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オリジナル短編小説集  作者: 桜餅 詩音


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18/30

【雨音レコード店】

ほんの少しの時間を、この物語に預けてみてください。

あなたの心に何かが残れば嬉しいです。

五月の雨は、いつも青木俊二の心を重くした。


オフィスの窓から見える灰色の空。


デスクに並んだ書類の山。


パソコンのモニターに映る数字の羅列。


俊二は小さくため息をついて、マウスを動かした。


「青木くん、今日飲みに行かない?」


隣の席の田中が声をかけてきた。


同期入社で、研修の時から仲が良い。


「ごめん、今日はちょっと用事があって」


俊二は適当な嘘をついた。


本当は何の予定もない。


ただ、同期たちと飲みに行く気分にはなれなかった。


彼らの恋バナを聞くのが、最近は少し辛い。


「そっか。じゃあまた今度ね」


田中は気にした様子もなく、別の同期に声をかけに行った。


俊二は再び書類に目を落とした。


定時を少し過ぎた頃、外はすっかり本降りになっていた。


傘を持ってこなかった同僚たちが、コンビニで買った透明なビニール傘を手に帰っていく。


俊二は自分の折り畳み傘をバッグから取り出した。


雨の予報を見て、必ず傘を持ち歩く。


そういう細かい気配りは、昔から得意だった。


「青木さん、お疲れ様です」


すれ違いざまに、後輩の女性社員が声をかけてきた。


俊二は軽く会釈を返す。


彼女は最近、よく話しかけてくる。


同僚の何人かは「あれは絶対好意があるよ」と冗談まじりに言うが、俊二にはそんな気配りをする余裕がなかった。


一年前のあの日も、こんな雨だった。


駅へ向かう途中、俊二は会社近くのカフェの前を通った。


ガラス張りの店内には、仕事帰りのカップルが談笑している。


俊二はその光景から目を逸らし、足早に通り過ぎた。


あのカフェで、井川美咲は別れを告げた。


「俊二くんは優しすぎるの」


彼女はコーヒーカップを両手で包みながら、そう言った。


「いつも私のことを気遣ってくれて、私の意見を優先してくれて。最初はそれが嬉しかったんだけど...でも、だんだん息苦しくなっちゃった」


「息苦しい?」


俊二は意味が分からなかった。


好きな人を大切にする。


それは当たり前のことじゃないのか。


「俊二くんの本当の気持ちが見えないの。いつも私に合わせてくれるから、俊二くんが本当は何をしたいのか、何を考えているのか、分からなくて」


美咲は俯いた。


「私、もっと刺激的な恋がしたい。時には喧嘩したり、ぶつかり合ったりする関係がいい。俊二くんは優しすぎて、私を退屈にさせちゃうの」


退屈。


その言葉が、一年経った今でも胸に刺さっている。


俊二は人混みを避けて、いつもと違う道を歩いていた。


雨に濡れた石畳。


古い看板。


この辺りは再開発が進まず、昭和の面影を残す商店街が残っている。


シャッターの降りた店、薄暗い路地、猫の鳴き声。


そして、見たことのない看板。


「雨音レコード店」


手書きの文字で書かれた小さな看板が、雨に濡れて光っていた。


ドアを開けると、カランカランと古い鈴の音がした。


店内は薄暗く、天井まで届くレコード棚がところ狭しと並んでいた。


古い木の匂いと、かすかなカビの匂い。


奥の方で、小さなスタンドライトだけが灯っている。


「いらっしゃいませ」


カウンターの向こうから、声がした。


黒いマスクをした男性が立っていた。


年齢は分からない。目元から判断すると、30代だろうか。いや、もっと若いかもしれない。


20代後半くらいか。黒いシャツに黒いベスト。


不思議な雰囲気を纏っている。


「あの、ここは...」


「レコード店です。雨の日だけ開けてるんですよ」


男性は静かに微笑んだ。


マスク越しでも、その笑みが伝わってくる。


「雨の日だけ?」


「ええ。雨の音が好きなんです。それに、雨の日に音楽を聴く人は、特別な何かを求めているような気がして」


俊二は棚を見わたした。


ジャズ、クラシック、ロック、ポップス。


ジャンルごとに整理されているようだが、独特の並び方をしている。


「何かお探しですか?」


「いえ、特には...たまたま通りかかって」


「そうですか」


店主は何かを考えるように、しばらく俊二を見つめた。


「では、こちらはどうでしょう」


店主は棚の奥から、一枚のレコードを取り出した。


ジャケットには、雨に濡れた街路樹が描かれている。


アーティスト名も曲名も書かれていない。


「これは?」


「特別なレコードです」


「特別?」


「このレコードは、あなたが選ばなかった人生を聴かせてくれますよ」


俊二は思わず笑いそうになった。


