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<3> 3人の執事。

目を少し開けると、視界にいつもの天井が飛び込んでくる。

すっかり寝入ってしまっている内に、部屋に運ばれてしまったようだ。

二日酔いで頭がガンガンする。

痛む頭を押さえながら「う~…」と呻いてみせるとその視界に黒い影が入り込んだ。


「お目覚めですか?」


その人物をはっきり認識するとナナエはホッとした。

最近は朝起きたときに一番最初に見る顔を確認するようになってしまった。


「トゥーヤ、頭、いたい~~」


甘えるようにナナエがそう言うと、トゥーヤは酷く呆れたような目でナナエを見た。

その表情がとても気安く自然でナナエは嬉しかった。


「よく考えもせず、馬鹿みたいに飲むからです」

「注いだトゥーヤが言うな」

「自己責任です」

「…ねぇ、トゥーヤ」

「はい」

「これと同じやり取りを2週間前にもしたことある気がするわー」

「わかってるなら、いい加減学習してください」


トゥーヤが少しだけ口元を緩める。

いつものほんの僅かな苦笑にナナエもつられて笑顔になった。

差し出されるまま水を飲み、伸びをする。

外はもうかなり日が高くなっているようだった。

いつもより遅い目覚めも、トゥーヤが気を利かせてくれたのだろう。


「ほぅ…トゥーゼリアでも笑うんですね」


不意にした声の主を見やれば、昨日ゲインと散々言い合いをしていたルーデンスが居た。

トゥーヤは既に無表情に戻っている。

ルーデンスがいるということは、ナテルとゲインの説得が失敗したのだろう。


「乙女の寝室に勝手に入っちゃダメでしょ、ルディ」

「トゥーゼリアだって入っているでしょう」

「トゥーヤは私の専属執事だもん。いいの」

「なら私も執事なので問題ないですね」

「は?」


ルーデンスの言葉にバッとトゥーヤを振り返ってみると、何故かトゥーヤは苦々しい表情をしていた。

眉間にくっきりしわが刻まれている。


「2週間だけ、お預かりすることになりました。執事見習いとして」

「はぁ?なんで???私許可してないよ!」

「…借金の帳消しが条件ですので」

「うぐっ…!」


トゥーヤの表情の意味が理解できた。

苦渋の選択というやつだ。

このままだと極貧生活からは抜け出せない。

それを条件に出されれば頷かざるを得ないのだ。


「ゲインたちのほうは良いわけ…?」

「少しは困った方が良いのです。ガルニアとの婚儀が破談になったとたん、釣書攻め。書類の間に挟むなど言語道断。うんざりです。しばらく帰りません」

「あっ、ナテル殿下たちなら2週間だけ預かってくださいって泣きながら帰っていきましたよ?」


マリーがニコニコしながら朝食を運んできた。

トゥーヤとは打って変わってマリーは歓迎モードだ。

前から思っていたが、マリーはイケメンに甘い。

このままではいつ性格の悪いイケメンに利用されないとも限らない。

これは後で説教しなくてはならない。年長者としての勤めだ。


「ああ、そうです。ナナエ様」


ナナエが居室のテーブルに着くと、不意にトゥーヤが何かを思い出したように口を開いた。

朝食を口に運びつつも、ナナエは首を傾げて見せる。


「アンダー・バトラーとして、私の親族を雇いました。事後報告になりましたが、本日よりお傍に上がります」

「なんで?そんな人数必要?」

「…この間みたいに妙な輩に隙をつかれる事もありますので。王子からも要請がありました」

「あぁ…そうねぇ…」


トゥーヤとナナエの二人はチロリと視線を横にやる。

妙な輩と揶揄された張本人は澄ました顔をしている。全く反省の色はない。


「護衛なら私でも十分役に立てると思いますが?」

「2週間で帰る王様は大人しくしててよ」


冷たい視線を向けてみるも、ルーデンスは穏やかな表情で笑っている。

流石は腐っても王様。

ちょっとやそっとの事では屁でもないらしい。アイアンハートだ。

ガラスハートのナナエとは訳が違う。


「今は応接室の方で待たせておりますのでお食事がお済み次第ご紹介したいと思います」

「そっか。じゃあ急ぐね」


食事を手早く済ませようと急ぐ。

トゥーヤが温かなスープをナナエの目の前に置き、ルーデンスは器用な手つきでお茶を入れてみせる。

美形の執事が二人。

──ここは地上の楽園か!


