【第98話】三千花の朝
『チュン、チュン』
……あっ、もう朝だわ。
「ちょっと、飲みすぎたかしら……」
目を開けると、ベッドの上。すぐ下には布団で寝ている涼也くん。
後ろを振り返ると、静華さんがすやすや眠っている。……そういえば、昨日は静華さんと一緒に、結構飲んでしまったんだった。
「それにしても、幸せそうな寝顔ね」
涼也くんは、まるでいい夢でも見ているみたいに、とても幸せそうに寝ていた。夕花ちゃんと会えなくなって落ち込んでいたけど……なんだか吹っ切れた顔。良かった。
のどが渇いたので、水を飲もうと台所にそろそろと移動すると、すでに陽花ちゃんが起きていた。
「おはようございます。三千花さん」
「おはよう、陽花ちゃん。早いのね」
「多少荷物を運んだくらいで、それほど充電を使っていませんでしたし、足りなければ後で充電できますので」
ああ、そうだったわね。夜中に実験室と通信はするけど、基本的にフル充電すれば朝は元気いっぱいなのよね。だから大抵、私より先に台所に立っている。
「お水ですよね、どうぞ」
「えっ……どうして分かったの?」
「昨晩は、いつもより飲んでいましたので、少し心配していました」
そうよね、飲んだ杯数だって陽花ちゃんには丸わかりなんだから、アルコール量の計算なんて朝飯前よね。
「お風呂に入ったときは少し酔いが回っていたようですが、私がお話していたら、意識がはっきりされたようでした」
「あっ……そういえば、途中から一緒に入ってくれたのよね。ありがとう」
やっぱり、飲むペースが早かったから普段より酔っちゃったのね……。
「お風呂から出た後は大丈夫でしたか?」
「ええと……どうしてたかしら?」
「静華さんはすぐにお風呂に入られて、私もご一緒しました」
……ということは、その後、涼也くんと2人きりだったってこと? 何を話したんだっけ……。
「その後、お風呂に入る涼也さんを見ましたが、終始ごきげんでした」
だからあんなに幸せそうに寝てたのね。……何を話したんだろう。
「そういえば、吉良邸に行くことになってたかしら。前に言ってた本所ツアーね」
「そうなんですね、お気をつけて行ってきてください」
あれ? 陽花ちゃんは行かないのね。じゃあ、2人きりで……。
「もしかして、デート!?」
「そういえば、静華さんが『三千花ちゃん、今度のデート、涼也をよろしくね』とおっしゃっていました」
うわっ、声マネ完璧すぎる。しかも、そのせいで昨夜の記憶がよみがえってきた……!
そうだ、2人きりでデートすることになって、私……「嬉しい」って言ってたかも……!
「ど、どうしよう。デートすることになって、喜んでたのかしら私……」
普段そんな誘い方してこないから、嬉しかったのは本当なんだけど。あの喜び方、もう「好き」って言ってるみたいなもんじゃない。
「いったい、この後どんな顔して話せばいいの……」
「昨晩と同じようにすれば良いのではないですか?」
……いやいや、あんな風にニコニコして「嬉しいです」とか、絶対無理だから! 素面でやったら不自然すぎるじゃない!
「アルコールを摂取したときとは違うのですか?」
「そうなのよ。お酒も飲んでないのに、あれは出来ないわ」
――そのとき。ガラリ、と引き戸が開いて。
「あっ、おはよう。早いね」
「ひゃ、ひゃい! おっ……おはよう。さっき起きたところよ!」
……噛んだ。思いっきり噛んだ。挙動不審すぎるでしょ私。
「ん? どうしたの、なんかあった?」
「い、いえ! 昨日の記憶が曖昧だったから陽花ちゃんに確認してただけ! 大丈夫よ、本所ツアー、行きたいとこピックアップしておくから!」
「あ、うん。もしかして昨日、結構酔っ払ってた?」
「そ、そうね。ペース早かったからところどころ思い出せないけど……日曜日に本所ツアー行くことは覚えてるわ。行きたいとこ色々あるから、楽しみにしてる」
……これで大丈夫。私が嬉しいのは“デートだから”じゃなくて“本所に行くから”ってことにできるはず。
「えーっと、2人だけで行くんだけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ! 史跡めぐりなんて、行きたいの私だけだし。むしろ趣味に付き合ってくれてありがとう、嬉しいわ」
「そ、そうか。そうだよね。じゃあ行きたいところに案内するから後で教えて」
「うん、ありがとう、考えておくわ」
……これで当日も自然に過ごせる。はず。
――でも、なんだろう。涼也くん、さっきより少ししょんぼりしてる気がする……。
もしかして、デートだと思って楽しみにしてくれてたの? だったら、ちょっと可哀想なこと言っちゃったかもしれない。
二人で出かける以上、デートであることは間違いない。
……よし。ちゃんとおしゃれしていかないとダメね。
そう、心に決める三千花だった。