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第10話 亡命

 

 それから数日、私は玉座で茫然を友として過ごした。ゼウスやアーレスが差し出す肉塊にも心動かされる事は無い。自然、私の“肉”であるシルバーメタリック種は空腹となり、私の身体を離れ、どこかへと去っていってしまった。

 「命乞いをする冒険者――――」

 鈴木を名乗るサムライが告げたその言葉が私の心を捉えて離さない。泣き叫んで命乞いをする冒険者の腹を裂き、内臓を引きずり出し、その血肉の滴り具合を、黄濁した脂肪の甘さを私は愉しんでいた。まるで私の別人格のように……。

 命乞いをする冒険者――それはプレイヤーが操る虚像でも、プログラムが作り出した幻影でもない。

 私同様、人格を持った一個の人間。自らの人格を電子化し、虚構の街に住み、虚像の仲間たちと、虚栄の冒険譚に焦がれ、満たされない人生において何かを得ようとした、本物の人間。

 学生だったかもしれない。会社員だったのかもしれない。誰かの息子であったのかもしれない。或いは誰かの父親であったのかもしれない……。

 私は彼を殺し、食べたのだ。

 そう、まるで憎んでも憎み切れない、私から全てを奪い去った忌まわしき別人格のように……。

 

 自問自答を繰り返し続けた私は、ようやくにして結論を導き出し、決断を下す。

 「全軍、回廊へ」

 今まで軍団が幹線回廊に出陣したことはあまり無い。あくまでも幹線回廊は通行目的で使用するだけで、主な狩り場は回廊から延びる脇道であり、そこで冒険者を待ち伏せし、退路を断ち、殲滅してきた。

 今、私は全軍に迷宮の出入り口から真っすぐ延びる幹線回廊の中でも最大幅員の大通りへの出撃を命じた。毎日のように増え続ける軍団員の総数は今では凡そ300体であり、回廊を封鎖するに足る方形陣を構成するのに十分な人数となっている。

 盾と長槍を持った共生スケルトン200名が、20体ずつ、前後10段に配置される。迂回路の無いこの場所、揃えた槍衾は容易に敵を近づけないだろう。

腰に毒剣とガラス瓶を携え、両脚の代わりに両腕を備えた奇襲隊20名は、天井からさかさまにぶら下がった姿勢でパーティーの退路を断つべく出撃に備える。

 50体のケンタウロスは穂先を揃えて突撃のタイミングを待ち、四本の腕を持つ最強のアーレス隊は、盾を持たず、四本の腕に四本の毒剣を持つという超攻撃型の装備で、私の身辺を固めている。他のモノ達も、それぞれの主と仰ぐ貴族の指示の下、この回廊に集結している。

 私達が布陣したのは、私が最初にこの世界に降り立った場所に近い。回廊の幅は広いが、脇道はまだなく、迷路状の枝道が広がるのはもう少し奥に行ってからだ。

 つまり、この迷宮に入り、奥へと進もうとする者は、全て出入り口から僅かな距離にいる我々の陣を超えていかなくてはならないはず……。

 そして、それこそが私の狙いだ。


 「前へ!」

 出入り口に冒険者のパーティーが現れた途端、私は抜き放った剣を振り下ろし、重装歩兵たちに進撃を命じる。

 一糸乱れぬ歩幅、歩速。

 スケルトンの軍団の出現に驚いたパーティーが、我々の戦力を見誤り、近付いて来る。慌てた魔術師が火炎系の呪文を唱え、空中に出現した火球が我々を頭上から襲い掛かる。

 「舐めるな!」

 高ぶった私の怒声に呼応するかのように重装歩兵は進撃速度を速め、たちまちのうちに距離が縮まる。

 明るい外界から入ったばかりで、目が慣れていないらしいパーティーは闇の中に現れた予想外の人数に驚いた表情を見せるが、それでも「相手は所詮、スケルトンに過ぎない」とばかりに退こうとはしない。愚かな行為だ。

 天井や壁を素早く移動した奇襲隊が素早く背後にまわり、パーティーの退路を断つ。しかし、正面からの圧倒的圧力に気をとられたままの彼らは、そのことに気が付いていない。

 「ど素人め」

 私は歯ごたえの無いパーティーに失望し、吐き捨てる。

 無数の槍に肉体を貫かれた冒険者たちは、たちまちのうちに、共生生物の食糧へと変わっていった。



 さすがは大通り――――。

 それが私の正直な感想だった。冒険者たちは次から次へと途切れることなく、やってくる。そしてその度に我らに斃され、共生生物の夕餉となっていく。

 最初は、斃した人数を数えていたが、今はもうやめた。実際、数え切れぬほどの数であったし、自分の罪業の数を数えたところで意味は無い。

 今や、この虚像世界の出入り口は『不破の門』と化し、完全に私の管制下にある。山のように持ってきたスペア骨のお陰で、スケルトン達は倒されても、倒されても、再び組み立てられ、前線へと向かう。無尽蔵の生命力と体力を持つ、疲労とは無縁の不死者アンデッドだからこそ出来る戦闘方法、我ら300体全てを一瞬で殲滅しない限り、この先には一歩も進めない。

