第3話 生命
骨の山となっても私の意識は存在し続けていた。指一本、動かす事が出来ないまま、ただの残骸として暗闇の中、虚空を見続けている。
様々な六人組が眼前を通り抜けていく。ある者達は奥へと、ある者達は外へと。意気盛んな者もいれば、傷ついている者、瀕死の仲間に肩を貸している者もいる。顔面を真っ青にして、脂汗を垂らしている者もいれば、全身が麻痺している者、中には石になっている者までいた。
彼らの共通点はただ一つ、石造りの床に転がっている私に見向きもしない事だ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
ぼんやりしていた私の頭がい骨が突然、持ち上げられる。頬に添えられた手の感触、それは間違いなく、骨の感触――――気が付くと、周囲には数名のスケルトン達がいる。
彼ら――――彼女たちかもしれないが――――は私の全身の骨を丹念に拾い集めている。そして、集めた骨を床に並べる。
実に手慣れた動きだ。骨は人の形に並べられ、最後に私の頭がい骨が頸椎の上に置かれる。
その瞬間、全身に電気が走った様な感触を受ける。
……どうやら私は、身体を取り戻したようだ。
私を組み立て終えた5人のスケルトン達は、無言のまま、去っていこうとする。慌てて礼を言うが、彼らは聞えなかったのか、依然として無言だ。
一人でいるよりも、心強い……そう考え、私は彼らの後を追う。彼らは特に私を邪魔にする様子もない。むしろ、どちらかというと興味が無いのかもしれない。
5人は黙々と歩き続ける。どこに行くのか、そもそも何を目的として歩いているのか、皆目、分らない。ただ単に歩き回っているという感じだ。何度か角を曲がり、どんどん奥へと進んでいく……いや、正確には奥に向かっているのかどうかでさえ、私には分らないのだが。
何度目かの角を曲がった時、先頭を歩くスケルトンが突然、身構える。装備は私の物と同じ、安物の剣と盾、腰を落とし、それを面前に突き出すように構える。どうみても、へっぴり腰、如何にも弱そうだ。
後続する残りの四人のスケルトン達も一斉に身構える。瞬間、誰かの声が聞こえ、唐突に辺りが明るくなる。
「魔法?」
そうだ。多分、先程、聞えた声は、周囲を照らす明りの魔法なのだろう。私を救ってくれたスケルトン達は、当たり前の事だが、無表情のまま前へと進む。
彼らの目の前に現れたのは、やはり六人組、いわゆるパーティーとか云う奴らだろう。6人対6人、数では互角だ。パーティーは前列の三人が武器を振るい、ローブ姿の男―――多分、魔術師―――が再び、呪文を唱える。
その声が聞こえた瞬間、全く唐突にスケルトンの一人がその場に崩れ落ち、瞬く間に二人目、三人目のスケルトンが斃される。
しかし、三人目を斃した拍子に体勢が崩れた前列にいた男の一人が、四人目のスケルトンの振り回していた剣を受け損ない、その刃先が男の左上腕を微かに切り裂く。
浅い。
切っ先が微かに引っ掻き傷の様な赤い筋を描いただけで、とてもではないが、戦闘力を奪うには程遠いかすり傷だ。
……しかし、驚いた事に男は顔面を蒼白にし、その場に膝を落とす。至極、具合が悪そうだ。仲間のその様子を見た法服をまとった男―――恐らく、僧侶―――が慌てた様子で、何かしらの呪文を唱え始める。
「毒か……」
ようやく、私は気が付く。どうやらスケルトンの剣には毒が塗られているらしい。恐らく私の剣にも……。
勇敢な四人目のスケルトンが打ち倒され、戦力は私を含めて5人対2人。もはや、勝負にならない。私は躊躇わず逃げる。
当然、五人目のスケルトンも逃げると思っての行動だ。バラバラにされたスケルトン達の骨を、パーティーが去った後に組み立てるモノが必要になる……私は、私を騙す為、そう自己正当化をはかる。
しかし、五人目のスケルトンは意外な行動に出た。下顎骨と上顎骨をカタカタと打ち合わせ始めたのだ。多分、何かを喋っているつもりなのだろう。逃げた私への批難だろうか?
