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<12> ファルカの信念

いくらなんでも遅すぎる。

マリーはナナエの部屋の前で扉を睨むようにして立ち尽くしていた。

昨夜、ナナエはトゥーヤをそばに置いたまま離そうとしなかったのは知っている。

領主の館であったことは聞いていたから、不安なのだろうと思っていた。

それでも、男性であるトゥーヤを傍に置くのであれば、そこまで心配することもないと気楽に考えることにした。

それに、トゥーヤがナナエの傍に居る限り、ナナエの身の安全は保証されているのと同じなのだから、任せて置けば安心だと思っていたのだ。


それが、朝になってもトゥーヤは部屋に戻った気配が無い。

ということは、一晩中ナナエの部屋に居たと推察が出来る。

それはそれで、色々ともやっとする訳だが、ナナエが良いなら……とまた納得できる。

しかしだ。

日も大分高くなっているというのに、部屋の中からは人の気配はあるが、物音が一つもしない。

100歩譲って、ナナエはそういう時があるからまだ良いとしよう。

が、トゥーヤがこの時間まで行動を起こさないのはおかしすぎる。

一応ドアをノックして声も掛けたが、もちろん返事は無い。

あったらこんなに悩んでいない。


かといってドアを開ける勇気が出ない。

……ドアを開けた先にあられもない二人が居たら確実にダメージを受ける。自分が。

近親者のそういう現場に踏み込むかもしれないと思うと勇気なんか出っこない。


「マリー様、なにをしてるんですか?」


この時間のナナエの昼食の給仕はシャルが担当している。

いつもどおりシャルは昼食の給仕にやってきたのだ。

そこで扉の前で困っているマリーを不審に思ったのだろう。

マリーは一つため息をつくと、言葉を選びながら口を開いた。


「シャル、ええっと、まだ起きてないみたいなのよ」

「あ、ナナエ様ですか?」

「うん。兄さんとナナエ様」

「…………」


ああ…、っとシャルの頬が少し赤くなった。

マリーの言わんとすることが分かったのだろう。


「シャル、悪いけど……様子を見てきてく」

「無理です」


最後まで言わせずにシャルは拒否する。

デスヨネー。そう言うと思ってましたー!

そして今度は2人で部屋の前で頭を抱えた。


「2人で何をしているのです」


そして現れた3人目が2人に尋ねる。

それを振り返ってマリーは渋面になった。

現れた3人目はルーデンス。

昨夜は犯人を追ってそのまま屋敷には戻ってきていなかったはずだ。


「お帰りになっていたんですね、陛下」

「残念ながら、取り逃がしましたがね」


ひどく腹立たしそうに言い捨てる。

目の下にはうっすらとクマが浮かび、顔色は普段よりも悪い。

疲れているようだ。


「少しお休みになられてはどうでしょう?」

「ナナエに会ってからにします」

「っぐぐぐ!」

「……何かあったのですか?」

「い、いえ??な、な、な、な、何にもぉおお?」


マリーは冷や汗を流しながらドアを塞ぐようにして立った。

非常に困る。それは非常に困るのだ。

もし扉の向こうがマリーの想像する通りなら修羅場である。


「トゥーゼリア様が昨晩よりナナエ様の部屋から出てこないので。二人でお休み中かと」


マリーの努力もむなしく、さらりとシャルが暴露する。

なんてことを!!!

