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第6話 奪命

 私と11人の仲間と共生生物の生活は結構、忙しいものとなった。

 元々、疲労することの無い不死者は眠る必要が無い。立ったままで何時間でもいられたし、必要なら天井からぶら下がったままで何日も過ごせる無尽蔵の体力を持っている。

 そんな我々でもネズミやカエルなどの小動物や、ありとあらゆる洞窟性昆虫類をほぼ常時、採り続けるのは難事だった。何しろ、私達と共生しているシルバーメタリック種の食欲は旺盛であり、彼らを少しでも飢えさせたら、さっさと私達の“肉体”という任務を放棄し、自ら狩りに出かけてしまうような協調性の無いワガママな連中なのだ。

 そんな訳で、隠れ家周辺から、ありとあらゆる小動物、昆虫類を採り尽くしてしまうまで、そう時間は掛からなかった。

 私はそろそろ、重大な決心をしなくてはならなかった。


 「パーティーを襲う」

 私は仲間達に対して、決然と高らかにそう宣言する。しかし、相変わらず、誰も私の話など聞いてはくれない。

 “肉体”を維持する為には、もはやそれ以外に方法が無いのは明らかだ。それが危険な賭けなのは分っている。

 もしかしたら、パーティーを襲う前に、血肉を持つ他の弱いモンスター達を襲うべきなのかもしれない。現状、邪鬼コボルトとか、大鬼オーガとか呼ばれている他種族のモノ達が、私達に対し襲い掛かって来た事はない。

 だが、もし、我々が彼らを食糧として狩り始めた時、いったい、何が起きるのか? 想像もつかない。種族間の戦争が起きるのか? 或いは、反撃され、あっけなく我々が殲滅されるのかもしれない。

 この地のモンスターの棲息数はスライムが最大勢力であり、それに次いでいるのが、あらゆる原型種族の骨で構成される我ら不死者の眷族だ。他にも判明しているモノだけでも、邪鬼コボルト大鬼オーガ小鬼ゴブリン人狼ワーウルフ屍食鬼グールなど、獰猛かつ集団性の強い他種族が存在している。彼らを襲うことで、彼らの種族全体がパーティーを襲うのではなく、我々を襲い始めたらどうなるか? さすがにそのような予測不可能な事態を招きかねない危険を犯すことはできない。


 反対にパーティーは幹線回廊を絶え間なく行き来している。人数は最大でも6人組であり、それ以上のパーティーは存在しないし、パーティーが他のパーティーの危急を救いに現れるような心配もない。

 それに、そもそも我々はモンスターだ。モンスターがパーティーを襲ったからといって、批判される謂れもないではないか。


 私は11人の仲間と共に隠れ家を離れ、比較的、この迷宮の出入口に近い幹線回廊脇の小部屋に移る。往来の激しい幹線回廊を見渡すことができる位置にあり、狩りの拠点となる猟師小屋といったところか。迷宮の奥に行けば行くほど、それだけモンスターを斃した経験豊かな強者で構成されたパーティーなことは確実であり、初級者は往々にして出入口付近で意地汚く小遣い稼ぎをしている。

 私達は2チームに分かれた。12人一組でも襲撃は可能だが、反撃を受けた場合の安全策として、骨回収係を用意しておきたかったからだ。1チーム6名が先に攻撃し、残る6名がバックアップにまわり、必要に応じて援軍兼骨の回収係という体制を整える。

 私自身は無論、攻撃班を指揮する。メンバーは、私とゼウス、アーレス、アポロン、ポセイドン、そしてアプロディーテと名付けたスタイル抜群のスケルトンの以上6名。

 準備は整った。


 初級者っぽいパーティーを見つけるのは実に簡単だ。幹線回廊の出入り口付近を歩くパーティーの半分は初級者だからだ。

 スケルトンとシルバーメタリック種の組み合わせは、火炎系の魔法には滅法、強い耐性を有しているが、僧侶の扱う呪文を用いた攻撃に対し、我々スケルトンは抵抗力を持たないし、冷気を用いた魔術師の呪文をシルバーメタリック種は苦手としているようだ。しかし、本来、一番苦手なはずの打撃系の攻撃を我々は克服している。だから、打撃要員と魔術師中心のパーティーを狙う事とし、僧侶が複数、参加しているパーティーを襲わない様に気を付ければ、そうそう勝利は難しくないと考えた。


 「人間ども……!」


 私は、この地に来た最初の日、水を分けてくれなかったパーティーのメンバー達の顔を思い浮かべながら、狙い目の獲物が近付いて来るのを待った。


 短剣を腰に下げ、手に木製の盾を持った革鎧姿の戦士らしき三人に、僧侶、魔術師、盗賊という一般的な編成のパーティーが近付いて来る。安っぽい服装、最低限の装備、如何にも「今日から冒険、始めました」といった感じの初級レベル集団だ。

