<18> 薔薇の味
ツォルグの町はライドンやヤボラと違って華やかではないものの、活気に満ちていた。
山間の村々の丁度中間にあるためか、様様な村からの買い物客で溢れている。
エナの弟コルレの荷馬車に乗せてもらいやってきたナナエとエナは、2人でツォルグの中心から少し離れたところに降ろしてもらった。
エナは久しぶりの町だと言う事で、表情が明るい。
「ゼルダさん、どこを見て回りましょうか?取りあえずアクアマーケット支店、行ってみます?」
いつもより余所行きの綺麗な服を身に着けたエナは普段よりもずっと清楚な感じで可愛らしい。
に、比べて。
ナナエは屋敷を出てきたときに着ていた例の地味なドレスだ。
一応エナの商店で買った普段着はあるのだが、あくまで普段着なのでやっぱり町に出るからには少しでも良い服を着たかったと言うのは乙女心なのだ。
「ん~、そうですね。最初に目的を果たしてから、色々見たいです」
「はいっ。じゃあ……たしか大通りの西にあると聞いていたのでこっちだと思います」
エナに案内されるままに大通りの西に移動すると、そこには地味な商店街にはちょっと浮いた感じの小奇麗な建物が立っていた。
店の看板も妖精と蝶々が戯れるイラストつきのメルヘンなものだ。
玄関のガラス戸をくぐると、洒落た感じの無いそうで、窓際には小さな飲食スペースがあった。
ガラスのショーケースの中には色とりどりのマカロン、そしてチョコふわケーキなどアクアマーケットで人気のお菓子がずらりと並んでいる。
ガラスがかなりの高価な品の筈なのに、この店の内装にはガラスがふんだんに使われていた。
これも王家直営のお陰なのだろうか。
こういう所にお金をケチらないあたりがルーデンスらしい。
「いらっしゃいませ。こちらは初めてですね?ご案内いたしましょうか?」
燕尾服に白手袋のイケメンが優雅にお辞儀をする。
どうみても執事スタイルである。
……ツボだ。
「色々とご高評頂いておりますが、当店の一番人気は、こちらの七色マカロンとチョコふわケーキでございます。あと、こちらは先週発売したばかりの新製品【スノーベリー】ですよ」
ショーケースのケーキたちを一つずつ説明しながら、原材料などの説明、ちょっとしたうんちくなどを丁寧に説明しながら、イケメン店員が試食品などを手渡してくれた。
……新商品のスノーベリーが超美味しいです。
”スノーベリ”ーはイチゴの甘酸っぱいムースをヨーグルトのムースで包み、削ったホワイトチョコを雪のようにふんわりと載せてあるケーキだ。
その天辺にはイチゴが乗っていて、その白と赤のコントラストが美しすぎる。
年の瀬のこの時期にはピッタリのケーキであると言えよう。
「ゼルダさん、どうします~?」
色とりどりの菓子を前に、エナも目をキラキラさせて興奮しているようだった。
ナナエも頭の中で値札とお財布の中身を比べて購入計画を練る。
まず、ナナエ自身の分は七色マカロンに、チョコふわケーキ2個に、スノーベリー3個。
キーツにチョコふわとスノーベリーとミックスベリーのマカロン単品……1個ずつ。
お土産をくれたルツにはスノーベリー1個。
大分ナナエの分が多い気がするが、ナナエの金だ。好きに使って問題ないだろう。
ナナエが注文を終え、お金を取り出すと、店員が不思議そうにナナエの指先を見ていた。
よく見ると指先が青くなっている。
出る前に調合していた薬草の汁の色だ。
「あ、大丈夫ですよ。落ちなかっただけで、手袋に色移りはしませんよ~」
「申し訳ございません。お客様の指先の色が、とても綺麗な色だと思いまして。絵でも描かれるのですか?」
「ああ、これは薬草の色なんですよ~。薬師をやっているので、調合のときにちょっと色が付いちゃったんです」
そう言ってナナエが店員に両手の表裏をおどけて広げて見せると、店員は興味深そうに見たあとニッコリと笑った。
……その笑顔に悶え死にしそうです。
「不躾な質問、大変申し訳ございませんでした。お詫びに新商品を一つサービスさせていただきますね」
店員は奥の棚からすっとソレを取り上げる。
そして、こちらですが…とナナエにその商品を見せた。
「そ、そのシャンパンは!」
「今王都でも人気のシャンパンでございます。今回ハーフボトルサイズが新発売となりましたので、こちらを1本サービスさせていただきますね」
……たなぼた。
イケメンの悶絶級笑顔と七色マカロン、チョコふわケーキにスノーベリー、そして、シャンパン……!!!