選ばなかった人生?そんなオカルトめいた話を真顔でされても。


「冗談ですよね」


「冗談だと思うなら、そう思っていただいて構いません。でも、聴いてみたいとは思いませんか?もし、あの時違う選択をしていたら、今どうなっていたのか」


俊二の脳裏に、美咲の顔が浮かんだ。


もし、あの日別れを受け入れなかったら。


もし、美咲を説得して、関係を続けていたら。


「...いくらですか」


「お金はいりません。ただし、一つだけ約束してください」


「約束?」


「このレコードを聴いた後、何を感じたとしても、それを誰かに話さないでください。あなたの心の中だけに留めておいてください」


不思議な約束だった。


でも、俊二は頷いた。


「分かりました」


店主は奥の部屋を指差した。


「あちらで聴いてください。プレーヤーの準備はできています」


奥の部屋は六畳ほどの広さで、中央に古いソファとローテーブルが置かれていた。


壁際には立派なオーディオセットがあり、レコードプレーヤーが静かに佇んでいる。


俊二はレコードをターンテーブルに置き、針を落とした。


最初は何も聞こえなかった。


ただ、かすかなノイズだけ。


やっぱり冗談だったのか、と思った瞬間、音が聞こえ始めた。


雨の音。


そして、視界が歪んだ。


気がつくと、俊二はあのカフェにいた。


一年前と同じ場所。


同じテーブル。


向かいには美咲が座っている。


「俊二くんは優しすぎるの」


美咲の声。


あの時と同じ言葉。


でも、次の瞬間、俊二の口から出た言葉は、あの時とは違った。


「待って、美咲。俺、変わるから」


現実の俊二は、あの時何も言えなかった。


ただ、美咲の決断を受け入れることしかできなかった。


でも、この世界の俊二は違った。


「もっと刺激的な関係を作れるように頑張る。美咲が退屈しないように、俺も変わる。だから、もう少しだけチャンスをくれないか」


美咲は驚いた表情で俊二を見つめた。


「俊二くん...」


「お願いだ」


美咲は少し考えてから、小さく頷いた。


「...分かった。じゃあ、もう一度だけ」


場面が変わった。


俊二と美咲は、ロッククライミングのジムにいた。


俊二は高所恐怖症だったが、美咲に刺激を与えるために無理して挑戦していた。


「俊二くん、すごい!そういう冒険的なところ、初めて見た!」


美咲は嬉しそうに笑っている。


俊二も笑顔を作ったが、内心は恐怖で震えていた。


また場面が変わった。


週末、二人でサプライズ旅行に出かけた。


行き先も告げず、美咲を車に乗せて走る。


俊二は必死にサプライズを企画した。美咲を退屈させないために。


「どこ行くの?教えてよ!」


美咲は楽しそうに笑っている。


「着いてからのお楽しみ」


俊二は強引に引っ張る自分を演じていた。


本当は、美咲の意見を聞いて、一緒に計画を立てたかった。


でも、それでは退屈させてしまう。


到着したのは、海辺の小さなホテルだった。


「わぁ、素敵!」


美咲は最初、喜んでくれた。


でも、夕食の時、ふと彼女が呟いた。


「俊二くん、最近ちょっと変わったね」


「変わった?良い意味で?」


「うん...でも、何だろう。ちょっと無理してない?」


「そんなことないよ」


俊二は笑顔を作った。


でも、その笑顔は引きつっていた。


また場面が変わった。


三ヶ月後。


俊二はすっかり疲弊していた。


美咲を退屈させないために、毎週のように新しいデートプランを考え、実行していた。


アクティビティ、サプライズ、ちょっとした喧嘩も演出した。


時には、わざと美咲と違う意見を言って、討論のようなものを楽しんだ。


でも、それは全部演技だった。


本当の俊二は、静かに映画を見たり、一緒にカフェでゆっくり過ごしたり、そういう穏やかな時間が好きだった。


「俊二くん」


ある日、美咲が真剣な顔で言った。


「最近、あなたが分からなくなってきた」


「え?」


「無理してるでしょう。私のために、自分じゃない誰かを演じてるでしょう」


俊二は何も言えなかった。


「前の俊二くんの方が良かった」


美咲は悲しそうに微笑んだ。


「私が退屈だって言ったから、変わろうとしてくれたんだよね。でも、それは違う。私が間違ってたの。俊二くんは俊二くんのままでいるべきだった」


「美咲...」


「ごめんね。やっぱり、私たち合わないのかも」


結局、この世界でも、二人は別れた。


ただし、今度は俊二の方が壊れていた。自分を偽り続けた代償として。


場面が次々と変わった。


別れた後、俊二は燃え尽きたように仕事だけの日々を送っていた。


笑顔を作ることさえ億劫になった。


自分が何者なのか、分からなくなっていた。


美咲を退屈させない自分。


でも、それは本当の自分じゃなかった。


じゃあ、本当の自分って何だ?


優しすぎる自分?人を退屈させる自分?


