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<17> ルツとキーツ

ギリギリと弦が鳴り、弓がしなる。

力の限り十分に引き絞った。

10メートルほど先の切り株の上には薪が置いてある。

ぶるぶると震える矢先を気をつけながら狙いを定める。


──シュッ。


緩やかな弧を描きながら矢が飛んだ。

その矢は吸い込まれるように薪に向かって飛んでいく。

そして。


外れた。


「ああああっ!もうちょっとで当たったのに!!」


弓を握りながらナナエが地団太を踏むと、キーツがやれやれと肩をすくめて見せた。

そして切り株に刺さってしまっている矢を片手で軽々と引き抜く。


「筋力がなさ過ぎるんだよ。矢先がぶれて狙いが外れるんだ」

「ん~…筋トレしてるんだけどなぁ、一応」

「それって、昨日は3回、一昨日は2回、今日は1回で辞めた腕立てのことか?」

「…………」

「それのことかよ!」

「細かい事は良いわ」

「細かくねぇよ!!」


矢筒に矢を戻しながらキーツは大仰にため息を吐いてみせる。

剣は才能0と太鼓判を押されたために、その他の方向性を探っている最中だったりする。

キーツの持つ鞭も試してみたが、そもそも真っ直ぐ鞭を打つことができなかったため速攻さじを投げられた。

色々試した結果、何とか形になりそうなのが弓だった。

ただ、筋力が無いせいか、上手く飛ばない。

ナナエが今使っている弓は子供の狩猟用の弓だ。

かなり扱いやすく作られているはずなのに、ナナエには中々上手く引けない。

腕力はそこそこあるはずなのだが、恐ろしく握力が無いのだ。

握力なんてどんな鍛え方をすればいいのかいまいちわからない。


「まぁ、筋は悪くねぇけど、微妙にアレだな。……ためしにこれ、使ってみな」


そう言ってキーツが投げてきたのはスリングだった。

早速試そうと、幅広になっている部分に石をくるみ、紐の片側の先端を手首に巻きつけてみる。

使うのは初めてだが、これぐらいの知識ならゲーマーの端くれとして常識だ。

もう片方の先端を強く握りこみ、体の横でクルクルと振り回して狙いを定める。


「お、そうそう。ちょっと肩に力入りすぎてるから、手首ではなくて腕と肩を軽く回すつもりでやってみ」


キーツのアドバイスどおりに振ってみると先ほどよりずっと手首に掛かる負担が軽い。

もう一度良く狙いを定めて、少しだけ腰を落とす。

そしてアンダースローっぽく下から振り上げながら紐を掴んでいる手を少し緩めた。


──ガツッ。


重い音がして薪が弾かれて飛んだ。

ナナエの放った石が命中したのだ。


「おおぅ!!」

「凄いな。結構扱いが難しいはずなんだけど、一発か」

「すごいよ!のび太君もびっくりだよ!」

「誰だよ、それは」


もう一度薪を置いてもらい、再びスリングを構える。

先ほどと同じ要領でくるくると回して狙いを定め、放つ。


──ガツッ。


再び薪が石に弾かれて飛んだ。


「百発百中キタコレ!」

「2発しか打ってねぇけどな」


初めて戦闘関係の能力の適性を見出して、ナナエは感動に打ち震えた。

キーツの冷静な突っ込みも当然スルーである。


「まぁ、姫さんには丁度良いかもな。近接は恐ろしく無能だから、距離をとってこれで威嚇なり攻撃なりをすれば良い。スリングさえ持ってれば玉はごろごろ転がってるし」

「うん、スリングも畳んでカバンなりポケットに入れておけば邪魔にならないしね!」

「よし、じゃあ適性がわかったところで帰るぞ。腹減った」


2人で家に向かって歩く。

毎朝、朝食までの短い時間にキーツはこうやってナナエに武器の扱い方を教えてくれる。

まぁ、モノになりそうなのは今日のスリングのみだったけど。


「今日は青菜のソテーが食べたいです」

「アンタねぇ……仮にも奥さんなら大好きな旦那様のために食事を作ろうとかないのか」

「色々突込みどころ満載だけど、とりあえずジュカが作った方が美味しいし、早い」

「はぁ……まぁ、せめてかまどに火を起こせるぐらいになんなよ」

「魔法使って良いなら」

「俺がやります。黙って座ってろ」


げんなりとした顔をナナエに向けながらキーツはため息を吐く。

4日前ぐらいに一度”火を起こすぐらいやれ”と言われて火打石やらを駆使した挙句、全く起こせなかったので魔法を使ったのだ。

まぁ、結果は押して図るべし。

3時間は片付けに時間を要した。キーツが。

最初はナナエも手伝っていたのだが、たまたま遊びに来たルツが「ゼルダ先生は貴族のお姫様なのに、汚れ仕事させるなんて可哀相!」って言ってくれたので、ちゃっかり便乗した。

