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 本気で気分を害したのか、それともそれも気紛れか。

「よ、四日前の夜、東新橋街近くで僕の叔父が殺された」

 喉が渇いた。

 修英の表情はひそりとも変わらない。

「残念だったな。可哀想だが、上海では珍しくない出来事だ」

 冷たく言い放つ修英の表情に、動揺などこれっぽちも無い。一人は、足元から震えが上がって来るのを感じた。

 修英はつまらなさそうに煙草の吸殻をアスファルトの上に捨てると、ヨーロッパ製らしい革靴でそれを踏み潰した。まるで、自分が踏み潰されているような気になった。

「だけど、今日の葬列に……」

 突然、修英の長い腕が突き出された。何を思う間も無く、一人は襟首を締め上げられ、修英に引き摺り寄せられた。相手が長身のためか、爪先が地面から浮いた。

「上海があまり良くわかっていないようだが、坊や。俺はガキにそんな口を聞かれることを今まで許した事が無いんだ。世間知らずも度を過ぎると、この上海では命取りになるから、よく覚えておくんだな」

 吸い込まれそうな大きな瞳で睨まれ、一人は完全に毒気を抜かれた。

記住了わかった…………」

 一人は締められた喉元からやっとの思いで声を発した。

 修英がにやりと笑う。

 からかわれたのだ、と一人は戸惑う。

「俺にこんな事をされたら、普通のガキは返事も出来ないがな。華僑だと言ったな。親父は何をしている?」

「洋装店だよ……」

 ポンと突き放され、少しだけ咳き込んでから、一人は答えた。

「叔父貴は?」

「公館馬路の近くで餐館をやってた…… 武術家でもあったよ」

「寧波出身の周か?」

「そうだ」

「周公命だな。なら、お前の親父は周道一ダオイーか」

「……」

 思わぬところで思わぬ人から父親の名を聞いて、一人は驚いて言葉を失った。

「会ったことはないが。神戸華僑社会では次代を担う重要人物の一人として、その名前を聞いている」

「修英は、世界中の華僑ネットワークに並々ならぬ興味を持っているからな。興味だけじゃない、自分の体を動かして南洋の華僑たちに渡りをつけて来るくらいだから」

「余計なことまで喋るな」

 静かだが、反論を受け付けぬ厳しさで修英は馬羽に言った。

 一人は戸惑った。

 職人から身を起こし、それなりに成功もし、華僑会でもその真面目さが認められて信が厚いのも知っているが、一人は父を修英のような人間が「重要人物の一人」だと認知するような人間だと、今まで一度も感じたことがない。

 違和感があった。

 その時だった。

「従兄さん!」

 叫び声のすぐ後、パンパンパンと言う破裂音がすぐ耳元でして、一人は耳を両手で押さえた。


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