ぐるるるるっと喉を鳴らしながらシャルを睨むが、どこ吹く風といった感じでシャルはそっぽを向いた。


「それはいけませんね」

「ま、ま、待ってください、陛下!わっ、私が先に入りますので!ナナエ様がお着替え中だとアレですので!で!」


もうここまで来たら後には引けない。

マリーは意を決してノブに手をかけ、扉を少しだけ開けると、そのすき間にサッと体を滑り込ませた。


「お待ちくださいね!必ずですよ!?」


そう言って部屋に入り、取りあえず扉に鍵をする。

これでもしナニかがあっても、少し時間稼ぎできるだろう。


部屋の中はカーテンが引かれ、薄暗かった。

取りあえず居室の方のカーテンを開けながら奥に声を掛ける。


「ナナエ様~、もうお昼になりますよ~?……兄さんもいるの?」


反応は無い。

すっかり明るくなった部屋を見渡すと、テーブルの上に小さな瓶とメモのようなものが置いてあるのに気がついた。

昨日、シャンパンを届けに来たときには無かったはずだ。

不思議に思い、近寄ってみる。

そして。


マリーは青い顔をしてその小瓶を握り締め、寝室に入る。

そこにはメモに残された通り、昏睡しているトゥーヤの姿があった。

急いで小瓶の蓋を開け、中の薬をトゥーヤの口元へ運ぶ。

かなり零れてしまったが、それでもトゥーヤの喉が上下するのが分かった。

それを確認して、マリーはトゥーヤの頬を強く打った。


「兄さん!起きて!起きてよ!!」


強く体を揺すると、酷く意識が混濁した様子のトゥーヤが薄く目を開けた。

その視界の先にある妹の顔がゆがんでいるのを不思議そうに眺める。


「……今、何時だ…?」


未だ覚醒しきっていないトゥーヤを、マリーは半べそ状態で再び揺すり、手にしていたそのメモを押し付けるようにして渡す。

トゥーヤは額に手を当て、頭を強く振ると、それを受け取った。

そしてそのメモを見る。


一瞬でトゥーヤの顔が青ざめていくのが分かった。

ふら付いているであろう体を無理やり起こすようにして立ち上がり、部屋の入口ではなく、窓際に移動する。


「後を追います。お前たちは好きにするといい」


そう言い残して、トゥーヤは姿を消した。









残されたメモを震える手で持ち、部屋を出た。

その先で待っていたルーデンスにゆっくりと差し出す。

最初、訝しげに眉をひそめていたルーデンスも、そのメモの内容に息を飲んでいた。

だがすぐに平静さを取り戻し、そのメモをマリーにつき返した。


「ナナエが居ないのならば、私がここに居る意味はありませんね。城に戻ります」


そう突き放すようにいい、ルーデンスは踵を返すようにして足早に去っていった。

酷くあっさりとした態度に、苛立ちが沸く。

続けて、そのメモをシャルに見せる。

シャルは取り乱すことなく、そのメモを見つめていた。

そしてそのメモを見つめながら口を開く。


「トゥーゼリア様はなんと仰られているんですか?」

「お前たちは好きにしろ、って」

「……なるほど。わかりました」


そう言ってシャルはそのメモを丁寧にマリーに返すと、ルーデンスと同じように踵を返した。


「シャル」


マリーは思わず呼び止める。

それをシャルは足を止め、不思議そうに振り返った。


「シャルは、どうするの?」


マリーのその問いにも、当たり前のことをどうして聞くのかという様に首を傾げてみせる。


「ナナエ様は僕らを解雇すると言う。トゥーゼリア様は好きにしろと言う。なら僕は、僕個人の意思でナナエ様を追います。元はといえば僕の責任ですから」


そう言ってシャルは苦笑して見せた。

その笑顔でマリーはホッと胸をなでおろす。

そうだ。

一方的に解雇されたからと言ってそれが何であるというのだ。

侍女として解雇されたのなら、マリー個人として後を追いかければよかっただけなのだ。

そんな簡単なことさえ、動揺して気づけなかった。

これでは、ファルカ家に名を連ねるものとして恥ずかしい。


マリーは急いで己の部屋に戻り、メイド服を脱ぎ捨てた。


ナナエがどう考え、どういう気持ちでここを去ったのかははっきりとは分からない。

それでも、マリーは従者として、そして友人としてナナエを心配する権利がある。

その気持ちにはナナエに否と言わせるつもりは無い。

どんなことがあっても、あの考えなしに思いつきで動く友を、主人を見つけて、叱り飛ばしてやらねばならない。

そうしなければ気が納まらないのだ。

必ず見つける。

そうマリーは決心してヤボラの屋敷を身一つで後にした。








──面と向って言う勇気が無いので書置きでごめん。トゥーヤとマリー、シャルにルーデンス、あなたたちを解雇します。お給金払えて無くてごめん。 追伸:トゥーヤには昏睡薬を飲ませてしまいました。気付けの薬を置いておきます。飲ませてください。私の寝台に居ます。