「エナさん……人生のツキ期が一気にやってきた気分だ……!」
とか話しかけてみたものの、エナはナナエを担当している店員とはまた別の執事風のイケメン店員との話に夢中である。
ちょっぴり寂しい気がしないわけでもなかったが、取りあえずナナエ担当のイケメン店員にお礼を言って包んでもらう。
ふと、精算カウンターの横を見てみると、小さなガラスケースの中に飴が詰まっていた。
赤い薔薇の形をした小指の先ほどの小さな飴だ。
量り売りをしているらしい。
なんとなく気になって右耳を触る。
ルーデンスから貰った薔薇の耳飾に形も色も良く似ている。
飴の方が幾分大きいが。
「この飴も、貰っていこっかな」
ナナエがそう言うと、店員はまたニッコリ笑って「はい、ただいまご用意いたしますね」と言った。
そして、看板と同じ妖精と蝶々の絵が入った袋に飴を量って入れる。
そして「これも、内緒でサービスです」っと人差し指を唇に当てるようにして、ナナエの手のひらに飴を一つ載せてくれた。
口に入れてみると甘い中にもスーッとした清涼感がある。
ハッカが混ざっているらしい。
鼻に抜けるのはほんのりとした薔薇の香り。
なんだかルーデンスみたいな飴だな、と思った。
これもホームシックって言うんだろか。ルーデンスの顔が無性に見たくなった。
あの飽きれた顔とか、困ったような笑い顔とか。
透き通るような少し低い声とか。
懐かしくてたまらない。
まだあの屋敷を出てから1ヶ月も経っていないというのに。
店を出てからもなんとなく気分が乗らなくて、エナには心配させてしまったようだ。
買い物もそこそこに、再びコルレの荷馬車に乗ってディリスに戻る。
エナとコルレにお礼を言ったあと、ルツにお土産を渡して家に戻った。
キーツにもお土産を渡して、夕食も殆ど手をつけずに部屋に引き篭もる。
あれだけ決心して出てきたと言うのに、もう揺らいでしまっている自分の情けなさに嫌気がした。
カバンの中をごそごそと探って飴の包みを取り出す。
薔薇の飴を一つ手に取り、口に放り込む。
──往生際が悪いですね。
最後にルーデンスと交わした会話。
夜会の広間に続く大きな扉の前で、呆れた様な、微妙な笑顔。
あれが最後だったはずだ。
あの日の夜、結局ルーデンスには会えなかった。
キーツを追っていってしまい、話せずじまいだ。
きっとルーデンスのことだから、ナナエが居なくなっても、なんでもないような顔をして日々を過ごすだろう。
そして、なんでもないような顔をして、物凄く心配するのだろう。
そういう人だから。
冷静であり続けようと何時も気を張り詰めている人だから。
冷静で居なければならない立場の人だから、冷静であり続けようと努力している。
でも、その内はとても繊細で熱い。
きっとナナエが居なくなったという事でさえ、心配して心を痛めてくれるのだろう。
ナナエはルーデンスのその繊細で熱い内を知っているし、その人形のような冷たく見える顔の彼の、手の温かさも知っている。
その手の温かさがとても恋しかった。
「ホントに往生際が悪い」
ポツリと呟く。
心配させるとわかってて出てきたのはナナエ自身だ。
ホームシックになんてなる資格なんて無いのに。
2つ目の飴を口に放り込む。
スーッとした刺激が鼻の奥をツンと刺激する。
窓の外にはルーデンスの髪の色のような綺麗な月が見えた。
目を開けると外はもう白んでいた。
鳥のさえずりも聞こえず、今朝はいやに静かだ。
寝台から体を起こし、明け方特有の肌寒さにブルリと震える。
椅子にかけたままのケープを羽織ったところで、部屋にキーツが音も無く入ってきた。
「やっぱりもう起きてたか。そうじゃねぇかと思ってた」
酷く小さな声でキーツが言う。
その不自然さに妙な胸騒ぎがした。
「いいか。しばらく大人しくしてろよ?」
「な…んで……?」
「念のため、だよ。村の様子がおかしい。少し探ってくる」
そう言ってキーツは再び音もなく部屋を出て行った。
両手を握り締めて不安な気持ちを押し殺す。
耳を澄ませても何も聞こえず、自分の鼓動の音だけが馬鹿みたいに大きかった。
ふと、遠くで争うような声が聞こえた。
