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「通り魔なんかじゃない事は、子供だって知っていますよ。結局、租界警察なんて一介の中国人が死のうが生きようが関係ないのさ」
吐き捨てるように唐が言い切る。
叔母は諦めたように顔を背けると、一人に食事をして行くように言った。
古い中国式の格子窓からは、夕刻の日が差し込んで来ていた。
冬の日は短い。
一人は叔母の言葉に従い、唐と一緒に食卓を広げられた居間に戻った。
「お前さんも師匠に武術を習ってたんだろ」
唐はテーブルに着き、一人の小皿に料理を取ってやると、自分は酒杯を口に運んだ。
「俺にとっては兄弟子ってわけだ」
「とんでもないよ。僕は弟子としては叔父貴から匙を投げられてたから」
「それでも兄弟子に変わりがないよ。同じ弟子のお前さんだから言うが、師匠は裏で何かやっていた」
「裏で?」
「別に悪事って言う意味じゃないさ。どっかの組織の為に働いてたようだったよ。青幇とかそんなヤクザな組織じゃない。確かなことはわかんねぇけど、そう言う質の人じゃなかったろ」
一人は小さく頷く。
父が「理想主義」と評したように、曲がったことが嫌いな性格だった。
「師匠は文廟の近くに小さい道場を持ってる。俺はそこで師匠に武術を学んでるんだが、そこに時々外国語で書かれた手紙が来てた。師匠は片言で日本語が出来るだけだろ。あれは、師匠宛ではなかったのさ。鍛錬中に理由も告げずに何処かに行っちまうこともあったしな」
「それだけ?」
「それだけで充分だろ。ここでは、俺は一番の弟子だったんだ。師匠が何か隠してりゃ、すぐに気付くさ。こんな事は太太も知らない。師匠には子供が居なかったからな。あんたを息子代わりだと思って言うんだ」
そう言って、唐はまた杯をあおった。
「畜生、誰が師匠を殺りやがったんだ……」
呟く唐の声を耳元で聞きながら、不意に悲しさと悔しさが込み上げるのを覚えた。
殺されたんだ――
この上海で、笑顔で迎えてくれる筈だった叔父に会えなかったのが、ひどく悲しかった。
「誰が……」
唐がもう一度呟いた。




