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第9話 革命

 

 ガチャガチャと骨と金属のぶつかり合う音が騒々しくしたかと思うと、王宮の入口で侍立している親衛隊長アーレスが怪訝な様子で侵入者を見つめている。

 この世界では「モンスター同士は戦わない」という不文律がある為、侍衛のスケルトン達は侵入者の行動を完全には阻止できないらしく、時折、この王宮には奇妙な闖入者が現れる。たいがいのモンスターは、通路にびっしりと侍立する100体を超えるスケルトンに驚き、廻れ右をするのだが、やはり、どこにでも好奇心旺盛なモノはいるらしく、通路奥の王宮にまで訪れるのだ。

 この日、現れた闖入者は迷宮深部で時折、見かける人型モンスター、サムライだった。単体でハイレベル・パーティーと互角に戦える能力を持つサムライが、王宮付近のような出入り口に近い場所にまで出てくるのは珍しい。サムライはキョロキョロと王宮内部を見回し、私の存在に気が付く。

 あちこちの部屋から集めてきた宝箱を床に並べ、その上に柔らかな布を敷いて一段、高くした私の座る場所は、まるで玉座の様にそびえ立っている。きっと、このそそっかしいサムライは、度肝を抜かれている事だろう。

 「ふーん、まるで王様だな」

 私は、サムライが発したその言葉に、しばらく茫然とする。冒険者が会話を交わすのは聞いたことがあるし、モンスター同士が定型文のような会話を交わしているのも聞いたことがある。しかし、サムライの発した言葉は、明らかに異質だった。まるで、感情がこもったような、全く別な種の言葉なのだ。

 もしかしたら、このサムライは、私同様にこのゲームの世界に送り込まれた人間なのではないのか? 

 そんな疑問が私の胸の奥で鎌首をもたげる。私は、玉座から立ち上がると、サムライに近付き、問い正そうとするが、舌も、喉も、声帯も、呼吸器官も存在しない私は言葉を操ることが出来ない。口から洩れるのは骨の打ち合わされる音だけ……。

 「なんだよ?」

 赤備の当世具足に黒の面具を付け、大小二振りの日本刀を帯刀した、そのサムライは腕組みをすると、顔を突き出し、私の口元に耳を近付ける。

 私は彼に問い質す。

 「人間なのか?」と……。

 しかし、相変わらず、私の口から発せられるのは、硬質な打楽器の様な音だけだ。もどかしく思った私は、先程、シルバーメタリック種が排せつした骨を拾い上げると、それで石造りの床に文字を書き始める。筆談という訳だ。

 『あなたは人間ですか?』

 骨はまるでチョークの様に床石に文字を描く。私の意図を察したサムライは感心した様に応える。

 「そうだよ。あんたも、そうなんだろう?」

 その言葉に私は激しく頷く。幻影に囲まれた生活の中、生身の人間との会話は素直に嬉しい。私は堰を切ったように、質問を矢継ぎ早に繰り出す。

 『お名前は?』 

 『どうしてここに?』

 『他にも人間が?』

 如何にも会話に飢えた私の様子が可笑しかったのだろうか? 腰の大刀を鞘ごと引き抜いたサムライは、それを脇に置くと、どっかりと床に座り込み、落ち着けよ、とばかりに私にも座ることを促す。

 「名前は鈴木。ここにきたのは……まぁ、人を殺したからだ。あんたもそうだろう?」

 鈴木を名乗るサムライの言葉に、私は一瞬ためらうが、それでもやはり事実は事実として、頷く他は無い。但し、私の別人格がした所業であることと、私自身が無実であることは繰り返し、訴える。もっとも、鈴木さんに、あまり気にしている様子はない。

 「いいってことよ。どうせ、お互い、シャバに戻る事は出来ねえんだ。まあ、これから先、お互い助け合って行こうや。なあ、兄弟」

 鈴木さんの口調、態度から、私は彼が本職の組織犯罪者であることを確信した。恐らくは対立抗争か何かで殺人を犯し「収電特措法」により、この世界に売り飛ばされたのだろう。

 「で、兄弟。お前さんの名は?」

 私はどうやら鈴木さんに質問ばかりしていて、自分自身の説明を疎かにしていたようだ。少しばかり、バツの悪い気分を味わいつつ、私は床に『佐藤』と刻む。

 「佐藤? もしかして、武蔵河崎事件の佐藤さんかい? テレビによく出ていた学者先生の?」

 武蔵河崎とは、私の住んでいた街の名前だ。佐藤というありふれた名字から、住まいを言い当てるサムライの洞察力に私は頷きを返しつつも、驚きを通り越して、恐怖に近い感情を抱いた。

 「そうか、やっぱりそうか。覚えているぜ。武蔵河崎の殺人鬼って言えば 大そう、マスコミに騒がれたものな……27人だったかい?」

 『31人』

 鈴木さんの誤りを訂正しながら、私は悄然とする。この男は私の別人格が犯した犯罪を知っている。逮捕直後、押し寄せたマスコミの好機の目に晒されたあの日の不快な感覚を思い出す。

 「31人かぁ……すげえ数じゃねえか、ええ? 日本の犯罪史上、最高記録だって聞いたぜ。大した度胸だ。玄人の俺が恥ずかしくなっちまう」

 鈴木さんは気持ち良さ気に豪快に笑い飛ばす。

 ……違う! 違う! 私ではない! 

