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「大丈夫か?」
自分を見下ろす男の顔をぼんやり見ながら、自分の身に何が起こったのか一人は思い出そうとしていた。
ベッドの上。
何処の?
目の前の男。
誰?
「飲めるか?」
鼻先に小ぶりの茶碗を差し出されたが、きつい匂いに一人は顔をしかめる。だが、お陰で頭は少しすっきりして来た。
耳の奥に残っているのは、爆竹の音?
いや、違う……
「痛ッ」
起き上がろうとして、一人は思わずうめく。
「皮膚と肉が少し削られたが、大した事は無いそうだよ」
「大した事がないっ!?」
一人は思わず怒鳴り返した。
馬羽が少年の突然の大声に驚いて身を引く。
「大した事が無い! 何て街だ!」
起き上がりながら、一人は更に言った。
「まぁまぁ、落ち着いて。俺が怒鳴られるのも仕方ないが、その分疲れるのは君だからな。とにかく、飲んで」
漢方薬特有の苦い匂いの茶碗を差し出され、一人は黙った。
目の前の男に当り散らしても、しょうがない。
「よくわからないが、傷の治りを早めてくれるらしいよ」
「ここは何処?」
思った以上にそれを飲み下すには骨が折れたが、ひと口すすって、一人は訊いた。
「李月陵、友達のアパートだ。ほら、昼間に会った林の従兄弟だよ」
「李……」
鮮やかな印象を残した月陵を思い出す。
それから、思い切って茶碗の液体を飲み干すと、一人は改めて窓の外がすっかり暗いことに気付いた。
「今、何時?」
「ああ、もう、十二時過ぎてるんだな」
腕時計を見ながら、馬羽が答える。
「十二時!」
戸田親娘にも叔母にも何の連絡も入れていないことに気付いて、一人は慌てた。
「帰らなきゃ――」
「冗談だろ。大した事ないとは言ったけど、すぐに動き回れる程の傷じゃないぜ」
「でも、連れが心配するよ」
「わかった。お連れさんは何処のホテルに泊まってるんだ。俺が連絡してやる」
一人は少し躊躇してから、「パークサイドホテル」と答えた。
「五○二号室の戸田って日本人……」
だが、連絡したらしたで、きっと大変な騒ぎになるだろう。
「馬さん、僕が怪我してるってことは言わないでくれるかな」
部屋を出る為に上着を羽織り、コートを手にした馬羽に向って、一人は言った。馬羽が怪訝そうに振り向く。
「余計な心配はさせたくないんだ。そのへんは上手く言ってもらえる?」
「ああ、君がそう言うのなら。じゃあ、俺は君の親戚のお兄さんってことにしといてあげよう。親戚が集まってる中、調子に乗って紹興酒あおってたらぶっ倒れて起きなくなったんだ、とでも言おうかな」
「それはそれで都合悪いんだけど」
一人は苦笑しながら、馬羽が部屋を出て行くのを見送った。




