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オリジナル短編小説集  作者: 桜餅 詩音


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22/30

【聞いてくださいますか?】

ほんの少しの時間を、この物語に預けてみてください。

あなたの心に何かが残れば嬉しいです。

 聞いてくださいますか?

 いえ、お忙しいところ申し訳ありません。でも、誰かに話を聞いてほしくて。ほんの少しだけ。私の話を。

 あなたは優しそうな方ですね。画面越しでも、なんとなくわかるんです。私、そういうの敏感なほうで。だから安心してお話しできます。

 私、ママ友グループでちょっと困っていて。

 困っているというか、悩んでいるというか。いえ、正直に言いますね。傷ついているんです。ずっと。

 うちの息子は小学二年生で、「ひまわり学級」という放課後の学童みたいなところに通っています。働くお母さんが多いので、自然とママ友のグループができて。最初はよかったんです。みんな気さくで、LINEグループも和やかで。

 でも、あの人が来てから変わりました。

 香織さん、という方です。

 香織さんは去年の春に引っ越してきました。都内の有名企業に勤めていて、旦那さんは外資系。タワーマンションに住んでいて、息子さんはすでに塾に三つ通っている。そういう方です。

 私たちのグループに入ってきたとき、最初はみんな歓迎しました。物腰は柔らかいし、差し入れも気が利いているし、LINEの返信も丁寧だし。

 でも私は気づいていたんです。最初から。

 香織さんの目が、笑っていないことに。

 これ、伝わりますか? 表情は完璧に微笑んでいるのに、目の奥だけが冷たい。品定めするような、値踏みするような。私、何度もあの視線を感じました。

 でも誰も気づかない。むしろみんな、香織さんに夢中になっていく。香織さんが発言すれば、みんなが同調する。香織さんが持ってきたお店の話をすれば、みんながそこに行きたがる。

 私だけが、取り残されていく感覚でした。

 最初の「事件」は、秋の遠足の打ち合わせでした。

 お弁当を何にするか、みんなで話していたんです。私が「うちはいつも卵焼きとウインナーで」と言ったら、香織さんが笑ったんです。

 声には出しませんでした。でも確かに、口元が歪んだ。

 そのあと香織さんが「うちは最近オーガニックにこだわっていて」と話し始めて、みんなの話題がそっちに流れていって。

 私の卵焼きの話は、なかったことになりました。

 些細なことだと思いますか?

 ええ、些細なことです。でも、些細なことが積み重なるんです。

 十一月の保護者会のあと、私は香織さんが他のママさんたちと話しているのを見ました。私が近づいたら、さっと話題が変わった。

 十二月のクリスマス会で、私が持っていったクッキーだけ残っていた。香織さんが持ってきたシュトーレンは真っ先になくなったのに。

 一月の年賀状。香織さんからは届かなかった。他のみんなには届いたのに。

 被害妄想だと思いますか?

 私も最初はそう思おうとしました。考えすぎだって。気にしすぎだって。

 でも二月のあの日、確信しました。

 息子が帰ってきて、泣いていたんです。

 「香織さんちの太一くんに、遊ぼうって言ったら、ママがダメって言ってるからって断られた」

 ――私は、何かしましたか?

 夜、布団の中で何度も考えました。香織さんに失礼なことを言ったことはない。むしろ気を遣ってきた。彼女の話には相槌を打ち、彼女のセンスを褒め、彼女の子どもの成績を祝福した。