一方的にそう書き綴られたメモは、所々字がかすれて滲んでいる。

どんな思いでこれを綴ったのだろうか。

昨夜有無を言わさずに勧められた酒は、昏睡薬入りだったと言うわけだ。

どんな思いであの酒を勧めたのか。

あの不機嫌な顔に隠された表情を、気持ちをトゥーヤは見落とした。

後悔の念しか沸いてこない。


領主の館から帰るときから既に様子がおかしかった。

それはトゥーヤ自身も気づいていたはずだ。

何度もおかしいと思う点があった。

そして、おかしいと思っただけで深く追求しようとしなかった。

それを単に事件があったからとそれで納得させてしまった。

ナナエが自らトゥーヤから去るはずは無いと驕っていたから、おかしいとわかっていて見過ごしたのだ。

これは当然の結果だった。


セレン王子からの命は

ナナエの専属の執事となり、ナナエをただ一人の主君とせよ。

だった。

その期間は

ナナエが異世界に帰るまで。もしくは、本人から執事の解任要求があるまで。


トゥーヤはナナエに解雇された。つまり、執事の解任要求を受けたと言う事だ。

もうトゥーヤはナナエの執事ではない。

ならばファルカ家としてオラグーン王家のために動かなければならない。

その筈だったし、そうするつもりだったのだ。その命を受けた時は。

あのときの自分はナナエの事を良く知らなかった。

ただの正妃候補として一時のみの主として見ていただけのはずだった。


それが。

振り回されて、迷惑を掛けられて、わがままを言われて、甘えられて、心配させられて。

目を離せなくなった。

その手を振り解けなくなった。

ナナエの信頼を得るために躍起になった。

あの時から、ナナエはトゥーヤにとって絶対の主となった。

ただ一時の主としてではなく、生涯使えるべき主として変わったのだ。


そして、自分の望んだ信頼が得られてくると、その信頼に胡坐をかいて、安心しきった。


自分から振り払わなければその手はずっと共にあると勘違いをしていた。

ナナエは簡単にその手を振り解くことができたと言うのに。

振りほどくことができないと思っていたのは結局トゥーヤの方だけだったのだ。

それを痛切に自覚させられた。


それでも追うしかない。

もう自分のこの手はナナエしか求めていないのだから。

ナナエ以外の主を持つつもりも無い。

ナナエがどんなに拒もうと関係が無い。

どんな手がかりも見落とさない。

きっと、たどりついてみせる。


大体にナナエは甘く見過ぎている。

ファルカ家の者と主従の契約を結ぶことの意味を、その重さをを理解してもらわなければならない。

我が一族が何よりも重きを置くその忠義。

それは主人から一方的に反故にできるものではないのだ。

たとえ忌み嫌われて、刃を向けられようとも。

その忠義を守り続けてきたからこそ、今のファルカ家の地位がある。

その信念は何よりも尊ばれるべきもの。

例え主従の関係がなくなろうとも。

我が家の誇りは、地位や権力に仕える事ではない。

信念を持って己が主と定めたものを貫くのことなのだ。


どのような命令とも関係なく、トゥーヤはその信念を持って、ナナエをその主と定めた。

なら、それを貫くだけだ。


ナナエから手を振り解いたのなら、こちらからその手にをつかみに行くだけのことだ。

その後はもう油断しない。

二度と手を振り解けないようにするだけだ。


恐らく、マリーも遅かれ早かれトゥーヤと同じ行動を取るだろう。

なんだかんだ言いつつ、マリーもナナエを主と無意識のうちに定めている節がある。

それに気づくか気づかないかの問題だ。

それがファルカ家の根底に流れるものだから。

だからあえて強制はしない。



足を止めている暇は無い。

どんなことがあっても、あの考えなしに思いつきで動く、ただ一人の主人を見つけなければならない。

そして、その浅はかな行動を叱り飛ばしてやらねばならない。

そうしなければ気が納まらないのだ。

その手をもう二度と振り解けないように教え込まなければならない。

必ず見つける。

トゥーヤにはその道しか選べないのだから。




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