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召喚英雄譚

召喚英雄譚〜最弱魔法使いが歴史の美姫たちと最強になる話〜

第1話〜第12話(前半)

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【第1話】最弱の魔法使い、二十歳の夜に奇跡を起こす


 天城颯あまぎ そうは、魔法学院卒業から一年が経っても、いまだに魔法が使えなかった。


「……また、何も出なかった」


 廃神殿の祭壇の前でへたり込み、颯は両手を見つめた。今日は二十歳の誕生日。同期たちはすでに冒険者として活躍している中、颯は街はずれのぼろアパートで一人暮らしをしながら、雑用仕事で食いつないでいた。


 魔法は「才能」だと言われる。炎、水、土、風——人はたいてい二十歳までに何らかの系統に目覚める。しかし颯には何もなかった。魔法学院在学中の十年間、毎日欠かさず訓練を続けたのに、一度も魔力が発動したことがなかった。


「……俺には向いてないのかな」


 もう帰ろうと立ち上がったとき、祭壇の石板がぼうっと光った。颯は思わず手をかざした。


 光は颯の掌から流れ込んでくる。胸の奥に熱い何かが溢れ出すような感覚。そして——


 祭壇の中央に、光の柱が立ち上がった。


 光が収まると、そこに一人の女性が立っていた。二十二歳くらいだろうか。漆黒の長い髪、目の覚めるような深緑の瞳、すらりと背が高く、見るからに只者ではない風格を漂わせる美女だった。纏っているのは異国の甲冑——古代ペルシアの意匠だと、颯の知識がかすかに告げる。


「……ここは? 私を呼んだのは誰だ」


 女性は落ち着いた声でそう言い、颯を見た。


「え、あ、俺です……? 天城颯といいます。あの、もしかして——」


「アルテミシア、カリア女王にして、ペルシア帝国随一の水軍提督だ。お前が私の主か」


 颯は膝から崩れ落ちそうになった。


——歴史上に実在した、伝説の女性英雄が、目の前に立っていた。


 魔法の名は「ヒストリカル・サモン」——歴史の英雄を現世に呼び出す、神話時代に失われた幻の召喚魔法。颯は自分の魔法の性質を、そうして初めて知ったのだった。


「主よ、まず一つ問おう」


 アルテミシアが颯を見下ろした。


「お前は弱いか」


「……はい。とても」


 沈黙。そして——アルテミシアは口の端を小さく上げた。


「ならばちょうど良い。私は弱者が強くなる姿を見るのが好きなのだ。鍛えてやろう」


 天城颯の、最弱からの逆転劇が始まった。


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【第2話】女王様と同居開始、早速のラッキースケベ


「待ってください! 一緒に暮らすって、俺の部屋、六畳しかないんですけど!?」


「問題ない。我は野戦でも眠れる」


 翌朝。颯のぼろアパートに、カリア女王・アルテミシアが堂々と荷物(召喚時に一緒に現れた武具一式)を持ち込んできた。颯は頭を抱えた。


 この世界に召喚された英雄は、召喚者と「契約」することで現世に留まれるという。アルテミシアが説明した。つまり颯が彼女の主人となり、宿と食事を保証する代わりに、英雄は召喚者の力となって戦う。魔法の根本的な取り決めらしかった。


「とはいえ。この時代の衣服は奇妙だな」


 そう言いながらアルテミシアは颯の部屋でさっさと甲冑を脱ぎ始めた。


「えっ!? 着替えるなら言ってください、俺出ます!」


「何を恥ずかしがる。軍隊では——」


「ここは軍隊じゃないです!!」


 颯が顔を背けようとした瞬間、踏んでいたタオルがすべった。バランスを崩した颯の体が、無防備に振り返ったアルテミシアの方向へ——


 ドスン。


 床に押し倒す形になった。颯はアルテミシアの上に馬乗りで、彼女は甲冑の上着を脱いだ状態、白い肩と鎖骨が間近にある。深緑の瞳が、真下からじっと颯を見上げた。


「……主よ。これはどういう意図だ?」


「ちちちが——事故です!!」


 顔が茹でダコになった颯は一瞬で跳び退いた。アルテミシアはしばらく颯を見てから、ふん、と短く鼻を鳴らした。


「……まあいい。食事の準備でもしてろ」


 その頬が、わずかに色づいていることに、颯は気づかなかった。


 その日の夕飯、二人は六畳の部屋で向かい合って座り、颯が作ったカレーを食べた。アルテミシアは最初「この赤い食物は何だ」と警戒したが、一口食べると箸(フォークでないと文句を言った後で)を止めなかった。


「……悪くない」


「ありがとうございます」


「褒めていない」


「褒めてるじゃないですか」


「……黙れ」


 女王様は窓の外を見た。夜空には星が出ていた。


「颯よ」


 初めて名前で呼ばれた颯は、どきりとした。


「この時代の星空は、私の時代と変わらないな」


 アルテミシアの声は、今日初めて、ほんの少しだけ柔らかかった。


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【第3話】二人目の英雄、白衣の天使は現代に戸惑う


 アルテミシアとの共同生活が始まって三日目、颯は初めて「召喚師」として冒険者ギルドに登録した。


「種族:人間。魔法系統:召喚。ランク:F」


 受付の女性がそう読み上げた瞬間、周りにいた冒険者たちがくすくすと笑った。召喚魔法は「幻の系統」とされているが、証明できないうちはただの最弱扱いだ。


 颯はめげずに最初の依頼を受けた。森のスライム退治、ランクF案件。


「主よ、この程度であれば我一人で十分だ」


「そうだろうけど、俺も一緒に動かないと力がつかないんで」


 森の奥に踏み込んでしばらく経ったころ、颯の胸の奥で何かが共鳴した。召喚の感覚だ。


「また来る……!」


 颯が魔力を解放すると、森の空き地に光の柱。今度現れたのは、金色の長い髪を白いエプロンで束ねた、優しげな青い瞳の女性だった。白いドレスに白いエプロン——看護師の制服に似た装束。


「あら……ここは?」


 きょとんとした表情で周りを見回し、颯と目が合うと、ほわっと微笑んだ。


「貴方が召喚者さんですか? フローレンス・ナイチンゲール、クリミア戦争の病院勤務から参りました。よろしくお願いします」


 颯とアルテミシアは顔を見合わせた。


 二人目の英雄は、近代最大の看護改革者だった。


 しかしフローレンスにとって現代は驚きの連続だった。病院に連れて行くと「この道具は! 診断がこんなに速く!」と目を輝かせ、コンビニに入ると「清潔で安価な食料が……文明の進歩が」と感激の涙を流し、スマートフォンを見せると「これで遠くの患者の容態が分かる……!」と小一時間離さなかった。


