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<24> ロリコンはイカンです。

ちょろい。ちょろすぎる。



目の前には酔い潰れてテーブルに突っ伏すゲインの姿。

その横では相変わらずウィリナが突っ伏して寝ている。


「まぁ、結局馬車って言うのは不本意だけど。これでウィリナ様を馬車に同乗させれるわ~」


ナナエは両手を首の後ろにやるようにして、体を仰け反らし、伸びをする。

それをキーツはなんとも言えない様な微妙な顔で見ていた。


ゲインはナナエに飲み比べの勝負を挑んできた。

もちろん、ゲインはとてつもない程の酒豪だ。

ナナエごときでは勝てるはずは無い。

だが、その勝負に勝たなければウィリナを同行させないというのだ。

ならば勝つしかないのだ。


「姫さん、酒強ぇんだな」


感心したように言うキーツのグラスに、リリンがボトルの中の水を注ぐ。

そう、”水”なのだ。

全く気づいていないキーツはそれを呷るなり眉をしかめた。


「………随分と味のしねぇ酒だな」

「まともにやって勝てる相手じゃないのよ」

「にしては、ゲイン様は結構早く潰れたようだけど」

「フフン。そんな小細工だけじゃ安心できないでしょ。…盛ったのよ」


人差し指と中指で軽く挟んだ薬の包みをひらひらと見せると、キーツは明らかに呆れた様な顔をした。

微妙に批難してるように見えるのは気のせいでは無いだろう。


「お姫様がそれでいいのか……」

「いいのよ。私に薬学覚えるきっかけくれたのもルディだし。それを遺憾なく発揮したんだから喜んでもらいたいぐらいだわ~」

「本、か。そこだけはお姫様だな。読んでる内容はアレだけど」

「本はいいよ。そこには無限の可能性がある!」

「そうかぁ?ウィリナ様は恋愛小説は読んでたけど、姫さんみたいに専門書とかはぜんぜんだったな。でもその方がお姫様って言うか、女の子らしいじゃねぇか」

「馬鹿いわないでよ。私達の中の無限の可能性を引きずり出してくれる何か、に出会えるかもしれないじゃない。えり好みなんてナンセンス!」

「それでやることが、薬を盛るズルか……まるで悪役じゃねぇか」


幾分幻滅したようにキーツが項垂れる。


何度も言うが!ナナエはお姫様じゃない。

そして、ナナエは別に正義の味方じゃないし、聖女でもなんでもない。

多少汚い手を使うのもやぶさかではない。

それで揉めないで済むなら万々歳ではないか。

ただ、お酒に盛る事を考えて、薬の量をかなりセーブしたため、予想よりはずっと時間がかかった。

お陰で胃がたぷたぷだ。


「リリンもよく協力してくれたねぇ。どうやってゲインさんに内緒で伝えようかと思ったのに」

「昨日の酒盛りも見てましたから。素のままじゃゲイン様には勝てないと踏んでましたので」

「ほんと、良く気が利くねぇ……この村だけで終わらせるのは勿体無い気がしてきた」

「……じゃ、是非お召し上げを」

「うん、無理」


ナナエが即答すると、リリンは小さく苦笑した。

無理とわかってて言ってみただけなのだろう。


この何日か、ナナエの傍に居て、ゲインやルディの警戒っぷり、村を襲った男達の事。

それらを考えると、自分が役に立てないことをリリンはきちんと理解していた。

頭の回転がいいというのはこういう時にいいのか悪いのか。

もっと聞き分けが悪く食い下がれば、ナナエがうんと言う可能性もあったかもしれない。

それでもそうしなかったのは、リリンがその先のことまで考えてしまったからだ。

引くべきところをきちんとわきまえて、引いた。それだけのことである。


「いつか、エリザベス様の周りが落ち着いたら。召し上げてくださいね」


リリンはそう言って、シャンパンを呷る。

それが精一杯のお願いだった。


ナナエもそれをわかっているのか、視線を合わせず、小さく頷いた。












予想外と言うか、予想通りというか。

ナテルはナナエよりも危機感が薄かった。

ウィリナの同乗は二つ返事でOK。

あまつさえ、エナも同乗すれば良いと言い出したのだ。

ゲインが渋りに渋っても「流石の私でも普通の女の子達にはやられませんよぉ~」とかのんびりといつもの調子で返して、結局ナテル、ナナエ、エナ、ウィリナの4人で馬車に乗ることになった。