この世界の俊二は、答えを見つけられないまま、ただ時間だけが過ぎていた。


気がつくと、俊二は元の部屋に戻っていた。


レコードはまだ回っていたが、音は止まっていた。俊二はソファに深く座り込んだ。


全身から力が抜けていた。


別れなかった世界。


美咲と関係を続けた世界。


でも、そこにあったのは幸せではなかった。


俊二は自分を偽り、美咲は本物の俊二を見失い、結局同じ結末にたどり着いた。


いや、もっと悪い結末だったかもしれない。


「どうでしたか?」


店主が静かに部屋に入ってきた。


「見たいものが見れましたか?」


俊二は首を横に振った。


「いえ...見たくないものを見ました」


「そうですか」


店主は何も聞かずに、レコードをプレーヤーから外した。


「雨、まだ降ってますよ」


俊二は窓の外を見た。


確かに、雨は降り続いていた。


「ありがとうございました」


俊二は立ち上がった。


足元がふらついた。


「気をつけてお帰りください」


店を出ると、冷たい雨が顔に当たった。


俊二は傘を差すことも忘れて、しばらくそこに立ち尽くしていた。


結局、どちらの世界でも、俺は美咲を幸せにできなかった。


別れを受け入れた世界でも、受け入れなかった世界でも。


でも、それは仕方のないことだったんだ。


相性の問題。


俊二はゆっくりと歩き出した。


雨に濡れながら、駅へ向かう。


商店街を抜け、大通りに出た頃、俊二は一人の女性を見かけた。


傘を持たずに、雨宿りをしている。


30代くらいだろうか。


スーツ姿で、ずぶ濡れになっていた。


俊二は迷わず、その女性に近づいた。


「すみません」


女性は驚いて顔を上げた。


「これ、使ってください」


俊二は自分の傘を差し出した。


「え、でも」


「大丈夫です。俺、もう少しで駅なので」


「そんな、申し訳ない」


「いえ、気にしないでください」


女性は困ったように俊二を見つめた。


そして、ゆっくりと傘を受け取った。


「...ありがとうございます。あなたみたいな人、貴重ですよ」


女性は少し照れくさそうに微笑んだ。


「貴重?」


「優しい人って、意外と少ないんです。特に、見返りを求めない優しさは」


女性は傘を握りしめた。


「実は、私の元彼も優しい人だったんです。いつも気を遣ってくれて、私のことを第一に考えてくれて」


俊二は息を呑んだ。


「でも、私、それを当たり前だと思っちゃったんです。そして、もっと刺激的な人を求めて、別れを選んでしまった」


雨の音だけが聞こえた。


「今になって後悔してるんです。優しさって、本当は一番大切なことだったのに。それに気づくのが遅すぎました」


女性は俯いた。


「だから、あなたのこの優しさを、どうか大切にしてください。そして、それを大切にしてくれる人を見つけてください」


俊二は何も言えなかった。


女性は深く頭を下げて、雨の中を去っていった。


俊二の傘を差して。


俊二は雨に濡れたまま、しばらくその場に立っていた。


優しさを大切にしてくれる人。


世界には、俊二の優しさを必要としている人もいる。


それを大切だと思ってくれる人もいる。


俊二は空を見上げた。


灰色の空から、雨が容赦なく降り注いでいる。


でも、不思議と心は軽かった。


優しすぎる自分。


それは欠点じゃない。


ただ、それを必要としてくれる人と出会うまで、待てばいい。


焦る必要はない。


俊二は歩き出した。


駅まではまだ少し距離がある。雨に濡れながら歩くのは久しぶりだった。


子供の頃、よく雨の中を歩いた。母親に怒られながらも、水たまりに足を踏み入れて遊んだ。


あの頃は、何も考えていなかった。


ただ、目の前のことを楽しんでいた。


いつから、こんなに色々考えるようになったんだろう。


俊二は小さく笑った。


駅に着く頃には、雨は少し弱まっていた。


ホームに上がると、電車を待つ人々がまばらに立っていた。