 夕方、三人でアパートに戻った時、フローレンスは「荷物を整理させてください」と颯の部屋でかがんでいた。その背後から颯が通り抜けようとした瞬間、フローレンスがふいに立ち上がり——


 ぐふっ。颯の顔面が、フローレンスの豊かな金髪に埋まった。


「あら、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


「だだだ大丈夫です……!」


 颯は真っ赤になって後退した。フローレンスはほわほわと笑った。


「颯さんって、お顔が赤くなりやすいんですね。体温が高いのかしら? 診てあげましょうか」


「診なくていいです!!」


 後ろでアルテミシアが無言で颯を睨んでいた。


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【第4話】三人目:唐の女帝、現代でも高飛車全開


 一週間後、颯は三人目の英雄を召喚した。


 光の柱が収まったとき、そこに立っていたのは、颯よりわずかに低い身長の、きっぱりとした黒い切れ長の瞳を持つ少女だった。黒髪は短く整えられ、金糸の刺繍が入った緋色の漢服をまとっている。二十歳ちょうど——颯と同い年だ。


「ふん。私を呼んだのは貴様か」


 開口一番、見下すような視線。


「武則天……?」颯は思わず呟いた。


「中国史上唯一の女性皇帝——」


「女帝だ、小僧。皇帝などと呼ぶな。そして跪け」


「こ、ここは俺のアパートなんで跪かないです……!」


 武則天——武媚娘ぶびじょう、のちに自ら国号を改めた唐の絶対君主は、召喚された瞬間から全力で「自分がここの主」だという態度をとった。颯の部屋に入るなり「狭い」「汚い」「何故こんなものを食べている」と矢継ぎ早にダメ出し。フローレンスに対しては「その金髪、目立ちすぎる」、アルテミシアに対しては「目つきが悪い」と評した。


 二人ともにこっこりしたまま「ふふ、貴方も大変ですね」「……いや、お前の方が」と意味深に颯を見る。颯は胃が痛かった。


 夜、颯が風呂から上がってリビングに戻ると、武則天が颯の部屋のクローゼットを開けて物色していた。


「何してるんですか!?」


「着るものを探している。この時代の服というものを試してみる」


 そう言って彼女が引っ張り出したのは、颯の古い大きめのシャツだった。躊躇なく漢服を脱ぎ始めた武則天に、颯は「あぁぁぁ」と声を上げて逃げようとした。


 が、閉めようとしたドアに足をぶつけ、よろめいた颯は武則天の背中に激突。二人は床に倒れ込み、颯は武則天の上に覆いかぶさる形になった。振り返った武則天の顔が、真後ろ十センチにある。


 ……沈黙。


「……死罪」


「事故ですよ!!」


 武則天の拳が颯の頭に落ちた。こぶが三つできた。しかし翌朝、「昨日のシャツ、なかなか着心地がよかった」と言いながら颯のシャツ(しかもお気に入りの)を着て出てきた武則天に、颯は何も言えなかった。


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【第5話】最初のダンジョン、女王の本気


 アルテミシア、フローレンス、武則天の三人を連れ、颯は初めてダンジョンに挑んだ。目標はランクEのゴブリン巣窟。冒険者ギルドからは「召喚師一人とその……供回り?」という、いぶかしげな目で送り出された。


 ダンジョン内は想像以上に手強かった。ゴブリンの数が予想の三倍。颯は武器の扱いが素人同然で、後衛に下がって仲間を支援するしかない。


「颯さん、怪我した方はいますか!」フローレンスが冷静に後方から指示を出す。


「我に任せろ」アルテミシアが剣を抜いた。


 アルテミシアの戦闘は圧倒的だった。水軍提督として名をはせただけのことはある——剣技というより、全体の「流れ」を読む動きで、一人で七体のゴブリンを相手どり、一本の剣で要所を的確に制した。


 武則天もまた、召喚時に持参した「令牌れいはい」——皇帝の命令書を武器に変えた魔道具——を操り、ゴブリンを紙の嵐で斬り刻んだ。


 戦いが終わり、三人が無傷で颯の前に戻ってきたとき——颯は何も言えなかった。


「……ありがとう、三人とも」


 フローレンスはにっこり微笑んだ。武則天は「当然だ」とそっぽを向いた。アルテミシアは颯の前に立ち、真剣な顔で言った。


「颯。お前は今日の戦いで、自分が怪我しそうになっている我を見て、どこへ飛び出した?」


「……フォローしようと思って」


「剣も持たずにか」アルテミシアの声が、低く、しかし確かに温かかった。「馬鹿なやつだ。だが——そういうやつだから、私は主として認めることにした」


 その帰り道、颯はギルドで「ランクE昇格」を告げられた。最弱からの、最初の一歩だった。


 夜、三人と鍋を囲みながら、フローレンスが言った。


「颯さん、次は何人召喚できるんでしょうね」


「さあ……でも、もっと強くなって、みんなが安心して戦える環境を作りたいです」


 武則天が静かに、しかし確かに、湯飲みを颯の方へ差し出した。


「……注いでやる。感謝しろ」


「ありがとうございます、武則天さん」


「……女帝と呼べ」


 でも、その口元は確かに緩んでいた。


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【第6話】四人目:炎の聖少女、颯を「騎士」と呼ぶ


 ランクDに上がった颯は、ある廃墟の調査依頼を受けた。その廃墟の中で、思いがけず召喚の波動を感じた。


 光の中から現れたのは、小柄で活発そうな、燃えるような金髪のボブカットの少女だった。二十歳、颯と同じ年。灰色の瞳は真剣で、鉄製の鎧と旗を手に持っている。


「ここは……フランスではないのか」


 きょろきょろと辺りを見渡し、颯を見つけると、迷いなく真っ直ぐに歩み寄ってきた。


「お前が私を呼んだのか。私はジャンヌ、神の声を聞いた者。国を救うために戦った」


「ジャンヌ……ダルク?」颯は声が震えた。


「そうだ。神の意志でここにいるならば、私は戦う。——お前は私の騎士か?」


「騎士というか、召喚師です。颯といいます。天城颯」


 ジャンヌはしばらく颯を見つめ、それからにっこり笑った。


「颯、か。よい名だ。——では颯、私の騎士になってくれるか」


「な、なるかどうかはまだ——」


「お前の目が気に入った。弱いが、正直そうな目だ。神はそういう者を選ぶ」


 こうして颯のハーレムに、最も真っ直ぐな英雄が加わった。


 ジャンヌは現代に適応するのが驚くほど早かった。電気も車も「神の奇跡の形が変わっただけ」と受け入れ、スーパーで売られている食材を「こんなに多様な恵みが!」と喜んで選んだ。しかし唯一、現代の服には慣れなかった。


