<23> ソミア公爵令嬢
「どういうことですの?」
それは、こちらが聞きたい。
ナナエは胃の辺りを押さえながら目の前の椅子に座っている華奢なお姫さまを盗み見た。
ソミア公爵令嬢ウィリナ。
キーツをナナエにけしかけた、あの、令嬢である。
なぜ、ここまで押しかけてきたのだろうか。
そして何故この質問なのだ。
「黙ってないで何とか仰いなさいな」
「何とか」
ウィリナの柳眉がキッと吊り上る。
側ではリリナが不満そうにウィリナを睨み、キーツはナナエと同じように胃の辺りを押さえていた。
「何故あなたごときが、わたくしのの従者と一緒に居るのかと聞いているのです!」
物凄い剣幕である。
散々酷い目に合わされたというのに、何故怒られなければならないのだろう。
ウィリナの剣幕に押されて俯きがちではあったが、ナナエは納得のいかない思いでいっぱいだった。
ケーキをぶつけられて、服を剥がされ、挙句に手篭めにされかけたのだ。
その首謀者が、なぜその被害者に当然のような顔をして怒っているのかがわからない。
「わたくしの話を聞いてらして?!」
「まぁ、聞いてますけど……」
憮然とした面持ちでナナエが口を開いた。
考えれば考えるほど腹が立って、ナナエは口先を尖らせる。
「何故私の従者と一緒なのです!」
そして、ナナエはピコーンとひらめいたのだ。
ウィリナがこんな所まで来た理由も、怒ってる理由も。
考えてみれば至極簡単な答だ。
「それは…まぁ……ねぇ?」
ナナエは意味ありげにキーツに視線を投げかけてみる。
一方のキーツはキョトンとした顔で首をかしげた。
空気を読めない使えない従者である。
「はっきり仰いなさいな!」
「キーツが望んだんですわ」
「「え?」」
ナナエの答えにウィリナとキーツが同時に驚きの声を上げる。
仕返しをするなら今しかない。とばかりにナナエは意地悪く笑って見せた。
「ほら、あんなコトがありましたでしょう?男として責任を取る、と。それで二人で駆け落ちしたんですの」
「……なっ!」
「いや、ちょっと、エリザベ……」
「やだわ、ア・ナ・タ。また聞きたいの?。昨日も聞いたじゃない”腹の子は何ヶ月になるんだ?”って。全く気が早いんですものぉ。おほほほほほ」
キーツの言葉を遮るように畳み掛けると、ウィリナは顔を青ざめてワナワナと震えた。
何ヶ月も何も、あれから1ヶ月も経っていないのだ。
冷静に考えれば嘘だとわかるはずなのに、どうやら真剣に受け止めたらしい。
これだけ騙されやすいとなると心配になってくる。
──だが、それが面白い。
「ちょっとまて、そもそも俺は」
「アナタはお黙りなさいな。命令です」
ピシャリとナナエが言うと、キーツは情けない顔をしながら口を噤む。
ウィリナは下唇を噛み、手にした扇子を握りつぶさんばかりの勢いだ。
やられたら、やり返す!当たり前だ!
倍返しにしない優しさを褒めてもらいたい。
「……嘘ですわ。陛下はそんなことちっとも」
「陛下はお優しいからですわ。妙な噂が立たないように配慮していただけましたの」
「嘘だわ」
「わたくしたち愛し合ってるんですのよ~?出会いはアレでしたけど。……ウィリナ様には感謝しなければなりませんわね?」
口元に手を当てながらおほほほほと再び笑ってみせる。
どうだ、この板についた悪女っぷり。
こんな機会は早々無いはずだ。
ナナエはノリノリでなりきっている。
リリンはナナエの意向を何となく読み取ったのか、楽しそうに口元を緩めながらコトの次第を見守っていた。
「嘘ですわ。キーツがあなたなんかを……」
「あら。この村の方々に聞いてくださって構わないんですのよ?キーツはわたくしのこと本当に愛してくれてますの。人目も憚らないぐらいに。ねぇ、リリン?」
リリンに水を向けてみると、待ってました!とばかりにリリンが嬉々として口を開く。
「もちろんでございますわ!毎日のように熱烈な口付けを交わされているのを村の皆が見ていますわ!美男美女でホントお羨ましいかぎりですのよ。昨日も遅くまで仲良くされてたみたいですし、お陰で朝も飛び切り遅くて……ホント仲睦まじいですわね」
大分盛っている。
昨晩遅かったのはリリンと酒盛りしてたせいだし、朝は……起きれなかっただけだ。