馬車といっても、相当の広さで、まるで観光バス並みである。無駄に広い。

リリンが中を覗いて、流石王家の馬車は違いますわね……としきりに感心していた。

そして。

ルツの言う”未来の魔王の手先(予定)”なナテルを見て微妙にがっかりしていたのはナナエだけの秘密にしておこうと思った。

ルーデンスと違ってまだまだナテルの認知度は低いから仕方が無い誤解なんだけども。

どう見てもナテルはそういうタイプではない。

がっかりするのはわかる。

でも、人一倍優しくて皆に気を使えるのがナテル。

ナテルはそれでいいのだ。



村中総出でお見送りなんて、ちょっと恥ずかしいけれど、微妙に感動しつつ村を出発した。

リリンは柄にも無く、村の出口のところで号泣していた。

最初はあんまり仲良くなかったのに、たった数日間一緒にいたというだけで、なんだか妙に別れ難いと思ってしまう。

いつの間にかナナエもリリンのことがかなり好きになっていたようだ。

思わずもらい泣きをして、ナテルに借りたハンカチでこっそり鼻を拭いた。

……あとで洗って返します。


「そういえば、村から少しだけ先のところが妙なことになってたんですか知ってます?」


ナテルが話の種に、と言う感じで話し出す。

そして馬車の窓を開けて少し先の方を指してみせる。

ちょっとだけ道から外れたその場所は何故かその一角だけ草が生い茂っている。


「私とキーツが来た3週間前ぐらいはあんな風になってなかったと思うけどなぁ……」

「ん~…2週間前ぐらいにはああいう風になってたと思いましたけど?村でもちょっと噂になったんですよ。あそこだけ春みたいだって」


ナナエの言葉にエナが言葉を重ねる。

不思議だねぇと口々に言いながらそこを眺めた。

しかし、ウィリナはそれには全く興味を示さない。

ナテルと顔を見合わせながら目配せをする。


「ちょっと……貴族のお姫様が好きそうな話題提供してよ」


ボソリとナナエが言うと、ナテルは情けない顔で眉尻を下げる。


「私だってちょっと前までは平民だったんですから~そんな無茶振りされても……」

「王弟がそんなんじゃダメでしょうが」

「そんな事言われましても……」

「ルディならもっと上手くやるよ!」

「ルーデンス様ならウィリナ様は今頃泣いてます」

「…………」


二人でため息をつく。

ナナエにしてもナテルにしても、貴族の社交にかんしてはからきしなのだ。

まぁ、元々ウィリナは居ないはずだったのでナテルも何の気構えも無くのほほんとやって来たのだろう。

居るとわかってれば、リッセを連れてきたかも知れなかった。


「お気遣いは無用ですわ。平民との会話に入るつもりは無いだけですもの。お好きになさって」


ひそひそと話すナテルとナナエに苛ついたように、ウィリナは口元を扇で隠しながらチラリとエナを見た。

それに気づいたエナは困ったように肩をすくめてみせる。

ウィリナぐらいの高位の貴族になると平民と気安く喋るのもはしたないと思っているらしい。

ナナエも別段とウィリナの生き方を否定する気も無いので、エナに小さく謝って馬車の隅にエナと陣取って他愛ない話を始めた。

ナテルも最初は幾分迷っていたようだけども、2、3ウィリナに言葉をかけても余り色よい返事を貰えず、諦めたようにナナエたちの方へと席を移動して会話に加わった。


ウィリナは馬車の戸口付近で憂鬱そうに窓の外を眺めるだけだ。

それに気づいたのか、キーツが自分の馬を馬車に併走させるように並べ、ウィリナに言葉をかける。

すると、ウィリナの表情が幾分緩んだようだった。

これならキーツに任せておけば大丈夫だろう。


「そういえば、エリザベス様にお願いがあったんですよ」


非常に困っているっと言った感じで膝に手を置き、ナテルはナナエにズズッと顔を寄せた。

それをナナエは背中を逸らすようにして体を引く。


「……なによ?」

「ルーデンス様が……」

「ルディが?」

「結婚しろって言うんです……」

「へぇ」


何が言いたいのかわからず、ナナエは適当に相槌を打ってみせる。

ルーデンスに結婚を迫っていたのだから、ナテル自身が迫られても何もおかしい事は無い筈だ。


「へぇ……じゃないんです!私ごときがルーデンス様を差し置いて結婚など……」

「……断る」

「え?」

「私には先が見える……自分の首を絞めれるか!」


ナテルの言いたい事は恐らく、ルーデンスが先に結婚するように説得しろと言うことなのだろう。

だがしかし!