「さ、ナナエ様。お茶です」

「ちがーーーう!!!!」


差し出されたお茶を手に取りながら即時にダメだしする。

すると、ルーデンスはきょとんとした顔をしてみせる。

何が違うのかわからないらしい。


「そ・こ・は。”お嬢様、こちらを…”とか愁いを帯びた瞳、かつ伏し目がちにそっと差し出す!それが金髪執事の役目!!!!!」

「なんですかそれは…」

「ちがーーう!そんな呆れた目で見ない!そういう冷たいのはトゥーヤだけで十分なんだってば!そんな冷たいのばっかり回りにはべらせたら私の心が荒む。ルディには是非愁いを帯びていつも悲しげな執事を…」


トスッ。


「あうっ」


後頭部をトゥーヤの手刀が襲う。

油断のならない執事である。


「陛下、本気にしないで結構です」

「……トゥーゼリア、お前も苦労していますね」

「お気遣い恐縮です」


ちょっと待て、主人を差し置いて、何二人で親交を深めていやがりますか!

ちっとは私の意向を汲めーーーー!!!












騒がしい朝食を終え、手早く着替えた後、応接間に移動する。

するとそこには……


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


ナナエは歓喜の声を上げる。


神よ…!なんていい仕事をしやがりますか…!!!!

