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第8話 抗命

 人数が増えれば、それに比例し、作業量は拡大する。

 広範囲から収集しなくてはならない骨採集作業はその典型的な事例だった。毎日、完成する新たなスケルトンを吸収し、私の軍団は加速度的に増大し続け、数日を経ずして回廊からの通路沿いにある小部屋だけでは収まりきらない人数となっていた。

 私は、直属の部下ともいうべき11人のスケルトン全てに組み立て最終工程を交替で行わせ、それぞれに10名前後の部下を付ける事に成功しており、今や幹線回廊から隠れ家に至る通路沿いには100体を超える共生スケルトンの軍団が出現したこととなった。


 狭い区域に大量のモンスターを過密に配置したことにより、私自身が不用意に冒険者のパーティーに脅かされる可能性は激減していた。

 「衣食住足りて、礼節を知る――――」ではないが、シルバーメタリック種という銀色の衣を纏い、食糧である冒険者には事欠かず、隠れ家という安住の地を得た私は、いつしか少々、欲深くなっていたのかもしれない。

 この地に迷い込んだ日に感じた孤独感も、不安感も、もはや遠い過去だ。

 ドミノの最初の一枚である私の希少さは、比肩できるモノとてない存在価値となっているはずであり、万が一、私自身に何かあった時、私の築き上げた軍団も瞬時に崩壊する。指揮系統の核を成す私の消滅により軍団は10人単位の11個のグループに分裂してしまうからだ。

 

 何としてでもそれだけは避けたい。避けねばならない。彼女と、彼女の子供たちの為に……。

 

 ダイオウムカデの夫人が、私の頭がい骨内に十数個の卵を産み付けたのを知ったのは、ほとんど直感によるものだ。時折、眼窩から頭と触角を出しては外界の様子を伺っていた仲睦まじい夫妻、その夫人の方が最近、すっかり食が細り、顔を見せる事も無くなっていたことも、その推測を裏付けていた。

 妻は巣立ちまで、一切の食を断って卵を抱きしめ続け、夫は外敵の侵入に備え、常時、臨戦態勢を敷く。希少種であるダイオウムカデの産卵から孵化、そして巣立ちまで私は責任を負わねばならない――――それは、私の存在理由そのものの様に感じられていたのだ。

 私は今、ハッキリと生きがいを感じている。私は守らねばならない。私自身の為に、私の可愛いダイオウムカデたちを……。



 狩り、骨の収集と組み立て、地図の作成……。

 両腕を二本ずつ備えた戦闘力強化型のスケルトンの導入により、変則的に骨が使用された結果、いろいろな骨が余り、或いは足りなくなっていた。

 私はまるでマッドサイエンティストのように、次々と異形のスケルトンを作り出していく行為に熱中した。一つの頭に十数体分の背骨と肋骨を組み合わせた手足を付けないタイプのモノはまるで大蛇の如くうねって移動する。足りない両腕の代わりに両脚を肩に付けたタイプはまるで馬の如く回廊内を駆け抜け、たちまち、私の愛馬となった。

 更には、この馬型スケルトンの首の部分に一体分の上半身を付けたタイプは、見るからに勇壮な半身半馬のケンタウロスに紛れも無く、同タイプで構成された騎馬軍団は、私の自慢の作品群となった。

 両足の代わりに両腕を付けたタイプは、上下四本の腕により、自在に天井や壁を這いまわり、冒険者たちの背後にまわって退路を断つのに役立ったし、背後をとられ、混乱するパーティーをケンタウロスの大軍が正面から蹂躙し、踏み潰し、切裂く姿は私を陶然とさせた。


 ある時、我々に狩られた初級者グループの冒険者達の荷物の中に、鈍く金色に輝く王冠を見つけた。ところどこ剥げた古ぼけた王冠、それは多分、町に持っていってもたいして価値あるものとしては扱われないだろう。しかし、私はそれをそっと、自らの頭部におく。

