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ババ!!  作者: 井越歩夢


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エピソード3「語るか、黙るか」②

「ババ!!」


ある街で起きる連続失踪事件。

真相を追う刑事、沢登修吾と

街で喫茶店を営む女店主、馬場カーミラルの物語。


「どうする?あなたを語る?それとも黙る?」

=②=


「修吾君……それ、本気で言ってるの?」


日は数日戻り、九月十八日の深水署の一室。“あるもの”の鑑定結果ついて話し合う三人、笠原美恵(かさはらみえ)沢登修吾(さわのぼりしゅうご)武澤春樹(たけざわはるき)の姿そこにはあった。

その言葉は鑑識官・笠原からだったが、若手刑事・武澤の表情もまた、彼女の同じ言葉を静かに語っていた。そんな二人に沢登は、いつものように表情を崩さず、淡々と語り始めた。


「ああ。本気だ。何と言うか……正直、以前の俺ならこんな考え方はしなかったと思う。 だが、俺は今回の事件を、少し“非現実的な目線”で見てみたくなったんだ。」


その言葉に、笠原は腕を組み、唸るように思考を巡らせる。彼女自身、この鑑定結果を目にした瞬間から、現実の枠を揺らがす何かを見ていることを感じていた。

沢登から頼まれた、明らかに人の皮膚とは思えない“それ”の鑑定結果が、紛れもなく「人の皮膚」であると知ったその時から。納得はできない。だが、否定もできない。事実は、事実としてそこにある。笠原も、それを十分に理解していた。


「深水市中瀬連続失踪事件の被害者の中に、この破片のDNAと一致する者がいないかを調べてみたい。」


それが沢登の言葉だった。


彼がそう口にしたとき、室内の空気がわずかにどよめき揺れた。鑑識官・笠原美恵、若手刑事・武澤春樹。二人の視線は、突飛とも言える発言をした沢登に向けられていた。


「さっき美恵さんも言っていたね。これから話すことは、信じがたい内容かもしれないって。 武澤君も、俺に電話するとき、そう感じていたはずだ。もちろん、俺も同じだよ。あの硬質な欠片が“人間の皮膚”だなんて、到底、信じられる話じゃない。」


沢登の声は淡々としていた。 だが、その言葉の奥には、確かな決意が滲んでいた。


「それでも、鑑定結果はそう出た。そこで思ったんだ。もしかすると、この失踪事件には“常識では理解できない何か”が関わっているのじゃないかと。現実的な捜査は当然続ける。だがそれと並行して、非現実的な視点からも、この事件を見てみたいんだ。」


笠原は相変わらず腕を組み、深く唸るように思考を巡らせていた。武澤の表情も、「本気ですか?」という問いが、言葉にせずともはっきりと浮かんでいる。

沢登は、そんな二人の反応を静かに受け止めながら、その目に冗談の色は一切なかった。その視線が、難色を示していた笠原の思考を、半ば呆れ顔ながらも静かに動かしたようだった。 何がどうであれ、こういう目をしているときの沢登は、鋭い。

笠原自身も、あの“破片”の鑑定結果を目にしている。どう見ても人の皮膚とは思えないそれが、科学的には“人間の皮膚”と断定された。納得はできない。だが、否定もできない。

そしてもし、非現実的な視点からの捜査が切っ掛けとなり、何かが動くのなら…それもまた、選択肢のひとつだ。


「……了解。失踪者十人の中に、この破片のDNAと一致する者がいないかを調べる、ね。」


腕を組んだまま、笠原は静かに息を吐いた。


「よろしく頼むよ、美恵さん。武澤君。鑑定に必要な手続きを進めてくれ。」


「わかりました。」


武澤の返答は短く、だが確かだった。武澤も、沢登が署内で言われている「一見ぼんやりして見えるが、話し方の節々に見える鋭い観察眼と論理性がそれを隠しきれず滲み出ている男」から、「鋭い観察眼と論理性が滲み出る男」に切り替わったことを感じていた。


こうしてこの事件、深水市中瀬連続失踪事件の捜査は、常識の外側へと足を踏み出し始めたのだった。


◇◆◇


「沢登さんの予想通りです。あの欠片は……」


武澤の声が、電話越しに静かに届いた。 その一言で、沢登はすべてを理解した。非現実的な視点から導き出した予想。それが、現実の鑑定結果になったのだと。


「あの破片は、白川誠一郎(しらかわせいいちろう)のDNAと一致しました。」


深水市中瀬連続失踪事件の被害者の中に、この破片のDNAと一致する者がいないか。そんな突飛な発想に至った自分を、そのときの彼は真面目に語りながらもどこか少しだけ自嘲していた。だが今は、その考えが間違いではなかったことを、素直に受け止めていた。


あの雑誌『月刊ヌー!?』。それを読むことで、 沢登はこの失踪事件に対する自身の思考の枠を、普段では考えもしなかった非現実的な視点にまで広げてくれたことに、奇妙な感謝の念を抱いていた。

そして、この結果を前にした沢登は、ひとつの認識を固めていた。

この事件は、常識の内側だけでは解けない。非現実の目線の向こう側に、何かが潜んでいる。


沢登は、その扉を開くために歩き出していた。向かう先は、“あの欠片を拾った場所”。「灯台下暗しか、否か。」心の中でそう呟きながら、彼は足を速める。捜査の行き詰まりに疲れた自分を労ってくれる、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。彼女は、何かを知っているのか? それとも、ただの偶然か?