 しかしながら、いざ、獲物が現れると戦闘慣れしていない私は緊張を隠せない。うまく、指揮できるだろうか? そんな不安に包まれる。


 ……だが、全ては杞憂だった。


 何しろ、私以外の11人は歴戦の古参兵であり、戦闘のエキスパートだったのだから。

 四本の手に剣と盾を持ったアーレスは、逸る気持ちが抑えられないらしく、先頭を切ってパーティーに突っ込んで行く。アーレスの左右には、ポセイドンとアポロンが控え、その脇を固める。たちまち回廊中央部において熾烈な剣劇が始まった。闇の中、激しく撃ち合わされる剣同士が火花を放ち、その飛び散る火花だけが互いに相手の動きを推しはかる唯一の術だ。


 一行のリーダーらしい戦士の振るう剣がアポロンを捉える。強烈だが、力任せの斬撃。だが、それだけに当たれば、ただでは済まない。しかし、それだけでシルバーメタリック種の表面硬化強度の限界を超えることは難しいし、より大きな剪断応力に対してこそ同種の有するダイラタンシー流体としての特性は、その秘められた力を発揮するはずだ。

 案の定、刃先はアポロンの滑らかな肉体表面を滑り、その拍子にリーダーは体勢を崩してしまう。前のめりとなった彼にアポロンはただ抱きつくだけでよかった。

 闇の中、突然、絶叫が起きる。

 声の主は、リーダーだった。彼はアポロンに第二撃を撃ち込もうとしたのだろうが、その動作よりも早くアポロンの“肉体”が獲物の匂いを嗅ぎつけ、蠢きだしたのだ。全身に塗られたスライムが手首や襟首など衣服の隙間から素早く侵入を開始する。一旦、皮膚に接触してしまえば粘液そのものであるスライムは剣や盾では防ぎようもなく、ましてや苦手とする冷気系の呪文でさえも、この距離では襲われた本人を傷つける為、使えない。

 接近戦最強の刺客の攻撃により、まるで王水でも浴びたかのようにリーダーの肉体は見る間に泡立ちはじめ、皮膚は爛れ、肉が溶け落ちる。剣で殺された方が遥かに楽な死に方だろう。


 リーダーを失った一行は、この時、迷わず逃げるべきだった。戦いの帰趨は既に決しており、我々は圧倒的に優位だった。

 相手の三本に対し、こちらは四本の剣。

 相手の盾が三個であるのに対し、こちらは四個。

 攻撃力も防御力も数字上は僅差だろうが、ランチェスターの法則に従い、見る見るうちに大差が付き始める。

 それに加えて「大巨人」ゼウスの強烈な踵落とし。長いコンパスが繰り出す遠心力を利用したそれは、まるで天の下した怒りの如く、前列の一人の脳天を直上より襲い、西瓜のように叩き割り、石畳にひれ伏させる。

 あとは、もう一方的だった。戦士二人と交替して前列に繰り出してきた明らかに惰弱な盗賊と僧侶の攻撃を適当にあしらいながら、剣を握り締めたアーレスの両腕が強烈な斬撃を繰り出す。あっという間に鮮血の糸を引きながら斬り落とされた首が宙を舞い、それを見た度胸満点のポセイドンが発奮したのか、鳩尾あたりに剣を低く構えると肩から相手にぶつかっていく要領で、まるで巨大な砲弾の如く三人目の戦士に突っ込んで行く。

 唯一の生き残りである魔術師が逃げようとした時、リーダーを討ち取ったこの日一番の功労者アポロンが背後から深々と、その背に剣を突き刺し、切っ先をグリグリとこねくり回す。

 悲鳴と絶叫、肉の溶ける音……。

 豊かな胸とくびれた腰が魅力的なアプロディーテと、緊張気味の私は何もすること無く、初陣を終えていた。


 6体の屍骸を次々と小部屋に運びこむ。本当ならば安全な隠れ家まで運び、ゆっくりと味わうべきなのだろうが、私達の“肉体”がそれを許してくれない。新鮮な肉塊を前に吸い寄せられるように、我々はその衣服を引き裂き、皮膚に齧りつく。噛みちぎった動脈から内圧によって鮮血が吹き出し、神経や腱が糸のように歯にまとわりつく。

 一体あたり0.5人分の肉……。

 これまでの経験から、シルバーメタリック種は最低でもこれぐらいの量の肉を必要としているのが分っている。

 私とアプロディーテ、二人の分け前はよく肥えた僧侶だった。服を脱がすのももどかしく、僧侶の腹を乱暴に裂き、その内部に手を突っ込み、目的の臓器を探り当て、一気に引き千切る。

 血の結晶、最高にして至高の臓器、心臓――――。

 私は僧侶に敬意を表し、胸の前で十字を切って神に感謝しつつ、まだ熱く脈打っている、それに熱い口づけをした。


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