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オリジナル短編小説集  作者: 桜餅 詩音


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8/30

【観客】

ほんの少しの時間を、この物語に預けてみてください。

あなたの心に何かが残れば嬉しいです。

 スマートフォンが鳴ったのは、昼休憩に入ろうとした時だった。

「はい、株式会社メモリーズ、遠藤です」

 遺品整理の仕事を始めて七年になる。最初はアルバイトだった。バンドを続けながら、食いつなぐための仕事。それがいつの間にか正社員になり、今では後輩に指示を出す立場になっていた。

「ご依頼の件、承知いたしました。ご住所をお願いできますか」

 電話の向こうで、女性が住所を読み上げる。親戚か、あるいは近所の人か。事務的な口調だった。

 メモを取る手が、途中で止まった。

「……すみません、もう一度お願いできますか」

 聞き間違いであってほしかった。女性がもう一度、同じ住所を告げる。間違いなかった。

 福島県いわき市。町名、番地。

 実家だ。

「故人のお名前は」

「遠藤和子さん、とお聞きしています」

 母の名前だった。

「……承知いたしました」

 電話を切ってから、しばらく動けなかった。

 母が死んだ。

 その事実が、うまく頭に入ってこない。

 葬儀の連絡は受けていた。三週間前だ。仕事が立て込んでいて行けない、と親戚に伝えた。本当は、行けなかったのではない。行かなかったのだ。

 十二年。

 最後に母と会ってから、それだけの時間が経っていた。

 遺品整理の仕事は、基本的にチームで行う。

 だが今回は一人で行くことにした。上司には「個人的な事情がある」とだけ伝えた。詳しく聞かれなかったのは、この業界ではよくあることだからだろう。遺品整理士の中には、家族の死をきっかけにこの仕事を始めた人間も少なくない。

 東京から車で三時間半。

 高速道路を降りてから、見覚えのある景色が増えていく。

 高校時代に自転車で通った道。友人とカラオケに行った商店街。駅前のコンビニは、昔はレコード屋だった。初めてギターの弦を買った店だ。今はもうない。

 実家の前で車を停めた。

 エンジンを切っても、すぐには降りられなかった。

 二階建ての古い一軒家。外壁のペンキは色褪せ、庭の植木は伸び放題になっている。母が一人で手入れをしていたはずだが、晩年は体力的に難しかったのだろう。

 玄関のドアに手をかける。

 鍵は親戚から預かっていた。葬儀の時に送られてきたものだ。

 ドアを開けた瞬間、匂いがした。

 古い木の匂い。畳の匂い。そして、かすかに残る線香の匂い。

 母の匂いだ、と思った。

 玄関で靴を脱ぐ。

 仕事用の作業着を着ているのに、なぜか「お邪魔します」と口に出していた。

 誰もいない家が、静かに僕を迎えた。

 遺品整理士として、これまで何百件もの現場を見てきた。

 孤独死。ゴミ屋敷。突然の事故。長い闘病の末の死。

 どんな現場でも、感情を切り離して作業することを心がけてきた。それがプロだと思っていた。

 故人の人生に感情移入していたら、この仕事は続けられない。

 遺品は「モノ」として扱う。写真も、手紙も、思い出の品も。遺族が必要とするものは残し、それ以外は適切に処分する。それだけのことだ。

 リビングに入る。

 六畳の和室に、古いソファとテーブル。テレビは小さなブラウン管のままだ。母はずっと「まだ映るから」と買い替えなかった。

 壁には写真が飾ってある。

 父と母の結婚式。父は僕が小学生の時に病気で亡くなった。

 僕の七五三。入学式。卒業式。

 そして、高校の文化祭でギターを弾いている僕の写真。

 母が撮ったものだ。

 ステージの上で、必死にコードを押さえている十七歳の自分。ピントが少しずれているのは、母がカメラに慣れていなかったからだろう。

 写真から目を逸らして、作業を始める。

 まずは全体の確認だ。

 どの部屋に何があるか。処分するものと残すものの分類。業者に依頼するものと、自分で片付けられるものの仕分け。

 リビング、キッチン、風呂場、トイレ。

 一階を一通り確認してから、二階に上がる。

 階段がきしむ。子供の頃と同じ音だ。

 二階には三つの部屋がある。

 僕の部屋だった場所。物置。そして、母の部屋。

 まず、自分の部屋のドアを開けた。

 中は、高校時代のまま時間が止まっていた。

 学習机。本棚。ベッドには埃よけのシーツがかけられている。

 壁には、バンドのポスターがまだ貼ってあった。ニルヴァーナ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ミスター・チルドレン。十代の自分の趣味が、そのまま残っている。