「颯、この下着というものはなぜこんなに……」


「言わなくていいです!!」


 着替えを手伝おうとして部屋に入った颯が、ちょうどジャンヌが洗濯物の確認のため広げていたフローレンスの白いランジェリーを顔にかぶってしまうという事故が発生。颯は「神よ」と呟くジャンヌに正拳を食らった。


 しかしその夜。


「颯」


 夜更けにジャンヌが静かに声をかけてきた。


「……私は、炎で死んだ。それが怖かった、という感情が、今でも残っている」


 颯は何も言わず、隣に座った。


「でも、ここに来て——誰かのために戦えるなら、それでいいと思っている」


「俺も、みんなのために強くなります。約束する」


 ジャンヌは少し笑った。「騎士らしい言葉だ」


 二人の間の沈黙は、穏やかだった。


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【第7話】五人目:妖艶なエジプト女王、颯を翻弄する


 ランクC目前、颯のパーティーはすでに冒険者ギルドで「なんか知らないが強い召喚師とその仲間たち」として知られ始めていた。


 その日の召喚は街の広場で起きた。誰もいない早朝だったのが不幸中の幸いで、颯は突然の光の柱を一人で受け止めた。


 光が収まると、そこに立っていたのは——颯が思わず息をのむほどの、絶世の美女だった。


 二十二歳ほど。オニキスのような黒い髪が豊かに流れ、黄金のアクセサリーが日の光を反射する。アイラインで縁取られた黒い瞳が、値踏みするようにゆっくりと颯を上から下まで見た。薄い絹の布を体に巻いたような装束——古代エジプトの様式だ。


「……面白い。私を呼んだのは貴方?」


 しっとりとした声。颯は一瞬、思考が止まった。


「クレオパトラ……七世、でしょうか」


「正解。賢いのね」


 クレオパトラは口元に微笑を浮かべたまま、一歩颯に近づいた。颯は一歩引いた。


「逃げなくていいのに。私、取って食べたりしないわ」


「い、いや、そういう問題では……」


 クレオパトラはくすくすと笑った。「可愛い反応。颯、あなたのこと、少し好きになりそう」


 その日の夕方、アパートに戻ってクレオパトラを紹介すると、アルテミシアが「……こいつは危険だ」と低く言い、フローレンスが「まあ素敵な方ですね」とほわほわし、武則天が「私より目立つ女は好かない」と睨み、ジャンヌが「神に誠実であれば問題ない」と言った。クレオパトラは全員に向かってにっこり笑った。


 夜、颯が洗い物をしていると、クレオパトラが背後からそっと抱きついた。颯は食器を落としそうになった。


「な、何!?」


「ちょっと確かめたかっただけよ。颯、あなたって思ったより細いのね。もう少し食べた方がいいわ」


「抱きついて確かめることじゃないです!!」


 颯は真っ赤になってクレオパトラを引き剥がした。クレオパトラは悪びれもせず「あら、残念」と言って颯の横に立ち、普通に皿を拭き始めた。


「……なんで手伝ってるんですか」


「嫌い?」


「嫌いではないです」


「なら良かった」


 微笑みの裏に、どこか孤独な影があった。颯はそれに気づきかけていた。


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【第8話】クレオパトラの涙(感動エピソード)


 深夜。颯は物音で目が覚めた。


 リビングに出ると、クレオパトラが一人、窓の外を見ていた。電気もつけず、月明かりの中に立っている。颯の気配に気づいたクレオパトラは振り返ったが、その瞳が少し赤かった。


「……泣いてたんですか」


「まさか」と彼女は言った。しかし声が、いつもより低かった。


 颯は黙って隣に立った。


 しばらくして、クレオパトラがぽつりと言った。


「私は三十九歳で死んだわ。国が終わるのを見届けて、自ら——」


 颯は何も言わなかった。


「若い頃は、賢くあれば何でもできると思っていた。国を守れると。でも結果は……」


「クレオパトラさん」


「何?」


「あなたがエジプトを守ろうとしたこと、俺は歴史の本で読みました。かっこよかった。あなたは本当に国を愛してたんだと思った」


 クレオパトラはしばらく黙っていた。


「……歴史の本に、そう書いてあった?」


「はい。愛国の女王、って」


 沈黙。そして——クレオパトラが小さく、くすりと笑った。今までの妖艶な笑いではなく、子どもみたいな、純粋な笑いだった。


「ありがとう。颯」


「どういたしまして」


「あなた、本当に——変わった人ね。口説いてもいない男に泣かされるなんて、初めてよ」


「口説く予定があったんですか」


「秘密」


 二人は月を見た。クレオパトラの横顔が、いつもより静かだった。颯は何となく、この人を守りたいと思った。理由は分からなかったけれど。


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【第9話】六人目:紫式部、恋愛を「観察」しようとする


 ランクCに上がった記念の依頼帰り、颯は六人目の英雄を召喚した。


 光から現れたのは、控えめで柔らかな雰囲気の女性だった。二十一歳ほど、紫がかった黒髪が長く流れ、穏やかな茶色の瞳が興味深そうに辺りを見回している。薄紫の平安装束——十二単の、少し動きやすい略装だ。


