ここから出てはマズい人
どうも、はんぺんです。
というわけで連続投稿、第6話です。
簡単に言うと別sideのお話ですね、はい。
---------sideスノーフィア・ブリューゲル---------
薄暗い部屋。
地下の牢には錆びた鉄格子と、その中にとある結界。そしてそのさらに中に『倉敷派祓』の姿があった。ただ無言で立ち上がって動かない。目を開いてはいるが、その瞳は虚ろなまま。
彼が今見ているのは幻覚という名の『別世界』である。
そんな彼の姿を腕を組みながら見据える人影と何もしないで横に並ぶ人影が合わせて2つ。
一人は私『スノーフィア・ブリューゲル』と私の部下の『クロウ・シュタイナー』。
金髪碧眼で腕と胸に申し訳程度の鎧をつけた青年である。クロウ君は目の前の、覇気どころか生気があるのかも怪しい黒髪テンパの派祓を見て一言。
「スノーフィア様。本当に彼が、我らの希望であると?……正直、今にも死にそうな顔をしたひ弱な男にしか見えません」
相変わらずのジト目で私に向き直る。
なので私も目をつむりながら淡々と口を動かした。
「私の『強化魔法』付きの平手打ち2回と全力のストレートパンチを食らって無傷のこの男がそれほどひ弱に見える?」
「む、無傷……!?」
クロウ君すごい驚いてるw
驚くのも無理はない。
なんせ私の『強化魔法』付き平手打ちは一撃でクマを吹き飛ばし気絶させるほどの威力を誇る。それを派祓は2回食らって無傷。最後の、私の総力を持ってキメたパンチもクリーンヒットのはずなのに無傷。いったいどうなってるのかしら……。
「不意打ちこの術式に閉じ込められたんだけどね」
クモを倒して安心していた派祓に私が不意打ちをかけてフィニッシュ。
そして今はこの『幻覚結界』に閉じ込めてある。
「なんか不調だったみたいだったし……でも、それでもこれに入れるのに丸一日掛かったのよ?」
「1日かかりましたか……身体的、精神的耐久力と魔術に対するプロテクト……確かに、味方に加えれば大きな戦力となりますが」
「でしょー!?……まぁでもここまでやっといて大人しく協力してくれるとも思えないのよね…」
「ま、当たり前でしょう。一応、交渉してみなければ分かりませんが……」
「無理ね。すごく今更だけど、アイツが一筋縄でいくとはどうしても思えないのよ……彼は危険すぎる気がして……」
なぜだか全身からそういう警告がどんどん出てくる。
アイツはやばい。アイツは普通じゃない。アイツに『普通』は当てはまらない。アイツはほんとにやばい。気を抜けば跡形もなく食い尽くされる。心も、体も。私というもの全てを。
……それも、冗談にならないほど簡単に。
「では、このまま洗脳しますか?」
クロウ君はあっさりとその言葉を口にした。
「…………」
ここまで来ればもはやそうするしか方法がない。
それが一番簡単なのだ。
それでも私はその判断を渋っている。
「スノーフィア様、お気持ちはわかります。ですが、これは一刻を争います」
「でも……それは、その行為は」
ほぼ禁忌に近い。禁忌といってもいい。
なんせ、人ひとりの精神をたかが1日で丸ごと奪ってしまうのだから。
私は自分の目的のために、そんなことをしてしまってもいいのか悩んでいた。
いまさら何を考えているのか。自分の中の甘い感情に嫌気がさす。
でも、そんなことを決断するまでもなく、彼『倉敷派祓』は圧倒的不利な状況を覆した。
「幻覚……もしくはかなり広い部屋にこのセットを作ったか……」
「「っ!?」」
突然、何の前触れもなく私の耳にそんな言葉が届いた。
彼、倉敷派祓の目は限りなく『無』。ただ音を発するためだけに口を動かすことにしか筋肉を使っていないような、平坦すぎる声。
「ま、まさか……」
ありえない。
この結界内の人間が今自分に置かれている状況に気づくなど。
クロウ君は自分の目と耳を疑うかのように呆然と立ち尽くしている。
「俺の『体内時計』は正確に動いてる」
「嘘……よね?」
「つまり、俺の意識は覚醒していると見ていい。となると……」
私の声にすら反応を示さず、彼の声は淡々と響き続ける。
わずかな沈黙の後、再び派祓は口を開く。
「やっぱそうか……」
「ヒヤッ」と背筋が凍ったような気がした。
突然空から降って来た、異常すぎる不確定要素。『分からない』恐怖。
「よい、しょっと」
「っ!不味い!クロウ君、アレを!!急いで!!!」
「はっ!」
派祓が何かを拾うような動作をした。
それは現実の世界で、牢屋の中にあった、囚人用の縁が欠けた食器。
それを見た私はクロウ君に術式強化用の霊装を持ってくるように命令した。
慌てたクロウ君が階段の奥へと消えていったのとほぼ同時に派祓が手に持ったいた食器を目の前に思いっきり投げつける。
カキン カラン、カラン
当然、目の前の鉄格子に食器は当たり、地面に落ちた。
「嘘……でしょ……!?ありえない、わ、よ…………こんなの」
---------この『結界』が看破されるなんて。
それを見ていないにも拘らず、彼はその口を笑みの方へ歪めた。
悪魔のような、残忍で、冷徹で、獲物を見つけたような、そんな顔で彼は笑う。
その事が、たったその事だけが私を支配する『恐怖』と化していた。
足が震える。今までこんなことなかった。親を殺された時も、自分が殺されそうになっても、こんな恐怖は今まで感じたことがない。
慌てて結界の強度を増強し、幻覚作用の強化も追加した。
その甲斐もあってか、彼の動きは完全に停止した。
そして、数分後。
彼と彼を取り巻く結界に異変が生じ始めた。
「っ!?なんなのよこれ!?……まさか、殺意!?」
彼は『何か』を掴み取るような動作をした。
次第にそれは彼の右手に束ねられてゆく。
そして、
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ピシィ、パキ、パキ、ビキビキィッ!!!
ズガァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
次の瞬間、『幻覚』は自身の莫大な魔力エネルギーとともに『外』へとまき散らされた。
衝撃で結界は全壊。
頑丈なはずの鉄格子は跡形もなく吹っ飛び、石でできた壁は粉々に砕けた。
そこに残るのはたった一人の人影。
「そんなに意外だったか、ゆきちぃ?」
悪魔が、そこにいた。
これからどうなるのか……