身を隠しながら窓から外をうかがう。
畑を挟んだ二つ向こうの家から誰かが出てくるのが見えた。
村長の娘夫婦の家だ。
出てきたのは男が二人。
一人はかなり体格の良い男。
もう一人はスラリとした長髪の男。
体格のいい男はぐったりとしたリリンを脇に抱え、もう片方の手でルツの腕を掴んで引きずり出していた。
長髪の男の方が上のようだ。体格のいい男になにやら指示を出している。
ルツは激しく抵抗をし、それに不快感を顕わにしたした長髪の男が、ルツの頬を力任せに打った。
その勢いの強さに、ルツは吹っ飛ばされるようにして家の壁に叩きつけられる。
思わず声を上げそうになり、ナナエは己の口を両手で塞いだ。
ルツは人形のように地面に転がり、動かない。
それをリリンを抱えた男がもう片方の手でルツを抱えあげる。
見れば他の家からも年若い娘と、幼い少年が引きずり出されていた。
その異様な光景にナナエは息を呑んだ。
男達は畑の一角に年若い娘や幼い子供を集めているようだった。
目的は一目瞭然だ。人攫いだろう。
小さな村を襲って若い娘や子供達をさらい、売るのだ。
長髪の男はおもむろにぐったりとしているリリンの髪を鷲づかみにして顔を上げさせると、何か話しかけていた。
そして、くるりと振り返ったのだ。
その男の鋭い瞳は、明らかにナナエの居る家の方を見ていた。
──ここに居ては危険だ。
瞬時に理解した。
あの男達が来る前にこの家を出ておく必要がある。
ナナエは音を立てないように急いで部屋を出た。
そして、玄関から外の様子を伺い、人気の無いのを確認して静かに外に出る。
──どうすればいい?どうすれば助けられる?
頭にそんな思いばかりが浮かんだ。
自分だけ逃げると言う選択肢は無かった。
どっちにしろ、一人で出たとしても逃げ切れる可能性は低い。
ならば、何とかして皆を助けなければ、と思った。
家を大きく南側に回って、畑から刺客になる家の影に身を隠す。
もう少し畑に近づきたいが、畑に一番近い家の周りでは、また別の体格の良い男がうろうろしていた。
もちろん、村の人間ではない。
男は警戒するようにその場をうろうろしながら辺りを探っている。
息を潜めていると、ナナエが先ほどまで居た部屋の方からガタガタと派手に家具を引き倒す音や人の声がしていた。
先ほどの男達がナナエを探しているのだろう。
「変な気を起こさずに森にそのまま逃げるぞ」
間近で囁かれたことに、驚いて声を上げそうになったところで、後ろから骨ばった手で口を塞がれた。
そのままその声の主はナナエの横に並ぶ。
キーツだ。
ナナエは口を塞がれたまま、ゆっくりとそしてハッキリ首を横に振る。
「アレだけの人質が居る状態じゃ無理だ。ノコノコと捕まえられに行くようなもんだ」
キーツはそう言いながらも、その言葉に自分自身が納得行かない顔をしていた。
この村に来てからまだ1ヶ月も経っていない。
しかし、ナナエ以上にこの村に溶け込んでいたキーツにはこの状況は好ましいものではないのだろう。
それでも、状況を考えると一方的に不利なのは明らかだった。
キーツの判断は正しい。
私情に流されずに正確に状況を把握できている。
それはナナエにもわかった。
だが。
目を閉じると、ルツが頬を打たれて転がる姿が浮かび上がる。
そのまま逃げるなんて事はできそうも無い。
「助けたい」
ナナエが小さな声でそう言うと、キーツは困った顔をしながらため息を吐いた。
キーツ自身が一番、皆を助けたいと迷っていたのだろう。
ナナエの頭をポンポンと叩くと小さく「やるか」と呟いた。
「いいか、俺があらかた引きつけてから処理していくが、何人かは畑に残ると思う。ソレを倒すのは姫さんの役目だ。できるな?」
ナナエが返事をできずに居ると、キーツはすぐ近くにあった石を拾い上げる。
そしてナナエに差し出す。
「いいか、狙うのはこめかみ、顎、鳩尾、その3つのどこかだ。上手く入れば騒がれずに倒せる。いいな?助けたいと願うなら躊躇するな」
キーツは一つ一つを指で指し示しながら真剣に言った。
ナナエは頷きながら震える手で石を受け取る。
「見張りを倒したらみんなを連れて森に入れ。あとは俺が何とかする」
