【雨音レコード店】
ほんの少しの時間を、この物語に預けてみてください。
あなたの心に何かが残れば嬉しいです。
一
五月の雨は、いつも青木俊二の心を重くした。
オフィスの窓から見える灰色の空。
デスクに並んだ書類の山。
パソコンのモニターに映る数字の羅列。
俊二は小さくため息をついて、マウスを動かした。
「青木くん、今日飲みに行かない?」
隣の席の田中が声をかけてきた。
同期入社で、研修の時から仲が良い。
「ごめん、今日はちょっと用事があって」
俊二は適当な嘘をついた。
本当は何の予定もない。
ただ、同期たちと飲みに行く気分にはなれなかった。
彼らの恋バナを聞くのが、最近は少し辛い。
「そっか。じゃあまた今度ね」
田中は気にした様子もなく、別の同期に声をかけに行った。
俊二は再び書類に目を落とした。
定時を少し過ぎた頃、外はすっかり本降りになっていた。
傘を持ってこなかった同僚たちが、コンビニで買った透明なビニール傘を手に帰っていく。
俊二は自分の折り畳み傘をバッグから取り出した。
雨の予報を見て、必ず傘を持ち歩く。
そういう細かい気配りは、昔から得意だった。
「青木さん、お疲れ様です」
すれ違いざまに、後輩の女性社員が声をかけてきた。
俊二は軽く会釈を返す。
彼女は最近、よく話しかけてくる。
同僚の何人かは「あれは絶対好意があるよ」と冗談まじりに言うが、俊二にはそんな気配りをする余裕がなかった。
一年前のあの日も、こんな雨だった。
駅へ向かう途中、俊二は会社近くのカフェの前を通った。
ガラス張りの店内には、仕事帰りのカップルが談笑している。
俊二はその光景から目を逸らし、足早に通り過ぎた。
あのカフェで、井川美咲は別れを告げた。
「俊二くんは優しすぎるの」
彼女はコーヒーカップを両手で包みながら、そう言った。
「いつも私のことを気遣ってくれて、私の意見を優先してくれて。最初はそれが嬉しかったんだけど...でも、だんだん息苦しくなっちゃった」
「息苦しい?」
俊二は意味が分からなかった。
好きな人を大切にする。
それは当たり前のことじゃないのか。
「俊二くんの本当の気持ちが見えないの。いつも私に合わせてくれるから、俊二くんが本当は何をしたいのか、何を考えているのか、分からなくて」
美咲は俯いた。
「私、もっと刺激的な恋がしたい。時には喧嘩したり、ぶつかり合ったりする関係がいい。俊二くんは優しすぎて、私を退屈にさせちゃうの」
退屈。
その言葉が、一年経った今でも胸に刺さっている。
俊二は人混みを避けて、いつもと違う道を歩いていた。
雨に濡れた石畳。
古い看板。
この辺りは再開発が進まず、昭和の面影を残す商店街が残っている。
シャッターの降りた店、薄暗い路地、猫の鳴き声。
そして、見たことのない看板。
「雨音レコード店」
手書きの文字で書かれた小さな看板が、雨に濡れて光っていた。
二
ドアを開けると、カランカランと古い鈴の音がした。
店内は薄暗く、天井まで届くレコード棚がところ狭しと並んでいた。
古い木の匂いと、かすかなカビの匂い。
奥の方で、小さなスタンドライトだけが灯っている。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、声がした。
黒いマスクをした男性が立っていた。
年齢は分からない。目元から判断すると、30代だろうか。いや、もっと若いかもしれない。
20代後半くらいか。黒いシャツに黒いベスト。
不思議な雰囲気を纏っている。
「あの、ここは...」
「レコード店です。雨の日だけ開けてるんですよ」
男性は静かに微笑んだ。
マスク越しでも、その笑みが伝わってくる。
「雨の日だけ?」
「ええ。雨の音が好きなんです。それに、雨の日に音楽を聴く人は、特別な何かを求めているような気がして」
俊二は棚を見わたした。
ジャズ、クラシック、ロック、ポップス。
ジャンルごとに整理されているようだが、独特の並び方をしている。
「何かお探しですか?」
「いえ、特には...たまたま通りかかって」
「そうですか」
店主は何かを考えるように、しばらく俊二を見つめた。
「では、こちらはどうでしょう」
店主は棚の奥から、一枚のレコードを取り出した。
ジャケットには、雨に濡れた街路樹が描かれている。
アーティスト名も曲名も書かれていない。
「これは?」
「特別なレコードです」
「特別?」
「このレコードは、あなたが選ばなかった人生を聴かせてくれますよ」
俊二は思わず笑いそうになった。
選ばなかった人生?そんなオカルトめいた話を真顔でされても。
