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オリジナル短編小説集  作者: 桜餅 詩音


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4/30

【春に向かいて】

ほんの少しの時間を、この物語に預けてみてください。

あなたの心に何かが残れば嬉しいです。

店内に流れるBGMが、クリスマスソングに変わったのは先週のことだ。

「いらっしゃいませ〜」

私——藤川結月ふじかわゆづきは、いつもの笑顔を貼り付けてレジから顔を上げた。そして、固まった。

入ってきたのは、見覚えのある背中。というか、見覚えしかない。

高校からの同級生、今も同じ大学に通う相原航あいはらわたるだった。

「……え、相原くん?」

「あ、藤川」

彼は少し驚いた顔をして、それからぎこちなく笑った。

「ここでバイトしてたんだ」

「うん、まあ……週3で」

心臓がうるさい。なんで来るの、ここに。よりによってこの店に。

でも顔には出さない。出さないったら出さない。私は接客のプロなのだ(バイト歴8ヶ月)。

「何かお探しですか〜?」

営業スマイルで関門海峡並みの距離を取ろうとしたら、相原くんはちょっと困った顔で言った。

「マフラー、選んでほしくて」

「マフラー?」

「うん。その……女の子にプレゼントしたくて」

——え。

「え?」

「だめ、かな」

「いやいやいや、全然!全然大丈夫!」

大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど大丈夫。これが接客業。笑顔で乗り切れ藤川結月。

「女の子って……彼女?」

「いや、まだ。これから関係というか……告白、しようと思って」

告白。

こくはく。

コクハク。

どう変換しても意味は同じだった。

「えー!そうなんだ〜!いいじゃんいいじゃん!」

声が裏返った気がするけど気にしない。気にしたら負けだ。

「どんな子なの?」

「同じゼミの子で……髪が長くて、いつも静かに本読んでて」

髪は長い方がいいですか、そうですか。私はボブですけどね。

「大人っぽい子?かわいい系?」

「どっちかっていうと……大人っぽいかな」

私は周りから「パピヨンみたい」と言われるタイプですけどね。小型犬。

心の中でひとしきり愚痴を吐いて、それから私は気持ちを切り替えた。だってしょうがないじゃん。相原くんが誰を好きかなんて、相原くんの自由だし。

「じゃあ見てみよっか、マフラー」

私は彼をマフラー売り場へ案内した。

カシミアの肌触りとか、アクリルとウールの違いとか、説明しながら何枚か見せる。相原くんは真剣な顔でひとつひとつ手にとっていた。

不器用な人だなあ、と思う。

こういう買い物、きっと慣れてないんだろうな。女の子へのプレゼントなんて多分初めてで、だから何を選べばいいか分からなくて、たまたま私がいるこの店に来た。

——たまたま、かあ。

「ねえ、相原くん」

「ん?」

「その子の好きな色とか分かる?」

「……分かんない」

「だよねえ」

ちょっと笑ってしまった。相原くんも照れたように頭を掻く。

「ほんと、こういうの駄目で」

「いいよいいよ。じゃあさ、私が選ぼっか」

「え、いいの?」

「プロだからね」

嘘だ。8ヶ月だ。

でもまあ、任されたからには本気でやる。私は棚をぐるりと見渡して、一枚のマフラーを手に取った。

薄いグリーン。ミントより少し落ち着いた、春の若葉みたいな色。

「これ、どうかな」

「……きれいな色だな」

「でしょ?大人っぽい子にも似合うし、顔色も明るく見えるし」

本当は、私が好きな色だった。

こういう淡いグリーン、昔から好きなの。でもそんなこと言わない。言う必要もない。

「……うん、これにする」

相原くんはマフラーを受け取って、ほっとしたように笑った。

ああ、こういう顔するんだ。こういう顔で、あの子に告白するのかな。

「メッセージカード、つける?」

私は声が震えないように、できるだけ明るく言った。

「あ、うん。つけたい」

「何書く?」

相原くんはペンを持ったまま固まった。

「……何書けばいいかな」

「えー、そんなの自分で考えなよ〜」

「考えたけど分かんないから聞いてるんだよ……」

ほんとに不器用。

ちょっとおかしくなって、私はこっそり笑った。

「じゃあシンプルに『これからも隣にいさせてください』とか」

「……いいな、それ」

「でしょ」

相原くんはゆっくりカードにペンを走らせた。丁寧な字。まっすぐ書こうとして、ちょっと右に傾いてる。

ラッピングを終えて、ロゴ入りの紙袋に入れて渡す。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

相原くんは紙袋を大事そうに抱えて、「じゃあ」と片手を上げた。

「うん、頑張ってね」

「……おう」

自動ドアが閉まる。

「……はあ」

私は小さくため息をついて、それからレジに戻った。

二日後の日曜日。

私は近所の河原を歩いていた。テスト勉強に疲れて気分転換のつもりだったんだけど、なんとなく足が向いたのは土手沿いの道。

そしたら——いた。

「……相原くん?」

河原のコンクリートに座って、水の流れをぼんやり眺めてる。その傍らには、見覚えのある紙袋。

あ、うちの店の袋。

「藤川?」

振り向いた相原くんの顔を見て、私はすぐに分かった。ああ、駄目だったんだ。

「……隣、座っていい?」

「うん」

並んで座る。川の水はきらきら光っていて、十二月にしては暖かい風が吹いていた。

「ふられた」

「うん」

「全然、駄目だった」

相原くんは膝を抱えて、少し笑った。笑って誤魔化そうとしてるけど、全然誤魔化せてなくて、なんだか泣きそうな顔だった。

「『ごめんなさい、私にはそういう気持ちになれないから』って。マフラーも……受け取ってもらえなかった」

そっか、とだけ言った。

それ以上何を言えばいいか分からなくて、私も川を眺める。

しばらく、二人で黙ったまま座っていた。

「……ねえ」

気づいたら、声が出ていた。

「私が貰ってあげよっか。そのマフラー」

相原くんが驚いた顔で振り向く。

「え」

「だって行き場ないでしょ。せっかく選んだのに」

「選んだのは藤川だろ……」

「だから。私が選んだんだから、私が貰う権利あるかなって」

我ながら意味分かんないこと言ってるな、と思った。でも止まらなかった。

「……なぁんてね」

慌てて笑って誤魔化す。相原くんは目を丸くしたまま、私の顔を見ていた。

「冗談冗談。忘れて、今の」

立ち上がって、スカートの裾を払う。心臓がうるさかった。やばい、変な空気になった。

「じゃ、私帰るね。テスト勉強あるし……」

「待って」

腕を掴まれた——わけじゃない。相原くんは紙袋を差し出していた。

「……やる」

「え、いいの?」

「いいよ。藤川が選んだんだし」

ぶっきらぼうな声。でも、少し赤くなってる気がするのは、夕日のせいかな。

私は紙袋を受け取った。

「じゃあ、貰うね」

「……うん」

私は土手の道を歩きながら、一度だけ振り返った。

相原くんはまだ座ったままで、こっちを見ていた。

私は小さく手を振った。相原くんも、ぎこちなく手を上げた。

紙袋の中のマフラーは、薄いグリーン。私の好きな色。

これからどうなるかなんて分からない。

でもなんだか、ちょっとだけ春が近づいた気がした。

お読みいただき、ありがとうございました。

この物語が、皆さまの時間に少しでも寄り添えていたら嬉しいです。

よろしければ、次の話も楽しみにしていただけると幸いです。

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