力づけるように石を握った手にキーツの手が重ねられた。
ナナエを宥めるようにポンポンと叩くと、意地悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「あの夜とは違う。姫さんが躊躇すれば他の誰かが傷つく。忘れんな」
「……うん」
今までナナエが周りの皆に強いてきたこと。
誰かを守る為に誰かを傷つけること。
それを今、ナナエがやらねばならない。
失敗すればルツやリリン達がどんな目に合わされるかわからないのだ。
今までナナエにはその覚悟が足りなかった。
周りの優しさに甘えて守られているだけだった。
それが嫌であの居心地のいい場所を出てきたのだ。
必ず、必ず助けるのだ。自分が。
ナナエは両手で石を強く握りこみ、キーツの顔を見ながら力強く頷いた。
それを確認すると、キーツはすぐにその場を離れる。
あっという間にナナエの位置からは確認できないほど遠くに行ってしまったようだった。
キーツが騒ぎを起こしてくれるのを大人しく待つ。
男たちが移動して見張りが少なくなるのを待って、1人ずつ撃破。
後は誘導して森へ。
それだけだ。
やればできるはずだ。
心臓がバクバクとうるさく鳴る。
手がカタカタと震える。
それでも、ナナエは決して躊躇わないと誓った。
「……お前があのガキが言ってた貴族のお姫さまか」
不意に掛けられたその野太い声に驚いてナナエは立ち上がった。
すぐ斜め後ろの家の影から体格のいい男が一人、姿を見せる。
全く気配に気がつかなかった。
緊張しすぎて、畑のほうばかりに注視しすぎて周囲への警戒を怠っていたのだ。
男は下卑た笑いを浮かべながらナナエに近づく。
ナナエは声も出せずに後退りした。
「こいつは運が良いぜ。身代金たんまりふんだくれる」
男はすばやい動きでナナエの腕を摑むと強引に引き寄せようとする。
ナナエはよろけながらも手にしていた石で男の顔面を思いっきり殴った。
男はくぐもった声を上げ、一瞬だけひるんだが、その痛さに逆上してナナエを手の甲で力任せに払った。
一瞬息がつまり、気が遠くなった。
男に力任せに跳ね飛ばされ、家の壁に背中を強く打ち付けたのだ。
そのままズルズルと地面に倒れこむ。
男は鼻から血を流しながら怒りの形相でナナエの手首を引き上げた。
そして報復とばかりに反対の手を振り上げる。
──ゴンッ。
鈍い音がして、男は手を振り上げた状態のまま声も上げずに倒れこんだ。
呆然としながらその男の後ろに居る人物を見る。
その人物は、フライパンからちょこんと顔を出すようにして笑った。
「ゼルダさん、大丈夫ですか?」
エナだ。
彼女も恐らく異変に気づいて、つかまる前に逃げ出したのだろう。
そして捕まりそうになっているナナエを見捨てずに助けてくれたのだ。
「エナさん……ありがと」
乱れた髪を直しながら立ち上がる。
それをエナは心配そうにナナエの体に手を添えた。
「逃げましょう、ゼルダさん」
ナナエのスカートの裾の埃を払いながらエナが力強く言う。
その判断はとても賢明だ。
しかし、ナナエには首を縦に振ることが出来なかった。
「ジュカと約束したんだ。皆を助けるって」
「……本気ですか?ゼルダさんたちはこの村の人間じゃないんですよ?」
やや間があって聞き返すエナの言葉は真剣さがにじみ出ていた。
そして信じられないと言った感じも隠し切れないようだ。
確かにナナエたちはこの村の住人ではない。
でも、もう3週間近くも住んでいる。
愛着がないはずがない。
「うん。ルツもリリンさんも、皆助けたい。……ううん、助ける」
エナの瞳を見据えてしっかりと言うと、エナは少しだけ悲しそうに笑った。
エナもきっと気持ちは同じだったはずだ。
「私にお手伝いできることがあればします。私の村の問題ですから」
「……じゃあ、皆を連れ出すときの誘導をお願いできる?きっと私よりエナさんのほうが皆安心できる。ジュカがもうすぐ騒ぎを起こしてくれるはずだから、見張りの数が少なくなったら私が残りを片付ける。だから、エナさんは皆を連れて森に逃げて」
ナナエがそう言うとエナはしっかりと頷いた。