「冗談ですよね」
「冗談だと思うなら、そう思っていただいて構いません。でも、聴いてみたいとは思いませんか?もし、あの時違う選択をしていたら、今どうなっていたのか」
俊二の脳裏に、美咲の顔が浮かんだ。
もし、あの日別れを受け入れなかったら。
もし、美咲を説得して、関係を続けていたら。
「...いくらですか」
「お金はいりません。ただし、一つだけ約束してください」
「約束?」
「このレコードを聴いた後、何を感じたとしても、それを誰かに話さないでください。あなたの心の中だけに留めておいてください」
不思議な約束だった。
でも、俊二は頷いた。
「分かりました」
店主は奥の部屋を指差した。
「あちらで聴いてください。プレーヤーの準備はできています」
三
奥の部屋は六畳ほどの広さで、中央に古いソファとローテーブルが置かれていた。
壁際には立派なオーディオセットがあり、レコードプレーヤーが静かに佇んでいる。
俊二はレコードをターンテーブルに置き、針を落とした。
最初は何も聞こえなかった。
ただ、かすかなノイズだけ。
やっぱり冗談だったのか、と思った瞬間、音が聞こえ始めた。
雨の音。
そして、視界が歪んだ。
気がつくと、俊二はあのカフェにいた。
一年前と同じ場所。
同じテーブル。
向かいには美咲が座っている。
「俊二くんは優しすぎるの」
美咲の声。
あの時と同じ言葉。
でも、次の瞬間、俊二の口から出た言葉は、あの時とは違った。
「待って、美咲。俺、変わるから」
現実の俊二は、あの時何も言えなかった。
ただ、美咲の決断を受け入れることしかできなかった。
でも、この世界の俊二は違った。
「もっと刺激的な関係を作れるように頑張る。美咲が退屈しないように、俺も変わる。だから、もう少しだけチャンスをくれないか」
美咲は驚いた表情で俊二を見つめた。
「俊二くん...」
「お願いだ」
美咲は少し考えてから、小さく頷いた。
「...分かった。じゃあ、もう一度だけ」
場面が変わった。
俊二と美咲は、ロッククライミングのジムにいた。
俊二は高所恐怖症だったが、美咲に刺激を与えるために無理して挑戦していた。
「俊二くん、すごい!そういう冒険的なところ、初めて見た!」
美咲は嬉しそうに笑っている。
俊二も笑顔を作ったが、内心は恐怖で震えていた。
また場面が変わった。
週末、二人でサプライズ旅行に出かけた。
行き先も告げず、美咲を車に乗せて走る。
俊二は必死にサプライズを企画した。美咲を退屈させないために。
「どこ行くの?教えてよ!」
美咲は楽しそうに笑っている。
「着いてからのお楽しみ」
俊二は強引に引っ張る自分を演じていた。
本当は、美咲の意見を聞いて、一緒に計画を立てたかった。
でも、それでは退屈させてしまう。
到着したのは、海辺の小さなホテルだった。
「わぁ、素敵!」
美咲は最初、喜んでくれた。
でも、夕食の時、ふと彼女が呟いた。
「俊二くん、最近ちょっと変わったね」
「変わった?良い意味で?」
「うん...でも、何だろう。ちょっと無理してない?」
「そんなことないよ」
俊二は笑顔を作った。
でも、その笑顔は引きつっていた。
また場面が変わった。
三ヶ月後。
俊二はすっかり疲弊していた。
美咲を退屈させないために、毎週のように新しいデートプランを考え、実行していた。
アクティビティ、サプライズ、ちょっとした喧嘩も演出した。
時には、わざと美咲と違う意見を言って、討論のようなものを楽しんだ。
でも、それは全部演技だった。
本当の俊二は、静かに映画を見たり、一緒にカフェでゆっくり過ごしたり、そういう穏やかな時間が好きだった。
「俊二くん」
ある日、美咲が真剣な顔で言った。
「最近、あなたが分からなくなってきた」
「え?」
「無理してるでしょう。私のために、自分じゃない誰かを演じてるでしょう」
俊二は何も言えなかった。
「前の俊二くんの方が良かった」
美咲は悲しそうに微笑んだ。
「私が退屈だって言ったから、変わろうとしてくれたんだよね。でも、それは違う。私が間違ってたの。俊二くんは俊二くんのままでいるべきだった」
「美咲...」
「ごめんね。やっぱり、私たち合わないのかも」
結局、この世界でも、二人は別れた。
ただし、今度は俊二の方が壊れていた。自分を偽り続けた代償として。
場面が次々と変わった。
別れた後、俊二は燃え尽きたように仕事だけの日々を送っていた。
笑顔を作ることさえ億劫になった。
自分が何者なのか、分からなくなっていた。
美咲を退屈させない自分。
でも、それは本当の自分じゃなかった。
じゃあ、本当の自分って何だ?