 なのに。

 なぜ。

 あなたはきっと優しいから、こう言ってくださるかもしれません。「あなたは悪くない」って。

 ありがとうございます。その言葉が聞きたかった。ずっと。

 三月になって、私は少しだけ行動を起こしました。

 ほんの少しです。自衛のために。

 まず、グループの中で私に優しくしてくれる美穂さんに相談しました。香織さんにこういうことをされている気がする、つらい、って。

 美穂さんは驚いていました。「香織さんがそんなことするかな」って最初は言っていました。でも私が涙を浮かべたら、「わかった、気をつけて見てみる」って言ってくれた。

 それから、お迎えの時間を少しずらすようにしました。香織さんと二人きりにならないように。

 あと、LINEグループではあまり発言しないようにしました。私が何か言うと、香織さんがすぐ別の話題を出してかき消すから。

 四月になって、新学期が始まる頃。

 変化が起きました。

 美穂さんが言うんです。「ねえ、私も最近香織さんのこと気になってて」って。

 他のママさんたちも、少しずつ香織さんから距離を置き始めているようでした。

 香織さんのLINEの発言に、前ほどスタンプがつかなくなった。香織さんが提案した「高級ホテルでママ会」に、誰も乗らなかった。

 私は何もしていません。ただ、相談しただけ。

 でも空気って、変わるものなんですね。

 五月。

 決定的なことが起きました。

 ひまわり学級で、香織さんの息子の太一くんが怪我をしたんです。鉄棒から落ちて、腕を骨折。

 私、たまたまそこにいたんです。

 たまたまです。

 太一くんが鉄棒をしているのを見ていました。高い鉄棒。二年生には少し難しいやつ。

 先生が他の子を見ていて、太一くんのほうを見ていないタイミングで、太一くんが手を滑らせて。

 私は声を上げました。「危ない」って。

 でも間に合わなかった。

 香織さんは病院から学童に駆けつけてきて、私を見ました。あのとき、私のほうを見たんです。

 何も言いませんでした。でも、あの目。あの冷たい目で、私を見た。

 まるで私が何かしたみたいな目で。

 ひどいと思いませんか? 私はむしろ声を上げたのに。助けようとしたのに。

 でも香織さんにとっては、私がそばにいたこと自体が気に入らなかったんでしょうね。

 六月。

 香織さんの様子がおかしくなりました。

 前みたいにグループを仕切らなくなった。LINEの発言も減った。お迎えにもあまり来なくなって、代わりにおばあちゃんが来るようになった。

 美穂さんに聞いたら、太一くんの怪我がきっかけで、香織さんが精神的に参っているらしい、とのことでした。もともと完璧主義だから、子どもを怪我させたことがショックだったんじゃないか、って。

 可哀想、って思いました? あなたも。

 私も思いましたよ。可哀想だなって。

 でも、仕方ないですよね。私は何もしていないんですから。

 七月、終業式の日。

 香織さんが挨拶に来ました。

 引っ越すことになったそうです。旦那さんの転勤で。急だったみたいで。

 みんな驚いていました。「寂しくなる」「また遊びに来てね」って言っていました。

 私も言いました。同じように。だって、そうするのが普通でしょう?

 香織さんは私のほうを見て、小さく頭を下げました。

 そのとき、あの目がまた私を見ました。

 でも今度は、冷たさじゃなかった。

 怯えでした。

 香織さんは、私を怖がっていた。

 変ですよね? 私は何もしていないのに。

 ただ相談しただけ。ただ自衛しただけ。ただそこにいただけ。

 八月。

 グループはすっかり穏やかになりました。

 香織さんがいなくなって、みんな前みたいに和やかです。私の発言にもちゃんと反応がある。息子も楽しそうに遊んでいる。

 やっと元に戻った。あるべき姿に。

 私は、悪くないですよね?

 ただ自分を守っただけ。

 ただ本当のことを言っただけ。

 ただあの場にいただけ。

 ……ああ、すみません。長くなってしまいましたね。

 でもあなたが聞いてくださったから、こんなに話してしまいました。

 あなたは優しい方ですね。

 最初から思っていました。あなたなら、わかってくれるって。私の味方になってくれるって。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 あなたは私を信じてくださいましたよね? 香織さんがひどい人だったって。私は被害者だったって。

 みんな最初はそう言ってくれるんです。美穂さんも、他のママさんたちも。最初は。

 ね、あなたもそうでしたよね?

 途中まで、私に同情してくださったでしょう?

 卵焼きの話を笑われたのは可哀想だって。年賀状が届かなかったのは悲しかっただろうって。息子が仲間はずれにされたのはひどいって。

 そう思いながら、読んでくださったでしょう?

