ともかく見た目にとても楽しく、味も抜群な仕上がりになっている。

プレーンは仄かに甘酸っぱく仕上げており、ショコラは少しビターな甘さ、ストロベリーは中のホイップクリームにはイチゴの果肉を混ぜ込んであって、とてもフルーティな仕上がりだ。

パンプキンだけはちょっと趣向を変えて中はお芋餡、周りは実はチョココーティングではなく抹茶のマジパンで半分覆い、緑と黄色のコントラストの上に白ゴマを振りかけてある。

生地には南瓜を練りこんであって、ドーナツ、というより菓子パンに近い仕上がりだ。

中のお芋餡はサツマイモ餡はしっとりとしていてホクホクだ。

この商品開発にはもちろんナナエも関わっている。

これはいわゆる試作品なのだ。

年末の年越しのイベントに向けての新商品で、その時にカップルやファミリー向けに売り出す期間限定スイーツだったりする。


「可愛いし、とっても美味しいです!これどこで売ってるんでしょうか?」


目をキラキラさせながらナナエに笑顔を向けてくるシャルが恐ろしく可愛い。

このままでいけばナナエは青少年保護条例に抵触してしまうかもしれない。非常に危険だ。


「これはね~ディグのお店で年末に売り出す新商品の試作品なんだよ~」

「ああ、昨日ディグさんがいらしたのはこのお菓子を届けるためなんですね!」

「そうそう。新商品開発には私も一枚噛んでるから。試食させてもらってるの」


一つ一つ丁寧に材料や味の説明をナナエがすると、シャルはとても興味深そうにうんうんと頷く。

そしてナナエを尊敬の眼差しで見るのだ。


「ナナエ様は本当に凄いお方ですね。貴族のご令嬢でここまで経営や商品開発などに熱心で博識な方など、僕は見たことがありません。学者様みたいです」


うおぅ……。

汚れちまった大人としては、そのピュアアイズが眩しすぎます……。

この商品や今のフェア商品を開発したが為に近くのケーキ屋をつぶしてしまったとか、販路を確保する資金を捻出するためにディグの店とパン屋の生産体制を見直しまくって効率化し、下働きのおじさんを1人ずつリストラした話なんか口が裂けても言えません。

……大人って汚いんだよ!


そのリストラを敢行した挙句、罪悪感に苛まれるまでがセットだけど。


夜中にストレスで胃を押さえながらうんうん言ってたら、何事かとトゥーヤが飛んできたり。

「そんなことばかりしてるから無駄に恨みを買うんです」とか胃痛で苦しんでるのに説教されたり。

貴族の令嬢らしく屋敷に引っ込んでじっとしてろとか、悪知恵働かせる前に刺繍や裁縫方面で貴族らしい仕事をしろとか。

裁縫が出来ないなんて女性としてありえません。とまで言われたんだよ!


実はそこまでがセットだったんだよ!


私の女としてのプライドがズタズタだよ!

ガラスハートが木っ端微塵だったんだよ!


…なんてこぶしを震わせながら一昨日の事を思い出してみる。

執事が主人のハートを粉々にするとかどんな下克上ですか。



ドーナツをはむはむと食しながら、取った薬草を検分する。

やっぱり寒くなってきている為かあまり薬草の状態が良くない。

それに商売としていくのなら、毎回毎回必要な素材を取りに出るのでは非効率だし、購入するのもコストが掛かる。

いずれ室内栽培の方向も考えてみるべきかもしれない。

薬草や香草などのちょっとした素材ならば自家生産で大量に作った方が手間が省けて効率化を図れるだろう。

問題は冬でも春や夏と同じだけ生産できる施設の開発だ。

エーゼルにあったアクアマーケットの技術をこっちにも応用することも出来るだろうが、あれはなにぶん初期投資がかかりすぎる。

そんな資金があったらそもそも働いてないので、低コストで同効果を得られる何かを考えないとならないだろう。

ビニールがあれば話は結構簡単なのだろうが、ビニールというものがこの世界には存在しない。

ガラスはこの世界ではコストも高かすぎる。

国が出資している事業とは違うのだ。

手軽に低コストで出来る何か…


ドーナツを食みながら顎に手を当て考える。

…せっかく図書館勤務してたんだから、もっと色々本を読んでおくべきだった。

まぁ、異世界に来たくて来たわけではないし、こうなるとわかっていたら読んでいたはずだ。

でも、読んでないものは仕方がない。

タバサに差し出されたお茶を促されるまま飲む。


その時だった。


──ピクリ。


シャルがその大きな耳を前方の森の奥へ向けてピンと立てたのだ。

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