優しすぎる自分?人を退屈させる自分?
この世界の俊二は、答えを見つけられないまま、ただ時間だけが過ぎていた。
四
気がつくと、俊二は元の部屋に戻っていた。
レコードはまだ回っていたが、音は止まっていた。俊二はソファに深く座り込んだ。
全身から力が抜けていた。
別れなかった世界。
美咲と関係を続けた世界。
でも、そこにあったのは幸せではなかった。
俊二は自分を偽り、美咲は本物の俊二を見失い、結局同じ結末にたどり着いた。
いや、もっと悪い結末だったかもしれない。
「どうでしたか?」
店主が静かに部屋に入ってきた。
「見たいものが見れましたか?」
俊二は首を横に振った。
「いえ...見たくないものを見ました」
「そうですか」
店主は何も聞かずに、レコードをプレーヤーから外した。
「雨、まだ降ってますよ」
俊二は窓の外を見た。
確かに、雨は降り続いていた。
「ありがとうございました」
俊二は立ち上がった。
足元がふらついた。
「気をつけてお帰りください」
店を出ると、冷たい雨が顔に当たった。
俊二は傘を差すことも忘れて、しばらくそこに立ち尽くしていた。
結局、どちらの世界でも、俺は美咲を幸せにできなかった。
別れを受け入れた世界でも、受け入れなかった世界でも。
でも、それは仕方のないことだったんだ。
相性の問題。
俊二はゆっくりと歩き出した。
雨に濡れながら、駅へ向かう。
商店街を抜け、大通りに出た頃、俊二は一人の女性を見かけた。
傘を持たずに、雨宿りをしている。
30代くらいだろうか。
スーツ姿で、ずぶ濡れになっていた。
俊二は迷わず、その女性に近づいた。
「すみません」
女性は驚いて顔を上げた。
「これ、使ってください」
俊二は自分の傘を差し出した。
「え、でも」
「大丈夫です。俺、もう少しで駅なので」
「そんな、申し訳ない」
「いえ、気にしないでください」
女性は困ったように俊二を見つめた。
そして、ゆっくりと傘を受け取った。
「...ありがとうございます。あなたみたいな人、貴重ですよ」
女性は少し照れくさそうに微笑んだ。
「貴重?」
「優しい人って、意外と少ないんです。特に、見返りを求めない優しさは」
女性は傘を握りしめた。
「実は、私の元彼も優しい人だったんです。いつも気を遣ってくれて、私のことを第一に考えてくれて」
俊二は息を呑んだ。
「でも、私、それを当たり前だと思っちゃったんです。そして、もっと刺激的な人を求めて、別れを選んでしまった」
雨の音だけが聞こえた。
「今になって後悔してるんです。優しさって、本当は一番大切なことだったのに。それに気づくのが遅すぎました」
女性は俯いた。
「だから、あなたのこの優しさを、どうか大切にしてください。そして、それを大切にしてくれる人を見つけてください」
俊二は何も言えなかった。
女性は深く頭を下げて、雨の中を去っていった。
俊二の傘を差して。
五
俊二は雨に濡れたまま、しばらくその場に立っていた。
優しさを大切にしてくれる人。
世界には、俊二の優しさを必要としている人もいる。
それを大切だと思ってくれる人もいる。
俊二は空を見上げた。
灰色の空から、雨が容赦なく降り注いでいる。
でも、不思議と心は軽かった。
優しすぎる自分。
それは欠点じゃない。
ただ、それを必要としてくれる人と出会うまで、待てばいい。
焦る必要はない。
俊二は歩き出した。
駅まではまだ少し距離がある。雨に濡れながら歩くのは久しぶりだった。
子供の頃、よく雨の中を歩いた。母親に怒られながらも、水たまりに足を踏み入れて遊んだ。
あの頃は、何も考えていなかった。
ただ、目の前のことを楽しんでいた。
いつから、こんなに色々考えるようになったんだろう。
俊二は小さく笑った。
駅に着く頃には、雨は少し弱まっていた。
