第5話(誠爾の部)
いろいろと不可解な点があるが誠爾は返信を書くことにした。返信の文の中で誠爾は戦艦大和のことをヤマトホテルと書いた。
<最初に告白文と考えたのはそれが理由です。でもその様な異様な圧をかけて創作を何とかして批評してもらいたい狂気の現れと今は考えています。ヤマトホテルに乱歩の感想を交換できる人がいるとは思ってなかったです。>
軍艦は海外に停泊中、国賓級の要人をもてなす場合もあり、戦艦大和は冷房を完備するなど豪華な調度品を設えている。その為、そのことを揶揄しヤマトホテルと呼ぶ輩もいる。艦の人間であるなら通じる筈だ。
11月23日、呉に着いた。大和はしばらく呉に停泊せざる得ない状況にあった。亜細亜戦線を縮小した為、油が不足しているのだ。呉に大和が停泊している間、誠爾は故郷の鹿児島で久しぶりの休暇をとった。大和に戻り、誠爾が乱歩の短編集を開いたのは、年が明けて1月10日のことであった。
<ヤマトホテルはどんなホテルですか?>
誠爾は、艦の人間ではないと判断した。ヤマトホテルという言葉が全く通じていない。停泊中に外部の者が艦内に入らないこともないが、艦に入れる程度に本艦に関係がある人間ならヤマトホテルが何を指すかはわかるだろう。
しかし、これは一体、どの様なことだろうか?
艦とは関係性の低い人物だとして、どうやって航海中に返事を寄越せたのか?それに、艦との関係性が低い立場にあることを隠そうともせず、無邪気にヤマトホテルのことを聞いてくる。
不可解な出来事ではあるが、悪意があるようには思えない。もう少し反応を見てみようと思った。
<ヤマトホテルは来賓を饗す料理、冷房完備など国家の体面を顕示するに相応しいところです。尤も内装などの調度品は武蔵屋旅館の方が上等であると聞いています>
数日後、返事が来ていた。
<豪華なホテルなのですね。ところで、何故、乱歩をお読みになったのですか?私は日本古来の風習や文化を勉強しています。古い小説はその勉強の延長にある趣味みたいなものです>
やはり戦艦ではなく「ヤマトホテル」の文字の如く「ホテル」と認識しているようだ。戦艦武蔵を揶揄した武蔵屋旅館についても違和感を感じていないらしい。誠爾はここに嘘はないような気がした。
そして江戸川乱歩を「古い小説」と表現していることも気になった。本の出版年をみると大正末期に出版されているが、乱歩は未だ存命であるため、古いと表現するには少し違和感があるのだ。
どこから、どうやって、どのような人物が返事を寄こしてくれているのか?違和感を解消したくなってきた。誠爾は無難にやり取りを続けてみることにした。
<この小説が古い小説とは恐れ入りました。そうですね。二十年も経てば古いかも知れませんね。私など本当にひと時の楽しみのための読書で古いも新しいも考えず読んでいます>
それからしばらくの間、誠爾は短編集を開くことができなかった。呉に停泊している大和で連日のように、艦内訓練が続いていたのだ。訓練は多忙を極め、なかなか図書室へ行く時間がなかった。2月も終わり、3月に入ると、今度は米軍の攻撃が呉にも及び、それどころではなくなってしまった。ようやく誠爾が乱歩の短編集を手に取ることができたのは3月も下旬になってからであった。
<読書は楽しめれば良いのです。私は大学で歴史や文化を学んでいます。貴方は何をしているのですか?>
大学生?筆跡から察するにおそらくは女性であろう。どこかの令嬢なのか?そのような想像をするだけで少しこのやり取りの楽しみが増した。この返事を読むことが誠爾にとって作戦で疲弊した心身を休めることができるひと時となっている。
前回、誠爾が返事をしたのは2月の初旬。もし直ぐに返事をくれていたのだとしたら1か月以上待たせていることになる。すぐに返事ができないことを誠爾は申し訳なく、そして残念に思った。
<自己紹介もせず失礼しました。私は一之江誠爾といいます。歳は21。今はヤマトに居りますが、その前は櫛職人の見習いでした。貴方をなんとお呼びすれば良いですか>
この返信を書いた時期、大和は停泊地を呉から徳山に移すなどの作戦があり慌ただしく日々が続いていた。
誠爾が図書室に立ち寄れたのは徳山に来てからだった。束の間の隙間時間を見つけ、ようやく短編集を手に取ることができた。返信が来ていた。
<アヤと呼んでください。ヤマトホテルはどこにあるのですか?>
慌ただしく戦況に対応せねばならぬ中で貰った返事に誠爾の心は弾んだ。
しかし、やはり、どうにも腑に落ちない。上質な紙に美しい印刷、滑らかなインクの筆跡、大和外部の人間にも関わらず航海中にも返事がくる・・・。
もしや、この文は時間旅行をしている?いやまさか、あり得ない。これまでの誠爾であれば一笑に付したことであろう。だがこの不可解な出来事を説明するには、不可解な理由でないと説明できない気がした。