 ありがとうございます。

 あなたも、私の味方ですね。

 私の話を信じた人。私に同情した人。私の側に立った人。

 それでいいんです。

 ところで。

 お気づきになりました?

 太一くんが鉄棒から落ちたとき、私がなぜあそこにいたか。

 私、あの日はお迎え当番じゃなかったんです。

 でも、なぜかあそこにいた。

 太一くんが高い鉄棒をしているのを、ずっと見ていた。

 先生が目を離すタイミングを、知っていた。

 「危ない」って声を上げたのは本当です。

 でもそれは、太一くんが落ちてから。

 何が言いたいかって?

 いえ、別に何も。

 ただの偶然ですよ。私があそこにいたのは。

 香織さんが引っ越したのも、偶然です。

 旦那さんの転勤が急に決まっただけ。私が何かしたわけじゃない。

 香織さんが私を怖がっていたのは、香織さんの被害妄想です。

 私、本当に何もしていないんですから。

 ただね、一つだけ言わせてください。

 美穂さんに相談したとき、私、少しだけ嘘をつきました。

 「香織さんにこういうことをされた」って言ったこと、いくつかは私の想像でした。

 卵焼きを笑われたのは本当。でも年賀状は、私が香織さんに出し忘れたから届かなかっただけ。太一くんが息子と遊べなかったのは、太一くんが塾で忙しかっただけかもしれない。

 でも、そんな細かいこと、誰が確認するんですか?

 私が涙を浮かべて訴えれば、みんな信じてくれる。

 そういうものでしょう?

 あなたも信じたでしょう? ついさっきまで。

 大丈夫。責めているわけじゃありません。

 当然なんです。私の話し方が上手だから。私の見た目が、こういう顔だから。おっとりしていて、害がなさそうで、どこかかわいそうで。

 こういう顔の人間が泣けば、みんな味方してくれる。

 生きていくうえで、これが私の武器だって気づいたのは、いつ頃だったかな。

 中学生くらいかもしれません。

 クラスで浮いていた女の子がいて、私がちょっと話しかけたら、その子、勝手に「親友」だと思い込んで。重くて、鬱陶しくて。

 だから他の子に相談したんです。「あの子にちょっと困ってて」って。

 そうしたら、みんながあの子を遠ざけてくれた。

 私は何もしていないのに。ただ相談しただけなのに。

 便利ですよね、このやり方。

 ああ、また長くなってしまった。

 でもあなたは逃げずに読んでくださっていますね。最後まで。

 それとも、怖いもの見たさですか?

 どちらでもいいんです。

 私の話を、最後まで聞いてくださった。

 それだけで、あなたは私の共犯者。

 香織さんのことを信じなかった人。

 私のことを疑わなかった人。

 いい人そうな私の言葉を、そのまま受け取った人。

 ね、あなたもそうでしょう?

 安心してください。べつに何かするわけじゃありません。

 ただ、こうやって時々、誰かに話を聞いてもらいたくなるんです。

 新しい誰かに。私のことを知らない誰かに。

 次の町でも、きっとすぐにグループができるでしょう。

 うちの息子は人懐っこいから、すぐにお友達もできる。私もすぐに馴染める。

 また新しいママ友たちと、仲良くなれる。

 そしてまた、誰かが私のことを怒らせる。

 誰かが私を傷つける。

 そうしたら私はまた、誰かに相談する。

 涙を浮かべて、被害者の顔で。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 あなた、優しい方ですね。本当に。

 そうだ。

 ひとつだけお願いがあるんです。

 もし今度、誰かが泣きながらあなたに相談してきたら。

 「あの人にひどいことをされた」って言ってきたら。

 その人のこと、すぐに信じないでくださいね。

 だって、その人は。

 私かもしれないから。

 あ、ところで。

 あなたのお名前、まだ聞いていませんでしたね。

 教えていただけますか?

 いつか、どこかで、お会いすることがあるかもしれませんから。

お読みいただき、ありがとうございました。

この物語が、皆さまの時間に少しでも寄り添えていたら嬉しいです。

よろしければ、次の話も楽しみにしていただけると幸いです。

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