ホームに上がると、電車を待つ人々がまばらに立っていた。
俊二は濡れたシャツを絞りながら、電光掲示板を見上げた。
次の電車まで、あと五分。
ポケットから携帯を取り出すと、LINEの通知が入っていた。
田中からだった。
「明日、暇だったら飲みに行かない?」
俊二は少し考えてから、返信を打った。
「いいよ。久しぶりに飲もう」
送信ボタンを押す。
これまでなら、適当な理由をつけて断っていただろう。
でも、今日は違った。
たまには、人と会うのも悪くない。
電車が滑り込んできた。
ドアが開き、乗客が降りてくる。
俊二は車両に乗り込み、空いている席に座った。
窓の外では、まだ雨が降っている。
でも、明日は晴れるかもしれない。
いや、晴れなくてもいい。
雨の日には、雨の日の良さがある。
俊二は目を閉じた。
今日、不思議な店で不思議な体験をした。
選ばなかった人生を見た。
そこで分かったことは、シンプルだった。
自分を偽っても、幸せにはなれない。
そして、自分の優しさは、欠点じゃない。
美咲との恋は終わった。
でも、それは俊二の人生が終わったわけじゃない。
新しい出会いは、いつか必ず来る。
六
それから一週間が経った。
梅雨は続いていた。毎日のように雨が降り、街は灰色に染まっていた。
金曜日の夕方、俊二は再びあの道を通っていた。
意識していたわけではない。ただ、何となく足がその方向へ向いた。
古い商店街を抜けると、見覚えのある場所に出た。
あの日、傘を渡した場所。
そして、そこに彼女がいた。
傘を持たずに、雨宿りをしている女性。
俊二は驚いて足を止めた。
女性も俊二に気づき、顔を上げた。
「あ...」
お互いに、しばらく言葉が出なかった。
女性は俊二の傘を手に持っていた。
「すみません、傘を返そうと思って...」
女性は申し訳なさそうに言った。
「でも、連絡先も聞いていなかったので、どうやって返せばいいか分からなくて。それで、ここに来れば、もしかしたらまた会えるかなと思って」
「ここで、待っていたんですか?」
「はい。毎日この時間に...でも、なかなか会えなくて」
女性は少し照れくさそうに笑った。
「今日も諦めかけていたところだったんです」
俊二は胸が温かくなるのを感じた。
「わざわざ、ありがとうございます」
俊二は傘を受け取った。
「いえ、こちらこそ。本当に助かりました」
女性は深々と頭を下げた。
そして、顔を上げると、真剣な表情で俊二を見つめた。
「あの...見つかりましたか?」
「え?」
「あなたの優しさを大切に思ってくれる女性」
俊二は少し考えてから、首を横に振った。
「いいえ、残念ながらまだ...」
「そうですか」
女性は少し寂しそうに微笑んだ。
「でも、きっと見つかりますよ。あなたみたいな人なら」
「ありがとうございます」
俊二も微笑んだ。
雨は相変わらず降り続いている。
二人はしばらく、雨音だけが響く中で立っていた。
「あの」
女性が口を開いた。
「もし良かったら、お茶でも...お礼がしたいんです」
俊二は少し驚いた。
「いえ、お礼なんて」
「お願いします。傘を返すだけじゃ、気が済まなくて」
女性は真剣な表情だった。
俊二は少し考えてから、頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
二人は近くのカフェに入った。
窓際の席に座り、それぞれコーヒーを注文する。
「改めて、先日はありがとうございました」
女性は丁寧に頭を下げた。
「私、田村麻衣といいます」
「青木俊二です」
「青木さん。素敵なお名前ですね」
「いえ、普通ですよ」
俊二は少し照れくさかった。
コーヒーが運ばれてきて、二人は少し落ち着いた。
「田村さんは、この辺りにお勤めなんですか?」
