<1> お留守番。
それでも私はニートになりたい。 の続編となっております。
前作の登場人物のキャラ紹介は省いていますので、ご了承ください。
──酒が、飲めない。
切実な問題だった。
あれほど執事喫茶で派手に儲けたと言うのに、今残っている所持金はほんのちょっぴりである。
つまり、ナナエの大好きなあのシャンパンが買えないのだ。
おかしい。
あれだけあれば、シャンパンを余裕で買える筈だし、オラグーンへ戻る為の軍資金にもなったはずだ。
何故それが、こんなに少しのお金しか残らず、ニンジンのソテーと野菜が少しだけ浮いた薄いスープを飲む羽目になったのか。
「断固抗議する!」
トゥーヤに向ってナナエはニンジンの刺さったフォークを差し出して訴えた。
それをトゥーヤはチロリと見た後、ナナエの右手をピシリと叩く。
「マナー違反です」
「ニンジンばっかりだすなーー!酒もってこーーい!」
ナイフとフォークを握った両手をダンダンとテーブルに打ちつけながら喚く。
理不尽すぎるのである。
ナナエがニンジンを嫌いなのは知っているはずだ。
それなのにこうも毎日毎日ニンジンばかりなのだから、イライラしてもしょうがない。
「お金がないです」
「…嘘だッ!腐るほどあったはずだよ!あんなに稼いだんだから!!!」
そう怒って立ち上がると、トゥーヤは大仰にため息をついた。
そしておもむろに文箱へ歩み寄ると、一通の手紙を取り出し、ナナエに差し出す。
宛先はこのライドンの邸宅宛。
差出人は…ルーデンス・ブロウ・サイル・エーゼル。
エーゼルの国王だ。
色々あって、ナナエとも親しい。
詳しくは第1部ルーデンス編を見るが良い!
それがナナエ宛で無く、この邸宅宛と言うのが妙な感じだ。
首をかしげながらナナエはその手紙を開く。
──請求書。
……なんだか見てはいけない文字を見てしまった気がする。
ナナエは瞼を閉じて深呼吸した。
そうして、もう一度マジマジと手紙を見る。
──請求書。
ナンデーーーー!
ドウシテーーーー!
そこには頭が痛いほどの数字が羅列していた。
壁修繕費、広間修繕費、林復興費、貴族治療代・見舞金、兵士治療代・見舞金………
あぁ、確かに壁を壊した気がします。
広間の一部も破壊しました。
その余波で兵士さん達とお偉い貴族さん方に怪我をさせました。
服を乾かす為に炎の魔法を使って林を半分ふっ飛ばしました。
ええ、事実ですとも。
でもね。
待って、お願い待って。
これは払いきれない。
嫌がらせかーーー!!!!
「現状を把握しましたか?」
「…はい」
「食事が出てくるだけありがたいと思ってください」
「……はいぃ」
涙目でもぎゅもぎゅとニンジンを噛み、飲み下しているとトンっと軽い音がして、目の前にグラスが置かれた。
中にはシャワシャワした例のブツが入っている。
「これ1本だけですよ?」
そう言って、ため息をつきながらシャンパンを出す。
流石はナナエの専属執事。アメと鞭の使い分けが絶妙だ。
「トゥーヤぁぁぁぁ~~大好きぃ~~~」
とか言って、涙ながらにシャンパンのボトルに頬擦りしていたら、思い切り眉間に皺を寄せて、非常に不愉快と言った感じの顔をされた。
乙女が大好きと言っているのに失礼な!
エーゼルの城を出てから、2週間が経った。
あれから3日間馬を走らせてライドンまでたどり着き、町に出てみたら「しばらくお会いしませんでしたが、お元気でした?」とか物凄く普通の会話をされて、なんだかホッとしたような寂しいような感じだ。
だが、ディグに会いに行くと、流石にディグは泣きながら再会を喜んでくれた。
ディグの両親にも頭をかなり下げられ、そしてやっぱり再会を喜んでくれ、執事喫茶の閉店を惜しんでくれた。
そう、執事喫茶は閉店したのだ。
まぁ、1ヵ月も閉店したままだったし、そろそろオラグーン王都へ戻る算段もつけなきゃって感じだったので仕方が無い。
営業していた約1ヵ月も、セレンが引き篭もりになってたからの様なもんだったし。
オラグーン王子本人のやる気が無きゃ動きようが無かっただけだ。
でも、今は違う。
王弟のクォルツ・シャルド・パーリム、つまりパーリム大公とも合流して、宰相バドゥーシとの対決を決意している。
そのために、有力貴族の元を訪れ、協力を仰がなければいけない。
王族派を粛清にかかっているバドゥーシに気取られるわけはいかないのだ。
だからこそ、秘密裏に動く為に、セレンと大公が二手に別れ、それぞれカイトとリフィンを伴に旅立ってしまっている。
つまりね、店はね…スタッフがいなきゃ開けれないのですよ。
そして、役に立たないと言うか、足手まといのナナエはライドンでお留守番なのだ。
トゥーヤだけででも開こうかとナナエが提案はしたものの、トゥーヤは「私はナナエ様専属の執事ですので」と言って、全く聞く耳を持たない。
マリーにも「兄さんは接客業は向いてないです。コミュ障ですから」と言われてしまうし。
生活費はどんどん残り少なくなっているし。
八方ふさがりである。
「働かないとなぁ…」
先日、ナナエの戸籍登録証の職業欄を確認すれば、やっぱり無職に返り咲いていた。
神様、ニートの条件が厳しすぎですよ!
既に半分以上減ってしまっているシャンパンのボトルを抱きながら、うんうん唸っていると、不意にトゥーヤがピクリと耳を動かして外の方を警戒するように気配を探っているのに気がついた。
そうしてしばらくした後、呼び鈴が鳴らされる。
それに明るい声でマリーが対応し、扉を開けたようだった。
こんな日も暮れた時間に誰が来たというのか。
ピクピクと耳を動かしてトゥーヤはそちらに意識を向けている。
そして、その表情はあまり変わらないが、ナナエには何となくトゥーヤが不機嫌になっていくのが分かった。
そんなに厄介な相手なのかと思うと、ナナエもつられて渋面になる。
しばらくしてマリーがナナエの居室にやって来た。
訪問客が帰った気配が無いと言うことは、訪問客はナナエに用事があって、マリーが呼びに来たのだろう。
折角シャンパンを楽しんでいたと言うのに迷惑な話である。
しかも、トゥーヤが嫌そうにしているということは、少なくとも楽しい話ではなさそうだ。
折角シャンパンを楽しんでいたと言うのに迷惑な話である。
──大事なことだから2回言いました。
仕方なく、ナナエは残りのシャンパンを一気にラッパのみ…しようとしたら流石にトゥーヤにボトルを取り上げられる。
「駆けつけ三杯!ぎぶみーしゃんぱん!」
意味不明な言葉を羅列して必死に訴えてみたけれど、ダメそうだ。
仕方なく、ナナエは渋々と言いながら…そう、本当に「しぶしぶ…」とか言いながら玄関へと向ったのだった。