第5話 交命
この日、仲間たちと隠れ家周辺で大規模なネズミ狩りを行い、どっさりとその死骸を手に入れた我々は、それを大袋に詰め込むと隠れ家を出発した。目当てのモノを探しあてるまで、相当に歩き回ることを覚悟していたが、出発から程なくして、実にあっさりとそれは見つかった。
この辺りで我々スケルトンの総数はかなりの数にのぼるが、それよりも遥かに多いと思われるモンスターが、今日の目当てであるスライム達だ。
私がこの地にやってきて最初に見かけたのは緑色のスライムだったが、緑色に限らず、赤や青、黄色や黒からシルバーメタリックに至るまで様々な色のスライムが存在している。やることもなく他種のモンスターを観察していたので彼らの性質はおおむね、理解しているつもりだ。
粘膜状の身体で戦闘相手を包み込み、窒息させ、その肉体を消化する事で生きている無意識の存在。彼らは基本的に食欲を満たすという本能だけの存在であり、この地一帯の床が驚く程、キレイなのは彼らの旺盛な食欲のお陰だ。床や壁、天井を這いずり回りながら、パーティーやモンスターの死骸から糞尿に至るまで、全てを消化し、骨だけに変える。
そう、骨だけに……。
私が目を付けたのはシルバーメタリックな色を発するスライムの集団だ。透明感のある水銀の様な輝きを持つ、流動金属の様な存在――――。
基本的に炎や熱に弱いらしいスライムの中で、このシルバーメタリック種は、例外的に炎に対する耐性があるらしく、それを知らない初級者パーティーが火炎系の魔法で駆逐しようとして失敗し、彼らに呑み込まれて行くのを何度か目撃している。
それともう一つ、私がこの種に目を付けた理由、それは多くのスライムが斬撃などの衝撃に対し自由に身を任せる事で対抗するのに対し、瞬時に硬化し弾き返す点だ。ただでさえ物理攻撃が効きづらいスライムの中でも、このシルバーメタリック種は一種、独特な存在であるようだ。
シルバーメタリック種は回廊に立ちはだかる我々の存在を無視し、どんどん、近付いてくる。
まるで溶けた銀の洪水の様な勢い……。
たちまちのうちに彼らは私の足元を通り過ぎ、後続する仲間達のクルブシあたりまで呑み込む。私は腰を落とし、足元を流れるスライムをゆっくりと優しく両手ですくい上げると、身体を洗う様な動きで、それを全身の骨に塗り始める。
冷たく、やや固めのゼリーの様な感触。
私はそれを肋骨だけでなく、脊髄や上腕骨など全身にくまなく、そのスライムを塗りたくる。
シルバーメタリック種は抵抗などしない。骨だけで食べるところの無い私など消化の対象ではなく、彼らはされるがままに私の身体にまとわりつく。
私の行動を見た仲間達も、皆、真似を始めた。両手でシルバーメタリック種をすくい上げ、たっぷりと自らの骨の上に塗る。仲間達は無論、行動の意味など理解していないだろう。
ただ単に“ゴッドファーザー”である私の行動を真似ているだけなのだ。
私は皆が真似をするのを確認すると、最後の仕上げに頭がい骨にも塗りつけようとスライムを両手ですくい上げる。そして、正に顔に塗ろうとした瞬間、あることを思い出し、それを諦めた。
私の頭がい骨内には不快極まりないダイオウムカデの夫婦が住んでいたことを思い出したのだ。
不死者である我々は、死なないことの代わりに、成長を放棄した種族であるのは間違いない。それが原因で治癒能力を持てないことは既に述べたが、同時に食事を摂る必要もない。エネルギーを取り込んでも、消費することが無いからだろう。
だが、渇きは覚えるし、空腹感にも絶え間なく悩まされる。しかし、それは多分に精神的なものであって、身体がカロリーを必要としている訳ではない。
我々の身体に塗られたシルバーメタリック種は、そんな不死者とは違い、とにかく本能だけの存在であり、食欲を満たす為だけに生き続けている種だ。
一通りの塗りつけ作業が終わった私は、おもむろに上顎骨と下顎骨を大きく開ける。
いわゆる「口をあけた」状態だ。袋をまさぐり、この日捕まえた巨大ネズミの死骸を手に取る。その死骸は既に手の部分に塗られたシルバーメタリック種によって泡立ち始め、急速に消化が始まっている。
私は構わず、死骸に噛みつく。
死骸の柔らかい腹部に歯がめり込み、皮を喰い破ると同時に血がほとばしり、ドロッとした赤黒い臓器がひと塊りとなってこぼれ出る。私は臓器を咀嚼し、血をすすり、ネズミを丸ごと噛み砕く。無論、食道のない私の身体、普段であれば噛み砕かれた肉や骨は、そのまま足元に落ちていくだけなのだが、今日は違う。肩まで塗られたシルバーメタリック種によって血肉は次から次へと取り込まれ、消化されていく。
まるで、私自身が消化しているかのように……。
私は、夢中で死骸に喰らいつき続けた。
何匹も、何匹も……。
この日、私はこの地に来て、始めて満腹感を覚えた。
仲間達の“食事”が終わるのを待って、私は立ち上がる。シルバーメタリック種は新鮮な血肉に満足したのか、すっかり私達の身体に定着していた。彼らは満腹している限り、好んで移動しようとはしないようだ。まるで、銀色に輝く甲冑に身を包んだような出で立ちとなったスケルトンの一団。
腹の出た中年男性の様な容姿になったモノもいれば、見るも逞しいマッチョな男もいるし、豊かな胸とくびれた腰を持つモノまで、実に様々な外観となる。
私は彼らの姿が、昔、観た映画の登場人物に酷似している事に気が付いた。コンピュータと人類の争う未来から送り込まれたアンドロイドが、いまだ能力を発揮していない少年時代の未来の英雄を襲う、というストーリーに出てきた全身が銀色に輝く流体金属製の殺人マシーンにそっくりなのだ。
私は、一人、この妄想にカタカタと笑い声をあげた。
狙いに間違いが無ければ、シルバーメタリック種は我々の骨を優しく包み込んで衝撃から守る柔らかな緩衝材の役目を果たしてくれるはずだ。試しに持参した剣を右手に持って、思い切り、自らの左腕に振り下ろす。いつもであれば、左腕の肘か肩の関節が外れる筈だ。
結果は予想以上だった。
シルバーメタリック種は、私が想像していた以上の衝撃吸収能力を示してくれた。観察時に判明していた通り、彼らは著しい衝撃を受けた時、体表面を瞬間的に硬くする習性があるらしく、硬化した表面と流動状態の内部という二種類の複合作用により、完璧に衝撃を吸収し、剣が骨にまで達する事はない。
分厚く塗られた、銀色に輝く肉の鎧。観察者として、研究者として、私は勝利した。
――――もし、厄介な問題があるとすれば、我々は明日から「狩り」を日常としなくてはならなくなったことだ。
だが、目的を持って日々を過ごす事に悪い気はしない。何と言っても、自らと仲間の“肉体”を養う為なのだから。