──だが、それでいい。
「いやだわ、リリン。恥ずかしいわ」
両手を頬に当てて恥らう仕草をすると”ミシッ”っと音がした。
ウィリナの扇から。
扇のご臨終までもう間もないらしい。
「それに、キーツはもうウィリナ様の従者ではありませんのよ?陛下にお願いしてわたくしの従者としていただきましたの」
「……そんなこと、勝手に……」
「出来ますのよ?そうしなければキーツは陛下の婚約者を襲った犯罪人となりますし、ウィリナ様もその首謀者として犯罪人となりますの」
ナナエが淡々とウィリナに告げると、ウィリナはハッとした様に目を見開いた。
そしてすぐに瞼をきつく閉じると、扇の柄を包み込むようにして両手で握り締め、俯く。
「キーツの馬鹿みたいに身内に優しい性格、利用して楽しかったですか?」
ナナエは姿勢を正してウィリナを真正面から見据えた。
そう、キーツは優しい。
言葉は乱暴だけど、その中には優しさがある。
あの日だってキーツは自暴自棄になっているようにしか見えなかった。
馬鹿なことだってわかってるのに、ウィリナのために。それだけのために。
それをナナエに止めて欲しがっていた。
それが出来ないから、ナナエに苛立ち、そして自分自身に苛立っているようなそんな感じで。
それから翌日に出逢ってしまったときも、大怪我を負って居たのにも拘らず、ナナエを助けてくれた。
ナナエが着いて行くと言ったときも、見捨てれずにそれを許した。
熱を出して倒れたときも心配して怒って、そして面倒を見てくれた。
ナナエが何か失敗する度、しそうになる度、助けて。
自分の方が怪我をしてても、ナナエの心配をしてくれた。
村が襲われた時も、自分だけ逃げることも選べたはずなのに、結局誰も見捨てなかった。
一度関わりを持ってしまうと、もう見捨てれないのだ。
そんな、キーツに大事にされている自覚が無いウィリナが、腹立たしかった。
ウィリナは過去のナナエだ。
優しい人たちに大事にしてもらい、それが当然になっていた。
自分の手は汚さずに、周りの人たちの手を汚させて。
ただ一つ、ナナエと違うところがあるとすれば。
ウィリナは大事にしてもらう資格がある、この世界の本当のお姫様だ。
ナナエはただの異世界の一般人だ。
──どちらがより、たちが悪いか?といったら、自分に決まっている。
ナナエの周りに居た優しい人たちの事を思い出す。
一方的に解雇してしまった。
あんなにも心を砕いてくれた人たちなのに。
自分勝手な思いで、一方的に。
ナナエは胸に詰まるものがあって、苦しさを感じ、それを耐えるように下唇を噛む。
「馬鹿みたい、は余計だ」
不意に割って入った声に思わず睨む。
そうしないと、感情が高ぶりすぎて泣いてしまいそうだった。
それでもキーツは、ナナエの頭をポンッと一叩きすると、苦笑いをしながら口を開いたのだ。
「ウィリナ様、勝手ばかりで申し訳ございません。今まで、お世話になりました」
そう言って、キーツはウィリナに深々と頭を下げた。
ウィリナは今にも怒鳴りだしそうに顔を赤くしながらキーツをキッと睨む。
「キーツ!わたくしとこの女どちらを取ると言うの!?」
ブルブルと扇を持つ手を震わせながら、厳しい声でウィリナが言う。
それを見ながらキーツは少しだけ肩をすくめ、困ったように笑った。
「エリザベス様、ですね」
キーツがそう言うと、ウィリナは一瞬何を言われたかわからなかったかのように呆然とし、その後すぐに眉間にしわを寄せた。
「ウィリナ様、ご無礼を承知で申し上げます。……あの日のこと、エリザベス様に謝罪なさってください」
「あなたはわたくしの従者でしょう?」
「ウィリナ様、どうか謝罪なさってください」
「キーツはわたくしのものでしょう!!?」
「……エリザベス様のものです」
キーツがかすかに眉間にしわを寄せながら淡々と言うと、ウィリナは押し黙った。
その瞳には先程までの強気な光は一切無く、迷い子のように揺らぐ頼りなげな光だけだ。
「エリザベス様に、謝罪なさってください」
再びキーツが静かに言った。
「なんで、そんな女の味方するのです」
「はぁ…悪いことしたら、謝るんですよ。ウィリナ様」
「……なす」
「はい?」