それをナナエが言うなんてできるはずも無い。


「うん、まぁ頑張れ」


無責任にナナエが突き放せば引き下がると思いきや、今日のナテルは違った。

ナナエに食い下がったのだ。


「それじゃ、困るんです」

「なにが?」

「私は王弟となってしまった以上、政略結婚はしますよ。諦めますよ。でも!」

「でも?」

「相手がリッセ様なんです!貴族出身じゃない私には大貴族の後見が必要だってことで」

「うん」

「うん…って!リッセ様ですよ?!可哀相じゃないですか!」

「…………え~っと」


凄い剣幕のナテルにナナエは微妙な表情で返す。

この場合可哀相なのはなんだろう。

あんなに明け透けな好意を気づいてもらえないリッセの気持ちなのでは無いだろうか。


「リッセ様は未だ12になられたばかりです。それなのに政略結婚とか可哀相じゃないですか……」

「あ~…まぁ、そうですね」

「ですから、なにも貴族の令嬢じゃなくても良いと思うんです。丁度、ガルニアの姫から王がダメなら王弟でって話も来てますし」

「………ふむ」

「せめてルーデンス様に、結婚ならガルニアの姫とって進言してもらえないでしょうか」

「う~ん……ガルニアの姫ってアディール姫か。……ナテルはアディール姫が好きなの?」

「好きとか嫌いとかじゃないです。国のためにはガルニアと和平を結んでおいた方が良いんです」

「好きなの?嫌いなの?」


ナナエが詰め寄るとナテルは少しだけたじろいだようだった。

だが、その部分は重要だ。

アディールとナテルは面識が無いわけじゃない。

もし、ナテルがアディールに好意を持っていてそちらを選ぶと言うのなら、ナナエは下手なことは言えない。


「別に嫌いではありませんよ。お美しいですし。凄く芯の通った方ですよね」

「……リッセちゃんとアディール姫。どっちが好き?」

「はぁ??」


ナテルが素っ頓狂な声を上げた。

それに反応して、一瞬ウィリナが話の邪魔をするなとでも言うようにナナエたちを睨む。

……五月蝿くてごめんなさい。


「身分とか年齢とか相手の気持ちとか考えずに、どっちが好きか教えて」


ナテルの鼻先を人差し指で指すようにして真顔で再び詰め寄る。

それに対してナテルは困惑顔だ。


「と、いわれましても……」

「ど・っ・ち?」

「ええっと……いや、まぁ…それは……」

「はっきりしないなぁ」

「いや、だって!リッセ様選んだら犯罪っぽく無いですか?年齢的に」

「……うむ。ロリコンはいかん」

「じゃあアディール姫で」


真顔でナテルが答える。

まぁ、年齢の壁は厚いです……。


「もし、リッセちゃんがアディール姫と同じ年だったらどーする?」

「ん~……それはリッセ様の意向しだいですけれど。リッセ様には幸せな結婚をして欲しいですね」


まるで父親のような優しい表情になる。

……本物の父親は馬車の外で併走してるがな。


「意向しだいって事は、アディール姫よりもリッセちゃんを選ぶってことか~」

「ち、ち、違いますよ!私はロリコンじゃないですから!」

「良いんじゃないの?リッセちゃんが成人するまで待っても。それまで婚約で~って言うならルディに言ってあげるよ?」


ナナエがそう言うとナテルは黙り込んだ。

大人になってからの一回り以上の年の差でさえ結構戸惑うのに、リッセはまだ子供だ。

好意はあっても対象として見れない気持ちもなんとなくわかる。

でもナテルがアディール姫と結婚なんかしたら……リッセは悲しむだろう。

ナテルはあと5,6年は……ぶっちゃけあと10年ぐらいは待たなければリッセを対象には見れないのじゃないだろうか。

この年の差はひっくり返せないものだからこそ深刻だ。


「そうだよ!白い結婚とかいうのでいいんじゃない?リッセが大人になって結婚を破棄したければできるようにさ。ルディが望むように一応結婚の形も取れるし、どうよ?」

「どうよって……そんなの実際したらリッセ様の不名誉になるじゃないですか。それに12歳ですよ?12歳。早すぎますって」

「んなこたない。ルクレツィア・ボルジアだって12歳で結婚してる」

「誰ですか、それは」

「細かい事はいいのよ!リッセちゃんはどうしたいか聞いたの?」


そう言うと、ナテルは明らさまに言葉に窮した。

どうやら聞いたらしい。


「ルーデンス様の意向に従うと……」

「いいじゃん、本人が了承してるならそれで」

「いやいやいやいや」

「要はナテルが手を出さなきゃ良いだけでしょ」

「出しませんよ!そんなもの!」

「ナテルの後ろ盾が本当に必要だからの結婚なんでしょ?リッセちゃんは頭のいい子だもん。ナテルに協力したいんだよ。それをナテルが嫌がったら、それこそリッセちゃんが可哀相じゃない?」