「……ここは、どちらでしょう」


 静かな声。颯が「召喚師の颯です、よろしくお願いします」と名乗ると、彼女は澄んだ表情でお辞儀をした。


「紫式部と申します。物語を書く者です。——召喚師様、よろしければ、このお方の周囲の方々の様子を、少し観察させていただけますか?」


「観察……?」


「物語の材料に。特に——恋愛模様を」


 帰ってアパートで紹介すると、紫式部は全員を静かに観察し始めた。五人の英雄を交互に見て、颯を見て、何かをつぶやきながら文を書き始めた。


「ちょっと、何書いてるんですか」


「颯様とアルテミシア様は、互いを認め合う武士道的な情——」


「書かないでください!!」


 アルテミシアが無言でそっぽを向く。顔色は変わっていない(はずだが耳が少し赤い)。


 翌日の依頼中、紫式部は後衛でひたすらメモを取っていた。颯が攻撃を避けてジャンヌをかばった瞬間、「っ……これは……!」と感極まって涙ぐんだ。


「大丈夫ですか!?」


「大丈夫です。ただ、このシーン——主人公が身を挺して守る場面、源氏物語にも书きたかった……」


「それ戦闘中に言いますか!?」


 一方でアパートに戻ってから、颯が台所で夕食を作っていると、紫式部がそっと隣に立った。


「颯様」


「はい?」


「少し、料理を教えていただけますか。現代の食は、物語の素材として興味深いので」


「もちろんです」


 二人で並んで味噌汁を作っていると、紫式部がぽつりと言った。


「颯様は——みなさんのことを、大切に思っておいでですよね」


「それは……まあ、そうですね」


「では、それを言葉にする機会を、ぜひ作ってください。言葉は、気持ちを伝える最初の魔法ですから」


 颯は、紫式部の横顔をしばらく見ていた。


「……紫式部さん、賢いですね」


 紫式部は小さく、でも確かに嬉しそうに微笑んだ。「それは言いすぎです」と言いながら、頬がほんのり染まっていた。


 そしてその夜、颯のメモ帳にこっそり「主人公の恋の行方——序章」と題した文章が書き込まれていた。


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【第10話】六人の英雄と初めての合同訓練、大混乱


「全員で合同訓練をします!」


 颯が宣言すると、六人の英雄が一斉に颯を見た。反応は様々だった。アルテミシアは「当然だ」とうなずき、フローレンスは「頑張りましょう!」と笑い、武則天は「私の指示に従え」と言い、ジャンヌは「神のご加護を」と十字を切り、クレオパトラは「面白そうね」と微笑み、紫式部は「観察の機会ですね」と筆を取り出した。


「紫式部さん、訓練ですよ!」


「資料収集も訓練のうちです」


「ならないです!!」


 河原の広場で行われた合同訓練は、開始五分で混乱を極めた。アルテミシアと武則天が「指揮権はどちらか」で静かに睨み合い、ジャンヌが「神のお導きで!」と突撃して一人で的を全部倒し、クレオパトラが「訓練より実戦向けの体術を試させて」と颯を相手に組み技を仕掛けてきた。


「クレオパトラさん!? なんで俺が相手なんですか!?」


「一番安全そうだから」


「俺のこと人体実験台みたいに言わないでください!!」


 フローレンスは颯が転倒するたびに駆け寄って「怪我はありませんか」と確認した。颯が「大丈夫です」と言うたびに「では次の訓練へ」とにこにこしながら送り出した。颯はフローレンスが一番怖くなってきた。


 昼休憩で全員で草の上に座り、颯が買ってきたおにぎりを配った。六人がそれぞれ食べながら話す光景は、戦闘訓練の修羅場と大違いで、妙に穏やかだった。


「颯様が指揮するとき、少しだけ声が大きくなりますよね」と紫式部が言った。


「それは——みんなに聞こえるようにしてるので」


「凛々しかったです」


 アルテミシアが「ふん」とそっぽを向いた。武則天が「まあまあだった」と認めた。ジャンヌが「颯は確かに騎士らしくなってきた」と言い、クレオパトラが「成長したわね」と目を細め、フローレンスが「素敵でしたよ」と笑った。


 六方向から褒められた颯は、照れくさそうに頭をかいた。


「……みんな、ありがとう」


 草の上、青空の下、六人の英雄と一人の召喚師が並んでいた。


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【第11話】颯の過去と「最弱」の意味(感動エピソード)


 ある夜、颯は一人で屋上にいた。


 アルテミシアが気配を感じて後をつけてきた。颯は気づいていたが、何も言わずに夜空を見ていた。


「颯」アルテミシアが隣に立った。「何を考えている」


「昔のことです」


「……話せるか」


 颯は少し間を置いてから、話し始めた。


 魔法学院に入ったのは十歳の時。魔力の素質があるとされて入学したが、同期が次々と魔法に目覚める中、颯だけが何も使えなかった。先生には「もう少し」と言われ続け、親には「頑張れ」と言われ続け、友人には「大丈夫」と言われ続けた。それでも何も起きなかった。


「十八の時に、先生に言われたんです。『君には才能がない。別の道を考えたほうがいい』って」


「……」


「でも俺、魔法使いになりたかったんです。理由は単純で——子どもの頃、病気の母親を魔法で助けてもらったことがあって。その魔法使いがかっこよくて、俺もそうなりたいって」


 アルテミシアは何も言わなかった。


「母は今は元気です。でも——俺がなりたかったのは、誰かを助けられる人間で。だから魔法が使えない俺は、最弱なんじゃなくて、そもそも存在を否定されてた気がして……」


「颯」


 アルテミシアの声は、いつになく静かだった。


「お前の魔法で、六人の英雄が今ここにいる。私たちが生きた時代では、誰も手を差し伸べてくれなかった者もいた。お前は——確かに誰かを助けている」


 颯はアルテミシアを見た。


「……そう、ですかね」


「我が言うのだから間違いない」


 アルテミシアは少し間を置いてから付け加えた。


「……あの料理も、悪くない。いつも作ってくれることも、感謝している」


「それは照れながら言うことじゃ——」


「うるさい」


 しかし颯は笑っていた。アルテミシアの横顔も、夜空の下でわずかに和らいでいた。


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【第12話】前半クライマックス:ランクB試験と六人の本気


 冒険者ランクB昇格試験——それは一つの大型魔獣を単独パーティーで討伐するという、過去に死者も出た難関試験だった。


 颯はためらいなく申し込んだ。


 試験当日、六人の英雄全員を連れた颯のパーティーは、試験会場の冒険者たちの視線を集めた。「あの召喚師のパーティーか」「全員女性だな」「大丈夫なのか」——そんな声が聞こえたが、颯は気にしなかった。


 魔獣は鎧竜アーマードドレイク。全身が鉄のような鱗に覆われた、ランクA級相当の巨体。


 戦闘開始。


 アルテミシアが最初に動いた。颯の「作戦通りに」という指示に、六人は完璧に連携した。武則天の令牌が鱗の隙間を狙って道を作り、ジャンヌが旗を振るって士気を上げ、クレオパトラが香油を使った閃光で目を眩ませ、フローレンスが味方の消耗を後方から的確に回復し、紫式部が観察眼で「次の行動」を予測して颯に伝える。


 そして颯は——初めて、前衛に出た。


 武器は持っていない。しかし魔力で令牌の一枚を手元に引き寄せ、鎧竜の急所に渾身の力で叩き込んだ。


 ばきり、と音がした。そして鎧竜が倒れた。


 試験会場が静まり返った。


 颯は息を切らして立っていた。六人が駆け寄ってきた。フローレンスが颯の手の傷を包み、ジャンヌが「やったぞ!」と飛び跳ね、武則天が「……まあ、ぎりぎり及第点だ」と言い、アルテミシアが颯の肩に手を置いた。クレオパトラが颯の頬に手を当て「顔色が悪いわよ」と言い、紫式部が目に涙を浮かべながらメモを取っていた。