俊二は濡れたシャツを絞りながら、電光掲示板を見上げた。


次の電車まで、あと五分。


ポケットから携帯を取り出すと、LINEの通知が入っていた。


田中からだった。


「明日、暇だったら飲みに行かない?」


俊二は少し考えてから、返信を打った。


「いいよ。久しぶりに飲もう」


送信ボタンを押す。


これまでなら、適当な理由をつけて断っていただろう。


でも、今日は違った。


たまには、人と会うのも悪くない。


電車が滑り込んできた。


ドアが開き、乗客が降りてくる。


俊二は車両に乗り込み、空いている席に座った。


窓の外では、まだ雨が降っている。


でも、明日は晴れるかもしれない。


いや、晴れなくてもいい。


雨の日には、雨の日の良さがある。


俊二は目を閉じた。


今日、不思議な店で不思議な体験をした。


選ばなかった人生を見た。


そこで分かったことは、シンプルだった。


自分を偽っても、幸せにはなれない。


そして、自分の優しさは、欠点じゃない。


美咲との恋は終わった。


でも、それは俊二の人生が終わったわけじゃない。


新しい出会いは、いつか必ず来る。


それから一週間が経った。


梅雨は続いていた。毎日のように雨が降り、街は灰色に染まっていた。


金曜日の夕方、俊二は再びあの道を通っていた。


意識していたわけではない。ただ、何となく足がその方向へ向いた。


古い商店街を抜けると、見覚えのある場所に出た。


あの日、傘を渡した場所。


そして、そこに彼女がいた。


傘を持たずに、雨宿りをしている女性。


俊二は驚いて足を止めた。


女性も俊二に気づき、顔を上げた。


「あ...」


お互いに、しばらく言葉が出なかった。


女性は俊二の傘を手に持っていた。


「すみません、傘を返そうと思って...」


女性は申し訳なさそうに言った。


「でも、連絡先も聞いていなかったので、どうやって返せばいいか分からなくて。それで、ここに来れば、もしかしたらまた会えるかなと思って」


「ここで、待っていたんですか?」


「はい。毎日この時間に...でも、なかなか会えなくて」


女性は少し照れくさそうに笑った。


「今日も諦めかけていたところだったんです」


俊二は胸が温かくなるのを感じた。


「わざわざ、ありがとうございます」


俊二は傘を受け取った。


「いえ、こちらこそ。本当に助かりました」


女性は深々と頭を下げた。


そして、顔を上げると、真剣な表情で俊二を見つめた。


「あの...見つかりましたか?」


「え?」


「あなたの優しさを大切に思ってくれる女性」


俊二は少し考えてから、首を横に振った。


「いいえ、残念ながらまだ...」


「そうですか」


女性は少し寂しそうに微笑んだ。


「でも、きっと見つかりますよ。あなたみたいな人なら」


「ありがとうございます」


俊二も微笑んだ。


雨は相変わらず降り続いている。


二人はしばらく、雨音だけが響く中で立っていた。


「あの」


女性が口を開いた。


「もし良かったら、お茶でも...お礼がしたいんです」


俊二は少し驚いた。


「いえ、お礼なんて」


「お願いします。傘を返すだけじゃ、気が済まなくて」


女性は真剣な表情だった。


俊二は少し考えてから、頷いた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


二人は近くのカフェに入った。


窓際の席に座り、それぞれコーヒーを注文する。


「改めて、先日はありがとうございました」


女性は丁寧に頭を下げた。


「私、田村麻衣といいます」


「青木俊二です」


「青木さん。素敵なお名前ですね」


「いえ、普通ですよ」


俊二は少し照れくさかった。


コーヒーが運ばれてきて、二人は少し落ち着いた。


「田村さんは、この辺りにお勤めなんですか?」


「はい。広告代理店で働いています。青木さんは?」