「確かに私の力になりたいとは仰ってましたけど……」

「じゃあいいじゃん。リッセちゃんが大人になるまではそれで。大人になって破棄ってことになって、不名誉を受けて結婚できないって言うなら、そのときは責任とって今度はちゃんと結婚すれば?」

「でもそれじゃリッセ様が一方的に不利益じゃないですか」

「そう思うんなら大人になったリッセちゃんが好きな人と結ばれるように、そのときに全力を尽くしてあげれば?」


ナテルは”う~”とか微妙なうなり声を上げつつ腕を組み頭を捻っていた。

上手く丸め込まれてくれるとナナエとしては非常にありがたい。

リッセがナテルを好きなのは周知の事実だ。

だからと言って、年の差や、リッセの年齢を考えると手放しで勧めるって訳にもいかない。

いくら、この世界ではその年での結婚がさほどおかしくは無いと言っても、個人的にアウトなのだ。

青少年保護条例が警告を発している。

正直、この話の男側がセレンとかだったら断固として反対していただろう。

だがナテルなら、ちょっと脅しておくだけで絶対手を出さない。

そんな確信がある。

リッセの気持ちを考えて、リッセが大人になるまでナテルを他の女性に取られない為の鎖としては結婚なんてものは持って来いなのだ。

それに、リッセが大人になった時に、仮に他に好きな人ができていた場合、白い結婚ならなんとでもやりようがある筈だ。


ぶっちゃけ、リッセにとって不利益ばかりなのではなくて、逆なのである。

下手すれば白い結婚の末、捨てられたら、婚期を大幅に逃したナテルこそ危ないのだが…それは、秘密にしておこう。

まぁ、そのときは王弟と言う身分をブイブイ使ってなんとか結婚してもらうしか……。


「さ、この話はおしまいっ。大人しく結婚したまえ!」

「……いいのかなぁ」

「いいのいいの!……その代わり手を出したらお姉さんが許しませんよ!」

「出しませんってば……娘みたいなものですし」

「…………」


リッセの恋路は果てしなく険しそうだ。

少し、というかかなりリッセに同情する。

大人になって、白い結婚を破棄するまでナテルがリッセを大人扱いしないようなそんな未来がチラリと見えた。

下手したら、この結婚のせいでリッセの恋の成就が逆に遠のいたのかもしれない……。

近くにいすぎると余計に認識できなくなると言う、少女漫画のあの法則が如何なく発揮されそうで怖い。

もしかしたら、ナナエは余計な事を言っちゃったかもしれない。


……まぁ、ナナエだってこの年まで年齢=彼氏いない暦なのだから、リッセも同じ道を歩んでもらっても良いかもしれない!