「颯様……これはぜひ物語に——」


「今は休みましょう、紫式部さん」


 ギルドマスターが歩み寄ってきて、颯に手を差し出した。


「おめでとう。ランクB昇格だ。……正直、驚いた。召喚師がここまでのチームを作り上げるとは」


「チームのみんなのおかげです」


 六人が一斉に颯を見た。


 それぞれの顔に、確かな誇りと——颯には気づいていない、もう少し別の感情が浮かんでいた。


 天城颯。最弱と呼ばれた召喚師は、今、ランクB冒険者になった。そしてまだ、召喚できる英雄は六人残っている。


 前半、ここに幕。

召喚英雄譚〜最弱魔法使いが歴史の美姫たちと最強になる話〜

第13話〜第24話(後半・最終回)

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【第13話】七人目:銀髪の哲学者、颯の頭脳を鍛えにかかる


 ランクBになって最初の朝、颯は図書館で勉強していた。召喚師として英雄をより上手く活かすには、歴史知識と戦略思考が必要だと実感したからだ。


 そこで召喚の波動を感じた。


 光の柱が図書館の奥に立ち上がり、颯は慌てて駆け寄った。現れたのは、銀色の髪が波打つような美しい女性だった。二十一歳ほど、澄み渡った灰色の瞳が周囲を観察する。古代ギリシア様式の白い衣。


「……ここは文字の館か。これは——素晴らしい」


 彼女は周囲の書架を見渡し、感動したように手を当てた。


「召喚してしまいました、すみません。颯といいます」


「ヒュパティア。アレクサンドリアで天文学と数学を教えていた者だ。——颯、お前は何を学んでいる?」


「えと、戦略論と……歴史です」


「ならば私が教えよう。今すぐ座れ。授業を始める」


 こうして颯は突然、アレクサンドリア最高の知性に個別指導されることになった。


 ヒュパティアの教え方は容赦がなかった。「何故そう考える」「根拠は」「別の解釈は」と問いかけ続け、颯が「うーん」と詰まるたびに「思考を止めるな、動かし続けろ」と言った。


 三時間後、颯の頭は煙が出そうだった。


 帰宅の道、颯の荷物が重かったのでヒュパティアが横に並んで本を持ってくれた。そのとき、颯がよろめいてヒュパティアの肩にもたれかかった。


「——っ」ヒュパティアが一瞬固まった。


「す、すみません!」颯は即座に謝った。


「……今、思考が乱れた」ヒュパティアは静かに言った。


「え?」


「珍しい経験だ。接触で思考が乱れるのは、論理では説明しにくい」


 彼女は少し考えてから続けた。


「——研究する必要があるな」


「研究しなくていいです!!」


 アパートに着いてヒュパティアを紹介すると、紫式部が「知性派ヒロインの登場……!」と目を輝かせてメモを取り始めた。ヒュパティアは紫式部を見て「この者も書く人間か」と言い、二人はその後深夜まで書物について語り合った。颯は翌朝、二人が並んで眠っているのを発見した。


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【第14話】八人目:大地の戦士、颯を「弟」と呼ぶ


 山岳ダンジョンの依頼中、颯は八人目の英雄を召喚した。


 岩肌の洞窟に光が満ち、現れたのは颯より少し低い身長の、しかし全身にみなぎる力強さが伝わってくる少女だった。二十歳。日に焼けた肌、漆黒の長い髪に鷹の羽飾り。革と骨と草で作られた戦士の装束。大地を踏みしめるような立ち姿。


 ネイティブ・アメリカン、どこかの部族の伝説の戦士——颯の知識が告げる。


「あなたが呼んだか」


 澄んだ声で、少女はそう言った。英語でも日本語でもなく、颯には分からない言葉だったが——召喚魔法には翻訳の力もある。


「天城颯です。召喚してすみません」


「謝るな。呼ばれたから来た。——私はトマリ。大地と鷹の申し子だ」


 トマリはまっすぐな目で颯を見て、颯の周りをゆっくり一周した。


「……お前は戦士ではないな」


「そうですね、召喚師です」


「体が足りない。鍛えたことがないな」


「まあ……」


「ならば私が鍛える。弟よ」


「弟!?」


「私の部族では、守るべき者を弟と呼ぶ。文句があるか」


「ないですけど……」


 こうしてトマリが加わった。


 トマリの体術訓練は容赦がなかった。早朝五時起きで走り込み、体幹トレーニング、狩りの技術(森の中でウサギを素手で——は現代では無理なので、代わりにゴーレムを倒す)。颯はダンジョン一日後の方がまだ楽だと思った。


 しかし、トマリはアパートでの颯の様子をよく見ていた。六人が楽しそうに話しているのを見て、颯が笑っているのを見て、トマリはある夜、静かに颯の隣に座った。


「弟よ。お前はここが好きか」


「……はい。みんながいるから」


「良かった」


 短いが、確かな温もりのある言葉だった。トマリはそれきり何も言わず、月を見た。颯も隣で月を見た。二人の間には、言葉よりも大切な何かが流れていた。


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【第15話】九人目:ロシア女帝、強引に颯をダンスに誘う


 颯が依頼で訪れた貴族の館で、突然召喚が起きた。


 光の柱から現れたのは、颯より少し背が高い、燃えるような赤みを帯びた金髪の女性だった。二十二歳。大胆なドレコルテのドレスを着こなし、自信に満ちたエメラルドグリーンの瞳が颯を見た。


「ロシアよりまいりました。エカテリーナ二世」


 声は明るく、どこか楽しそうだ。


「颯といいます。召喚師です。突然すみません」


「謝らないで。私、退屈していたの。あなたが来てくれて嬉しいわ」


 エカテリーナは社交的で快活で、あっという間に全員と打ち解けた。アルテミシアとは「統治の哲学」で意気投合し、武則天とは「女性が権力を握ることの意味」について熱く語り合い、クレオパトラとは「恋愛で歴史を動かした女王同士」として謎の連帯感を持ち、フローレンスとは帝国の医療改革話に花を咲かせた。