 鏡はない。

 私に冠を被った自らの姿を見る事は出来ない。王冠、七つの部屋にまたがる領土、そして強大な軍団の存在。私はもはや、確信している。私はこの地の王であると。


 この世界は、現実世界よりも平等な世界の筈だった。だが、私の王国の出現により、この世界は新たな段階へと大きく踏み出したのだと思う。直属11人の部下は、いわば、貴族的存在であり、その貴族の下に平民的存在として、さまざまなスケルトンが存在し、それぞれの日々を営んでいる。

 昆虫学者である私にとって、この階層社会の出現は、実に興味深い。指導者の真似をする、というスケルトンの習性を利用し、私はこの階層社会を蟻や蜂の様な分業制を導入し、より快適な社会へと変革することを思い付き、実行していく。

 ゼウス、アーレス、アテナ、ポセイドンとその部下は兵隊アリ的な存在であり、狩りと私の警護を担当させている。

 同様にアルテミスやヘルメス、ヘーパイストスの隊には骨の採集と組み立てを、アプロディーテやハーデスの隊には快適な生活空間を維持する為の掃除を担当させている。


 手先が器用な特性を示したヘスティアには武器の作成を命じた。武器と言っても、この世界で全く新たな武器を作る事は出来ないらしい。例えば、手持ちの剣を鍛え直して、切れ味の良い剣を作る……ということは試してみたが、全く、非対応なようだ。我々にできるのは、あくまでも手に入る武器や道具の組み合わせを変更し、より強力な武器を作り上げることまでのようだ。剣と毒を組み合わせることにより、我々スケルトンの用いる毒剣が出来ているのと同様で、あくまでも、現状の組み合わせ変更にしか、対応していないということだろう。

 私がスケルトンの特性である無尽蔵の体力を活かせる武器として思い付いたのは、古代ギリシャの重装歩兵が手にする盾と槍だった。

 スケルトンは基本的に動作が鈍く、奇襲が成功しない限り、多くの場合において軽快な冒険者達に先制を許し、接近戦で斬り伏せられてしまう。今のところ、第一撃を凌いで、その後、数の力で圧倒する方法で対抗しているのだが、頑丈な盾とリーチの長い武器を用いる事で敵の斬り込み攻撃に対抗できそうな気がしたのだ。無論、長さは重さとイコールのもので、著しい体力の消耗を招くはずだが、我々スケルトンは幸いにして疲労するということがない。

 通路幅いっぱいに盾と長槍を持ったスケルトンのファランクスを配置し、古代地中海世界の長槍歩兵軍団よろしく、敵の接近戦を阻止することが出来れば……。

 その点において、ヘスティアとその部下に伝授した、箒の柄の先端に剣の握手部分を紐で固定した長槍の作成方法は、既存の武器と道具の組み合わせに過ぎず、この世界で存在可能な武器だったようだ。縦深を深くとった重装歩兵もどきの方形陣が冒険者たちを寄せ付けず、グイグイと押しまくる姿は見ていて楽しい眺めだが、その方形陣が号令一下、一瞬で開き、その合間から勇壮なケンタウロス騎馬隊が小脇に槍を構えて、パーティーに突撃する姿に至っては、実に胸が熱くなる。

 

 ヘスティア同様、手先が器用なお喋りディオニュソスに命じたのは衣服の作成だ。

 シルバーメタリック種が肉体と甲冑を兼ねた存在であるのは確かだが、生活が落ち着き始めると人間はやはり贅沢になるものらしい。幸い、冒険者狩りの結果、あらゆる衣類や布地は手に入った。

 しかし、何でも上手く行くとは限らないもので、軟らかな金貨の中央に宝箱に使われていた鉄釘で穴をあけ、豪華なボタンにしようと企んだのだが、どうやっても穴が開けられない。鉄と金なのだから、力任せに打ち抜けば開いてもいいはずなのだが、どうやら、この世界では「物体の形を変える」ことは出来ないらしい。箒が柄の部分と、筆の部分に分かれるのは、元々、二つの物体から構成されているから可能だが、金貨に穴を開ける必然性はないので、この世界では存在が想定されていない、ということなのだろうか。