「キーツのおたんこなすぅぅぅぅ!!!うわーーーーん」
思いっきり叫ぶとウィリナはそのままテーブルに突っ伏して号泣し始める。
するとキーツは一気におたおたとし始めた。
「……私、おたんこなすって実際に言う人初めて見たわー」
「あれ、どういう意味なんでしょうね?」
派手に騒がれると周りにいる人は妙に冷めるもので。
リリンとナナエは2人で傍観者となってしまっている。
「そういえば今日のお夕飯ってなによ~?」
「エリザベス様は食べ物の話ばかりですわ」
「他に楽しみ無いもん。それとも薬草取りに行かせてくれるの~?」
「ゲイン様から外出禁止令が出てるじゃないですか」
「あ~つまらん!リリン、酒!酒飲もう!」
「昼間からですか……」
リリンにお酒の用意をしてもらう間に、ナナエはサイドボード上のかごからスイーツ各種を取り出す。
キーツはウィリナに掛かりきりで使えない。使えなさ過ぎる従者になっている。
大皿にスイーツを並べて、テーブルに置く。
リリンはグラスとボトルを並べた後、台所へ姿を消した。
どうやらおつまみを作ってくれるらしい。良く気の利くいい子だ。
そのままナナエは玄関から外にひょっこりと顔を出す。
「ナナエ様……」
その姿と見咎めて玄関脇に立っていたゲインは眉根を寄せた。
それとは変わってナナエは全く悪びれない顔で笑って見せる。
「エリザベスだってば。……ゲインさん、ちょっと中に入ってよ」
「また、ですか……」
「じゃあ森行くの許してくれる?」
「………お付き合いさせていただきましょう」
近くに居た兵の一人を呼び寄せて代わりに玄関脇に立たせると、渋々と言った感じでゲインは玄関をくぐった。
そして、居間に通るなりそこで泣き伏しているウィリナをみて不愉快そうに顔をしかめた。
それでも、ナナエに促されるままにナナエのはす向かい、ウィリナの隣に腰をかける。
「これは何の余興で?」
「いやぁ……細かい話を省いて言えば、キーツがウィリナ様をいじめたから泣いちゃって」
「エリザベス様、それ、省きすぎじゃねぇか……」
情け無い顔をしたキーツが抗議の声を上げるがとりあえずスルーする。
そのままテーブルの上に並べたボトルを一つ取り、ゲインに渡すと軽々と栓を捻りあけた。
流石自動オープナー。
「声に出てますぞ」
「こりゃ失敬、失敬」
「………エリザベス様ってホントなんかたまに親父くさいな」
「ええ……女捨ててるなって思うときありますわよね」
キーツの呟きに、出来立てのおつまみの皿を手に居間に帰ってきたリリンが答える。
ナナエの大好きな青菜のソテーだ。
流石リリン、やることがそつない。
「ウィリナ様、ささ、どうぞ!」
テーブルに突っ伏してるウィリナに無理やりグラスを持たせる。
そして、全くウィリナの意を介そうともせず「かんぱ~い」っとグラスを派手に上げ一気に飲み干した。
「ぷは~~~~っ!うまっ!」
「……女捨ててますわね」
「まぁまぁまぁ、硬い事言わずに!」
コポコポと手酌で注ぎ、再び呷る。
「に、妊婦が何をなさってるんですか!!」
そう慌てふためいて声を上げたのはウィリナだった。
顔は心なしか青ざめている。
「……妊婦?」
ウィリナの言葉に、彼女以外の4人が揃って首をかしげる。
やや間があってリリンがポンッと手を打った。
「そういえば、そういう設定でしたわね」
「また、なにかやらかしたんですか」
ゲインが飽きれたような視線をナナエに向けた。
それをナナエは”また”ってなんだろう。と首をかしげる。
なんだかゲインはナナエの印象がすこぶる悪いらしい。おかしい。
「ウィリナ様、いい加減気づいてくださいよ。エリザベス様の腹に詰まってるのは贅にく……」
「お黙り!たまねぎ、まるごと食わせるわよ!」
至極失礼な発言が出そうなり、ナナエは慌ててキーツを威嚇する。
「……そんなん食ったら死ぬし」
「そもそも、質問なんですが」
キーツのぼやきを全く無視したように、ナナエの横に座りながらリリンが口を開いた。
そうなると必然的にキーツはお誕生席である。
ナナエとウィリナ側に丸いすを持ってきて座った。
そして、キーツが椅子に座ったのを見計らったようにリリンが言った。
「エリザベス様はキーツ様を襲ったんですか?」