 しかし夜——


 エカテリーナが颯のそでを引いた。


「颯、踊れる?」


「ダンスは……習ったことないです」


「じゃあ教えてあげる。今すぐ」


「え、今ですか」


 有無を言わさず右手を取られ、左腰に手を添えられた。颯は顔が赤くなった。


「三拍子よ、1、2、3——」


 エカテリーナはリードが上手く、颯はなんとかついていった。途中、颯が踏み外してエカテリーナの胸に顔をうずめる形になった。


「あら、積極的ね」


「ちがっ——足が!!」


「足のせいにするの? 素直じゃないわ」


 エカテリーナはからからと笑った。颯の耳は茹でダコだった。


 翌朝、エカテリーナは颯に「踊りは外交と同じよ。相手の動きを読んで、自分も動く」と言った。「……それって戦略論ですか」と颯が言うと、エカテリーナは「政治も恋愛も戦争も、本質は同じよ」と微笑んだ。颯はしばらくその言葉を考え続けた。


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【第16話】十人目:歌声の修道女、颯の心を癒す(感動エピソード)


 疲れが溜まってきた颯が、珍しく一人で夜の教会広場に座っていると、召喚が起きた。


 今度現れたのは、亜麻色の髪をきれいに結い上げた、穏やかな目の女性だった。二十一歳。白と黒の修道服を着ており、手には小さなリュートを持っている。


「神の御許から参りました。ヒルデガルド・フォン・ビンゲンと申します」


 颯が名乗ると、ヒルデガルドは颯の顔をじっと見た。


「颯さん……少し疲れていますね」


「分かりますか」


「目に出ています」


 ヒルデガルドは颯の隣に静かに座り、リュートを弾き始めた。中世の旋律——しかしそれは颯が今まで聞いたどんな音楽とも違う、不思議な心地よさを持っていた。音の中に色があるようだった。


 颯はいつの間にか涙が出ていた。


「……なんで泣いてるんだろ」


「音楽は本当のことを引き出しますから」ヒルデガルドは優しく言った。「颯さん、無理をしていましたね。みんなのために頑張りすぎて、自分が疲れていることに気づかないふりをしていた」


「……バレてましたか」


「誰でも分かります。でも颯さんは言わないでしょう? みんなを心配させたくないから」


 颯は答えなかった。


「颯さん」ヒルデガルドは続けた。「弱いことを見せるのも、仲間への信頼です。颯さんが弱さを見せてくれると、私たちはもっとあなたの傍にいたいと思いますよ」


「……ヒルデガルドさん」


「はい」


「ありがとう」


 ヒルデガルドは微笑んで、もう一曲弾いた。今度は、明るい旋律だった。


 翌朝、颯が「昨夜ちょっと疲れてた」と素直に打ち明けると、アルテミシアが無言で肩を叩き、フローレンスが「今日は依頼なしにしましょう」と言い、武則天が「言えばよいのだ最初から」とぼそりと言い、ジャンヌが「今日は休養日だ!」と宣言し、クレオパトラが颯のそばに座り、紫式部がお茶を入れ、ヒュパティアが本を持ってきて「静かに読む日にしよう」と言い、トマリが颯の肩をもんだ。


 九人に囲まれた颯は、初めて「守られている」という気持ちがした。


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【第17話】十一人目:無口な女武者、剣だけで語る


 ランクA昇格試験の前哨戦として、颯は一人で山中の社に向かった。そこで強大な魔物の気配を感じると同時に、召喚の波動が来た。


 光から現れたのは、颯が今まで召喚した英雄の中で最も戦士らしい、圧倒的な気を放つ女性だった。二十二歳、鍛え上げられた体に黒い鎧武者の装束、腰には大刀と薙刀。漆黒の長髪が風に揺れる。


 彼女は現れた瞬間から無言で、颯ではなく森の奥を見ていた。


「あの……天城颯です。召喚してしまいました」


 女性は颯をちらりと見た。


「巴」


 それだけだった。


「巴……御前、ですか。木曽義仲の——」


「話が長い」


 その瞬間、森から魔物が出た。巴御前はすでに動いていた。薙刀が一閃、二閃、三閃——あっという間に魔物が倒れた。颯は呆然と立っていた。


「追って来い」


 短く言って、巴は山道を先に歩いた。颯はあわてて後を追った。


 アパートに戻ってからも巴は必要最小限のことしか言わない。しかし颯の行動を細かく観察していて、颯が荷物を持とうとすれば先に持ち、颯が疲れた様子を見せれば無言で水を渡し、颯が方向を迷えば先に歩き出した。


 ある夜、颯が一人で剣の素振りをしていると、巴が隣に立った。无言で颯の構えを直した。手を取って角度を変え、足の位置を直す。すべて無言。


「……ありがとうございます」


 巴は小さくうなずいた。


 そのとき颯が素振りをしすぎてよろめき、巴の腕を掴んでしまった。と同時に、巴の手が颯の腕を支えた。二人の顔が間近になった。


 巴は一瞬固まり、それから静かに体を離した。暗くて分からないが、耳が少し赤かった気がした。


「……もう一度」


「え?」


「構えを教える。もう一度だ」


 その夜、颯は二時間、巴に剣を習った。一言も無駄がなかったが、一言一言に確かな温かさがあった。


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【第18話】英雄殺しの影(シリアス回)


 異変が始まったのは、その日の夜明けだった。


 ギルドから緊急連絡が来た。「召喚魔法を狙う組織が動いている」。颯が召喚師として注目されていることは分かっていたが、まさかこれほど早く動くとは——


 組織の名は「英雄殺し(ヒーローバスター)」。召喚された英雄は現世で力を持ちすぎると世界のバランスを崩す、と主張し、歴史上の英雄を「消す」ことを目的とした黒魔法師集団だ。