 衣服の素地になる魔術師のローブは、戦闘によって「穴が開く」ことを前提にしているせいなのか、針代りの細釘と紐を解して得た糸を用いて仕立てなおすことは可能だった。仕立て直されたローブは実にゆったりとして着心地が良さ気であり、見た目には古代ギリシャ人が纏ったヒマティオンやクラミスのような格好の衣服となった。無論、複雑な構造の衣服など望むべくもないが、それでも全員にこれを着用させると、今までとは見栄えもグッと変って、私好みになった。


 狩りに出掛けていたアテナとポセイドンの隊が隠れ家に戻って来た。

 いや、もう隠れ家という言葉は相応しくないのかもしれない。『王宮』或いは『宮廷』とでも称した方がよいのではないだろうか。部屋の中央では盛大に篝火が焚かれ、部屋の四隅には冒険者から奪った持ち物や宝物の数々が積み上げられている。行き来するスケルトンの長達はギリシャ風の衣装を纏い、略奪したさまざまな首飾りや宝石によって身体を飾っており、まさに貴族の風格だ。

 槍の穂先に冒険者とおぼしき切断された頭部を突き刺し、掲げたケンタウロス達が誇らしげに行進していく背後から、ロープで縛りあげられた僧侶が連れてこられる。

 私の食事だ。

 僧侶は捕縛されるまでの間、激しく殴打されたらしく、端正であったはずの顔を赤黒く腫らし、全身には無数の切り傷を負っている。見るからに痛々しい。

 私は玉座の上から、跪かされた僧侶を見つめる。感慨は浮かばない。


 「助けてくれ! 頼む!」


 命乞い……!


 何と、この僧侶は命乞いをしている。笑いが止まらない。この僧侶を“操作”している現実世界のプレイヤーが大切にレベルアップさせた虚像世界の自己投影キャラクターを救う為、キーボードに向かって必死に文字列を打ち込んでいる姿を想像すると、腹の底から笑いが込み上がってくる。課金して育てたキャラクターが失われるのが、そんなに口惜しいとでもいうのか?

 私は玉座から静かに降り立つと彼に歩み寄り、耳元で囁く。


 「懺悔はすませたかい?」

 


 

 社会に階層が出来上がり、分業体制が確立されると、支配者のやることなど、ほとんどない。私は女王蜂のように君臨し、この社会で利用可能な技術や知識をスケルトン達に伝えることだけが役目となっていた。危険な狩りは全て、その役目にあるものが代行して行ってくれたし、私は利益を当然の供物のように受け取るだけの存在となっていた。

 実際、今の私は動き回るのが困難だった。例のムカデたちの存在によって……。 

 存在しない瞼を閉じ、意識を集中すると、頭がい骨内で飢えに耐えながら我が子を守る二匹のダイオウムカデの様子が手に取る様に分る。我が子を真摯に庇護するその姿は、実に禍々しく、実に美しい。私は自ら無闇に動きまわらないことで、彼らに不要なストレスを与えない様に最近では常に気遣っていた。

 住みついた時は20センチ程度だったオスの全長は既に40センチを超えているらしく、頭がい骨内は恐らく、相当に手狭な筈だったが、彼らは私の纏ったシルバーメタリック種の存在に怯え、出てこようとはしない。

 「彼らの子供達をどうやって安全に巣立たせようか……」

 凶悪な毒牙を持つ成虫でさえ頭を出すだけがやっとのことで、恐怖に怯えている状態だ。子供達もそのまま外界に出てこられない可能性が高い。しかし、既に親二匹でいっぱいの状態である頭がい骨内に、先々、子供達が快適に成長できる余地は無い。


 私は、間もなく孵化するだろう子供たちの将来を危惧し、日々、頭を悩ませていた。

 まるで我が子の将来を憂う、一人の親のように……。


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