「IT企業です。システムエンジニアをしています」


「そうなんですね」


会話は自然に続いた。


仕事の話、趣味の話、最近見た映画の話。


俊二は久しぶりに、こんなにリラックスして誰かと話している気がした。


「青木さんって、本当に優しい人なんですね」


麻衣がふと言った。


「話していて、すごく安心します」


「そうですか?」


「はい。気を遣ってくれるけど、押しつけがましくなくて。自然体で優しいというか」


俊二は少し複雑な表情になった。


「実は、その優しさが原因で、前の彼女に振られたんです」


「え?」


「優しすぎて退屈だって」


俊二は自嘲気味に笑った。


麻衣は少し考えてから、静かに言った。


「それは、相性の問題だったんだと思います」


「相性?」


「はい。優しさを退屈だと感じる人もいれば、何より大切だと思う人もいる。どちらが正しいとか間違っているとかじゃなくて、ただ、求めているものが違うだけ」


麻衣はコーヒーカップを両手で包んだ。


「私も、元彼の優しさを当たり前だと思って、失ってから気づいたんです。本当に大切なものって、派手じゃないし、刺激的でもない。でも、毎日そばにあって、温かくて、安心できるもの」


俊二は黙って聞いていた。


「青木さん、自分を変える必要なんてないですよ。そのままのあなたを必要としている人は、必ずいますから」


「...ありがとうございます」


俊二は心から感謝した。


雨は、いつの間にか止んでいた。


窓の外を見ると、雲の切れ間から夕日が差し込んでいる。


「あ、雨が止みましたね」


麻衣が窓の外を見た。


「そうですね」


二人はしばらく、夕日を眺めていた。


「あの」


俊二が口を開いた。


「もし良かったら、また会いませんか?」


麻衣は驚いた表情で俊二を見た。


「お友達として」


俊二は付け加えた。


「焦らずに、ゆっくりと。お互いのことを知っていけたらいいなと思って」


麻衣は少し考えてから、柔らかく微笑んだ。


「はい。私もそうしたいです」


「本当ですか?」


「ええ。青木さんともっとお話ししたいです。友達として」


二人は笑顔で頷き合った。


外はすっかり晴れていた。


雨上がりの街は、夕日を浴びて黄金色に輝いている。


俊二は窓の外を見ながら、心の中で思った。


新しい始まり。


焦らなくていい。


ゆっくりと、一歩ずつ。


今度は自分を偽らずに。


ありのままの自分で。


「じゃあ、連絡先を交換しませんか?」


麻衣が携帯を取り出した。


「はい」


俊二も携帯を取り出す。


QRコードを読み取り、お互いの連絡先を登録する。


「青木さん、今日は本当にありがとうございました」


「こちらこそ」


二人はカフェを出た。


外は雨上がりの匂いがした。


濡れたアスファルトに、夕日が反射している。


「それじゃあ、また」


「はい、また」


麻衣は手を振って、駅の方へ歩いていった。


俊二もその背中を見送ってから、反対方向へ歩き出した。


ポケットの中で、携帯が震えた。


LINEの通知だった。


麻衣からだった。


「今日は楽しかったです。また会いましょうね」


俊二は微笑んで、返信を打った。


「こちらこそ。楽しみにしています」


送信ボタンを押す。


俊二は空を見上げた。


雨上がりの空は、どこまでも澄んでいた。


明日は、きっといい天気だ。


そして、もしかしたら、これから先も。


俊二は軽やかな足取りで、駅へ向かった。


新しい季節が、始まろうとしていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

この物語が、皆さまの時間に少しでも寄り添えていたら嬉しいです。

よろしければ、次の話も楽しみにしていただけると幸いです。

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