 颯のアパートに、三人の刺客が現れた。


 颯が最初に反応した。仲間を守るために、颯は体を張って三人の前に立ちはだかった。


「颯!」フローレンスが叫んだ。


 しかし颯の体に刺客の魔法が当たる前に——


 アルテミシアが剣で弾き、巴が薙刀で制し、トマリが矢を放ち、三人の刺客は一瞬で無力化された。


 戦闘が終わり、颯が息を整えていると、アルテミシアが颯の前に立ちふさがった。


「颯」


「はい」


「お前が前に出ることを、私は命じていない」


 颯は真剣な顔で答えた。


「でも、みんなを——」


「それは我らの仕事だ」アルテミシアの声が低くなった。「お前が傷ついて、我らがどう思うか、考えたことがあるか」


 颯は何も言えなかった。


 そのとき、ジャンヌが静かに颯の隣に立った。


「颯。あなたが守ろうとする気持ちは、私たちには伝わっている。でも——あなたが傷つくことは、私たちにとって一番辛いことだよ」


 フローレンスが、颯の袖を小さく引いた。


「颯さん、怪我は?」


「ないです」


「ならよかった——ほんとうに、よかった」


 フローレンスの声が、微かに震えていた。颯はその瞬間、自分が守りたいものが何かを、もう一度はっきりと理解した。


「……ごめん。心配かけた」


 十人が颯を囲んでいた。全員の目が、怒りや安堵や心配やその他の感情で満ちていた。颯はそのすべてを受け止めて、まっすぐに言った。


「俺、ちゃんと強くなる。一人で前に出なくていいくらい、強くなる」


 巴が、短く言った。「分かった」


 それで十分だった。


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【第19話】ランクA試験前夜、それぞれの告白


 ランクA昇格試験前夜。颯は一人で部屋の窓際に座って翌日の作戦を考えていた。


 最初に来たのはアルテミシアだった。


「眠れないか」


「はい、少し」


 アルテミシアは颯の隣に座り、しばらく黙ってから言った。


「颯。私はお前が最初に召喚した英雄だ」


「そうですね」


「……だから一番長く見ている。お前が成長するのを」


 颯は黙って聞いた。


「お前は馬鹿だが、まっすぐだ。弱いが、諦めない。嘘をつかない。——私はそういう者が好きだ」


 アルテミシアは窓の外を見た。


「好きだということを、言葉にしておきたかった。それだけだ」


「……ありがとうございます、アルテミシアさん」


「礼はいい」


 次にフローレンスが「温かいお茶を」と持ってきた。そのまましばらく话して、帰り際に「颯さん、私がいる限り、絶対に死なせません」と言った。その目が真剣で、颯は胸が苦しくなった。


 武則天は「明日の勝利は私が保証する」と言いに来た。颯が「ありがとうございます」と言うと、「感謝など不要——ただ、お前が勝つところを見たいのだ」と小声で言って去った。


 ジャンヌは「神に祈った」と言い、クレオパトラは「私を召喚したこと、後悔させないわ」と微笑み、紫式部は颯に一枚の紙を渡した。「颯様の物語の、まだ書いていない続きを楽しみにしています」と書いてあった。


 ヒュパティアは「論理的に考えれば勝率は高い」と言い、トマリは颯の肩に手を置いて「大地があなたを見ている」と言い、エカテリーナは颯の手を握って「踊るように、流れに乗って戦いなさい」と言い、ヒルデガルドは一曲だけ短い旋律を歌った。巴は最後に来て、颯の目を真剣に見て、うなずいた。


 十人が去ったあと、颯は部屋で一人、胸の温かさを感じていた。


——まだ、十二人目がいる。


 颯は眠れなかったが、怖くはなかった。


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【第20話】十二人目:最後の英雄、翼の女神


 ランクA試験当日——試験会場の古代遺跡で、颯は十二人目の英雄を召喚した。


 これまでとは違った。光が強すぎて目を開けていられないほどだった。光が収まったとき、颯の前に立っていたのは——


 純白の翼を持つ少女だった。


 二十歳ほど、銀白色の髪が風もないのに揺れ、金色の瞳が颯を見る。肩から生えた翼は折りたたまれているが、それでも両腕を広げたくらいの大きさがある。纏っているのは光そのものを布にしたような衣。


「……見つけた」


 少女の声は、鈴が鳴るように澄んでいた。


「颯、と言う者が私の主か」


「そうです。天城颯です。あなたは——」


「ニケ」少女は言った。「勝利の女神——とも言われるが、私はただ、この世界の英雄たちに翼を与えるために存在する者だ」


 颯はしばらく言葉が出なかった。


「なぜ、俺の元に……」


「お前が十一人の英雄を召喚した時点で、私は動いた」ニケは静かに言った。「ヒストリカル・サモンを完成させるには十二人が必要だ。十二番目は召喚されるのではなく——選ばれる英雄が自ら来る」


「選ばれる……?」


「颯。お前は弱かった。今も最強ではない。しかし——」


 ニケは颯の前に立ち、その額に軽く手を当てた。


「お前は十一人の英雄に、生きる理由を与えた。歴史の中で孤独だった者に、仲間を。悲しみを持つ者に、笑いを。——それが最強の召喚師の証だ」


 颯の目に涙が溢れた。


「……ありがとう」


「礼は要らない。私はここにいる。最後まで」


 十二人が颯の周りに集まった。颯は全員の顔を見た。アルテミシア、フローレンス、武則天、ジャンヌ、クレオパトラ、紫式部、ヒュパティア、トマリ、エカテリーナ、ヒルデガルド、巴、ニケ。


「——行こう」


 颯の声は、震えていなかった。


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【第21話】ランクA試験・前半:英雄たちの共鳴


 ランクA試験の相手は、遺跡の最深部に眠る「古代守護神」——かつて神話時代に人間を守るために作られ、長い年月を経て暴走した魔法生命体だった。ランクS相当の強さを持ち、これまでのランクA試験では誰も討伐に成功したことがない。


 颯のパーティーは全員揃っての十三人、これまで最大規模だ。


 戦闘開始。


 古代守護神の攻撃は広範囲で強力だった。ふつうのパーティーなら一撃で全滅するレベルの光球が降り注ぐ。しかし——


 アルテミシアが指揮を執り、巴とトマリが前衛として突撃、武則天の令牌が空間を切り裂いて攻撃の軌跡を変え、ジャンヌが聖旗を高く掲げて全員の守りを底上げ、クレオパトラの香油が守護神の感覚を乱し、ヒュパティアが弱点を割り出し、エカテリーナが外交的(?)に守護神の注意を引きつけ、ヒルデガルドが仲間の傷を旋律で癒し、紫式部が戦況を記録しながら颯に「次の行動」を伝え、フローレンスが後方から全員の状態を管理する。


 そして颯は——中央に立ち、全員の魔力を繋ぐ「召喚の核」として機能していた。


 ヒストリカル・サモンの本当の力——それは個々の英雄の力ではなく、十二人の英雄が一つの「意志」で共鳴したとき、召喚師を中心に生まれる「英雄の共鳴場レゾナンス・フィールド」だった。