───ブーーーーーーッ。
3人同時に吹き出した。
もちろん、ナナエとキーツとゲインだ。
それをウィリナとリリンは迷惑そうに眉をしかめてみせる。
「私の名誉のために聞きたい。なんでそんな結論に?」
テーブルの上で握り締めたコブシを震わせながら念のためっと、ナナエは聞く。
乙女が……仮にも乙女が男を襲うと結論付けた理由を聞かなくては、とてもじゃないが今夜眠りにつけそうも無かった。
「だって。キーツ様って身分違いを乗り越えて事に至った挙句、駆け落ちしようって程の甲斐性はなさそうじゃないですか~。この村でも散々粉かけた挙句、本気になりかけた子が居たら本気で怖気づいてましたし」
「……粉かけてたんだ」
「…………」
無言になったウィリナが怖い。
「ですから、何かあるとしたら女の方から行かないと何も無いヘタレかと……」
「まぁ、間違ってない」
「ヘタレじゃねぇよ!俺がエリザベス様襲ったんだろ」
「「え~そうなの~?サイテ~」」
ナナエとリリンが声を揃えて言うと、キーツがガックリと肩を落とした。
こういう時のリリンは機転が働いて完璧だ。
正直、ここまでシンクロしてくれるとはナナエも思って居なかった。
「まぁ、未遂だったけどね」
「……えっ?」
ナナエがサラリと言ったことに、ウィリナはきょとんとした顔で聞き返す。
ここまで言ってもわからないとは相当鈍い。
「うちの優秀な護衛に追っ払われた挙句に、ルディに腹蹴られて、おまけに同じ場所をザックリ斬られて……っと、散々でしたのよ?そこのキーツさんは」
ニヤニヤしながらナナエが言うと、キーツは気まずそうに視線を落とした。
「陛下から逃げられるだけでも、褒めるべきだろう」
同情したのかゲインが助け舟を出す。
ウィリナはポカンとして何も言えずにいた。
状況を把握し切れていないようだ。
「陛下……マジ怖ェっす。何度も何度も、もう死ぬって思ったし。淡々と急所を狙ってくるんですよ…アレは恐怖だ」
あの日の事を思い出したのか、キーツは微妙に青い顔をしている。
よほど怖かったらしい。
「あの…じゃあ、お腹の子は……」
「「「いないし」」」
キーツとリリン、そしてナナエが同時に口を開く。
3人の突っ込みでウィリナもようやく事情を飲み込めたのか、ガックリと肩を落とした。
あれから。
ウィリナも自棄になってシャンパンを呷りだした。
その横では甲斐甲斐しくキーツが給仕をする。
ウィリナのグラスが空になれば継ぎ足し、お皿が空になればスイーツや果物を取り分ける。
そんな感じで、キーツ自身は全く飲み進められなかったのに、なんだか楽しそうだった。
それを見ていると、何故だかトゥーヤの事を思い出し、この場に居ないことになんとなく違和感を感じる。
自分から一方的に解雇しておいて、全く自分勝手だなとナナエは密かに自嘲気味に笑った。
そうそう。
酔いに酔ったウィリナは最後にはナナエにきちんと頭を下げ、そしてキーツにも謝った。
そして、泣き上戸よろしく、半べそをかきながらあの日の事を語ってくれた。
ウィリナはあの日、父親に散々なじられたらしい。
今まで何度も夜会でルーデンスに会っているのに、何故お前が婚約者になっていないのだ、と。
そして、腹立ち紛れに原因となったナナエのドレスを汚し、ドレスを奪い部屋に閉じ込めた。
本当はそのあとルーデンスやナテル、その他男性貴族たちを言いくるめて部屋に連れ戻り、裸同然のナナエを引っ張り出して恥をかかせるつもりだったらしい。
だが、それをキーツに咎められた。
そこで大喧嘩になったのだ。
いや、キーツの言い分によれば、ウィリナが一方的に怒ったと言うのだが。
私が悲しい思いをしたのはあの女のせいだ。あの女を傷物にして来い。自分の意向に沿わないならばもう出て行け。二度と顔を見せるな。
そう凄い剣幕で怒ったらしい。
そして、あの結果である。
ウィリナはキーツが自分に味方せずに、ナナエに意地悪をするのを止めるように言うのが気に食わなかったし、キーツはキーツでウィリナにそんな任務を強制されたらやりきれなかった訳だ。
「……痴話喧嘩に巻き込まれたのか」
ナナエがボソリと言うと、キーツが「まさか!」っと激しく首を横に振ってみせた。
