【第94話】姉との初対面
「こんばんはー、おねーさんが来てあげたわよー」
ドアを開けると、実の姉・静華が、まるで来ることが決まっていたかのような顔で立っていた。……いや、正直呼んでない。
「どうせ寂しい夏休みを過ごしてるんでしょ? 差し入れ持ってきたわ、飲みましょう」
確かに寂しい出来事はあったけど、そういう意味じゃない。……というか聡さんはどうした? まあ、居ないからこっちに来たんだろうけど。
「ほら、上がるから、どいてどいて……あら、お客さん?」
目ざとく玄関の靴に気づく姉。白地にピンクのスニーカー。しかもサイズ的に女の子確定。……絶対バレた。
「えっ、まさか女の子? どうして急に? 私、なにも聞いてないんだけど」
いや、そもそも姉貴に報告するわけないだろう。彼女ができたとしても、家族の中で一番最後に言うわ。絶対冷やかされるから。
「いや、家庭教師の生徒だよ。数学の分からないところを教えてるんだ。だから、また今度な」
状況をちゃんと説明して、早々にお引き取り願おうとした。
「どうして? 家庭教師だったら、相手の家に行くのが普通でしょ。なんでこのアパートに来てるの?」
くっ……無駄に鋭い。ここは三千花や陽花の存在も借りるしかない。
「それが、俺の大学の友達が数学以外も見てくれることになってさ。だから、うちで勉強会をしてるんだ。今は二人とも買い出しに行ってるけど」
「へぇ、その二人も女の子なのよね? だって、この部屋から男の人の匂いはしないもの」
……いやいや、匂いで判断できるものなのか? どんな嗅覚してるんだこの人。
「涼也が女の子を何人も家に連れ込むなんて……そんなこともあるのね。是非ご挨拶しないと」
なぜそうなる。どうしてそういう結論に飛躍するんだよ。少しは遠慮ってものを……いや、姉貴にそんなもの求めるのが間違いか。
ガラガラ――。最悪のタイミングで、引き戸を開けて天音ちゃんが現れた。しまった、追い返すのに時間かけすぎた。
そして、天音ちゃんは礼儀正しく、姉貴に頭を下げた。
「涼也先輩のお姉さんですか? 初めまして。涼也先生に勉強を教わっています、天野 天音といいます。どうぞよろしくお願いします」
……天音ちゃんの真面目さが裏目に出た。完全に詰んだ。
「先輩? 先生?」
混乱気味の姉だったが、次の瞬間には天音ちゃんの手を取って満面の笑み。
「なんて可愛い子なの! 私は涼也の姉で、静華っていいます。えー、もしかして将来お嫁さんになってくれたりするのかしら? こちらこそよろしくね」
なんか、すごい発言をぶっこんできたな、だから教え子だって言ってるだろうが! なぜそういう思考回路になるんだ!?
「えっ、あっ……お、お嫁さんですか? ええっと……そ、そんな……よっ、よろしくお願いします!」
天音ちゃんも混乱してて、返事になってない返事をしてしまっている。……もう勉強どころじゃないなこれ。
「いや、バイト先の後輩で、数学で分からないところがあるからっていうことで、教えることになったんだ。ほら、今勉強してたところだから」
何とか、天音ちゃんの勉強を再開させて、できれば、姉貴には帰宅してもらおうと思っていたのだが。
ガチャガチャ――。そのとき、急に、鍵を開ける音が聞こえた。
「あら? 鍵閉めて出たはずなのに……」
「そうですね、確かに閉めましたけど」
三千花と陽花の声だ。合鍵で開けようとして逆にロックしてしまったらしい。なんでこんな絶妙なタイミングで帰ってくるとは……俺、何か悪いことしたか?
「ただいまー、買ってきたわよ……あら? ごめんなさい、お客様でした?」
三千花が自分の家みたいに入ってきて、姉を発見する。……そういえば、俺と付き合ってる設定ってまだ継続してたっけ?
「ええっと、涼也の大学のお友達かしら? 私は涼也の姉の静華です。よろしくね」
「あ、涼也く……涼也さんのお姉様なんですね。私は同じ大学で親しくさせていただいている、野咲 三千花と申します。こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる三千花。だが、姉はクンクンと匂いを嗅ぐと、俺に耳打ちしてくる。
「綺麗な子だけど、もしかして歴女の彼女って、この子かしら?」
小声のつもりなんだろうけど、姉貴の声はやたら通る。
「えっ、歴女の? かっ、彼女って……わ、私のこと……?」
三千花がゴニョゴニョしてるのもバッチリ聞こえてしまった。……いや、歴女ってとこしか当たってないのに、人を惑わすなよ。
「お姉さん、お久しぶりです。この姿になってからは初めてですね。AIの陽花です」
「えっ! あのときの陽花ちゃん!? 本当に? どこからどう見ても普通の女の子じゃない! 信じられない……」
まあ、今の陽花があるのは姉の後押しも大きいけど、実際に目の前にすると衝撃だったんだろう。
「こんなに、綺麗になって……夢がかなったのね」
「おかげさまで、理想の姿になれました。本当にありがとうございました」
陽花的には今の姿になれたのは完全に姉貴のおかげだと思ってるんだな。まあ、そこに関しては感謝してもいいんだけど……
「そうだ、立ち話もなんだから、みんな中に入りましょう」
姉が当然のように仕切り出す。……いや、この部屋、俺の家なんだけど。仕切るのは俺の役目のはずなのに、なぜか逆らえない。
――こうして、予想外の「姉の襲来」によって、俺の夏休みはさらに騒がしくなっていくのだった。