仲間は多いほどいいのだ。

自尊心的に。







ツォルグの町を通り抜けて、2つほど山を越える。

あともう2つほど山を越えれば、その先に大きめの町があるらしい。

今のところ、視界は全て樹だ。

山間の森の中の道をゆっくりと馬車は走る。

少し日が傾きかけている。

恐らく、その大きな町に着くまでに日は暮れてしまっているだろう。

流石にずっと座りっぱなしも疲れるので、座面に上半身を倒して寝転がってみる。

ナテルはそれを見ながらやれやれといった調子で苦笑した。


「大分、疲れたみたいですね?」

「うん……。いくら広くても、こうずっと揺れてちゃねぇ……。揺れない所でゆっくり寝たいなぁ」

「まぁ、この先の町で一応宿を予約してありますので。そこまでちょっとの辛抱ですよ」

「うん~……ねぇねぇ」

「はい?」

「マリーたち……、あの後どうしたか知ってる?」


ナナエが座面をじっと見ながら、ナテルと視線を合わせずに聞く。

本当はとても気になっていたことだ。

しかし、なんとなくルーデンスに聞くのは憚られて、聞けずに居た。

本当ならナテルにも聞けた義理じゃない。

散々迷惑かけて、勝手に飛び出してきたのだから、皆には相当迷惑かけたはずだ。

それでも、なんとなく。

ナテルなら困った顔をしながらも許してくれると知っているからつい甘えてしまう。


「残念ながら。みなさん、ルーデンス様が帰られた日に同じように姿を消したらしいです」

「そっか……」


一方的に解雇したのだから当然だろう。

それでも自分勝手なことに、みんなの顔を見たいという気持ちは消えなかった。

全く馬鹿な事をしたものである。

今考えればもっと他にやりようはあった気がする。

しかし、あの時はみんなの傍に居てはダメだと思った。

あのぬるま湯が気持ちよすぎて、ダメになってしまうと思ってしまったのだ。


「ただ、シャルさんを王都で見たという報告がありましたので、会えるかもしれませんね」

「そっか」


思わず口元が緩む。

シャルやマリーは勝手に居なくなったナナエを許してくれるだろうか。

薬を無理やり飲ませてしまったトゥーヤも。

例え許してくれなくても、また会いたかった。


──ガタン。


その時、馬車が一度大きく揺れて止まった。

一番出入り口に近いウィリナが、眉をしかめながら扉を開けた。


「ダメだ!ウィリナ様!」


一瞬のことだった。

軽く開け放たれた馬車の扉の隙間を縫う様に1本の矢が飛び込んできたのだ。

その矢はそのまま、扉の前に居たウィリナへと吸い込まれるようにして突き刺さった。


「ウィリナ様!」


声も上げずに倒れこむウィリナにナナエは駆け寄った。

緊張が走る中、エナは真剣な顔で扉の丁度影になる部分から慎重に扉を閉める。

外では何かの襲撃のような喧騒が聞こえてきた。

ナテルがウィリナを抱え起こし、馬車の椅子に横たえると、ナナエは急いで自分のカバンを引き寄せた。


「ウィリナ様?」


ナナエが近くで呼びかけると、ウィリナはくぐもった声を上げつつもチラリとナナエを見る。

意識はハッキリしているらしい。

ウィリナの肩というよりは左胸に程近い部分には矢が刺さり、そこから血が滲み出している。


「大丈夫、絶対助けるから」


ナナエは急いでカバンを漁り、中からいくつもの薬品の瓶を取り出す。

馬車が広い分、動きやすい。好都合だ。


「きっと、外は大丈夫だよね?」


ナナエが確認するようにナテルを見ると、ナテルは少し青ざめた顔をしながらも頷いた。

今は外に居る人たち、ゲインやキーツ、エーゼルの兵士達を信用するしかない。

ナナエが今ここでできる事は、ウィリナの応急手当だ。

医者でもないナナエにできることは少ない。

しかし、このままで居たら助かるものも助からない。

緊張で震える手を強くつねる。

タバサの時のような情け無い事はもうしない。

あのときルーデンスが怒ってくれたようにこんな所で動揺していてはダメだ。

見殺しにするつもりかと、ルーデンスはあの時、その状況に甘えて傍観者になっていたナナエを怒った。

あの厳しい言葉は、ルーデンスの優しさだ。

何もせずに後悔する等あって良い訳が無い。


白い布に止血用の薬草を練ったものを厚く伸ばす。

薬品の種類も確認する。

消毒用の液体に、痛み止めの薬。それに麻酔薬。

全部ある。


「ナテル、矢を一気に抜いて。私じゃ時間が掛かって余計痛い筈だから」


ナナエがそう言うと、ナテルは真剣な顔で頷き、その矢を一気に引き抜いた。

痛々しい悲鳴をウィリナが上げる。

それでも手を止めている暇は無い。

ドレスの胸元を大きく開け、急いで消毒液を乱暴にふりかけたあと、麻酔の薬を薄く幹部に塗る。

そして、止血用の薬草の付いた布を上から乗せて、強く抑えた。

ウィリナはそのあまりの痛みにハラハラと涙をこぼしている。

それでも、死ぬよりはましなはずだ。

ウィリナの使っていたケープを右脇の下から袈裟懸けに巻き、きつく縛る。


「痛い…ですわよ……」


半分睨みながらウィリナがナナエに弱々しく抗議した。

それでも、その表情は矢を受けたばかりのただ恐ろしくて震えていた時とは違い幾分挑戦的な笑みが浮かんでいる。

あとは、何とか外の騒ぎが収まったら町に急ぎ、そこでちゃんとした医者に見せればいい。



そうナナエたちが一息ついたとき、突然馬車の扉が開かれた。




誤字脱字等ありましたらお知らせください~。


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