 颯の体が光り始めた。


「……みんな、もう一押しだ!」


 十二人が一斉にうなずいた。颯の声に、力があった。


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【第22話】ランクA試験・後半:最弱から最強へ


 英雄の共鳴場レゾナンス・フィールドが全開になった瞬間、古代守護神が放った光球は、十二人全員の力が合わさった盾に阻まれた。


 颯は守護神を真っ直ぐに見た。


 これまでの人生が頭をよぎった。魔法学院での十年間、何も使えなかった日々、「才能がない」と言われた瞬間、二十歳の誕生日に廃神殿で一人だった夜——


 そしてその後に続く、十二人との日々。


 颯は両手を上げ、ヒストリカル・サモンの最大呪文を解放した。


「——全英雄、共鳴解放レゾナンス・リリース!」


 十二の光柱が颯を中心に立ち上がり、それぞれの英雄の「力の本質」が凝縮された一撃が生まれた。アルテミシアの制海の知、フローレンスの癒しの温もり、武則天の統治の意志、ジャンヌの信仰の炎、クレオパトラの智謀の輝き、紫式部の言葉の力、ヒュパティアの理の光、トマリの大地の息吹、エカテリーナの情熱の熱、ヒルデガルドの音の波、巴の剣の鋭さ、ニケの翼の風——


 守護神の核が砕けた。


 遺跡が静まり返った。


 颯は膝から崩れ落ちた。


「颯!」フローレンスが駆け寄り、颯を支えた。「怪我は——」


「ない、です……疲れただけ」


 アルテミシアが颯の肩に手を置いた。「よくやった」


 武則天が「まあ、及第点だ」と言い(これが彼女の最大級の褒め言葉だと颯は知っていた)、ジャンヌが「神のご加護があった!」と声を上げ、クレオパトラが颯の頬に手を当て「かっこよかったわ」と言い、紫式部がぽろぽろ泣きながらメモを取り、ヒュパティアが「理論値通りだ」と言い(目が少し潤んでいた)、トマリが颯の頭を軽くたたいて「弟、よくやった」と言い、エカテリーナが抱きついて「勝ったわ!」と叫び、ヒルデガルドが颯の手を握って微笑み、巴がうなずき、ニケが静かに翼を広げた。


 ランクA昇格、確定。


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【第23話】帰り道、それぞれの感情


 遺跡からの帰り道、十三人は夕暮れの中を歩いた。


 颯は先頭を歩きながら、何となく後ろが賑やかなのを感じていた。振り返ると、十二人がそれぞれ思い思いに歩いている。アルテミシアとヒュパティアが何か話し、フローレンスがヒルデガルドと笑い合い、武則天とエカテリーナが謎の交渉をしており(「私の方が有能だ」「私の方が実績がある」)、ジャンヌとトマリが黙って並んで歩き、クレオパトラが紫式部の書いたものを覗き込み、巴が一番後ろで全員を見守っている。ニケが颯の隣に近づいてきた。


「颯、満足しているか」


「はい。ものすごく」


「良い顔だ」


 颯は笑った。


 夕暮れの橋を渡るとき、颯が橋の欄干で立ち止まって夕日を見ていると、十二人が順番に隣に来た。全員が颯の隣で夕日を見た。橋は少し狭く、十三人が並ぶと自然と密着する形になった。


 颯はにぎやかな橋の上で、左右からふわふわとくっついてくる感触を感じながら——


「あの、みんな、少し詰めてもらって——」


「寒いのだ」(アルテミシア)

「体温が必要ですね」(フローレンス)

「当然の配置だ」(武則天)

「神が導いた隊形だ」(ジャンヌ)

「丁度いいポジションよ」(クレオパトラ)

「物語的にこの距離は必然です」(紫式部)

「論理的に最適な密度だ」(ヒュパティア)

「弟を守っている」(トマリ)

「これが戦術的正解よ」(エカテリーナ)

「音が響きやすい距離です」(ヒルデガルド)

「……風が強い」(巴)

「翼で日を遮っているだけだ」(ニケ)


 颯は真っ赤になりながらも、その温もりを振り払おうとは思わなかった。


 夕日が川面に映って、きらきらしていた。


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【第24話】第1期最終話:最強の意味と、次の旅立ち


 ランクA昇格の祝いは、アパートの部屋では収まりきらなかった。


 近所の広場を借りて、十三人でパーティーをした。フローレンスとヒルデガルドが料理を担当し、エカテリーナが乾杯の音頭を取り、ジャンヌが神に感謝の言葉を捧げ、武則天が「もっと豪勢にすべきだった」と言いながら一番多く食べ、アルテミシアが「騒がしい」と言いながら隅で一人ほくそ笑み、クレオパトラが颯を引きずってダンスを踊り、紫式部が全員の様子を書き留め、ヒュパティアが天体観測を始め、トマリが星の名を教え、巴が子どもたちの相手をし(なぜか広場の子どもたちが巴に懐いていた)、ニケが高い場所から颯たちを見守った。


 夜が更けて、子どもたちが帰り、广場に十三人だけが残った。


 颯は広場の真ん中に立って、十二人の顔を見回した。


「みんな……俺、二十歳まで魔法が使えなかった。これからも強い魔法使いにはなれないかもしれない」


 誰も何も言わなかった。颯は続けた。


「でも、みんながいれば——俺は最強だと、そう思えるようになった。ありがとう、本当に」


 沈黙。


 それから、アルテミシアが言った。


「颯。最強の定義は何だと思う」


「……一人で何でもできること、じゃないんですよね」


「そうだ。——最強とは、信頼できる者とともに、何も恐れずに進める者のことだ」


 ジャンヌが「まさにそうだ」とうなずき、フローレンスが「素敵な言葉ですね」と微笑み、武則天が「貴様、それを覚えておけ」と颯に言い、クレオパトラが「私が教えたかったけどね」と笑い、紫式部がその言葉を紙に書き留め、ヒュパティアが「数式で証明できる」と言い(意味は分からなかったが)、トマリが静かにうなずき、エカテリーナが「次の旅も楽しそうね」と目を輝かせ、ヒルデガルドが一曲歌い(今夜一番美しい歌声だった)、巴がぼそりと「颯、強くなった」と言い、ニケが翼を大きく広げた。


「——颯。次の試練が来るまで、ゆっくり休め」とニケが言った。「世界はまだ広い。お前が知らない英雄たちも、まだたくさんいる」


「……そうですね」颯は空を見上げた。「次はどんな出会いがあるか、楽しみです」


 星が満点だった。十三人の笑い声が広場に満ちた。


 天城颯、二十歳。最弱の召喚師は、十二人の歴史の英雄とともに、今日から本当の意味で最強への道を歩み始める。


 ——第1期、完。


【第2期予告】

 ランクAに昇格した颯のもとに、世界各地から「英雄殺し」の脅威が増大しているという情報が届く。そして颯は、召喚魔法の真の秘密——「なぜ自分だけが、幻の魔法を使えるのか」に迫ることになる。さらに、十二人の英雄の感情が複雑に交差し始め、颯は初めて「誰かを特別に好きになる」という感情と向き合う。愛と戦いの第2期、近日開幕!

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