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眠れない夜に①(短編集 2010~)

そう、ぼくは月を愛でるような男だった

作者: 裃 左右

注、主人公は変人かもです。変態かもです。


 ぼくは食われるんだろうか。

 少なくとも、本人たちはその気のようだ。


 その家に入ったのは偶然だった。

 

 気まぐれにすこし遠くまで足を延ばしたら、見慣れない場所まで来てしまい。

 それはそれは、趣味のいい家があったものだから。

 つい、覗いてみたくなって、ぼくはその戸を叩いた。


 出てきたのは、人の良さそうな、それでいてなかなかハンサムな男。やや瞳が青みがかっているのが良かった。

 ……年は、何歳だろう。すくなくとも、30は超えているだろうけど、ぶっちゃけわからない。だけど、そこがいい。


「どなたですか?」


 見た目のイメージ通りよりも渋くて、でも思った通り優しそうな声だった。

 なんと言ったものか。


「……あの、道に迷いまして、ここはどの辺りでしょう?」

「ああ、この辺りは意外に入り組んでますからね」


 親切に男は、道を教えてくれて。

 その上。


「今、おやつの時間だったんですよ。よろしかったらどうぞ」


 と、自分から招いてくれた。

 断る理由はぼくにはなかった。遠慮はぼくに似合わないだろう。

 

 ちなみに、家に自分から入れてくれなかったら、トイレを貸してくれと言う気だった。

 まったく、遠慮なんてする気がない。


 その家には入った瞬間から感じる雰囲気があった。落ち着いていて、ゆったりとした香りとも言うべきもの。さらには年代物の家具がいい深みをかもしだしている。まったく、中身までも洋風のそれはそれは趣味がいい家だったわけで。

 でも、それ以上に。


 そこに、この男の娘なのか、美しい少女が椅子に座っていることに一番センスを感じた。

 黒髪で、黒い瞳。白い肌に赤みかがった唇。

 日本人形のような、と言う形容詞はここでつくのだろう。

 すばらしい、と思った。


 お屋敷とは全くあわないはずのその容姿が、逆に彼女とインテリアの双方を引き立たせていた。新鮮だった。

 彼女は残念ながら着物でなく、年相応のよく目にするような当たり前の格好であったけれど、うん、むしろ、そうだったらここまでぼくは驚かなかったに違いない。


 今までなかった取り合わせを重ねられたことに、ぼくは感動を覚えたのだろうから。


「小夜、お客さんだよ」


 ―――さよ、と。

 男は言った。

 小さい夜で、小夜だろうか?


「小夜、さん。ですか?」

「ああ、私の娘でね。小夜子と言うんだ」

「へえ」


 小夜子。

 なるほど、これはイメージ通りだ。

 と、一人でぼくは頷く。


 しかし、父親がやや日本人から外れてるから、名前がフランソワ的な感じでも、ぼくは頷いたのかもしれない。いや、それは、いやだな。……うん。

 男は手を奧へと差し出す。


「その辺に座っていて欲しい」


 ……その辺。

 ああ、これはこれはいい椅子ですねぇ。


「じゃあ、私はおやつの用意をして来るから」


 男は笑って一言、奥へと消えて言った。




 道に迷って、偶然に招かれた家。

 そこには美しい少女と、その父親が居た。


 日本人形と言う、ありきたりな形容詞がこれ以上ないほどに似合う彼女と。

 やや青みがかった瞳で、がっしりとした体格だけど優しそうな父親。


 二人とも、ぼくの好みだったし。

 なによりも。


 ―――趣味のいい家だった。


 だから、ついつい、ぼくはためらいもなく、その誘いを受け入れたわけで。

 喜んで、受けてしまったわけで。




 おやつの時間とやらが始まって。

 なぜか、すぐに二人はぼくの前から姿を消した。


 仕方なくそのまま、椅子にゆったりと座ってくつろぎ。

 ぜひ、と言われ用意されたお菓子に手をつけていると。

 聞こえてきたのは二人の声。


「ねぇ、本当になの? お父さん。本当にいいの?」

「ああ、そうだよ」


 なにをそんなにはしゃいでいるんだろう。

 そう思っていたら。

 次の一言で凍り付いた。


「あれが、今日の夕食(ディナー)主役(メイン)だ」


 夕食ディナー主役(メイン)

 

