第9話(曾祖父の写真)
「綾、どうしたんだい?」
祖父が声を掛けて優しく背中を撫でてくれる。
「大丈夫かい?今、暖かいココアをつくるからゆっくり飲んで少し落ち着くといい」
私は声が出せず、ただ頷くだけ。
祖父がココアを持ってきてくれる。温かいココアをひと口飲む。少しだけ感情がおさまった。
「大丈夫かい、綾。お店は今日はもう閉店にしたよ。」
「うん。ありがとう。珈琲店なのにココア、あるんだね」
と、どうでもいいことを呟く。
「メニューには載せていないよ。どうしたんだい?」
「心配かけてごめんね。何から話せばいいのか・・・」
まだ整理ができない。とりあえず祖父にこの本について聞いてみよう。
「ねえ、おじいちゃん。この本棚にある古い本って、貴重な初版とか絶版になった本とかだって言ってたけど、この乱歩は何か由来があるの?」
「江戸川乱歩の短編集だね。これはじいちゃんの父親、つまりお前のひいおじいちゃんの形見だね。昔、軍艦の図書室にあった本だって聞いているよ」
「ひいおじいちゃんって軍艦に乗ってたんだよね?戦艦大和」
「そうだね」
「大和に図書室があったんだ」
「そうらしいね。一度、海に出ると、今と違って情報を調べる術はないからね。主に地図や海図などを置いていたそうだ」
私は本棚に目をやる。本がない棚の空いたスペースに飾ってある写真には三人の人物が写っている。
「ねぇ、おじいちゃん。この写真、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの若い頃だよね」
写真には和装で椅子に座っている若い女性と、軍服の立ち姿の青年が二人並んでいる。
和装の女性は曽祖母。そのすぐ後ろに、少し斜めのアングルで背筋を伸ばし凛と立っている青年が曾祖父。そしてもう一人の青年は少しだけ二人から離れて曽祖父の隣に同じ様に凛と佇んでいる。
「もう一人の青年は誰なの?」
「ひいおじいちゃんの幼馴染だと聞いているよ。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんも幼馴染だったそうだから、この写真の三人は皆、幼馴染だと言うことになるね」
少し間をおいて祖父が話しを続ける。
「ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは許嫁ということではないけど、年頃になって恋仲になってな。戦争中だったからね。出征前に結婚したんだ。この写真は結婚の記念に写真館で撮ったと言っていたよ」
戦争、出征という言葉を聞いてまた心がざらついた。
「おじいちゃん、あのね・・・」
誠爾さんとの手紙のやり取りについて話そうとしたが、何から話せばいいのか頭が整理できていない。
「おじいちゃん、この手紙のやり取り、読んでみてもらえないかな」
と言って古びた栞とポストカードを見せる。
「信じてもらえないかもしれないけど、鉛筆の返事は戦艦大和にいた人、ポールペンの返事は私なんだよ」
誠爾さんとのやり取り見せながらことの顛末を祖父に説明する。
祖父は何度もやり取りした文面を見てうーんと唸り、沈黙した。
「綾と戦艦大和の誠爾さんという人が時を超えてやり取りをしてたってことになるんじゃろうか。俄には信じ難いが」
と私の考えた事と同じ答えを導く。
「綾、知っていると思うが、戦艦大和は戦争で・・・」
「うん。そうだね。知ってる。だから誠爾さんもきっとその時に・・・」
言葉に詰まり、また涙が溢れてきた。
「誠爾さんという方は戦艦大和の乗組員だったのなら、きっと父の戦友だったんだろう」
「そうだね。だからこの本に不思議なことが起こったんだね」
曽祖父と誠爾さんのことをきちんと知らなきゃいけない気がした。誠爾さんが指宿に来て欲しいと言っている。ちゃんと向き合おう。
「おじいちゃん。私、鹿児島の指宿に行ってみる。壽工房を訪ねてみる。誠爾さんやひいおじいちゃんのことが何かわかるかも知れない」




