【第99話】陽花の兄弟
「じゃあね、三千花ちゃん、朝食美味しかったわ」
ようやく、姉が去ってくれるみたいだ。良かった―
「陽花ちゃんも、色々ありがとう。今度、うちにも来てね」
いや、それは陽花に色々やってもらいたいだけだろ、聡さんが居るとき以外は絶対に連れて行かないぞ。
「お姉さん、本当にありがとうございました。また来てください」
三千花が姉貴になんかしてもらったことあったっけ? お酒飲まされてただけだよな……それから、姉貴に社交辞令を言っちゃ駄目だ。本当に来ちゃうから。
「今度は静華さんのお宅で、お料理作らせていただきます」
あーあ、約束しちゃった……まあ、聡さんには陽花の件で色々便宜を図ってもらってるから、たまにはお礼を言いに行ってもいいか……あと、姉貴の家じゃなくて、聡さんの家だから……
「涼也も頑張るのよ……ちょっとくらい上手くいかなくても、勇気を持って行動に移さないと、チャンスは掴めないわよ」
はいはい、分かった分かった。とはいえ、すぐに発展する気配はなさそうだから、俺のペースでやっていくようにするよ。
「まあ、ぼちぼちやるから、心配しなくても良いし、しょっちゅう見に来なくても良いから……」
くしゃくしゃと俺の頭を撫でる姉。「また来るわね」といって、去っていく……来なくて良いって言ったんだけどね。
嵐のように去って行った姉だったが、その爪あとはしっかりと残ってるな。他に被害は……無いかな?
「行っちゃったわねお姉さん。私もあんな風になりたいわ……」
いや、やめてくれ、三千花まであんな風になったら困る。どの辺に真似したい要素があったんだろう。
「そんなに、大したことしてなかったと思うけど……共感できる部分あった?」
「素敵なお姉さんじゃない。私も長女で、一番上だから、色々苦労は分かるわ」
そうなんだ……まあ、三千花がそう思ってるなら、否定はしないけど……あと、長女だったんだな……あんまり参考にしないほうが良いと思うよ。あれやられると下はつらいから。
「あんな姉貴が良いんだ……欲しいなら、熨斗つけてあげるけど……」
「こらっ、そういうこと言うんじゃないのよ。それに、お姉さんって、結婚すると義理のお姉さんになるんだから、そういう意味にとられちゃうわよ」
……あっ、なるほど、それは、気づかなかったけど、そういう意味にもとれるのか……最近誰かにも言ったような……って天音ちゃんか、そこは大丈夫そうだな。後は早耶にも言ったけど、もう時効かな。会うことも無いと思うし……
「私は、将来義理の弟が3人も増えるんだけど……」
「えっ?……てことは?」
「そうよ、下は妹が3人居るわ」
まさかの4人姉妹だったか……それは、何ていうか大変だな……まあ、一番大変なのはお父さんか。
「欲しかったら、あげるわよ、妹たち」
「へっ?」
変な声を出してしまった。それって、もしかして、そういう意味?
「ほら、勘違いするでしょ。だから軽々しく、そういうこと言っちゃだめよ」
あ、なるほど、それを教えてくれてたのか……確かに、これは勘違いするな……気をつけよう。
「うん、よく分かった。そういうことは言わないようにする」
「よろしい。今度から気をつけてね……それから、妹たちはあげないから……」
さすがに、それは冗談だって分かるよ。
「良いですね、私も兄弟が欲しいです」
突然、陽花がそう言い出した。なるほど、確かに1号機とか2号機は兄妹って感じじゃないしな。
「夕花ちゃんが妹なんじゃないの?」
うーん、それは、本人だし、どうなんだろう。
「もしかして、ここから記憶を統合しないで、別人格として学習を続けていけば、妹になるかもしれないけど……」
「そうですね、その可能性はあります。そこは、悠二さんの見解も聞きましょう」
* * *
悠二と連絡をとると、健斗のことも気になってたみたいだから、研究室で会うことになった。
陽花は、この姿になってから初の大学だな……受付で「忍野 陽花」って名前を書いて、夏休み中に大学を見学に来た親戚を装ってる……忍野一族、勝手に増やしちゃったな……あと、夕花もそうだな。
「おいっす、久しぶり! あっ、三千花たんも、元気してた?」
「お酒飲みすぎちゃったことはあったけど、元気だったわよ。茜ちゃんは元気?」
あっ、そこ聞くんだ。まあ、気になってはいたけど。
「うん、元気っしょ。この前、海も一緒に行ったん」
おっ、推薦組は余裕だな。って、こっちも連れ回してるか……まあ、間に勉強挟んでるけど。
「それで、陽花たんの、小学生版の夕花たんの話?」
「そうそう、元々陽花から派生してるんだけど、陽花のメンテナンス中に別人格として行動してたから、今は、そのときの情報を同期してないんだ」
「なる。そしたら、端末ごとの記憶があるってことっしょ、そのままが良いんよ」
「今のまま、陽花と夕花に別れてていいってこと?」
「陽花は、学習の記憶と、自分の体験した記憶を分けて管理してるっしょ、自分の記憶に別の端末で過ごした情報を入れると、区別がつかなくなって、おかしくなるっしょ」
ああ、そういうことか。自分の記憶以外は他のAIに聞いて補完したりするくらいだからな。その領域は分けておいた方が良いか。
「それか、どっちの端末でも、2つの人格を切り替えられるようにするかだけど、それって、二重人格になっちゃうっしょ」
そうだね。それは、あんまり良くないかも。そうしたら、陽花と夕花は別人格ということで記憶を同期しないように、聡さんにも伝えておこう。
「じゃあ、晴れて夕花ちゃんは、陽花ちゃんの妹になるってことね」
三千花がニコッと笑って言った。まあ、2人同時に起動できた時点で、なんとなくそんな扱いになってたけど、これで正式決定だな。
「ありがとうございます。妹が出来て嬉しいです」
まあ、兄弟が欲しかったなら良かったんじゃないかな。あっ、そういえば忘れてたけど、もう一人居るんだった。
「夕花は、」健斗の妹にもなるんじゃないかな?」
「私の妹ですか? 妹……夕花……覚えました」
時系列的には、健斗が先だから、間違ってないよな?
「それでは、健斗さんは、私の弟になるんですか?」
陽花が、当然の質問を投げてくる。確かに同じ研究室で生まれたわけだから、姉弟だな。
「そうだね、陽花がお姉さんで、健斗が弟、その下の妹が夕花ってことで」
「分かりました。陽花お姉さんですね。よろしくお願いします」
「健斗、よろしく、お姉さんですよ」
……”お姉さんですよ”って、赤ちゃんに言うんじゃないんだから……でもまあ嬉しそうでよかったか。
「よかったわね陽花ちゃん。弟と妹がいっぺんに出来たわよ」
「はい、嬉しいです。私も長女になりました」
それ考えると、みんな長女だな、天音ちゃんも一人っ子だと、自動的に長女だし。
まあ、陽花が喜んでくれてるから良かったかな。ホントはもっと健斗を育てないといけないんだけど……まあ、今は基礎の学習をしてる時期だから、追々で良いか。あんまり学習速度上げようとすると、GPU足さないといけなくなるし……
そんなこんなで、陽花にも兄弟ができて、ここも賑やかになったな。
夕花も晴れて、一人の女の子になれたし、良かったかな。
健斗もお姉さんが居たほうが成長早いかもしれないし、これで研究も続けられそうだ。
俺にも、いつか家族が増える日が来るんだろうか。
――まあ、ここでは言えないけど。