 母は何も変えなかったのだ。

 いつでも帰ってこられるように。

 そう思ったら、少し息が苦しくなった。

 部屋を出て、母の部屋のドアに手をかける。

 ここが本番だ。

 ドアを開けた。

 八畳の和室。

 窓際にベッド。タンス。鏡台。

 そして、部屋の隅に、アップライトピアノがあった。

 母のピアノ。

 埃をかぶっている。

 長い間、弾かれていなかったのだろう。

 母はピアノ奏者だった。

 結婚前はコンサートも開いていたと聞いた。父と出会ったのも、演奏会の打ち上げだったらしい。

 僕が生まれてからは、演奏活動はやめて、自宅でピアノを教えていた。近所の子供たちが習いに来ていた。

 幼い頃、僕は母の演奏を聴くのが好きだった。

 ショパン、ドビュッシー、リスト。曲名は覚えていない。ただ、母が鍵盤に指を置くと、部屋が別の場所になった。空気が変わった。音が、光のように満ちた。

 あんなふうになりたい、と思った。

 母みたいに、音楽で人を感動させたい。

 それが僕の夢の始まりだった。

 ピアノではなくギターを選んだのは、単純に「かっこいい」と思ったからだ。高校生の浅はかさだった。でも母は何も言わなかった。「好きなことをやりなさい」とだけ言った。

 ピアノの鍵盤に触れてみる。

 低いラの音を押す。

 音は出なかった。調律もされていないのだろう。

 鍵盤の上に、写真立てが置いてあった。

 僕の写真だ。

 成人式のものだった。スーツを着て、ぎこちなく笑っている。二十歳。まだバンドを組む前。まだ夢を見る前。

 タンスを開ける。

 衣類。着物。季節外れのセーター。

 引き出しを一つずつ確認していく。通帳、印鑑、保険証書。必要なものは分類しておく。

 手紙の束が出てきた。ゴムでまとめられている。

 宛名を見て、息が止まった。

 僕からの手紙だ。

 上京してから数年は、たまに手紙を書いていた。電話が苦手だったからだ。母の声を聞くと、なぜか素直になれなかった。

 手紙は全部取ってあった。

 日付順に、丁寧に並べられている。

 最後の手紙は、十年前のものだった。

 それ以降、僕は手紙を書かなくなった。連絡もほとんどしなくなった。

 バンドから外されたのが、ちょうどその頃だった。

 僕がバンドを始めたのは、大学を中退してからだった。

 音楽で食べていく。そう決めて上京した。

 アルバイトをしながらライブ活動を続け、何度もオーディションを受けた。落ちても落ちても、諦めなかった。

 二十七歳の時、ついにデビューが決まった。

 メジャーレーベルからの声がけだった。僕らのバンドを見込んでくれたプロデューサーがいた。夢が叶う、と思った。

 だが、デビューするのは僕以外のメンバーだけだった。

 ギターは別の人間を入れる、とプロデューサーは言った。技術的な問題だった。僕より上手いギタリストはいくらでもいた。

 メンバーは謝った。

 でも、彼らを責める気にはなれなかった。

 チャンスを掴めるなら、掴むべきだ。僕だって同じ立場なら、そうしただろう。

 バンドは僕抜きでデビューし、それなりに売れた。テレビで見かけることもあった。彼らの曲を聴くたびに、自分が弾くはずだったギターパートを頭の中でなぞった。

 僕は、別のバンドを組もうとした。

 でも、うまくいかなかった。

 何かが折れていた。

 遺品整理のバイトを続けながら、一人でギターを弾いていた。ライブハウスにも出た。客は数人だった。それでも弾き続けた。

 いつからだろう。

 ギターを手に取らなくなったのは。

 最初は一週間。次に一ヶ月。気づいたら、一年が経っていた。

 クローゼットの奥に押し込んだギターを、見ないふりをするようになった。

 母には、何も言わなかった。

 夢を諦めたとは言えなかった。

 だから、連絡をしなくなった。