いつも通り無表情を保ち、冷静な様子を装っていた沢登だが、その歩調は、この事件に携わってからこれまでで最も速かった。

向かうのは、深水市中央区中瀬北二丁目。 屋久通に面した、小さな喫茶店Terminal。

沢登の癒しの場所でありながら、今やそこは事件の手掛かりとなる場所でもある。沢登の視線は、店の扉の先で待つ“何か”を見据えていた。


◇◆◇


沢登の歩調は、いつになく速かった。だが、身体の動きとは裏腹に、心理的感覚はその真逆をぐるぐると辿っていた。風待庵からTerminalまでは、ゆっくり歩いても五分と少し。 それほどの距離が、今日の彼には妙に遠く感じられた。何故か?その理由を彼自身は、分かっていた。安心したいのだ。


あの欠片。人間の皮膚と鑑定されたそれは、喫茶店Terminalの前で拾ったもの。それだけに、沢登の中には、Terminalの店主・馬場カーミラル(まばかーみらる)がこの件に関わっているのではないかという不安が、静かに根を張っていた。


彼女が何かを知っているのか。 それとも、ただの偶然か。

どちらであれ、沢登は早く「彼女は事件に関わりがない」と確かめたかった。 その確証が、彼自身を安心させる唯一のことだった。

その思いが、沢登の足を速める。そして、このわずかな道のりを、妙に遠く感じさせていた。


実時間で三分四十八秒後。だが、沢登が感じた心理的時間に置き換えると、十五分十五秒にも及ぶ長い時間。中瀬のアーケード街を抜け、屋久通を津ノ上駅方面へと向かう途中。 中瀬北二丁目、屋久通り沿い。中瀬北バス停のすぐ前に、小さな喫茶店がある。 喫茶店Terminal。沢登がその店の前に立ったのは、午前九時。

この時間帯、席がすべて埋まっている可能性もある。 だが、彼の意識はそこにはなかった。

沢登は目を閉じ、深く息を吐いた。フゥー…と、大きな音を立てるほどに。

自分では緊張しているつもりはない。だが、身体は正直だった。沢登の指先には、喉元には、ヒリヒリとした緊張感が滲んでいた。

この店の前で拾った“あの欠片”。そして、店主・馬場カーミラルの笑顔。それらが、沢登の思考の奥で静かに絡み合っていた。

今、彼は喫茶店Terminalの扉の前に立っている。「この扉がまさか、月刊ヌー!?的に表現するなら現実と非現実の境界か?」

つもりはない緊張をほぐすためか否か。沢登は、そんなことを心の中でつぶやき扉のノブに手を伸ばした。


その時だった。


◇◆◇


木製のドアノブに手をかけようと、沢登が手を伸ばしたその瞬間、カランカランカラン……。ドアベルが、短い音楽のように小さく鳴り響いた。扉が、内側から開いたのだ。

沢登は、反射的に伸ばしていた手を引いた。丁度退店する客と扉を開けるタイミングが合致合ったのだろう。沢登は退店する客の姿を思い浮かべながら、ドアノブから視線を外す。だが、そこに立っていたのは、予想していなかった人物だった。


「修吾さん?」


聞き慣れた澄んだ声が、扉の向こうから届く。


「ま、馬場さん…!?」


扉を開けたのは、喫茶Terminalの店主、馬場カーミラル。沢登の予想から大きく外れた、あまりに近しい存在。その瞬間、沢登の思考を揺らがすように、静かな波紋が広がった。沢登のいつになく驚いた様子に、馬場はどこか意味深にニッコリと微笑む。


「何、固まってるんですか。修吾さん。中にどうぞ。」


「あ、ああ…お邪魔します。」


「っぷ、アハハ。お邪魔してください。」


不意打ち。想定外。そして、変わらない笑顔のようでいて、どこか違う。最近の馬場カーミラルの距離の近さには、沢登も少しずつ慣れてきていた。だが、今この瞬間のやり取りには、言葉にするには困難な感覚、“いつも通り”と“いつも通り?”が入り混じっていた。

それでも彼女に促されるまま、沢登は店内へと足を進める。その背後で、馬場は静かに扉を閉めた。

木製の扉に吊るされた「OPEN」のボードが、彼女の手によって素早く裏返される。 そこに現れたのは「PRIVATE EVENT(貸し切り中)」の文字。

沢登は、それを背中で感じながら、この店に入った瞬間から、彼の刑事としての経験と勘が“これから何かが始まる”ことを、静かに悟っていた。



③につづく



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