そこには天使をそのままちょっとだけ大きくしたような、愛らしい風貌の少年がおどおどとした表情で立っていた。

さらさらの金髪に緑色の瞳がのぞき、小さく薄い唇がなんとも愛らしい。

パピヨンのような大きな耳はもはやリボンのような可愛さだ。

肩幅は小さく、背も人より大分小柄なナナエよりも更に低い。

ともすれば少女に見間違えそうなほどの容姿に感嘆の声しか上げられない。

その儚い美しさと可愛さを持つ少年が執事の様に堅苦しい燕尾服に身を包んでいる。

そのアンバランスさがこれまた刹那的な美しさを醸し出す。

しかもズボンがキュロットだ。

その下は白いタイツに編み上げのショートブーツ。

けしからん。まことにけしからん。

これは神が作りたもうた芸術品に他ならない。


「ナナエ様、私の従兄弟に当たりますシャルです。年はまだ12と若いですが、実力は保証します」

「お…お初にお目にかかります!シャル・イェリアです。至らないところもありますがよろしくお願いします」


トゥーヤの紹介に続いて、シャルは慌てたように口を開く。

そして、難しい言葉を言い切った!っといった感じで目をきらきらさせて頬を少し上気させた。

白い肌がほんのりと桃色になって、えもいわれぬ…。


「シャル、こちらがお仕えするナナエ様です。多少…大分難はありますが粗相のないように」

「ワー凄いトゲあるワー悲しくなるワー」


ナナエが小さな声で抗議してみるものの、トゥーヤは涼しい顔で無視を決め込んでいる。

口を尖らせてみても、意に介する様子もない。

全くとんでもない執事である……。

仕方がないので抗議は諦め、ナナエはシャルの前まで来ると腰を落としてシャルの手を掬い上げるようにして握った。


「はじめまして、ナナエです。これからよろしくね」


そう言ってナナエが笑うと、シャルは顔を真っ赤にした。

その姿もなんとも初心で可愛らしい。食べてしまいたいぐらいだ。


トスッ。


再び後ろから手刀が襲った。心の声がうっかり漏れてたようだ。

というか主人の頭をなんだと思ってる。けしからん。

だが、シャルは緊張の余りか全くナナエの言葉が耳に入っていなかったらしい。グッジョブ。


「な、ナナエ様。僕がセレン王子様の正妃となられる方とお会いできるなんて…しかもお傍にお仕えできるなんて、光栄です!」

「…………」

「…………」

「…………」


シャルのその発言で、一瞬部屋の空気が凍った気がした。

なにこの居た堪れなさ。


「いや、あのね…セレン王子と結婚とか無いから……。こら、みんな動け!固まるな!”いてつくはどう!!”」

「そう…なんですか?申し訳ありません。失礼なことを言いました」


シャルが少し悲しそうに目を伏せる。

ルーデンスはあからさまに眉をひそめ、トゥーヤですら眉間にしわが薄くはしっている。


「勘違いは誰にでもあるわよね。誰から聞いたのかは知らないけれど、誤解が解ければいいの」


シャルの右手を両手で挟み込みながら、勤めて優しくなだめる様に言う。


ナナエだって馬鹿じゃない。

ルーデンスやトゥーヤの気持ちにはとうにわかっている。

気づかないほうがおかしいってぐらいのアピールは受けているし、直接的にも間接的にも言われている。

でも。

まだ、誰も選べない。

ナナエには自分の心がいまいちわからないのだ。

ぶっちゃけて言えば。

ルーデンスもトゥーヤもカイトもリフィンもセレンも好きなのだ。

ずるいって言われようが、好きなものは仕方がない。

……とか、本気で言ったら刺されてしまいそうだけど、結構本気だったりするのだ。

一人に決めるのが難しすぎる。

特に、トゥーヤとルーデンスは、ナナエの中ではちょっとした別格扱いだったりもする。

たまに胸のキュンキュンが止まらないのだ。

乙女心が悶え死にしそうになることが多々ある。

でも、選べないのだ。


そしてもうひとつ大きな理由。

結局、相手の気持ちを信じれていない自分が居るのをナナエは知っている。

それがナナエの気持ちに大きくブレーキを掛けているのも。

自分の魔力が大きいことで、変に男性に好かれることを理解しているからだ。

いつかある日、この魔力が永続的に無くなったら。

彼らにとってナナエがいらない人間になってしまうんだろうか。

そう思うと踏み出せない。

むしろ、今この状況はナナエ自身の魔力によって、ナナエの周りに居る男性の気持ちを騙しているのではないかという疑心と、少しの後ろめたさがある。


だから気づかない振り、本気にしてない振りでチラチラと周りの様子を伺って、気持ちを確認するような事までしてしまう。

チラチラ周りの顔色を伺ってばかりいる女子とか嫌いなのに自分がそうなっている矛盾に頭を抱える。

(どうか石を投げられませんように。)

とか

(刺されませんように)

とかビクビクしながら願う毎日だ。

そんな、一筋縄ではいかない理由があるのだ。


「どうせ、あのイタチ親父が吹き込んだんでしょう。…やはり一度殺しておくべきでした」


トゥーヤ、殺気を込めるのやめて!シャルが本気でおびえてる! 

一層不機嫌な顔になったトゥーヤとは違って、ルーデンスは笑顔でシャルに近寄るとしゃがんで視線を合わせた。


「ナナエ様はエーゼル国王陛下の正妃になられるんですよ。きっと情報の間違いですね」


──スパンッ。


さも第三者の振りをして誤情報を流すとはあなどれない。

とりあえずナナエは、近くにあったスリッパでルーデンスをはたいておいた。

エーゼル国に居たなら不敬罪ものだろうが、ここはオラグーンだし、今のところは一応ナナエ専属の執事なのだからこれぐらいは許してほしい。


「ルディ、話をややこしくしないでくれる?」


ニッコリ笑って言うと、ルーデンスは少し不機嫌そうにシャルから離れる。

シャルは訳もわからず困惑の表情だ。

突然来てこの雰囲気は困惑しても当然である。


「ともかく、私はそんな偉い人じゃないの。申し訳ないけれど、それでもよろしくね?」


そう言うとシャルは初めてニッコリと笑って「はい!」と元気に返事をしてくれたのだった。

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