 そうか、主役(メイン)か。

 客人(ゲスト)、じゃないよな。

 主役(メイン)、か。


 脇役ならまだしも、主役になるのは初めての経験で。

 そのうえ、かなり喜ばれてるらしいかった。特に少女は育ち盛り。

 女の子といえど嬉しいんだろう。

 

 ――肉のある食事は。


 ……滅多に食えねぇよな、そりゃ。


 ふと、思い出す。

 ああ、そういえば。

 今日の夜は満月だったな。


 ……そうなのだ、ぼくは月を愛でる、風流な男だった。

 月を数え、日を数え、眺めるのが百ある趣味のうちの一つだった。


 ……趣味だったんだが、今日までの話だろう。

 色々、既に手は付けていたけれど、菓子に薬を混ぜてある様子はなかったので、たぶん、紅茶の方だろう。カフェイン類は苦手なので手を付けなかったんだが。


 ……どうしたものかな。

 母親はいない家らしい。


 ふむ。

 ふと、考えていると、娘さんがやってきた。

 笑顔で。


 赤い唇は可愛らしく、表情を彩る。

 黒い瞳は心のそこから、その時を待ち望んでいた。

 ぼくは尋ねる。


「お父さん……は?」


 小鳥のような声で少女は言った。


「今日の夕食の支度」


 その声は弾んでいる。

 切り揃えられた黒髪がなびく。


「そっか」


 嬉しそうだったし、可愛かった。

 で、ああ仕方ないなと思った。

 そんなに喜んでくれるなら、って。


 ……あー、どうしよう。でも、どうせ、最期だし。

 思っていたことを言ってみよう。


「ぼくさ、ここの家。一目見た時から好きになったよ」

「本当?」

「ああ、すごくいい家だなって思った」

「……ありがとう」


 すこし、照れたように彼女は言う。

 照れたように、と言うよりは、戸惑って、かもしれない。

 ぼくの心残りは、これくらいだった。


「本当にすごく気に入ったんだよ、好きになったんだ」

「……そっか」

「うん、それに……」


 あと、出来れば。


「貴方達も。出来れば、友達になりたかった」


 心の底からの本心を言った。

 そう言って、ぼくは手を伸ばす。

 驚いた顔の彼女を見て、ぼくは満足して紅茶を飲んだ。

 

 ぐらつく世界。

 すぐに目の前は暗くなっていき。

 やっぱり、最期に彼女の喜ぶ顔が見たかったな、とそう思った。

































 目が覚めた。

 ここは……天国?


「やけに趣味のいいところだな」


 ふかふかのベッド。なんだか部屋中にいい香りがする。

 

 一枚の絵が飾られて、ネコと老人が描かれた味のある絵だった。

 床はフローリング。深みのある木の色、悪くない。

 これなら、これで、ぼくは不満がないのだ。


 強いて言えば、自分の部屋に見られちゃまずい物があったくらいだ。男としていくつか死ぬ前に処分したかったな。

 でも、死んだら気にするのも馬鹿馬鹿しいかな。


 ……それにしては。


「妙に頭痛がするけど」


 なんかズキズキするし……。

 

 って、さらに何かが響いてくる……これは?

 痛み?


 いや、誰かがやってくる音、足音だ。

 ……天使かな。美人だといいな。


 ドアが開かれ、そこにいたのは……。


「あれ……もう起きたんだ」


 ぼくは絶句する。

 そのまま、心配そうに近づいてくるのは。


「大丈夫?頭は痛くない」


 天使だった。

 天使は黒髪で、瞳も黒だった。


「……綺麗だ」

「えっ?」


 どうやら、神様は日本人に合わせたらしい。

 不満は年齢が低いくらい、かな。そこはぼくの趣味に合わせてくれないのか。


 服装が袖無しシャツでジーパンなのは、まぁ許そう。ラフなのは嫌いじゃない。って言うか、たまには悪くない。


 ……まさか、幼い天使が天国では流行しているのか?

 それとも、日本で流行しているのか?日本人に会わせた結果、少女の天使に?