 私は必死に否定した。



 その時、地響きの様な音がしたかと思うと、一瞬、目の前が真っ暗になり、その後も数回に渡り、王宮全体が微かに点滅し、周囲の空間に揺らぎを感じる。

 ――始めての出来ごとに、私は辺りを見回す。スケルトン達に変わった様子は無い。彼らは何事も無かったかのように、いつもと変わらずに過ごしている。

 「どうしたんだい?」

 私の様子に気が付いたのか、鈴木さんが怪訝な声をあげる。

 「会社がプログラムを修正しているだけだろ。よくあるぜ」

 『修正?』

 私の問いに、鈴木さんは「世間知らずの学者はこれだから困る」といった風に頷き、説明してくれる。

 「バージョンアップって可能性もあるが、その時はかなりの規模で、この迷宮自体の風景が一変するはずだ。この程度の揺らぎなら、多分、プログラムの間違いを修正したってとこだろ……なんていったかな?」

 『虫捕デバッグ?』

 「そうそう、それだ。デバッグ。おおかた、会社の連中が定期メンテナンスでもしているんだろう」

 所詮、人の手で作られた仮想世界。小さなプログラムミスぐらいは幾らでもあるだろう。鈴木さんの説明に私は納得すると共に、少しだけ、気恥しい気分を味わった。



 「それはそうと……さっきの続きだが、他にも大勢いるぜ、お仲間がよ」

 面具を外し、懐から取り出した煙草を一本咥えると、篝火から燃え差しをとりながら、鈴木さんはゆっくりとした口調で語り始める。この世界に送り込んだ女性医師――山田君のフィアンセを名乗る女性医師――の話の通り、その事実はある程度、予想出来ていた。

 「俺みたいなヤクザ者から、強盗や殺人犯に放火魔、それに、あんたみたいに名の知られた殺人鬼やテロリストに至るまで、いろいろだな……まぁ、中でも多いのはガキどもだ。暴走族や不良連中。こいつらみてえな若いのから凶暴人格ってのを取り除いちまえば、真面目な良い労働者になるってんで、どんどん、特措法でしょっ引いているらしいぜ? 最近じゃあ、ちょいと道端で喧嘩しただけで、持ってかれるって噂だ」

 意外と多弁な鈴木さんの言葉に、私は小さく頷く。酷い話だとは思うが、深刻な治安の悪化が問題視されて久しい。安全な安心な社会秩序を取り戻す為には、必要な措置かもしれない。もっとも、凶悪人格だからといって、ゲーム世界に売り飛ばすことが是とは思えないが……。

 「それに最近じゃあ、ゲーム好きの連中が自ら志願して電気処理されているらしいって話だ。大金を積んでまでしてよ」

 『自ら?』

 鈴木さんの言葉に私は驚く。目があったら、さぞかし瞠っていたことだろう。

 「おうよ。中には俺達、闇金相手に借金して、その金をつかってゲームの中に逃げ込んで来る奴もいるんだぜ。全く、ヤクザも舐められたもんだ。世も末だぜ……まあ、当然、俺達もそのままにはしちゃおけねえからよ、俺みたいに、こっちの世界で取り立て屋をやっている奴もいる。上から命じられてね」

 なんともすごい話だ。鈴木さんが借金の取り立て屋とは……。それにしても、ゲームの世界にまで来て、追い込みをかけられるのでは、物悲しいというか、笑うしかないというか。しかし、どうやって借金を返済するのだろう? この世界で札束など見たこともないが……。

 考え込む私の様子で疑問を察知したのだろうか。鈴木さんは、吸い終えた煙草を焚火の中に指先で弾くようにして投げ込むと、説明してくれた。

 それにしても、その煙草はどうやって入手したのだろう?

 「この世界だって、いろいろ利権はあるんだぜ? 蛇の道は蛇って謂うだろう。俺みてえな喧嘩馬鹿には分らねえが、ウェブマネーって知っているだろう、学者先生ならよ。……何しろパソコンや携帯電話を持っている奴なら、子供から爺さん婆さんまで気軽にやっているようなゲームだからねえ……俺だってやってたぐらいだ」

 気恥しさを紛らわすかのように鈴木さんは口端を少し吊り上げ、ニヤリと笑う。凄みのある凶悪な笑顔、殺すことよりも、死に至らしめる過程を愉しむタイプの人間であることが語らずとも滲みでている。

 『モンスター相手の取り立て屋ですか。随分と勇ましいお仕事ですね』

 鈴木さんの機嫌を取り結ぶように、私は少し下手に出た。こういうタイプの人間は、きっと自尊心をくすぐられるのが何より嬉しいはずだ。

 しかし、鈴木さんの反応は私の予測を全く裏切るものだった。

 「モンスター? 何、言ってんだい? 俺やあんたみてえな犯罪者なら否応も無く化け物扱いだが、自分から飛び込んだそそっかしい奴らや、借金してケツまくる連中は、たいがい冒険者っての? そっちになるんだぜ。必死に命乞いする奴とか、あんたも見たことあるだろう?」

 私は多分、この時、悲鳴を上げていたことだろう。意識が闇の中に吸い込まれて行くのをハッキリと感じた。


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