 帰れなくなった。

 情けない自分を見せたくなかった。

 「お母さんみたいになりたい」と言った子供の頃の自分を、裏切りたくなかった。

 タンスの奥を探っていると、小さな木箱が出てきた。

 桐の箱。母の裁縫箱だと思った。

 開けると、中には写真が入っていた。

 僕の写真。

 それも、見覚えのないものばかりだった。

 ステージの上で、ギターを弾いている僕。

 客席の後ろから撮ったのだろう、小さく映っている。画質は悪い。使い捨てカメラで撮ったようだ。

 一枚、また一枚とめくっていく。

 日付がメモしてある。

 六月十四日、高円寺。八月二十二日、下北沢。十一月三日、渋谷。

 知っている日付だった。

 僕がライブをやっていた日だ。

 なぜ母がこの写真を持っているのか、最初は理解できなかった。

 誰かに頼んで撮ってもらったのか。

 箱の底に、別のものが入っていた。

 紙の束。半券だった。

 ライブハウスの半券。

 一枚ずつ確認する。

 高円寺のライブハウス。下北沢のライブバー。渋谷のスタジオ。新宿のハコ。

 全部、僕が出演した場所だった。

 日付も全て一致している。

 半券の数を数えた。

 三十七枚。

 三十七回。

 僕がライブをやった回数と、ほぼ同じだった。

 足が震えた。

 床に座り込んだ。

 母は、来ていた。

 僕のライブに、毎回来ていた。

 福島から東京まで、三時間半かけて。

 客席の後ろで、こっそりと。

 僕に気づかれないように。

 なぜだ。

 なぜ声をかけてくれなかったのか。

 いや、違う。

 僕が、会いに行かなかったからだ。

 僕が、連絡を絶ったからだ。

 僕が、逃げたからだ。

 母は、それでも見に来てくれた。

 夢を諦めかけている息子を、遠くから見守っていた。

 何も言わずに。

 ただ、そこにいてくれた。

 半券を握りしめたまま、動けなかった。

 どれくらい時間が経ったのか分からない。

 窓の外が暗くなり始めていた。

 作業を続けなければ。

 そう思って立ち上がったが、頭がうまく働かなかった。

 押し入れを開ける。

 布団。座布団。古い扇風機。

 奥に、段ボール箱があった。

 「ケンジ」と、母の字で書いてある。

 僕の名前だ。

 箱を引っ張り出して、開けた。

 中には、僕の子供時代のものが入っていた。

 幼稚園で描いた絵。小学校の工作。作文。通知表。

 賞状。読書感想文で何かの賞をもらったことがあった。内容は覚えていない。

 作文を一枚、手に取った。

 小学三年生の時のものだった。

 題名は「将来のゆめ」。

 自分の字を見て、少しだけ笑いそうになった。下手くそな字。でも、一生懸命書いたのが分かる。

 読み始めた。

 ぼくの将来のゆめは、お母さんみたいになることです。

 お母さんはピアノがとてもじょうずです。お母さんがピアノをひくと、へやがキラキラします。おとが光みたいにとんでいって、ぼくのむねの中にはいってきます。

 この間、お母さんがコンサートをしました。ぼくもお父さんといっしょにききにいきました。お母さんがぶたいに出てきたとき、みんながはくしゅしました。お母さんはすこしきんちょうしているみたいでした。

 でも、ひきはじめたらぜんぜんきんちょうしていませんでした。お母さんはピアノとおはなししているみたいでした。ぼくはすごいとおもいました。

 えんそうがおわったとき、みんなが立ってはくしゅしていました。スタンディングオベーションというそうです。お母さんはおじぎをして、すこし泣いていました。

 ぼくはお母さんみたいになりたいです。おんがくで人をかんどうさせる人になりたいです。ピアノじゃなくてもいいです。ギターでもいいし、たいこでもいいです。とにかく、お母さんみたいになりたいです。