それと同時に、遠くの方から派手な物音が聞こえてくる。
キーツが行動を起こしたのだ。
畑に居た賊達は見張りを2人残し、他の者はみなその騒ぎの方に走り出す。
完全に二人になった所で、ナナエは家の影からスリングで狙おうと体の側面でくるくると回す。
本当にこんな武器でいけるのかが分からないが、迷っている暇はない。
やるしかない。
ナナエたちの居る場所から2人の見張りのうち後方に位置し、ナナエたちに近いほうに狙いを定める。
距離は15mほどか。
この位置からだと、男のこめかみしか狙えない。
それでも外すわけにいかない。
体の位置を少しだけずらし建物の影から出、膝を少し曲げる。
そしてしたから振り上げるようにして握っていた紐の先端を離した。
──ゴツッ。
確実に男のこめかみ当たった。
石は畑に落ち、男は声も上げずに畑の土の上へと倒れこんだ。
そのドサっと言う音に流石に前方に居た男が気づき振り返る。
それに慌てて、それまで身を隠せずに居たナナエをエナが再び建物の影に引っ張り込んだ。
「ゼルダさん、落ち着いてくださいね」
真剣な表情のエナに、ナナエも真剣に頷き返す。
そして足元の石を拾い再び構える。
残った方の男は、片割れが何故倒れたのかが分からずに困惑の表情で歩み寄っていた。
周りに敵らしい敵もいないし、武器らしい武器も落ちていない。
それなのに片割れが昏倒する理由が分からなかったのだ。
白目をむいて倒れている片割れに手を沿え、乱暴に揺する。
それでも反応は無い。
これは何かおかしい。
急いで他の仲間を呼び寄せなければと判断して立ち上がろうとした。
──ガツッ。
男の意識はそこまでだった。
こめかみに激しい衝撃を受け、その男もまた、声を上げずに倒れたのだ。
周りに他の男たちの気配が無いのを確認すると、エナとナナエは縛られ、転がされているルツたちに駆け寄った。
男たちから剣を奪い、その剣で皆の縄を切っていく。
泣き崩れる者、震えて肩を寄せ合うもの、まちまちだ。
「声を上げないで。急いで森に身を隠して」
ナナエが声を掛けても、興奮しているのか中々立ち上がろうとしない。
エナも懸命に声を掛けるが、反応するのはごく僅かだった。
こんな所でぐずぐずしているわけはいかないのに。
酷く苛立たしかった。
「リリン」
ナナエは元気のないリリンを見つけ、その肩を強くつかむ。
「あなたは皆のリーダーでしょ。しっかりなさい!女の子たちをまとめて。それと、ルツ!」
すぐ近くに呆然としているルツをも叱咤する。
「ルツは小さい子達をまとめて。できるでしょ!?あなた達は村長の孫なのよ?あなた達がみんなを助けるの!急いで!」
ナナエが元気付けるようにリリンの肩を強く叩くと、微かにリリンの瞳に強い意思が芽生えたようだった。
よろよろとしながらも、しっかりと頷き、近くの女の子の腕をとり立ち上がらせる。
ルツもまだ幼い子を抱きかかえ、皆に声を掛け始めた。
「みんな、逃げるわよ。森は私たちの遊び場だわ。あそこに行けば皆助かる。逃げれるわ」
「森で僕たちを捕まえられる大人なんて居ない。急ごう。僕たちさえ逃げ延びればなんとでもなる」
リリンが静かに、そしてルツがはっきりとした声で言うと、泣いていた子たちも顔を上げ立ち上がった。
まだ幼い子どもは比較的年上の娘や少年が抱きかかえる。
リリンもその手にまだ歩き始めたばかりであろう幼子を抱きかかえ、逆の手では10にも満たないであろう女の子の手を握った。
その顔は先程とは違っていつもの気が強いリリンの顔だった。
「みんな、泣くのは終わりよ。私に黙ってついてきて。ルツ、あなたはそっちの子、しっかり見て頂戴」
リリンがそう言うと、ルツはしっかりと頷く。
そしてリリンはそのまま小走りに森へ向って駆け出した。
エナも小さな子を抱きかかえそれに続く。
皆必死だった。
自分の身を、そして自分よりも幼い子達の身を守らなければならなかった。
ナナエは一人の漏れも無い様にと確認しながら最後を走る。
子供たちはきっと大丈夫。
あとは、キーツが怪我が無い様にと祈るばかりだった。
誤字脱字などありましたらメッセなどでお知らせください_(._.)_