「はい。広告代理店で働いています。青木さんは?」
「IT企業です。システムエンジニアをしています」
「そうなんですね」
会話は自然に続いた。
仕事の話、趣味の話、最近見た映画の話。
俊二は久しぶりに、こんなにリラックスして誰かと話している気がした。
「青木さんって、本当に優しい人なんですね」
麻衣がふと言った。
「話していて、すごく安心します」
「そうですか?」
「はい。気を遣ってくれるけど、押しつけがましくなくて。自然体で優しいというか」
俊二は少し複雑な表情になった。
「実は、その優しさが原因で、前の彼女に振られたんです」
「え?」
「優しすぎて退屈だって」
俊二は自嘲気味に笑った。
麻衣は少し考えてから、静かに言った。
「それは、相性の問題だったんだと思います」
「相性?」
「はい。優しさを退屈だと感じる人もいれば、何より大切だと思う人もいる。どちらが正しいとか間違っているとかじゃなくて、ただ、求めているものが違うだけ」
麻衣はコーヒーカップを両手で包んだ。
「私も、元彼の優しさを当たり前だと思って、失ってから気づいたんです。本当に大切なものって、派手じゃないし、刺激的でもない。でも、毎日そばにあって、温かくて、安心できるもの」
俊二は黙って聞いていた。
「青木さん、自分を変える必要なんてないですよ。そのままのあなたを必要としている人は、必ずいますから」
「...ありがとうございます」
俊二は心から感謝した。
雨は、いつの間にか止んでいた。
窓の外を見ると、雲の切れ間から夕日が差し込んでいる。
「あ、雨が止みましたね」
麻衣が窓の外を見た。
「そうですね」
二人はしばらく、夕日を眺めていた。
「あの」
俊二が口を開いた。
「もし良かったら、また会いませんか?」
麻衣は驚いた表情で俊二を見た。
「お友達として」
俊二は付け加えた。
「焦らずに、ゆっくりと。お互いのことを知っていけたらいいなと思って」
麻衣は少し考えてから、柔らかく微笑んだ。
「はい。私もそうしたいです」
「本当ですか?」
「ええ。青木さんともっとお話ししたいです。友達として」
二人は笑顔で頷き合った。
外はすっかり晴れていた。
雨上がりの街は、夕日を浴びて黄金色に輝いている。
俊二は窓の外を見ながら、心の中で思った。
新しい始まり。
焦らなくていい。
ゆっくりと、一歩ずつ。
今度は自分を偽らずに。
ありのままの自分で。
「じゃあ、連絡先を交換しませんか?」
麻衣が携帯を取り出した。
「はい」
俊二も携帯を取り出す。
QRコードを読み取り、お互いの連絡先を登録する。
「青木さん、今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
二人はカフェを出た。
外は雨上がりの匂いがした。
濡れたアスファルトに、夕日が反射している。
「それじゃあ、また」
「はい、また」
麻衣は手を振って、駅の方へ歩いていった。
俊二もその背中を見送ってから、反対方向へ歩き出した。
ポケットの中で、携帯が震えた。
LINEの通知だった。
麻衣からだった。
「今日は楽しかったです。また会いましょうね」
俊二は微笑んで、返信を打った。
「こちらこそ。楽しみにしています」
送信ボタンを押す。
俊二は空を見上げた。
雨上がりの空は、どこまでも澄んでいた。
明日は、きっといい天気だ。
そして、もしかしたら、これから先も。
俊二は軽やかな足取りで、駅へ向かった。
新しい季節が、始まろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
この物語が、皆さまの時間に少しでも寄り添えていたら嬉しいです。
よろしければ、次の話も楽しみにしていただけると幸いです。