 ……日本の将来が心配です。

 いやでも、古来日本では幼いうちに嫁に行ったわけだから、戦国武将は皆、少女好きだったのかも……。だとすると、今の日本の方があきらかにおかしいわけで。


 なんてことを考えていたら、天使はさらに心配そうに聞いてきた。


「あの、寝ぼけてる?」


「……あれ、どっかで会ったことありますか」


 ん……心配を通り越し、哀れみの目を向けられたぞ。

 「やっぱり、後遺症が……」と呟く天使。なんだ、それは。


 えー、どこかで会ったことあるのかなぁ。でも、天使には面識なかったはずなんだけど。

 だけど、見覚えがあるぞ。

 …………。

 ああ、そうだ。


「小夜ちゃん、だね」


 そう呼ぶのは初めてだったけど。

 小夜ちゃんはなぜか一泊遅れて頷く。


「……うん」


 ああ、なるほど。

 そういうことか。


「小夜ちゃんって天使だったんだね」


 返事はない。

 

 いや、おかしい。

 なにかがしっくり来ない。

 

 あれ、もしかして。


 ぼくは。


 ――死んでない?


 *


 どうやら、ぼくはあの後、なぜか気を失い。

 椅子ごと倒れて後頭部を思いっきりぶつけたらしかった。

 かなり迷惑だったろうけど、しかも、そのまま泊めてもらったのだった。

 

 つまり、全てはぼくの勘違いだったらしい。

 残念なような、ほっとしたような。


 でも、押し入れのあれやこれは、処分しなきゃまずかったし。うん。

 今からそう考えると、かなり恥ずかしいこと言ってたな。目が覚めてからの方が、やばかった気もするけど。

 ぼくはさらに朝食までごちそうになり。


 いや、本当に申し訳なかった。

 でも、めっちゃ美味かった。


「お父さん、本当に料理上手ですね」

「いやいや、私なんてまだまだだよ」


 なにも謙遜しなくても、コックにでもなれそうですよ。本当に。

 ぼくはそう思ったが、どこか遠くを見るような目で男は言う。


「妻は……もっと上手かったから」


 ぼくは言葉を失う。


「そう……ですか」


 ようやくそれだけをぼくが絞り出すと、そんなことないよ、と小夜ちゃんが言った。


「お父さんもすごく料理上手だよ」


 それは、たんたんとした口調だったけど。

 お父さんは嬉しそうに頷いていた。

 ……きっと、いろいろあるんだろう。


 *


 帰るときには小夜ちゃんにお見送りまでしてもらった。

 どうでもいいけど、うちに帰ったら怒られそうだな。いろいろ。

 学校は連休で休みだからいいけど。


 とにかく、ぼくはお礼を言う。


「ありがとうね、わざわざ」

「ううん、べつに」

「……楽しかったよ」

「……うん」


 短い間だったけど。

 本当に楽しかったし、嬉しかった。


「まぁ、主役にはなりそこねたけどね」


 彼女の髪が揺れる。なに、と尋ねるような目。


「……いや、こっちの話」


 まぁ、あれは聞き間違いかなにかだったんだろう。

 まだ残念がっている自分がいるのがなんか怖いけど。


 ……また、来てもいいのかな。

 駄目、だろうな。


 いつもは遠慮しないのに、変なところでしちゃうから駄目なんだ、とよく後悔していたことを思い出した。でも、どうしようもないから後悔するんであって。

 わかっていても素直にはなれない。


「それじゃ、ね」


 ぼくは歩き出す。

 名残惜しいけど。


「ねぇ」


 小夜ちゃんは、声を絞り出すように言った。


「ん?」

「また、来てくれる?」


 それは今まで言われたことのない言葉だった。


 あれ? 嬉しいなコレ。

 初めて知った、人に会いたいと言われることはこんなに嬉しいんだな。


「ああ、もちろん」


 絶対に。

 小夜ちゃんは嬉しそうに笑った。花でも咲いたようだった。

 今度は……そうだね。


「また、満月の日にでも」


「だめ」




 ――なんだって?



「それは、だめ」



 彼女の赤い唇が歪む。三日月を形づくる。


「だって、また我慢しないといけないでしょう?」


 それはやっぱり、ぼく好みな表情だった。

 ぼくは笑い返す。


 うん、また来よう。

 ―――満月の日に。



 ……かは、わからないけど、ね。


 絶対に、また、ここに来よう。そう思った。

 その時には、少しはまともなことを話したい。


 あと、残しておくとやばいものは一応捨てとくことにして。

どちらのエンドにしても幸せだった、そう思う。

って言うか、この主人公が不幸になる気がしない。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルに惹かれて伺いました。 「注文の多い料理店」にムーンサルトかけたみたいな内容で、面白かったです。 ひとつ、誤字発見です。「一泊」→「一拍」では。
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