あのときのキーツの恨みがましい目は忘れられない。

ごめんなさい、良心が海外旅行中なんです。


「ジュカが過保護だから…食事の支度すらさせてもらえなくて残念だわ」


頬に片手を当てながら至極残念そうに言うと、キーツが半眼でナナエを睨む。


「……そうか、姫さんの従者達はこうやって調教されていくのか」

「人聞きが悪いわね」


軽口を叩きながらふと家のほうを見ると、ドアの前に栗毛の少年の姿。

最近は毎日ああやって家の前で待ち伏せしている。

そう、待ち伏せだ。

この時間にはいつもキーツとナナエが留守にしているのは知っているからだ。

最近だんだんとルツの行動がエスカレートしている気がする。


「あー、ルツ来てるぞ」

「来てるねぇ」

「あの年代ってお姫様に運命感じちゃうんだよな……」

「そんなもんなの?」

「俺が守ってやらなきゃとか、俺には特別な力とか運命があってお姫様と出会うのは必然だとか、大きな戦いに巻き込まれちゃったり、その挙句にお姫様を人質に取られちゃったり、それを俺の考えた最強の必殺技で倒してやるみたいな……」

「厨二病か」

「なんだよ、それは」

「いや、少年少女の空想病はどこの世界も同じだなぁと」

「そうそう。あいつみたいのはさ、お姫様の周りに居るやつは、お姫様を陥れようとしている敵!みたいな……あぁぁぁむず痒い」


キーツは頭をわしゃわしゃと掻き毟る。

どうみても過去の自分への苦悩にしか見えない。

非常にわかりやすいです、キーツ君。


「なんだか凄く経験談な意見に、どうコメントして良いかわからないです」

「お、お、お、お、お、俺はそんな事考えたことねぇよ!」

「声、裏返ってるよ」


なるほど、キーツは元厨二病っと。メモメモ。


「ルツを見てると自分の過去を見てるみたいで……いやいやいや!あぁぁぁぁ、もう恥ずかしい」


キーツが真面目な顔をして頭を抱えて悶えている。

ってことは、あれか。


「ソミア公爵令嬢に運命感じちゃってたわけか」

「うわぁぁぁぁあああああああ」

「それなのに尽くした挙句にあんな任務任されてイライラしてやつ当たられたわけか」

「………ぐぬぬ」


キーツは両手で顔を覆っている。

その手の隙間から見える肌はほのかに紅い。


「もう止めて、いじめないで」

「向こう1ヶ月食事当番ね」

「向こう1ヶ月もなにも一度も食事当番やったことねぇじゃん……」

「俺の考えた最強の必殺技で……!」

「あぁぁぁぁぁぁぁ……」


面白い。これでしばらくは遊べる……!


そうやって仲良く(?)キーツと談笑しながら家の前に到着すると、ルツはいささか不機嫌そうな顔になっていた。

手には円形の筒の形をしたピンクの箱…………。


「る、ルツ……おはよう……」


胸の動機が止まらない。

何てことだ、まさか……まさか……!

いや、あれは、アレしかありえない。


「先生、おはようございます。僕、昨日町まで行ってきたんですけど……」

「そ、それ!アクアマーケットのマカロンだよね!?なんで?なんでここに?」

「あれ、知ってるんですか?今、王都で人気あるんだって聞いて。ふもとの町に支店ができたんですよ」


なんと!フランチャイズ展開してるのか!!!!

恐るべしルーデンスの経営能力!

小躍りしたい気分だ。ルーデンスの経営能力に万歳だ!

あのマカロンは国宝級の美味しさだ。

それを広めない手は無い。

ゆくゆくはエーゼルの代表的土産にまで昇格させるべきだ。

ひよこまんじゅうレベルに格上げすべきなのだ!!!!

そのまず一歩としてのチェーンストアの発想は秀逸だ。

私が国王でもきっとフランチャイズ展開していたに違いない。

この世界ではそういう発想は無いだろうなって思ってたが、国=企業と考えるなら、十分ありの展開だ。

商才たくましすぎます、ルーデンス陛下!


