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第2話(綾の部)

私は週に何度かは「珈琲屋篠崎」に立ち寄る。祖父が営んでいるお店だ。


「綾、おかえり。ゆっくりしておゆき。あ、おかえりはおかしいかな?ちゃんといらっしゃいませと言うべきかな」

「ううん、おじいちゃん、おかえりでいいよ。今日もゆっくりしていくね」

「珈琲屋篠崎」は、古民家を買い取り改装したカフェで、壁沿いに一人席を4つ、中央に二人掛けのテーブル席を2つあしらえている。元は小さな薬屋だったらしい。一人席と反対側の壁際にある棚は当時は薬などを入れていたのだろうか。今は引出や棚板を外し本や小物を置いてある。何冊か置いてある本は年代物の様だ。大正末期から昭和初期のもので、曾祖父の形見もあるときいている。本の隣には若かりし曾祖父が軍服をきた写真も飾ってある。


そんな空間を少し暗めの白熱灯の暖かな光が優しく包み込んでいる。この店のレトロな雰囲気の中で祖父の淹れたコーヒーを飲みながら本を読んだり、予定を考えたりして、ゆったりと時間を過ごすのが私のお気に入りだ。


11月にもなるとようやく残暑も影を潜め、秋らしくなってくる。読書の秋だな、と、本棚に目をやると、ある一冊の古書に栞が挟んであるのが目に入った。手に取ると江戸川乱歩の短編集だ。栞がどこに挟んであるのか気になって、そおっとページを巡ってみる。人間椅子の最後のページだ。そして栞にはこんな書き込みが。


<創作の作品か告白文か。貴方はどう思うだろうか。>


挟んであるページから察するに人間椅子の感想かな。


感想は鉛筆で書かれている。筆圧の強い角張った文字、簡潔な文章。多分、男の人だ。この栞も相当な年代物だ。いつこの感想は書かれたんだろ?古い本だから、昔、誰かが書いてずっと返事を待っていたのかもしれない。


ずっと長い間、返事を貰えていないみたいだ。少し可哀そう。


<告白文だと思います>


「人間椅子」は読んだことがある。返事がくることはないだろうけど、ボールペンで書いて栞を挟んだ。



翌日、大学からの帰りにいつものように祖父の喫茶店に立ち寄る。人間椅子の感想、どうなったかな、まさか返信があったりして、と考えながら短編集を手に取り栞を見てみた。


<最初はそう考えました。でも今は創作と思い至る。誰方か存じないですが、返信をくれて嬉しいです。>


まさかの返信!ちょっと嬉しいかも。もう少し感想を交換してみようか。


栞にはもう書き込む余白がないので、私はさっき雑貨屋さんで見つけた桜の花弁の柄のポストカードを取り出した。


<意見が割れましたね 告白文でないとしたら、部屋の撫子の鉢植えのくだりをあなたはどの様に解釈しましたか?>


栞と重ねてポストカードを本に挟んだ。



数日は返事がなかった。実は返事が来ることを少し楽しみに待っている自分に気が付く。乱歩の短編集を介して手紙でやり取りするなんて、ちょっと浪漫があるよね。今日は返事が来ているかな。本棚から短編集を手に取って挟んであるポストカードをみる。


<最初に告白文と考えたのはそれが理由です。でもその様な異様な圧をかけて創作を何とかして批評してもらいたい狂気の現れと今は考えています。ヤマトホテルに乱歩の感想を交換できる人がいるとは思ってなかったです。>


返事、来てた。ちょっと嬉しい。そうか、なるほどね。意見の違いはあるけど、その考えは理解できるよ。屋敷の内部の情報は、椅子の中に入らなくっても入手できるからね。


でもヤマトホテルってなんだろう?お店の名前は「珈琲屋篠崎」なんだけど。当然ながら喫茶店なので宿泊施設はない。間違えるにしてもホテルと呼ぶには違和感があるなぁ。どこか別の場所をさしているのか?何かの勘違いなのか?

聞いてみようか。


<ヤマトホテルはどんなホテルですか?>


素朴な疑問を本に挟んだ。


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