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第7話 結命

 狩りの度に私は一欠けらの肉を摘まみ、己の空虚な眼窩へと押し込む事を習慣としていた。シルバーメタリック種との共生生活開始以来、外界に出掛けることの出来なくなった頭蓋の中の居候、ダイオウムカデ夫妻へのせめてものお詫びの気持ちだ。

 始めの頃、頭の中を這いずりまわる彼らは、貴重な観察対象であると同時に、私にとって疎ましく、おぞましい存在に過ぎなかった。しかし、その感覚にも近頃ではすっかり馴れてしまったようだ。

 

 回廊と小部屋で構成された、この迷宮内は常に闇に包まれている。そして、この迷宮と外界をつなぐ冒険者たちの出入り口の外は常に陽光に包まれた世界だ。この世界は常に日中として設定されているらしく、闇と光の二つの世界に、夜も昼もない。

 モンスターにとっても、冒険者を操るプレイヤーにとっても、それはそのまま受け入れるべき時間の概念なのだろうが、その平坦なリズムを私は受け容れ難いものと感じていた。進まない時間の感覚が日常から私を次第に切り離していくように感じられたから……。

 そんな日々、ムカデ達の生活サイクルは、私に時間の概念を感じさせてくれる唯一の存在だったと言ってもよいだろう。彼らは時に眠り、時に食糧を求めて、私の頭蓋内を歩き回る。彼らが眠りにつく時、私も彼らを起こさない為に動きを止め、彼らが目覚めている間、私は部屋の掃除をしたり、狩りに出掛けたりする。

 眠ることさえ必要のない私に与えられた体内時計……。

 今では私の生活サイクルは、彼らムカデ達によって支配され始めていると言ってもよいだろう。


 狩りの要領が飲み込めてしまうと、日常は再び単調なものへと変化し始める。多分、狩りの興奮と、日常の静寂さにギャップが大き過ぎるのだろう。単調な生活は、まるで私から、私という人格を奪い去る様な恐怖を感じさせる。

 私は仲間のスケルトンと違い、一個の人格を持った人間である、というプライド。

 繰り返しに過ぎない日々、仲間と全く同じ行動をとり続けている限り、私のこのプライドは揺らぎ続ける。

 私は己のプライドを保つ方法を必死に考え始めた。


 「生き甲斐となる様な、何か目的が欲しい。目的さえあれば……」


 自分自身の今に満足するという問題意識の無い生活など、いっぱしの研究者として名を知られた私にとって耐えがたい、許されざる行為だ。

 人生に目的を――。

 闇に閉ざされたこの世界で、私は生きる事ではなく、生きる意義を模索し始めていた。



 ある日の事、思い悩み続ける私の目の前で、そんな日常に変化を与える事件が起きた。感情表現が他より豊かな感じのする「冥界の王」ハーデスと名付けていたスケルトンが、私に大きなヒントを与えてくれたのだ。彼は狩りの帰り道、回廊に散乱している一体分の骨を見つけ、それを拾い集めて来たのだ。

 骨を見つけたら拾う……それは子孫を残す事の出来ない不死系モンスターであるスケルトンにとって、仲間の総数を減らさない為に義務付けられた本能のようなものなのだろう。

 ハーデスはその本能に従い、きれいに掃き清められた部屋の片隅に袋に詰めて持ち帰った骨を広げ、一体のスケルトンを組み立て始める。無論、ハーデスの行動に気が付いた仲間のスケルトン達も手伝う。

 いつもであれば、全ての骨の配置が終わり、最後の頭がい骨を接続する役割は私の務めだったが、その時、ムカデ達が眠りについたばかりであった為、身体を動かすことが煩わしく思え、その行為を他のモノに任せた。

 既に仲間内での慣習となっていた行為を私が行わなかったことから、第一発見者であるハーデスがその役割を代行する。行為自体、難しいモノではないし、彼自身も始めてではなかったので問題はない。

 問題は、その後、徐々に判明していった。

 

 この日までに私自身が最終工程を組み立てた仲間は、ゼウスを筆頭にアーレス、アルテミス、アテナ、アプロディーテ、ヘルメス、ヘーパイストス、ポセイドン、ディオニュソス、ヘスティア、ハーデスの11人だ。いずれも映画好きの私が古いハリウッド映画で覚えた神々の名を面白半分に名付けたもので、古代ギリシャのオリンポス十二神の名だ。

 「軍神」アーレス並みに戦意旺盛な「海神」ポセイドン、一人でずっと喋り続けて落ち着きのない「酩酊の神」ディオニュソス、動きが年寄り臭い「かまどの神」ヘスティア、やや猫背の姿勢が特徴的な「鍛冶の神」ヘーパイストス……。

 彼らは等しく私の行動の真似をし、私が歩けば歩き、私が寝転べば寝転ぶ。無論、注意深く観察すれば多少の個性や特徴もあるが、全体からみればそれは正直、誤差の範囲を超えない。それでも、犬に命ずる程度の単純な作業や動作に関してならば、考え、こなす事も出来る。

 その均衡を破ったのが、新たにハーデスの連れて来た新たなスケルトン、「冥界の女王」ペルセポネと名付けられた、13人目のそれだった。私の感覚では随分と久しぶりに仲間以外のスケルトンを間近でみる機会となったのだが、しばらくそのペルセポネの行動を観察していて、ある事に気がついた。

 ペルセポネ自身に格別の能力や秘密がある訳ではない。名前の由来ともなった俯き加減で、どこか儚げな立ち居振る舞いが印象的ではあったが、彼女は極、ありふれたスケルトンに過ぎない。違うのは、彼女が常にハーデスの後を追い、ハーデスの真似をしていることだけだった。

