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<22> リリンの幸せとエナの幸せ

ルーデンスが城へと帰っていった翌日。

顔の腫れもすっかり、とまではいかなくてもかなり引いた。

唇の端は未だ青く痣みたいになっているが、まぁ許容範囲だろう。


「エリザベス様~、今日の朝メシどうする~?」


部屋の扉をノックしながら、そんな声が掛けられる。

ナナエは手にした手鏡をサイドテーブルに置くと立ち上がって扉を開けた。


「青菜のソテーと、おかゆと、半熟卵」

「……そればっかりだな」

「良いじゃん!好きなんだもん!」

「肉とか魚とか食べねぇの?」

「ん~……脂っこいし、顎が疲れる」

「どこの婆さんだよ……」


そういえば、最近めっきり肉を食べなくなった気がする。

オラグーン王都に居たときは普通に食べていたはずなのに、何となく食べる気になれない。

食べても胃がもたれるというか……老化か。


「それでも、少しは食え。陛下に怒られる」

「……なんで?」

「”このたった3週間の間で痩せ過ぎだ。ろくなもの食わせてないんじゃないのか”ってすげー嫌味言われたぞ」

「…………私、痩せた!!???」

「なに目を輝かせてるんだよ」


痩せた発言に思わず満面の笑みが浮かんでしまう。

ダイエットの甲斐があったというものだ!

とか言ったら、あれはダイエットじゃねぇとかキーツが突っ込んできたが華麗にスルーする。

痩せたもん勝ちなのだ!


「確かに、首周りとか顔とかの肉はちょっと落ちた気がしないでもないな。そこから下はアレだけど……」


っと、キーツは不躾にナナエの全身を検分するように見た。

アレってなんでしょうか。


「……で、何ヶ月になるんだっけ?」

「はい?」

「その腹の子」

「…………」


どうやらキーツは命が惜しくないらしい。

そして、優しいナナエはニッコリと笑って「顔パンか腹パン好きなほう選んで?」と可愛く首を傾げて見せた。







朝食が終わったころを見計らったようにリリンがやって来た。

その手にはフルーツやらスイーツやらが沢山入ったカゴを持っている。


「エリザベス様、おはようございます。村の皆からの差し入れをお持ちしましたわ」


リリンの顔はつやつやで満面の笑みだ。

よほど良いことが有ったに違いない。


「リリン、何か良い事でもあったのかい?今日は眩しい位に素敵だよ。どこの国の姫が来たのかと思ったぐらいだ」


リリンからかごを受け取りながらキーツが言う。

一瞬誰が話しているか真剣に分からず、ナナエはキーツの顔を二度見した。

お前こそどこのホストクラブから来たのか問いたい。

むしろ、何故ナナエだけにはあの態度なのかも問い詰めたい。

いや、キーツから扱いが酷かったのはルツも同じか。


「素晴らしいニュースがあるんです」


満面の笑みを崩さず、カゴからマカロンの包みを取り出しナナエに差し出す。

ナナエの好みをキチンと把握している辺り、この娘、デキる!


「エリザベス様にもきっと朗報ですわ」

「どうかしたの?」


マカロンをもにゅもにゅと口に運びながらナナエは首をかしげた。

なんと言うか、今日のリリンはにこやかであり、上機嫌であり、晴れ晴れとした顔をしている。

キーツもお茶を汲みながら首をかしげる。


「ルツがディンに旅立ちましたわ!」

「……ルツが?」

「ええ!これでもう暑苦しい顔を見なくてすむと思うと嬉しくて!幸せすぎます!」

「別に暑苦しい顔はしてないと思うけど」

「そんなぁ~見てるだけでウザイじゃないですか♪」


サラリと自分の弟に対して酷い評価を下す。

なにがリリンをここまで言わせるのだろう。


「ああ、そうそう。ルツからエリザベス様にお手紙ですわ」


ドサリとテーブルの上に置かれた手紙らしき紙は几帳面に2つに折り畳まれ、積み重ねられている。

その厚さは8cm程。

封筒には入らなかったのだろう、綺麗な紙でくるりと包まれて、その上から更に細い紐で括られている。

例えるならば、酔っ払ったサラリーマンが家に持って帰る寿司の折り詰めといった風体だ。


「……て…がみ、だと?」

「手紙ですわ。間違いなく」

「自叙伝かなんかか」

「間違いなくエリザベス様宛の手紙です」


その折り詰め……手紙を注視したまま手を出せずに居ると、リリンがその折り詰めに手を添えた。


「内容、要約致しましょうか?」

「……読んだの?」

「昨日、自分の部屋で朗読してましたわ。それ、聞きました…というか聞かされましたから」

「…………お願いします」


普通の本とかだったらあの量を読むのなんてわけない。

しかし、何となく嫌な予感がする。

精神力を思いっきり吸い取られそうな、そんな予感だ。


「エリザベス様、姫様は僕の運命の人です。姫様は流星のように僕の前に現れ、僕の心を捉えて離しません。(中略)僕は姫様のために強くなると決めました。僕には幸いにも魔法の才能があります。きっとそれがエリザベス様のお力になるときが来ます。(中略)という訳で僕はディンの魔法学校に留学します。僕は強くなって必ずエリザベス様のお傍に上がります。ですから僕が戻った暁には是非僕の思いを受け取ってください。(中略)きっと僕と姫の子どもは可愛らしいことでしょう。子どもは3人ぐらい欲しいな。(中略)運命の女神が僕たちの間を引き裂いたのは、その試練を乗り越える為だったのです。必ず戻ってきます。姫の愛の僕、ルツ」

