【春に向かいて】
ほんの少しの時間を、この物語に預けてみてください。
あなたの心に何かが残れば嬉しいです。
店内に流れるBGMが、クリスマスソングに変わったのは先週のことだ。
「いらっしゃいませ〜」
私——藤川結月は、いつもの笑顔を貼り付けてレジから顔を上げた。そして、固まった。
入ってきたのは、見覚えのある背中。というか、見覚えしかない。
高校からの同級生、今も同じ大学に通う相原航だった。
「……え、相原くん?」
「あ、藤川」
彼は少し驚いた顔をして、それからぎこちなく笑った。
「ここでバイトしてたんだ」
「うん、まあ……週3で」
心臓がうるさい。なんで来るの、ここに。よりによってこの店に。
でも顔には出さない。出さないったら出さない。私は接客のプロなのだ(バイト歴8ヶ月)。
「何かお探しですか〜?」
営業スマイルで関門海峡並みの距離を取ろうとしたら、相原くんはちょっと困った顔で言った。
「マフラー、選んでほしくて」
「マフラー?」
「うん。その……女の子にプレゼントしたくて」
——え。
「え?」
「だめ、かな」
「いやいやいや、全然!全然大丈夫!」
大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど大丈夫。これが接客業。笑顔で乗り切れ藤川結月。
「女の子って……彼女?」
「いや、まだ。これから関係というか……告白、しようと思って」
告白。
こくはく。
コクハク。
どう変換しても意味は同じだった。
「えー!そうなんだ〜!いいじゃんいいじゃん!」
声が裏返った気がするけど気にしない。気にしたら負けだ。
「どんな子なの?」
「同じゼミの子で……髪が長くて、いつも静かに本読んでて」
髪は長い方がいいですか、そうですか。私はボブですけどね。
「大人っぽい子?かわいい系?」
「どっちかっていうと……大人っぽいかな」
私は周りから「パピヨンみたい」と言われるタイプですけどね。小型犬。
心の中でひとしきり愚痴を吐いて、それから私は気持ちを切り替えた。だってしょうがないじゃん。相原くんが誰を好きかなんて、相原くんの自由だし。
「じゃあ見てみよっか、マフラー」
私は彼をマフラー売り場へ案内した。
カシミアの肌触りとか、アクリルとウールの違いとか、説明しながら何枚か見せる。相原くんは真剣な顔でひとつひとつ手にとっていた。
不器用な人だなあ、と思う。
こういう買い物、きっと慣れてないんだろうな。女の子へのプレゼントなんて多分初めてで、だから何を選べばいいか分からなくて、たまたま私がいるこの店に来た。
——たまたま、かあ。
「ねえ、相原くん」
「ん?」
「その子の好きな色とか分かる?」
「……分かんない」
「だよねえ」
ちょっと笑ってしまった。相原くんも照れたように頭を掻く。
「ほんと、こういうの駄目で」
「いいよいいよ。じゃあさ、私が選ぼっか」
「え、いいの?」
「プロだからね」
嘘だ。8ヶ月だ。
でもまあ、任されたからには本気でやる。私は棚をぐるりと見渡して、一枚のマフラーを手に取った。
薄いグリーン。ミントより少し落ち着いた、春の若葉みたいな色。
「これ、どうかな」
「……きれいな色だな」
「でしょ?大人っぽい子にも似合うし、顔色も明るく見えるし」
本当は、私が好きな色だった。
こういう淡いグリーン、昔から好きなの。でもそんなこと言わない。言う必要もない。
「……うん、これにする」
相原くんはマフラーを受け取って、ほっとしたように笑った。
ああ、こういう顔するんだ。こういう顔で、あの子に告白するのかな。
「メッセージカード、つける?」
私は声が震えないように、できるだけ明るく言った。
「あ、うん。つけたい」
「何書く?」
相原くんはペンを持ったまま固まった。
「……何書けばいいかな」
「えー、そんなの自分で考えなよ〜」
「考えたけど分かんないから聞いてるんだよ……」
ほんとに不器用。
ちょっとおかしくなって、私はこっそり笑った。
「じゃあシンプルに『これからも隣にいさせてください』とか」
「……いいな、それ」
「でしょ」
相原くんはゆっくりカードにペンを走らせた。丁寧な字。まっすぐ書こうとして、ちょっと右に傾いてる。
ラッピングを終えて、ロゴ入りの紙袋に入れて渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
相原くんは紙袋を大事そうに抱えて、「じゃあ」と片手を上げた。
「うん、頑張ってね」
「……おう」
自動ドアが閉まる。
「……はあ」
私は小さくため息をついて、それからレジに戻った。
二日後の日曜日。
私は近所の河原を歩いていた。テスト勉強に疲れて気分転換のつもりだったんだけど、なんとなく足が向いたのは土手沿いの道。
そしたら——いた。
「……相原くん?」
河原のコンクリートに座って、水の流れをぼんやり眺めてる。その傍らには、見覚えのある紙袋。
あ、うちの店の袋。
「藤川?」
振り向いた相原くんの顔を見て、私はすぐに分かった。ああ、駄目だったんだ。
「……隣、座っていい?」
「うん」
並んで座る。川の水はきらきら光っていて、十二月にしては暖かい風が吹いていた。
「ふられた」
「うん」
「全然、駄目だった」
相原くんは膝を抱えて、少し笑った。笑って誤魔化そうとしてるけど、全然誤魔化せてなくて、なんだか泣きそうな顔だった。
「『ごめんなさい、私にはそういう気持ちになれないから』って。マフラーも……受け取ってもらえなかった」
そっか、とだけ言った。
それ以上何を言えばいいか分からなくて、私も川を眺める。
しばらく、二人で黙ったまま座っていた。
「……ねえ」
気づいたら、声が出ていた。
「私が貰ってあげよっか。そのマフラー」
相原くんが驚いた顔で振り向く。
「え」
「だって行き場ないでしょ。せっかく選んだのに」
「選んだのは藤川だろ……」
「だから。私が選んだんだから、私が貰う権利あるかなって」
我ながら意味分かんないこと言ってるな、と思った。でも止まらなかった。
「……なぁんてね」
慌てて笑って誤魔化す。相原くんは目を丸くしたまま、私の顔を見ていた。
「冗談冗談。忘れて、今の」
立ち上がって、スカートの裾を払う。心臓がうるさかった。やばい、変な空気になった。
「じゃ、私帰るね。テスト勉強あるし……」
「待って」
腕を掴まれた——わけじゃない。相原くんは紙袋を差し出していた。
「……やる」
「え、いいの?」
「いいよ。藤川が選んだんだし」
ぶっきらぼうな声。でも、少し赤くなってる気がするのは、夕日のせいかな。
私は紙袋を受け取った。
「じゃあ、貰うね」
「……うん」
私は土手の道を歩きながら、一度だけ振り返った。
相原くんはまだ座ったままで、こっちを見ていた。
私は小さく手を振った。相原くんも、ぎこちなく手を上げた。
紙袋の中のマフラーは、薄いグリーン。私の好きな色。
これからどうなるかなんて分からない。
でもなんだか、ちょっとだけ春が近づいた気がした。
お読みいただき、ありがとうございました。
この物語が、皆さまの時間に少しでも寄り添えていたら嬉しいです。
よろしければ、次の話も楽しみにしていただけると幸いです。




