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最初、一人はそれを悪戯な通行人が爆竹か何かで悪戯を仕掛けたのだろう、と理解した。深く考えたわけではない。一人の想像力では、それが精いっぱいだった。
自分の体の上に誰かが覆い被さって、道路に押し倒された。
若い女の悲鳴が聞こえた。
男たちの怒号。
一人は、やっと尋常でない何かが起きたのだとわかった。
「頭を上げないで」
覆い被さる男の声がした。
馬羽だった。
やがて、馬羽は片手を一人の体から引き抜くと、その掌を見た。赤く染まっていた。一人はそれを不思議そうに見る。
「流れ弾に当たったのか!?」
修英が、馬羽を一人から引き剥がすようにしてその肩を掴んだ。
だが、崩れるように道路に倒れ込んだのは、馬羽ではなく、彼が腕を回していた少年の方だった。修英は馬羽を突き飛ばし、一人の体を調べた。
「脚だ。大丈夫だ、かすってるだけだ」
「あ、ああ……」
馬羽はやっとそれだけ答える。
「おい。しっかりしろ」
一人は、殆ど気を失いかけながら、修英を見返す。修英はコートのポケットをさぐって大判のハンカチーフを取り出すと、それで一人の膝頭の少し上あたりをきつく縛った。
信じられぬことに。修英の目は少年を心配そうに覗き込んでいた。
修英を護るように人垣の前に立ちはだかっていた、屈強の男が修英を振り返る。
「俺が居ながら申し訳ない、老爺。ご無事で?」
「ああ、俺はな。彼がやられたようだ」
「この少年は?」
「――通りすがりの旅行者だ。趙、車を回せ。月陵の部屋まで運ぶ」
「是。車はもう来てます」
「月陵!」
物見高い人垣を掻き分けて現れた従弟を呼びつけると、少年の体を彼に押し付け、修英は「任せる」とひとことだけ言った。
心得たもので、月陵はさらにバラバラと駆けつけた修英の部下たちを呼び、一人の体を車まで運ばせる。
「ウーとカンが追いましたが、漢口路を入った里堂でまかれたそうです」
「ふん、放っておけ。失敗したからには、ヤツに二度はないからな」
修英は冷たく言い放つと立ち上がり、馬羽の背中を叩く。
「租界警察につきあってくれよ。芝居っ気のあるお前が居てくれると助かる」
「わかった――。ついでに警察を煙に巻くシナリオは僕が書いてやるよ」
馬羽が答えた。