「……中略多くない?」

「もっと要約します?…まぁ簡単に言えば、”留学するけど帰ってきたら結婚しようね。子どもは3人欲しいな”だそうです」

「………………」

「取りあえずこれ、暖炉にくべときますわね~。ああ、寒い、寒い。いろんな意味で」


リリンは問答無用で燃え盛る暖炉の中に折り詰めを放り込んだ。

いや、手紙か。

要約されたのを聞いただけなのに、なんだか激しく精神力が消耗した気がする。

もしやルツは言霊使いなのか!?

横を見ればキーツがポットを抱えたまま悶絶している。

過去の自分との戦いは難航しているようだ。


「まぁ、本気、じゃないよね」

「ルツは本気ですわよ?」

「…………」

「ホント、暑苦しくてウザイですわよね」


いや、そーゆーレベルの話でもない気がする。

なんで運命がどうこうだの強くなってお役に立ちたいだのの間に”子どもは3人欲しいな”が混じるのかが分からない。


「私とルツの間に何があったんだろうね」

「何かがあったんですわよ。ルツの中では」


思わずリリンと二人して遠い眼をしながら燃えていく折り詰めを眺める。


「そもそも、だ。ルツは姫様が陛下の婚約者だって忘れてないか?」


なんとか立ち直ったらしいキーツが冷静に指摘すると、リリンがため息をつきながら口を開く。


「思いっきり省略しましたけれど、ルツのストーリーでは陛下は3年後に、復活した魔王の手先となった王弟殿下にに弑虐されてしまうのですわ。で、魔王に攫われた姫様をルツが命がけで救って、魔王も倒してめでたしめでたし」

「全然めでたくないし……」

「ナテル……あれで魔王の手先か……」


キーツとナナエはげんなりとした顔で同時にため息をついた。

ナナエは一生懸命、魔王の手先となったナテルを想像してみるが、あの頼りなさそうな笑顔しか思い出せない。


あの情け無い感じの笑顔でスイーツテロ。

── うん、魔王の手先でいいかもしれない。


いやいや、仮にナテルが魔王の手先になってルーデンスに剣を向けたとしよう。


さぁ、想像力をフル回転させるのだ!働け、ナナエの想像力!


「……3秒で負けて、ゲインとジーナに怒られて終了」


魔王の手先ににするには人選ミス過ぎる。

知らないという事は恐ろしい。

ルツは恐らく、ルーデンスが並外れて強いことや、ナテルが剣も魔法もダメなこととか知らないのだろう。

まだ魔王の手先がゲインって言う方がしっくり来る。

王弟ってだけで”強い”とか”謀反考えてる”とか思っちゃってるのかもしれない。

王弟フィルター恐るべし。


「ああ、それと。キーツ様にもルツからお手紙が」

「いやだな、リリン。キーツでいいよ。僕たちの仲じゃないか」


(僕!??っていうかどんな仲)


