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外国籍船とジャンクがひしめくように行き交う黄浦江には、ひっきりなしに汽笛が鳴らされている。
豪奢な西洋建築がそのファサードを並べる外灘。そして、おそらくその風景の中で最も目を引くのは、鋭利な三角屋根を持つサッスーンハウスだろう。
南京路と黄浦灘路が交差する角にあるサッスーンハウスは、上海の不動産王、イギリス系ユダヤ人イブ・サッスーンの牙城である。上海の風景を造った男と言っても過言ではないイブが、その上海景観の総仕上げとして打ち建てたビルは、南京路を挟んで向かいのレンガ色のビル、キャセイホテルと対をなし、南京路の一 等地、すなわち上海最上の地にその威風を誇っている。
そのキャセイホテルにあるただっ広い餐庁の一角で、林家の兄弟たちがテーブルを囲んでいた。
テーブルの片方に、英国スーツを着こなした二人の紳士。もう片方には、同じスーツ姿でもその体にまとう空気と鋭い視線で堅気とは思われぬ若い男、その隣に絹の長袍姿の、更に若い、細面の美少年。
まがりなりにも一流の接客業者を自負するなら、彼らの名を即座に答えられるだろう。
林 立賢。
林 栄賢。
林 修英。
そして、一番若いのが恐らく、李月陵。
マネージャーは神経を尖らせ、新しい客が来てもそのテーブル近くには案内しないようウェイターたちに指示していた。
「胃の調子が良くない」
立賢が、皿に盛られた料理を半分近く残したまま、テーブルにナプキンを放った。
角張った輪郭に、太い眉、大きな目が強情そうな性格を覗わせている。
立賢は片手を挙げてウェイターを呼ぶと、空になったグラスにワインを注がせた。若いウェイターはさりげなく立賢の前の皿を引き上げると、静かに下がった。
やかましくマナーを説かれることを立賢は好まない。また、彼はそれを許される立場にあり、その所作も堂々としたものだった。
その性格は、目の前で煙草をふかしている従兄弟―林修英と似ている。
修英はその煙草を、十歳も上の立賢が食事中の目の前で火を点けた。立賢はちらりと修英のその動作を見たが、何も言わなかった。礼などよりも合理性の方を優先させるタイプであることは、互いに承知していた。
立賢の隣、彼の弟栄賢は強情な兄と従兄弟、それに腹違いの弟を前にしてげんなりした表情で、皿を下げてもらおうか、それとも綺麗にしてしまおうか迷い続けていた。
栄賢は自分の向かい側の美少年を盗み見る。
テーブルに着いた時から、月陵は無表情だった。白い頬の、細面の中性的な面立ちはそれだけで冷たい印象を人に与える。
確か、未だ二十歳前だった筈だ。いや、もう二十歳になったのか。栄賢は、父が妓女を囲って産ませたこの弟に殆ど興味も無かった。
だが、どうやら兄の立賢と修英の話し合いの焦点は、この月陵らしい。




