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同じ頃、一人は外灘の防波堤にもたれるようにしてぼんやりと黄浦江を眺めていた。
ジャンクが帆を張って、ゆったりと進んで行く。この景色を、本当なら懐かしい叔父と眺めたことだろう。
寒風が一人の頬を嬲った。ぴりりと膚に痛みが走る。一人はぶるっと体を震わせ、頭を振った。
ふと、少し離れて同じように黄浦江を眺める男に気付いた。
伊達な洋装の、若い男だった。外灘の景観にして立つ男は長身で立ち姿が良く、まるで、そうまるで役者のようだ。
見惚れていたと言うわけではないが、一人はしばらく男を見ていたらしい。男は視線に気付いて、首を回した。
「あの船に乗れば、外国に出られるんだな」
男は脈略もなく言った。
指差す先には外国籍の大型船があった。
「あれは、今、入って来たばかりでしょう?」
言い返すと、男は笑った。
「僕が密航を企てたら、絶対に失敗するね。海に出たいと思って乗り込んだ船が、気付くと武漢に向ってる」
「僕と同じタイプだね」
「そうなのかい?」
「周りでは、いつも僕の知らないことばかりが起こってるんだ」
「ふうん。君は――上海っ子じゃないね」
「何でわかるの」
「何となくさ。僕も外地人なんでね」
「そうなの。何処の人?」
「北の方。君は?」
「神戸。――日本の」
「華僑か」
神戸。
離れてから未だ一週間も経ってないのに、随分遠い街のような気がする。
「僕は馬羽。売れない俳優をしてる」
ああ、印象はそのままだったのだ。
「周一人。親戚を訪ねて上海に来たんだ」
「探親か。上海は楽しんでる?」
「まあね」
一人は嘘をついた。
そう言えば、戸田や立夏は今ごろどうしているだろう。
結局、前日はホテルに帰れなかった。
文廟近くの弄堂に電話を貸してくれる人があったので、夜になってからやっと出掛けて、ホテルに電話を入れた。叔父を見知っている戸田は驚いて、葬儀に参列したいと言ったが、地元の葬儀がどんなものなのかわからなかったのと、日本人の彼を連れて行けば叔母たちがどう反応するのかも判断がつきかねたので、気持ちだけ受け取らせてもらいます、と大人っぽい言葉を返してその申し出を断った。
それに、立夏にとっても外国に出るなどと言う機会はそうそうあるものでもないので、それを台無しにするのも気が引けた。水臭い、と立夏は電話口で怒ったが、一人は意地を張って電話を切った。
ホテルに着替えに戻ると、戸田たちの姿は当然見当たらなかった。自分で自分の世界から追い出した人間たちを、ひとりになった途端に気に掛ける。勝手なものだな、と一人は自分でも思った。
何となく、慌しい周家に戻る前に一人で外灘を歩いてみたくなり、ここまで来た。
以前に書き上げていた小説をアップしています。もともと章ごとのタイトルついてなくて、なおかつタイトルつけるの下手くそです。なので、章タイトルは適当です;。内容とあんまり合わなくて、すみません。