 それは当然、以前から判明していた事象だった。

 だが、改めてハーデスの行動を真似し続けるペルセポネの動きを見ていて、私はこの時、再認識したのだ。

 私は自分の中で芽生えた思い付きを試してみたくなり、ハーデスに対し、狩りを命じてみた。言うなれば”飼い主“的存在である私の命令に対し、ハーデスは何の疑問も持たず、盾と剣を手に隠れ家を出発する。

 そして、その後ろから新参者のペルセポネが、まるで当然の様について行く。私が彼女に対し、何も命じていないにも拘わらず、だ。

 そのペルセポネの行動は、私に自らの思い付きが正しかった事を裏付けてくれたのだった。

 

「回廊で朽ちているスケルトンを救い出し、我らの仲間としよう――――」


 私は左手を腰にあて、右手の拳を振り上げて、激しく、高らかな口調で仲間達にそう命ずる。相変わらず私の言葉に一同は一切、感銘を受けた様子も見せず、全くの無表情のまま、隠れ家を出発していく。

 私はこの日、ようやくにして目的を見つけたのだ。



 仲間達に骨の採集を命じる一方、私は腹心の部下的存在であるゼウスとアーレスを従え、隠れ家の周辺を歩きまわる。手にしているのは、我らの食糧となった冒険者の遺した衣服を裂いて編んだロープ。そのロープには私の手を広げた間隔毎に結び目を作った。

 ロープの一方の端をアーレスに持たせ、回廊の角に立たせる。もう一方の端を、回廊の反対側の角でゼウスが手にする。

 「二、四、六、八……9か」

 私は延ばされたロープに沿って歩き、結び目の数をかぞえ、それを冒険者の落としていった紙切れに記す。そして次の角でもそれを繰り返す。

 地図作りだ。

 方向音痴気味の私は、一人で歩いていると、高い確率で道に迷う。複雑な回廊の構造を脳内に描けないのだ。仲間と一緒にいれば「カクレガ」という言葉に反応した誰かが先頭を交替してくれる為、困ることはない。だが、それでも、今自分がどこにいるのか、皆目分からないのは不安だったので、今回、空いた時間を利用して地図の作成を思い立ったのだ。

 実際にロープと結び目という定規を利用して、地図の作成を始めるといろいろな事実が分って来た。例えば、一般的な通路の幅は実は思ったよりも広く結び目5個分もあること、出入り口から直線的に延びる幹線回廊は更に広く、結び目10個分もあること、部屋の形は全て正方形であり、広さは大小二種類あること、迷宮の出入り口のある場所を南と仮定した場合、隠れ家は東南の角にあたるらしいこと、天井の高さは回廊も部屋もそれぞれの幅に比例することなど……。

役に立つかは分らない知識だったが、私はともかく、この作業に熱中した。日々の新しい発見は、私を元気にしてくれた。



 食事を終えた私達は、拾い集めた骨の組み立て作業に入ろうと思ったが、想像していたよりも数が多い。隠れ家は大きな部屋だったが、この作業に必要なスペースと、増える仲間の数を考え合わせると手狭な感は否めない。

 隠れ家は幹線回廊と直交する脇道状の通路の突き当りにある。幹線回廊から隠れ家まで、結び目の数にして30ほど、その通路の両脇には大きな部屋が二つと、小さな部屋が四つあった。そのうち、大部屋の一つを作業スペース、もう一つの大部屋を骨置き場に割り当てる事とし、隠れ家の中央に山積みとなっていた骨を運び込む。

 拾い集めた頭がい骨の数は20個ほどあったが、それに比べると全身を構成する骨の数は一目で足りていなさそうなのが分るから、実際に何体、完成させられるかは分らない。しかし、私はあまり気にしていない。今はまだ、20体もの仲間を完成させる気が無いからだ。

 

 組み立て作業自体は、ただ単にそれなりの配置に床に並べ、最後に頭がい骨を置くというだけであり、これに関して言えば、私が組み立てるのより、他のモノが組み立てた方が遥かに早いし、正確だ。骨置き場から必要な骨を運びながら、彼らは組み立て作業に没頭した。

 ――――私の時間感覚では、ものの数分で一体の全身骨格が完成し、あとは頭がい骨を置くだけとなった。一同は、私が頭がい骨を置くのを静かに待つ。しかし、私は置かない。私が頭蓋骨の代わりに手にしているのは左腕と右腕、それをそれぞれ一本分、余計に配置する。私の作業を見守るモノ達に不審や不平、不満の表情はない。恐らく、疑問にも思っていないだろう。最後に私はアーレスを呼び、彼に完成させる役割、即ち頭がい骨の配置を命じる。

 アーレスは命ぜられた通り、素直に頭がい骨を置く。途端に新たな仲間が完成した。一体分の骨に二体分の腕、即ち、アーレスと同じ骨格、人間型スケルトンではない、出来そこないの阿修羅ともいうべきスケルトン。それは現状、私が考え得る限り最強のタイプだ。

 

 この日集めた20体分の骨格を用いて、結局、四本の腕を持つ9体の新たな戦闘力強化型のスケルトンが完成した。この9体の完成は全てアーレスに最終工程を任せ、彼の動き、指示に従うように細工を施してある。

 アーレスを含めて10人の戦闘力強化型……。

 焚火の炎を反射させ、鈍く銀色に輝くシルバーメタリック種との共生を果たした、このスケルトン達こそ、間もなくこの地に出現する私の軍団の核、親衛隊となるべき部隊だった。


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