逃げるが勝ち―――。
自分自身にそう言い聞かせ、尚も私は逃げた。
事態が急変したのはその直後だった。迷路状の回廊や、脇にある小部屋からスケルトンが現れる。
2人……3人……7人。
次々と現れたスケルトンは、一切躊躇わず、真っすぐパーティーへと立ち向かって行く。
「そうか……」
私は理解した。五人目のスケルトンが盛んに骨を鳴らしていたのは、私への批難ではなく、仲間を呼んだのだ。7人の助っ人スケルトンがパーティーへと襲い掛かっていく。
私は回廊脇の岩陰に隠れ、ただ、震えてその光景を見ていた。全部で12人のスケルトンが骨の山へと変化していく様子を……。
私は岩陰から回廊を見つめ続ける。
何日も、何日も……。
恐らく現実世界の数秒に満たない時間を、私は暗闇の中、ただ怯えて過ごした。あまたのパーティーが通り過ぎ、数多くのモンスターが殲滅されていった。ほぼ、全ての戦いはパーティー側の勝利に終わっている。
私はいつしか観察者になっていた。もともと、私は研究者だ。研究を成功させる為に必要なのは、鋭い洞察力と、絶え間ない観察力。私は、そのいずれにも優れていると自負している。
幾つかの事実が次第に判明していった。
例えば、私を含めたスケルトンの弱点は衝撃に弱いことのようだ。剣などの打撃を伴う攻撃を受けた時、その剣の切れ味にではなく、打撃による衝撃によって瞬時に関節が崩壊する。反対に、どうやら火には強いらしい。考えてみれば、火葬されても最後に残るのは骨なのだから、骨は火に強い「設定」になっているのだろう。
それに対し、スライムたちの性質はスケルトンとは全く逆の様だ。一分の種類のスライムを除いて火に弱く、瞬時に燃え上がるが、逆にどんな打撃攻撃も受け流すしなやかさを持つ。剣がスライムの気味の悪い肉体にめり込んだところで、スライムたちは何の痛痒も感じないらしい。
ツルハシを手にした小鬼の様な緑色の生物、棍棒を持つ醜悪な豚の様な顔の生物、漂うに移動するガス状の生物、人間以外の様々な生物の骨で構成された別種のスケルトン……様々なモンスターがこの地には存在している様だ。見るからに悪そうなモンスターばかりだが、モンスターに襲われた事はない。うっかり目線が交錯し、何度か冷や汗をかいたが、彼らは私に対して興味すらわかない様子だった。
「モンスター同士は戦わない」
多分、そういう不文律の設定があるのだろう。
ようやく、環境に慣れた私は隠れていた岩陰の近くにあった小部屋に移動した。頻繁にパーティーやモンスターが行きかう幹線道路的な回廊から少し奥まったその小部屋は隠れ家的な雰囲気――――あくまでも雰囲気――――があって、私はすっかり、気に入ってしまった。多分、私の頭がい骨の中に住みついたムカデの様に……。
その隠れ家から時折、出掛け、物陰に隠れて移動しながら、12体分の骨を拾い集める。そう、私が見捨てたあの12人のスケルトンたちの骨だ。
私は、彼らがバラバラになったあたりを丹念に探し、その場に残された骨を一つ残らず拾った。無論、足りなかったとしても専門知識のある訳ではないので、気が付きもしなかっただろうが……。
「とにかく一体、組み立てよう」
私はそう考えていた。一人のスケルトンを完成させれば、そのスケルトンが別の11体を組み立ててくれるだろう。
見捨てた事への罪の意識。逃げた事への贖罪。
私は、自分自身の骨格を設計図として、この組み立て作業に熱中した。
206個――――成人の骨の数だ。それが全てバラバラになっている。馴れない作業、ほぼ闇と言ってもよい暗い部屋、作業は決してはかどらない。だが、作業に熱中している間だけ、あれだけ絶え間なく感じた渇きと空腹を忘れていられた。
私は根気強く、組み立て作業を行った。しかし、やはり慣れない作業の結果は報われないものらしい。完成したと思い、最後に頭がい骨を低位置に置いた瞬間、あの時の私と同じように一瞬、スケルトンの全身がビクンと脈打つ。
私が完成したと誤解したそのスケルトンは……どうやら、足の骨が二体分あったらしい。異様な程の長身、しかも膝が左右合わせて四か所あるスケルトンとして完成してしまった。スケルトンは自分の足をしばらくの間、眺め、私の方に視線、というか眼窩を向ける。
なんとなく、私にはそのスケルトンがため息をついたように見えた。