 中にはハイレベルのパーティーも確かに存在していた。魔術師の呪文や僧侶の浄化呪文、サムライの剣に騎士のランス、そして戦士渾身の一撃により、一瞬で数十体が吹き飛ばされることさえあった。

 そんな強敵の出現に備え、予め私は天井を這う奇襲隊に特殊な装備を持たせていた。彼らが腰から吊るしているガラス瓶……その中身は飢えたシルバーメタリック種がいっぱいに詰められている。私の合図で奇襲隊はハイレベル・パーティーの頭上からガラス瓶をその足元に投げ付ける。

 それは云わば、シルバーメタリック種入りの火炎瓶だ。瓶が砕けると同時に自由を得た飢餓状態のスライムは手近の肉に襲い掛かる。重装歩兵を寄せ付けないほどの戦闘力を示していたハイレベル・パーティーでさえ、突如、足元に溢れたスライムに慌てふためき、一瞬のうちに隊形を崩され、銀の海に呑み込まれていく。

 無論、奇襲隊にだけではない。私はこのガラス瓶を重装歩兵の後方に控える予備隊にもふんだんに装備させており、必要があれば、いつでも投げつける準備を整えてある。


 ここは通さぬ。断じて通さぬ。

いまだ、私は予備隊すら投入していない。重装歩兵による蠢く堅陣は鉄壁の守備を示し続けている。スケルトンとスライムの大軍団は異種間同士の巧みな連携と、数の暴力によって冒険者たちを嬲り殺しにし続けた。

 「早く気がついてくれ……頼む」

 皮膚を溶かされ、肉を爛れさせ、断末魔の絶叫を上げながら料理の一品へと変化を遂げる冒険者たちの姿を、私はそう願いながら、無表情な仮面の下、引き裂かれた心を持って見つめ続けていた。


 いったい、どれぐらいの時間が経ったのだろう。或いは数日かもしれないし、或いは数秒に過ぎないのかもしれない。瓶詰めのスライムや骨のストックが少々、心もとなくなってきたが、それでもただの一体も欠けてはおらず、鉄壁の戦列は綻んですらいない。

 不死者アンデッドで構成された、私の『300』は、真の意味で死を恐れていない。その点においてこの軍団こそが、古代ペルシャ帝国自慢の『不死隊アタナトイ』そのものである、と言っても良いだろう。

 どれぐらいのパーティーを殺戮しただろうか。千? 二千? いや、恐らくはもっとだ。今頃、このゲームの運営会社には

 「出入り口から先に進めない」

 というクレームの電話やメールが殺到していることだろう。顧客であるプレイヤーとして、当然の怒りだ。問題は、その怒りに運営会社がいつ答えるかだ。

 私の予測が正しければ、その時は間もなくやってくる。


 周囲の空間が点滅し、激しく揺らぐ。まるで歪んだガラス越しに風景を見る様な感じ……。

 私は手にしていた剣を落とすと共に、膝から力が抜けていくのを実感した。立っている事は、もう、出来ない。私はその場に突っ伏す。かろうじて上半身を支えた両腕からも力が抜け、遂には顔面から石畳に激突する。

 「やっと、始まったか……」

 辺りを見回せば、ゼウスが、アーレスが、ポセイドンが、アプロディーテが次々と地に伏していく光景が広がる。まるで助けを求める様に私に眼窩を向け、手を伸ばす彼ら……。

 私は仲間に心から詫びる。自らが望んだこととはいえ、家族同然の彼らに、それに付き合わせてしまったことへの後悔は尽きない。

 クレームの嵐にようやく運営会社が動いたのだ。

 間もなく、私と私の仲間達は「バグ」として「消去デバッグ」されるだろう。それは、不死者アンデッドである私が、体をバラバラにされようが、首を落とされようが死ぬことを許されていない私が、ただ一つ、死ねる方法……。

 私は自分自身に問い掛ける。


 「お前は本当に佐藤なのか?」


 まるで削り取られていくように遠のく意識の中、そう、繰り返し問い掛ける。答えは出ない。私が本当に昆虫学者・佐藤なのか、それとも私の家族や同僚、教え子たちを次々と惨殺した別人格であるのか……。

 

 眼窩から用心深いダイオウムカデの父親が、意を決したように外界へと身を躍らせるのが見えた。その後ろから、孵化したばかりで、まだ白い殻を纏った小さな子供たちが父を信じて未知の世界へと巣立ちを始める。そして最後に、子供たちをせき立てる様に母親が住みなれた我が家を後にしていく。彼女は最後に振り返ると、そのしなやかな触角で私の頬を優しく撫でてくれた。

 

 薄れ行く意識の最後の瞬間、幸せだったあの日を思い起こさせるその感触に、私は無上の安らぎを覚えた。








 ――――目覚めた時、もし、私が毒虫になっていたのであれば、全てを眩しい太陽のせいに出来ただろうに残念ながら私は骨になっていた。


 そう、骨だ……。




       ―――― 骨の王の物語 第一章 了 ――――

 拙い文章を御拝読頂き、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

 一応、決まりが悪いので一旦は完結設定とさせて頂きますが、この世界観を確定するプロローグという位置付けのお話ですので、次の1章分を書きあげたら再開したいと思っています。


 では、本当にありがとうございました。いずれ、また。

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