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第4話(誠爾の部)

いつ何時、なにが起こるかもわからない。誠爾自身、命の保証はない。だから、と言うわけではないが、短編集は読むのにちょうど良いと誠爾は思った。


作家の名前を見る。江戸川乱歩、聞いたことある名前の作家だ。本を開き目次に目を通す。

へぇ、人間椅子って、これはまた奇妙な題目だ、と心の中で呟いて、誠爾は読み始めた。話しはあまり長くはなく、あっと言う間に読み終えた。


なんと謎めいた終わりかただろうか。この結末を一人で考えるだけでは、勿体ない気がして、誰かと感想を分かち合いたくなった。誠爾は本に挟んであった栞に


<創作の作品か告白文か。貴方はどう思うだろうか。>


と書いて、人間椅子の最後の頁に挟んだ。


返信は期待してはいなかった。誠爾は戦艦の図書室にいる。海図、世界地図、戦史なとの書籍が並べられた本棚の陰に短編小説集を見つけたのだ。今は1944年11月、本艦、戦艦大和はブルネイに停泊している。これからブルネイを発ち本国、呉の港に向かうのだ。


数日後、休憩時間を見繕い乱歩を開いてみると、栞に返信があった。


<告白文だと思います>


フィリピン海を航行中にも関わらず、艦にいる誰かが感想を書いて寄越したのだ。誠爾は嬉しかった。誰かがこの謎めいた小説について同じように感想を分かち合いたいと考えていたのだ。早速、急いで返事を書いた。


<最初はそう考えました。でも今は創作と思い至る。誰方か存じないですが、返信をくれて嬉しいです。>


誠爾は通信兵として乗艦している。常に信号を受信しなくてはならないため、休憩時間はしっかり睡眠に充てなくてはならない。通信中に居眠りすると、それこそ艦の行く末を左右する重大な過失になってしまう。なので、仮に誰かから返事があったとしても誠爾自身が、いつまた艦の図書室に立ち寄れるかもわからない。


パタン、と閉じた本を本棚の端に差し込み、急いで艦の図書室を出た。こんなところで油を売っているのを上官に見られたら怒られる。それに誰かと感想を交換しているのも秘密にしておきたかった。


11月23日、大和は呉に帰還した。25日になり、ようやく時間を見つけ乱歩の短編集を覗いてみると、返事が書かれた新たな紙が挟まれていた。


<意見が割れましたね 告白文でないとしたら、部屋の撫子の鉢植えのくだりをあなたはどの様に解釈しましたか?>


なるほど。そこは誠爾自身も悩んだ部分だ。しかし、そんなことより返事の書かれたその紙の美しさに驚いた。この紙の上質で滑らかな触り心地。そして見たこともない美しい印刷できれいな桜の花弁が色鮮やかに描かれている!


どこからこのような紙を入手できたのだろう。呉に到着した後ならどこからかこのような上質な紙を手に入れることもできるかも知れないが11月15日時点では大和はブルネイを経ち呉に向けて航海中であったのだ。しかもその前の週は激しい戦闘の最中であった。考えてみたが誠爾には、艦内でこのような紙を手当てできる術を思いつくことはできなかった。


それに前回は嬉しさの余り気にならなかったが、改めて見ると、インクで書かれた文字の線筆はとても細くなめらかで筆跡は女性らしいものに見えた。


誠爾の胸中に返事を貰えた嬉しさと釈然としない思いが交錯した。


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