キーツがそう言うと、リリンは幾分顔を赤くしながら手紙を差し出す。

その差し出された手を意味深に握りながら、手紙を受け取るキーツ。

ルツからという手紙は先程の折り詰めとは違ってきちんと封筒に入れられていた。

表には”エリザベス様御側近 キーツ様へ”としたためられている。

それをキーツは神妙な顔をして裏返し、封を開けた。


「…………」

「…どうしたの?」


封をあけ、中を覗いたキーツは無表情で固まっている。

不審に思ったリリンがその脇から手紙を覗き込んでいた。

そして内容を見ると、気まずそうに視線をそらす。


「リリン、何が書いてあったの?」

「……私の口からはとても」


人の手紙を見るのもどうかと思ったが、埒が明かないので、固まっているキーツから手紙を奪い取って読んでみる。

一瞬で読めた。

読み終えた瞬間、キーツが我に返ったように、その手紙をナナエから奪い返して暖炉に放り込んだ。

でも、既に読み終えてしまった後である。

手紙にはこう書かれていたのだ。


【万年発情猫は性病で死ね。姫様にも姉さんにも手を出すな。】


姉弟愛って麗しいね。







やさぐれているキーツを放置して、リリンと普通にお茶を楽しむ。

今まであまり仲が良いとは言えない感じだったのだが、きちんと話してみれば、リリンは結構頭の回転もよく、話術の巧みな器量よしの女の子だった。

多少弟を毛嫌いする節はあるが、まぁ、厨二病を患った弟と話すのが辛いというのは分からないでもない。

そうやって楽しんでいる時に、玄関のドアがノックされた。

昨日の間に村の人たちとはあらかた面会をしたはずだし、ルツはもう居ない。

一体誰だろうと首をかしげていると、やさぐれているキーツの代わりにリリンが出てくれた。


「おはようございます、エリザベス様」


そう言って入って来たのはエナだった。

森で別れて以来姿を見せていなかったので心配していたのだ。


「エナさんも無事だったんだね?良かった」


ナナエがそう言って笑うと、エナもふんわりとした笑みを返してくる。

やっと立ち直ったキーツが椅子を勧めると小さくお礼を言いながら、ナナエの対面に座った。


「エリザベス様もご無事なようでなによりでした。それで……あの……」


エナは手に持っていた大きな包みをおずおずとテーブルの上に置いた。

見るからに柔らかそうなその包みは音も無く置かれた事もあって、食べ物等ではないことがわかる。

そのままエナはその包みに手を添えると口を開いた。


「少し型遅れかも知れませんが、うちにあった一番上等なものです。……私、エリザベス様が陛下のご婚約者になるほどの貴族のお姫様だと知らなくて、以前本当に粗末な服を売ってしまったので……」


そう言って俯き、口ごもった。

この内容からすると、包みの中は恐らくドレスだろう。

エナの店から一番上等なものを持って来てくれたのだ。

家を出てきた時に着てきたドレスは破かれてしまったし、流石に村に居るときの服のままでエーゼルの城に戻るわけにも行かない。

まさにグッドタイミングな申し出だった。


「エナさん、ありがとう。助かる!…これ、おいくらかな?」


包みを受け取りながらナナエが言うと、エナはしきりに恐縮したように首を振った。


「いえ、ご迷惑お掛けしましたし。ご無礼もしましたし。なにより、村を助けていただいたので」


そう言って頑なに代金を拒否する。

それでも、ただで貰うわけにもいかないと押し問答した末、結局相場よりもかなり安い値で売って貰う事になった。


「エリザベス様は、これからどうなさるんですか?」


ドレスをキーツに預け、入れてもらったお茶を手に取りながらエナが聞いた。

ナナエは相変わらずマカロンをはむはむと食している。


「ん~。3、4日で迎えが来るから。城に帰るよ」

「寂しくなりますね」

「そうだねぇ、折角この村に馴染んできた所だったんだけどな」


この村に来てから3週間、リリンたち女の子にはバカにされることもあったけれど、比較的うまくやっていた。

薬師として村にも貢献できたし、調剤の楽しさもかなり楽しんだ。

初めての薬草の採取やまだ未挑戦だった調剤方法もいっぱい実験した。

ルーデンスから貰った薬学の専門書は本当に役に立ってくれたのだ。

お陰で医者の真似事みたいなことも少しは出来るし、なにしろ自分でも誰かを助ける手助けが出来るのが嬉しかった。

できればずっとこの村に居たかった位だ。


「でも、ちょうど良かったかもしれません」

「へ?」

「実は私も結婚が決まりまして。数日後にはこの村を出る予定だったんです」

「おぉぅ!」


エナの突然の吉報にナナエは思わず声を上げる。

こんなに近くで結婚の話を聞くのはここへ来て初めてだった。

自分の知っている人が幸せになると思うと、ナナエも何となく嬉しくて口元がゆるむ。


「どんな人なの~?村を出るって事は、この村の人じゃないんだよね?」


ナナエが興味津々で尋ねると、エナは少しだけ頬を赤らめた。


「王都の方に住んでいる人なんです。昔、親が決めた婚約者なんですけど…。凄く誠実な人です。無口で、無愛想ですけど……私にはもったいないぐらい素敵な人なんです」

「わぁ……いいね!式は何時なの?」

「2週間後には。もし宜しければエリザベス様にも参列していただきたいぐらいですけど……」

「……!行きたい!めちゃくちゃ行きたい!ルディ説得して行くよ!」

「うふふ。ありがとうございます」


エナは花のように可愛らしく笑った。

その幸せそうな様子に自分まで幸せな気持ちを分けてもらった気分になって、ナナエも笑う。

そんな幸せな話を聞けば聞くほど、昨日皆が無事でよかったとナナエは胸をなでおろした。


「でも、久しぶりに会うので、ちょっと不安なんです。昨日のこともあって道中も不安で……。一応弟に連れて行ってもらうつもりなんですけど」

「そうだよねぇ。また変なのが来ても恐いし。それに、好きな人に久しぶりに会う時の不安な気持ち、分からなくもないなぁ」

「ええ。親の決めた結婚ですし、私は良くても、嫌がられたらどうしようかなぁとか」

「わかるわかる!」

「なんだか心細くって」

「だよねぇ……。じゃあ、さ」

「はい?」

「私も王都に行くんだし、途中までは一緒に行こうよ」


ナナエがそう提案すると、エナはパッと顔が明るくなった。

やはり知り合いが多いほうが心強いらしい。


「いいんですか?」

「うん。すぐつく距離でもないし、私も話し相手が欲しいし」


ナナエがそう言うとエナはしきりに頭を下げながら嬉しそうに笑った。








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