が、どう考えても痴話喧嘩である。
そうじゃないと思ってるのはきっと本人達ぐらいだろう。
ナナエは少女漫画もビックリのベタ展開にため息をついた。
それにリリンとゲインのため息が続く。
ちなみにウィリナは既に潰れている。
「まぁ、この借りは一生かけて返してもらいましょうか……っくっくっく」
「エリザベス様、それじゃ悪役です」
リリンが突っ込みを入れつつも空のグラスにシャンパンを注いでくれた。
何時も傍に居た侍女と言ったらボケ担当のマリーだったので、これはこれで面白い。
「そういえば、ウィリナ嬢は村の入り口で従者を追い返してたようだが、帰りはどうするか聞いておらんのですか?」
グラスを口元に運びながらゲインが珍しく口を開く。
ずっと傍観者モードで居たからゲインの存在を忘れかけて……いや、はっきり覚えてました。
「ん~キーツに送っていってもらうつもりだったんじゃないの?」
「えっ、俺は無理だよ?姫さんの護衛の任務あるし」
「じゃあどうするの?ここに置いてく訳にいかないでしょ」
「姫さんさえ良ければ王都まで馬車に同乗させてもらえねぇかな?」
「私はいいけど……」
「許可はできませんな」
却下したのはゲインだった。
やっぱり、っとナナエはため息をつく。
「ゲイン様、なんでダメなんですか?」
納得がいかないようにキーツが食い下がるが、ゲインは全く気にしない様子で再びシャンパンを呷った。
「ウィリナ嬢は陛下の婚約者であるエリザベス様を襲わせた方です。どのような理由があろうと許されることではないのです。今回はたまたまエリザベス様の温情で不問になっておりますが、処刑されてもおかしくなかったのですぞ」
「え~……それは厳しすぎない~?」
ナナエが異を唱えると、ゲインはナナエをギロリと睨む。
とても女の子に向ける目つきじゃないです。怖すぎです。
「婚約者と言う事は、いずれ正妃と言う事です。王家に連なるものを害しようとするのは国家への反逆ですぞ。冗談では済まされないことです」
「私は結婚しないし。正妃にならないし」
「また、お戯れを。では、仮に婚約者がエリザベス様じゃなかったとしましょう。……どうなっていたとお思いですか?」
「……それは」
「エリザベス様はたまたま護衛を近くに待機させていた。…では他の令嬢だった場合は?」
「…………」
「ウィリナ嬢は”エリザベス様”ではなく”未来の正妃”を襲ったのです。お間違えなさいますな」
「そうだけど…」
「……エリザベス様だけではありませんぞ。陛下から伺ったお話では、迎えにこられるのはナテル殿下。とてもじゃありませんが殿下と反逆者を同乗などさせられる訳がありませんぞ」
そうまで言われては無理強いできない。
ナテルを迎えによこすと言うのは、ルーデンスなりの配慮なんだろう。
その配慮につばを吐くような真似をしてはいけないし、ナナエの代えはきいても、ナテルの代えはきかないのだ。
「んじゃ、あれだ。私とウィリナ様は、エナさんの弟さんの荷馬車に乗せてもらうよ。それで我慢してもらおう」
「何を仰ってるんですか!エリザベス様にはナテル様ときちんと迎えの馬車に乗っていただきますぞ。屋根も無い荷馬車に乗って何かあったらどうなさるおつもりか」
凄い剣幕でゲインに窘められる。
かといって、ウィリナを知り合いも居ないただの荷馬車にポツンと一人で乗せるとか…可哀相って言う以前に、凄く…外聞が悪いです……。
「じゃあ、帰んない」
酔いに任せて大きく出てみる。
大体にナナエは、折角エナと一緒なのだからと、元々荷馬車のほうに乗るつもりだったのだ。
ナテルも来ると言うし、ウィリナを連れて帰るなら我慢して馬車の方に乗ろうかと思い始めてはいたが、それがダメと言うならナナエが譲歩する必要は無い、…筈だ。
「また、わがままを……」
ゲインが苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
しかし、ゲインはナナエが言い出したら聞かないのを知っていた。
それでも、ナナエを納得させるのがゲインの仕事である。
「……では、勝負をしましょう」
ゲインはそう言い、静かにグラスをテーブルの上に置くと、口を引き結んだ。