 お母さん、ぼくもいつかぶたいに立つから、見にきてね。

 作文を持つ手が、震えていた。

 最後の一文を、何度も読み返した。

 お母さん、ぼくもいつかぶたいに立つから、見にきてね。

 母は、見に来てくれた。

 三十七回も。

 客席の後ろで。

 声もかけずに。

 僕が気づかないところで、ずっと。

 お母さんみたいになる、と書いた。

 音楽で人を感動させる人になる、と書いた。

 でも僕は、たった一人の観客すら、感動させられなかった。

 いちばん大切な人に、「ありがとう」の一言も言えなかった。

 涙が出た。

 止まらなかった。

 遺品整理士として、何百もの「死」を片づけてきた。

 泣いたことは一度もなかった。

 それがプロだと思っていた。

 でも今、僕は子供のように泣いていた。

 母の部屋で。

 母の匂いが残る部屋で。

 作文を胸に抱いて。

 声を上げて。

 全ての作業が終わったのは、三日後だった。

 必要な書類は分類した。形見として残すものは、親戚に連絡して引き取ってもらうことにした。家は不動産会社に相談して、売却する方向で進めることになった。

 最後に、もう一度母の部屋に入った。

 ピアノの前に座る。

 鍵盤に触れる。

 相変わらず音は出なかった。

 でも、母がここで弾いていた姿は思い出せた。

 背筋を伸ばして。指先に神経を集中させて。音楽と対話するように。

 あんなふうになりたい、と思った。

 九歳の僕は、確かにそう思った。

 鍵盤から手を離して、立ち上がる。

 玄関で靴を履いて、振り返る。

 「……ありがとう」

 誰もいない家に、そう言った。

 東京のアパートに戻ったのは、夜中だった。

 疲れているはずなのに、眠れなかった。

 リビングの電気をつけて、缶ビールを開ける。

 テーブルの上に、母の遺品を並べていた。

 ライブハウスの半券。三十七枚。

 僕を後ろから撮った写真。

 そして、あの作文。

 半券を一枚一枚、見返す。

 最後にライブをやったのは、六年前だった。

 その時も、母は来ていたのだ。

 客は七人しかいなかった。そのうちの一人が、母だった。

 なぜ気づかなかったのだろう。

 いや、気づけるはずがなかった。

 僕はステージの上で、自分のことしか見ていなかった。

 客席に誰がいるかなんて、ろくに見ていなかった。

 ビールを飲み干す。

 立ち上がって、クローゼットの前に行く。

 開ける。

 奥に、ギターケースがあった。

 六年間、開けていない。

 弦は錆びているだろう。ネックも反っているかもしれない。もう弾けないかもしれない。

 それでも、手を伸ばした。

 ケースを引っ張り出す。

 重い。こんなに重かったか。

 床に置いて、留め金を外す。

 蓋を開ける。

 黒いストラトキャスター。

 二十歳の誕生日に、バイト代を貯めて買った。

 母に報告したら、「よかったね」と笑っていた。「ケンジが選んだものなら、きっといいギターね」と。

 ギターを持ち上げる。

 思ったより軽かった。

 弦に触れる。

 錆びている。予想通りだった。

 でも、形は覚えている。

 コードの押さえ方。ピッキングの角度。

 体が覚えている。

 弦を一本、弾いてみる。

 かすれた音が出た。チューニングはめちゃくちゃだ。アンプにも繋いでいない。

 それでも、音が出た。

 もう一度、弾く。

 また音が出る。

 下手くそな音。でも、確かに音だ。

 窓の外が明るくなり始めていた。

 朝が来る。

 僕は、ギターを膝に載せたまま、窓の外を見ていた。

 空が白んでいく。

 星が消えていく。

 母の顔を思い出そうとした。

 でも、うまく思い出せなかった。

 若い頃の母は覚えている。ピアノを弾いていた母。僕を抱き上げて笑っていた母。

 晩年の母の顔を、僕は知らない。

 葬式にも行かなかったから。

 でも、母はずっとそこにいた。

 客席の後ろで。

 僕を見ていた。

 たった一人の観客として。

 最初から最後まで。

 ずっと。

 僕は、弦に触れた。

 錆びた弦が、かすかに震えた。

 音は出なかった。

 でも、振動は伝わった。

 指先から、腕へ。腕から、胸へ。

 母が聴いていた音。

 客席の後ろで、一人で聴いていた音。

 それを、もう一度。

 もう一度だけ。

 弾いてみてもいいだろうか。

 誰に聞いているのか分からなかった。

 母に聞いているのか。

 自分に聞いているのか。

 窓の外で、鳥が鳴いた。

 朝が来た。

 僕は、ギターを抱えたまま、目を閉じた。

お読みいただき、ありがとうございました。

この物語が、皆さまの時間に少しでも寄り添えていたら嬉しいです。

よろしければ、次の話も楽しみにしていただけると幸いです。

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