表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

第3話(綾の部)

返信があったのは、年が明けて1月。私が返事をしてから1カ月後だった。


<ヤマトホテルは来賓を饗す料理、冷房完備など国家の体面を顕示するに相応しいところです。尤も内装などの調度品は武蔵屋旅館の方が上等であると聞いています>


ほう!来賓を饗す、国家の体面、ときたか。なるほど、なかなか豪華なホテルみたいだね。でも、そんなに格式の高いヤマトなんて名前のホテル、あったかなぁ。まあ、私が知らないだけなのかも。でもこの本に返事を寄こせるってことはこの辺の人だよね?武蔵屋旅館ってのも聞いたことがないぞ。

それに、冷房完備って・・・。それが売りになるのかなぁ。今どき当たり前じゃないのかなぁ。


なんかしっくりこないけど、実直な文章から真面目そうな人柄は伝わってくる。お年を召した方なのかな?つい、こちらの返事の文章も丁寧になってしまう。


<豪華なホテルなのですね。ところで、何故、乱歩をお読みになったのですか?私は日本古来の風習や文化を勉強しています。古い小説はその勉強の延長にある趣味みたいなものです>


違和感に突っ込むと相手を傷つけるかも知れない。差し障りのない返信を本に挟んだ。


そこからはあまり間が空かずに返信がきた。


<この小説が古い小説とは恐れ入りました。そうですね。二十年も経てば古いかも知れませんね。私など本当にひと時の楽しみのための読書で古いも新しいも考えず読んでいます>


んん?二十年!?

確か乱歩って大正から昭和にかけて活躍した作家さんじゃなかったかしら?人間椅子は二十年どころか八十年ぐらい前だと思うんだけど。


お年を召していらっしゃる?歳をとると時が経つのがはやいというやつかな。二十年と思いきやもう八十年経っていた、的な。ヤマトホテルの件もそうだけど、いろいろと気になる・・・。この付近に昔、ヤマトホテルなるものがあったのかな?いきなり年齢を聞くのは失礼になるかな?そうだ!まずは自己開示をしてみよう!少しずつ自己開示をすれば返事の主も少しずつ情報を開示してくれるかも。よし、その手でいこう!


<読書は楽しめれば良いのです。私は大学で歴史や文化を学んでいます。貴方は何をしているのですか?>


ポストカードを挟み、ページを静かに閉じた。そして、カウンターの奥にいる祖父に話しかける。


「ねぇ、お祖父ちゃん、最近この本を読んでいるお客さんってどんな人?何度かこのお店に来てくれているみたいだけど」

祖父は、その本かい?うーん、と考えてから答えてくれる。

「そうだねぇ、足繁く通ってくれているお客さんは何人かいるけど、その本を読んでいる感じはないかなぁ。どうかしたかい?」

「ううん。なんでもない」

そっかぁ。なんかつかみどころがないな。次のお返事で何かわかるかな?待つしかないかぁ・・・。



なかなか返事がこなかった。1ヶ月以上待ってようやく返事が来た。


<自己紹介もせず失礼しました。私は一之江誠爾といいます。歳は21。今はヤマトに居りますが、その前は櫛職人の見習いでした。貴方をなんとお呼びすれば良いですか>


21歳?若い!でも、全然しっくりこないよ。今はヤマトにいるって?しかも元櫛職人の見習い。いろいろ違和感があって受け止めきれないよ。


祖父の淹れてくれた珈琲を飲んで少し落ち着こう。

なんかキャラ設定?だとしたらどういう設定なのかしら?それはそれとして、実体としてこの返事をくれている誰かがいるはずだよね?まずはそこかな。とりあえず、21歳の前提は受け止めてみよう。


「ねぇお祖父ちゃん、最近、私と同世代の男の子、通ってない?なんかこう、職人気質な、物静かな感じの」

と年齢以外は勝手につくった妄想に近い人物像をぶつけてみる。


「大学生ぐらいの男の子かい?そうだねぇ、ゼロってことはないけど、通ってくれている感じの人はいないかなぁ」

「ふーん。そっか。じゃあ、この本に触る人は?」

と、江戸川乱歩の短編集を祖父の前に差し出す。


「前も聞いていたね。でもいないなぁ。綾ぐらいだよ、それを手に取るのは。その本に何かあるのかい?」

「なんかね、ある人が栞とかポストカードに感想をかいて挟んでくれているんだよね」

と、祖父に質問のいきさつを簡単に説明する。


「うーん。どなたかなぁ。心当たりはないなぁ」

「そっか、ありがと」


返事の主は誰なんだろうなぁ。人物像も謎だけど、この本に触れている人が見当たらないというのも謎だなぁ。ここまできたら今更、やめられない。最早、小説の感想ではなく、返事の主の正体を突き止めることが目的となってしまっているけど。


さすがに、どこの誰か、具体的にわかる必要はないけど、どんな人がいつ、どうやって、返事をしているのか、キャラ設定にどんな意図があるのか、その辺がわからないと、スッキリしない。いろいろ探りをいれつつ、続けてみよう。


<アヤと呼んでください。ヤマトホテルはどこにあるのですか?>


と返事を書いた。


数日後、返事が来てた。今回はそんなに間が空いていないね。お返事の主にとってはここを訪れることは継続的なんだけど不定期なイベントってことなんだろうな。


<アヤさん お返事が書けず大変申し訳ない。今、呉におります。>


呉!?呉って広島県の呉市?なんで?おかしい。絶対におかしい。ここ、東京だよ。それは返事を書く誠爾さんを名乗る人も場所は同じはずなのに、呉って。どういう設定なんだろう?からかわれているのかな?

私は少しむっとした。そしてそのままの気分のまま返事を書いてしまった。


<ここ、東京です。どういう意図でそんな架空の設定をお書きになるのですか?ヤマトホテルや武蔵屋旅館もどこにあるのですか?ネットで調べましたが大昔、戦争中に戦艦がそう揶揄されていたという記事しかでてきませんでしたよ>


それから暫らくは返事が来なかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