「わざわざもって来てくれたんだよね??うわ~嬉しいぃぃ~~もう食べれないと思ってたから!」


箱を持っているルツの手に自分の手を重ねながら軽く踊ってみせる。

ルツはさっきまでの不機嫌な顔が嘘のように少し頬を赤らめて俯き、キーツはそれを見て呆れていた。


「私、このマカロン大好きなの!ホント嬉しい!ルツありがとぉぉ~~」


ルツに差し出された箱をほお擦りするがごとく抱きしめる。

そして残念に思う。

これに、あのシャンパンがあれば最高なのに、と。


「ほら、ゼルダ。嬉しいのはわかったから。飯にするぞ」

「だって、マカロンだよ。マカロン。凄く美味しいんだから」

「はいはい。じゃあ、ルツありがとうな。もう飯だから」


痺れを切らせたように、キーツはそう言ってナナエを家の中に引っ張り込む。

そして、それに続こうとしたルツの鼻先でドアを閉めた。

ドガッっと扉を蹴る音をキーツは聞いた気がしたが、きっと気のせいだろう。


「このくされ猫……」


とかいう不穏な呟きを耳が拾ってしまったのもきっと気のせいだろう。






なんてことだ。

まさかこの村で七色マカロンを見ることができようとは。

何度も箱をあけては確認して、蓋を閉めてほお擦りする。

もったいなくて手を出すことができない。


「そんなに好きなの?」


いすを跨ぐ様にして座り、キーツは椅子の背に腕と顎を預ける。

ナナエは箱を抱きながらこくこくと頷いて見せた。


「……食べねぇの?」

「いや……もったいなくて」

「食べたくなったらまた買えば良いじゃねぇか」

「ん……でも」


ナナエの酷く渋っている様子にキーツはため息を吐いた。

ここに来るまでに町という町は避けて通ってきた為か、ナナエは自分自身も町に近寄ってはいけないと思っていた。


「俺は指名手配中だから町とかには行けねぇけど、エナさんとかに着いて行って貰えば?普通の買い物客としてなら誰にも見つからないだろ?」

「そーだけど…」

「調剤して、診療して金もらってるだろ。俺も色々やって金貰ってるし。少しぐらいなら自分のために使っていいだろ」

「……うん。ありがと」


そう言って、ナナエはゆっくりと再び箱の蓋を開けた。

甘酸っぱい香りがする。

中に添えられたカードを取り出して見てみる。

7色の味のメニュー表だ。


緑の抹茶、茶色のマロン、黄色はグレープフルーツ、橙がオレンジ、赤がカシス、水色のミント、そしてピンクのベリーミックス。

あの夜、一つしか食べれなかった期間限定マカロンだ。

早速ベリーミックスを一口食べる。

やっぱり甘酸っぱい生地とラズベリーのゼリーソースとクランベリー風味の生クリームの組み合わせが絶妙だ。

死ぬほど美味しい。

生地も相変わらず、サックリもちふわでむにゅむにゅな食感が素晴らしい。


水色に手を伸ばす。

スッとした香りと舌先にスーッと染みる清涼感。

生地にミントのエキスを練りこんであるようだ。

クリームは少し重たいバタークリームか。

爽やかな生地とちょっと重たいクリームの配分が神業だ。

生地に練りこんである黒いものはチョコレートチャンクだ。

生地の食感を壊さないように細かくなりすぎないように刻んだ感じが秀逸だ。


黄色を手に取った。

グレープフルーツ独特のつんとした香りがする。

柑橘系の爽やかな香りを堪能して一口齧る。

全体的にしっとりとした生地だ。

中のクリームは少し酸味の効いたサワークリームだ。

口内を爽やかな酸っぱさで満たす。

甘いものを食べたあとには丁度良い口直しだ。


緑を口に運ぶ。

今度は少ししっかりした生地だ。

もちもちっとした生地は抹茶が練りこんであり、苦味が強い。

しかし、その生地には甘いクリームと2mmほどの厚さのホワイトチョコレートが挟まっている。

なんという良い仕事だ。

手が止まらない。



気がついたら、全て食べきっていた……。

悲しい気持ちで空になった箱を覗き込んでいると、キーツが再びため息を吐いた。


「朝ごはん食った直後によくそんだけ食べれるな……」

「マカロンは別腹」

「確かに、別腹になるのかもな。肉となって」


ニヤリと笑うキーツに空箱を思いっきり投げつけた。

女性の一番気にする部分をつっこむとは失礼千万である。

箱は難なくキーツに受け止められてしまった。


「ダイエットしてるから平気だもん」

「それって、一昨日は3回、昨日は5回、今日は2回のスクワットのことか?」

「…………」


今日も良い天気だ。ご飯が旨い。

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